第19話 舞踏会
近隣の諸国の王族、高官を招いた舞踏会が催された。
司のお披露目会も兼ねての事で有る。
皇子も居れば公使も居る。
各業界のトップも招かれていた。
司自身は気乗りして居なかったが、
この先の事を考えれば拒むことは出来ない。
宮殿の大広間は宴もたけなわと云った所である。
既に、皇帝は席を外し、各々が宴に乗じての腹の探り合いに余念がない。
「司の宮様、今宵のメインであるあなたが壁際の花は頷けませんね。どうか、一曲、私とお願い出来ませんか?」
「え~と」
「隣国のエレンデ国の三男坊で、アレクト・ヒューイと申します」
一見真面目そうだが、どことなく遊び心を忍ばせているヒューイに手を取られて司は中央へと躍り出た。
自ずと視線が集まって来る。
司がどれだけの人間か窺い知る絶好の機会である。
何事でもそうだが、その身のこなしに人格が現れるのもだ。
ヒューイの巧みさも手伝ってか、司の動きは軽やかで、気品さえ漂わせていた。
彼女の容姿も並では無いのだから、文字通りこの場での注目の的になって居る。
「お上手ですね」
「いえ、殿方と踊るのは初めてですので~」
その初々しさには他の男性も惹かれずには居られない。
曲が終わると、ヒューイに続く男性が後を絶たなかった。
些か息切れが出始めたところで司は広間の片隅へと逃れた。
「シャンパンをお持ちしましたが~」
ヒューイが待ち構えてい居たかのように司に詰め寄った。
司の後ろにはキラリが控えていた。
司が首を横に振ると、
キラリが、
「宮様はまだ酒類をたしなんで居りませんので~。折角ですから、私が頂いても?」
「こちらは?」
「私の幼い頃からの友人です」
「キラリと申します。以後、お見知りおきを~」
「両手に華とはこの事ですね」
「まぁ、お口がお上手(じょうず)なこと~」
キラリならでは言い回しである。
司は敢えてキラリが自分の下僕だとは言わなかった。
彼女なりの考えが有るのであろう。
人は肩書で物事を捉えがちである。
実際、司自身はキラリやヒラリを友と呼べる間柄だと思って居た。
公の場で、引け目を感じさせたくなかったのかも知れない。
それにしても、キラリの男性への対応は司より遥かに上回っている。
グラスを受け取りながら、さりげなくヒューイの手に触れていた。
ヒューイは危うくターゲットを取り違えるところだった。
三番目の皇子と成ればその立場は微妙である。
司に取り入って婿の座を狙うのも無理はない。
「少し風に当たりませんか?」
と言って、ヒューイは司をバルコニーへと誘った。
キラリは遠目で二人を覗う事にした。
「ここからの景色は格別ですね。街の灯りもさることながら、天空の星々のきらめきは司の宮を引き立てている様にも見えます」
「えっ!」
と応えた司の脳裏には、遥か彼方の銀河に居るであろう新の面影が浮んでいた。
物憂げな司の表情に、
「お疲れですか?」
「いえ、失礼しました。ちょっと~」
「まさか、思い人のことをお考えに?」
「その様なお方は居りません」
と、にべもなく言い放った司の胸の内に思わず痛みが走った。
『これは、一体、どうしたのでしょう?新の事を案じて居るからかしら?』
ここしばらくは新と離れて過ごした事がなかった。いや、捉えようによっては寝起きまでを共にして居たのだ。
司の心に空白が出来ていても可笑しくはない。
ヒューイの顔が一瞬、強張った。
競争相手の存在を確信したようだ。
心ここに非ずなら、現実に引き戻すのが一番だ。
「司の宮は、教育に関心をお持ちだと伺っていますが?」
「ええ。理想の教育制度を確立したいと願って居ります」
「なるほど~。その理想とやらは?」
「手を強引に引っ張るので無く、さりとて、背中を闇雲に押しやるのでもなく、師弟共々に寄り添って未来を切り開くような制度をと考えて居ます」
「ほう、生徒の出来不出来を度返ししてですか?」
「同じ種子であっても、一粒一粒の資質や成長の過程はそれぞれに違っています。
早くに芽を出す者も居れば、ぎこちなく枝葉を拡げる者もいます。
かといって、その皆はかけがえのない存在です。
決して、置き去りにせず、
教育者自らが敷石になってでも、その歩みを運ばせてあげられる教育を願って止みません。
何よりも、全ての生徒が美しき学びの輪の中に溶け込めるようにしたいのです」
これには些かヒューイの思惑が外れてしまったようだ。
寝ている子を起こしたには違いないが、自らも起こされてしまったようだ。
「私はいままでに、その様な考え方を聞いたことが有りません。
司の宮は並々ならぬ覚悟をお持ちの様に感じ取りましたが~」
「いえ、その様な事は~。ただ、教育でしか人が人間へと成り得ないと心得ています」
「人と人間とに違いが有るとお考えですか?」
「ええ、正しき人格を備えてこそ、人間と呼べるのでは無いでしょうか?尤も、生理学からは逸脱しては居るでしょうが」
「・・・今は、宮殿の別塔にお住みかと~」
「はい」
「日を改めて、伺っても宜しいですか?」
「是非。まだ、その件に関しては緒に着いたばかりです。より多くの方の見識に触れてみたいと常々考えています。
ヒューイ様の国の教育は群を抜いて居ると聞いています。出来れば、その筋の方もお連れになって下さい」
少しづつ、誠に少しづつでは有るが、司の志が地を歩き始めた様である。
一人の熱情が他にも及び、やがて、万年氷土をも柔らげるかも知れない。
さて、司が気に掛けて居た新はと云うと、どうにか金色世界に戻り着いては居たが、少し目的地がズレた様である。
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