第18話 皇子(こうし)現(あらわ)る
右大臣は配下の者と別塔から宮殿へと戻りつつあった。
「これは、皇子(こうし)さま。いずこへ?」
「と言う右大臣こそ、司に会って来たのか?」
「はい、今しがた所用が有りまして~」
「司も、その取り巻きの女人もなかなかの者と聞いて居るが、如何であった?」
「私如(ごと)きが口にするのは憚れますが、宮殿内では一二を争うかと~」
「それは何よりだ。で、そのむさ苦しい連中は?」
「いえ、ただの僕(しもべ)に御座います」
「相変わらず、表、裏と忙しそうだな」
「そんな、私は私心で持って国に仕えては居りません」
「まぁ、良い。余り派手に動けば、誰ぞやに寝首を掻かれるかも知れんぞ」
「これは、又、手厳しいお言葉。肝に銘じて置きます」
皇子は司の執務室を訪れた。
彼も又、アポなしである。
「司は?」
「はい、私で御座います」
司は身なりから直ぐに突然の来客が皇子と受け止めたようだ。
「右大臣が申していた通りだな」
「右大臣とお会いで?」
「今さっき、そこで」
「何か申して居りましたか?」
「いとこ同士が初めて会うのに、質問攻めか」
「これは、失礼致しました。皇子にご挨拶を~。カヤ族の司で御座います」
「なにも、仕来(しきた)り通りとは言って居らぬ」
皇子は司の後ろに控えていたキラリたちに目をやった。
「揃いも揃ってとは言うが、双子なら無理もないか」
「司の宮様に仕えて居ります私はキラリ、で、この者は~」
「ヒラリで御座います」
皇子は含み笑いを浮かべながら、
「閨(ねや)にその方をたちを迎(むか)えるにしても、こうもうり二つでは~。それで、鞘(さや)の方も似通っておるのか?」
司、ヒラリは鞘の意味を分からずに居るが、
キラリはそれを知っていてか、
「皇子さまの閨に赴(おもむ)くほどの器(うつわ)では有りません」
皇子はキラリの受け答えが気に入ったのか、
「ウッワッハッハ~。気に入った、キラリで在ったか?」
「はい」
「いつでも我が閨に来るがよい。その器を計ってやるほどに~」
「王子さま、お戯れを言われるには、まだ、陽が高こう御座います」
「司、この者をワシにくれぬか」
皇子とキラリの会話に付いて行けずに居た司は、
「何処がお気に召したが存じませんが、いきなり、寄こせと言われましても~」
「うむ。宮殿のおなごは皆かまととぶっていて面白くない。素のままが成り寄りだ。なぁ、キラリ?」
「恐れ入ります」
居合わせたサドが気を利かした。
司には荷が重すぎる相手である。
下ネタに付いて行ける筈が無い。
「皇子さま、あちらに席を設けますので~」
「それには、及ばん。今日は司の顔を見に来ただけだからな。
ところで、机の上に散らかって居るモノは?」
これには司が、
「はい。この国の教育に関する資料です」
「司はこんなモノに興味が有るのか?」
「こんなモノと言われますが、国の根幹に関わることかと存じますが」
「司は女子(おなご)の身で政(まつりごと)に興味があるのか?」
「はい、些(いささ)か」
「辞めて置け。そんなモノは大臣や族長、それに議会に任せて置けばよい。下手に口を挟むと謀反の火種になるぞ」
「と、言われましても~」
「おなごは嫁に行くのが一番だ。どうだ、俺と一緒に成らんか?」
「お戯れを~」
「いとこであっても構わんだろ~」
業を煮やしたキラリが、
「司の宮さまは高き志をお持ちです。それ皇子様には許嫁(いいなずけ)が居られるのでは?」
「うるさい。その事は口にするな。甘い顔を見せると、直ぐにこれだ。帰る。邪魔したな」
怒りを露わにして皇子は部屋を出て行った。
「キラリ、口には気を付けるように~」
「だって、宮様。皇子の言い様はあんまりでは有りませんか?」
「分って居(お)る。男が風を切って居るのは何処も同じ。だからと言って、まともに向き合うのはまだまだ先の事です。
それを改めるのも私たちの使命かと思われます。良いですね」
「は~い」
「キラリの血の気の多いのには困ったものです。
ところで、『鞘』とか『器』とかはどういう意味ですか?」
真昼間から紐解く事柄では無い。
増して、司は箱入り娘そのものである。
キラリはそっと交わすようだ。
「さぁ、なんの事でしょう。サドなら分かるのでは~」
思わずサドは、
『プッ!』
と、吹き出してしまった。
「どうしたのですか、サド。顔が赤らみを帯びていますけど~」
サドはキラリを恨めしそうに眺めながら、
「いえ、何でも有りません。私にも分かり兼ねることで御座います」
「まぁ、良いでしょう。所で、許嫁の話が出ると、途端に皇子の顔色が変わったけど、やはり、その方の病状は優れないのですか?」
「はい。いつぞやも申しましたけど、医官も手を焼いて居るようです」
「皇子を味方にするには、その辺の所を弁えて置く必要が有りますね」
キラリは不服が有るらしい。
「あんなぐうたら、お役に立ちますか?」
「そうでも無いようです。許嫁の話が出た時の皇子の顔には素の思いが現れて居たように思います。新が居れば、もう少し心の奥行きを計れるのですが~」
『新』
と聞いて、今まで蚊帳の外に居たヒラリが口を開いた。
「新は、又、何かしらのお土産を持って来るかしら?」
「どうでしょう。私は彼が無事にこちらに戻って来れば、それで十分ですけど~」
キラリは胸の内で司の心を覗っている。
『やっぱり、新が居ないと片手をもがれたような様子で居られる。思いが余って鞘が目を覚まさなければ良いのだけど・・・、あらっ、私、なんてことを考えているの。~バカ!』
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