第10話 謁見を終えて
司たちは別塔の一室に集まって居た。
恐らく、この部屋が彼らの作戦会議の場に成るに違いない。
何の為に?
言わずと知れた、司が皇帝、詰まりは女帝に至るまでの計画を立てる場となるのである。
司の周りの主だった者は既に覚悟を決めていた。
だが、何事にも順序、段階がある。
差し詰め、今の所はその足場を固める事が重要に成る。
細長いテーブルが設けられていた。
今はまだ、頭数は揃ってはいない。
次第にこのテーブルは人材で埋め尽くされて行くに違ない。
サドが口を尖らせている。
「司の宮様、あれは無いかと~」
「ごめんなさい。ちょっとね~。ところで、新、どうだった?」
「それほど皇帝は怒って居なかったと思うよ」
キラリが口を挟む、
「あれだけ、けたたましく広間を去ったのに?」
「うん。かえって、喜んでいたようだよ、司・・の宮様に会えたことをね」
サドは一息ついて、
「それが本当なら良いのだけれど。宮様、これからは計り事が有れば事前に知らせて置いて下さい。それに、あまり無理をなさらない様にお願いします」
「重ね重ね、ごめんなさい。新、他には?」
「あの右大臣。腹に企み事を持っている様です。足下に行った時に濁ったような雑音が聞こえました。
左大臣は宮様に敵意の様なモノを感じて居たようです。後の人の事はまだ何とも言えません」
「それだけでも、大したモノよ。大物に挑むことに成りそうね。どう、キラリ、少しは新の事を見直して?」
「口から出まかせでなくて」
「いい加減、僕を認めてくれないかな~」
「キラリ様、一言いいですか?」
「何、サド」
「新の神通力は侮れませんよ。右大臣は別にして、左大臣に関しての新の見立ては頷けます」
キラリは承服しかねている。
「サド、どう云う事、分かるように」
「はい。ご存じの通り皇帝の継承権の一位は帝の御子息の皇子(こうし)様です。加えて、今日からは司の宮様がそれに続くことに成りました」
「それが、どうしたと言うの?」
「皆さんはまだ知って居られぬでしょうが、皇子様の許嫁(いいなずけ)は左大臣の娘なのです」
キラリは呑み込みが早い。
「そう云う事なのね」
「お姉さま、私にも分かるように言って」
「つまり、左大臣にとって宮様は目の上のたん瘤(こぶ)ってことよ」
「う~ん、たん瘤って、叩いて出来るやつでしょ。宮様は左大臣の頭を叩いたのですか?」
一同、
『ポカ~ン』
「いい。司の宮様が皇子を出し抜いて皇帝に成ろうものなら、左大臣の思惑が台無しに成るって事よ。そうよね、サド」
「その通りで御座います。宮廷内の噂に寄ると、左大臣は摂政、若しくはその上の位を狙っているとの事です」
司が苛立ちを込めてサドを窘めた。
「滅多な事を言うモノではなくてよ。その上と云えば一大事に成るでは有りませんか」
「仰せの通りで御座います。宮様、これは飽くまで噂です。しかし、噂には決まって尾びれが付いています。それを弁えるのも上に立つ者の心得かと存じます」
「そうね。つい、気持ちが高ぶってしまいました」
「出し抜けにこんな事を申してとは思いますが、今の様にご自分の非を認めるのも又、上に立つ者には必須だと思われます」
「有難う、サド。宮廷ではサドが叔母様の代わりなのね」
「なるべく、宮様の目の上のたん瘤に成らぬ様に努めますので~」
ヒラリを除いて皆が微笑んだ。
未だに、ヒラリはたん瘤の意味が分からないようだ。
見かねたキラリが、
「いいこと、ヒラリ。あなたは無理して頭を悩ませないで、私達の言う通りにして居れば良いのよ」
「・・・・・」
ヒラリの頭の良し悪しは別にして、彼女は世情に疎いとだけ言って置こう。
司が新を見やって、
「新、どうしたの。さっきから黙りこくって」
「いえ、何も~」
キラリは新のこう云う所が目障りなのであろうか?
「な~に、それ!奥歯にモノが挟まったような口ぶりは?」
「僕は、ただ、その皇子と云う人が謁見の場に居なかったのが気に成って~」
キラリは微かに頷いて見せた。
又もやサドがその辺の経緯を述べた。
「女官たちは皇子様を快く思って居ないようです」
キラリの鋭い思考がそれを読み解いたようだ。
「それって、女癖が悪いってこと?」
「仰る通りで御座います。おまけに、最近は飲酒の量も増えているとか~。
それゆえ、謁見の場に居合わせなかったのでは無いでしょうか?」
司が不審げに尋ねた。
「聞き捨て成らない事ですね。もう少し、詳しく聞かせて下さい」
「はい、実は・・・」
サドの話はこうであった。
皇子の許嫁の左大臣の娘は長く病の床に伏せっていた。
原因不明でしかも伝染する恐れが有ったので宮廷内の閉ざされた部屋で養生をして居る。
皇子は幼い頃からその娘を熱愛して居た。
逢う事すらままに成らない思いが彼の素行を投げやりにして仕舞って居たと言うのである。
司が物憂げに、
「それは痛ましい限りですね。皇子は私の従兄、家族同然です。何かしら病を癒す方法は無いのかしら?」
「医師の見立ても芳(かんば)しくないようですし、今の所は手の施しようが無いと思われます」
新が生半可な事を口走った。
「案外、娑婆世界に良い薬があるかも知れないね」
「どうかしら?」
司が眉を顰めた。
場に静寂が訪れた。各々に思う所が有るのであろう。
司が散会を促した。
「今夜の所はこれ位にして、休む事にしましょう。あっ、それから、新」
「はい」
「私の部屋に来てくれない。相談が有るので~」
「分かりました」
司と新が部屋を出て行くと、
「サド、大丈夫かしら、二人っきりにして」
「それもそうですね。奥様もその事を気遣っておいででした」
「まさかとは思うけど、サド、私の部屋に着いて来て」
「えっ、私とですか?」
「そうじゃくて。私の好みくらい承知ででしょ」
「あ、はい」
年甲斐もなくサドは一時狼狽したようである。
額に少し汗が滲み出ている。
「そう云いう事でしたか。抜かりが有りませんね」
とサドが感心したのは、
いつの間にか、キラリが隠しカメラを司の部屋と寝室に備えて居たからだ。
そうとは知らず、
司の部屋では竹馬の友同士の様な会話が繰り広げられていた。
「まぁ、掛けて」
司は新を座らせると、例の覚書を持ち出し、テーブルの上に置いた。
「これなんだけど~」
「また、これを読んで居たの?」
「ええ、弥勒菩薩様が言って居た事が気に成ってね」
「だって、その時に成ったら司が気付く筈だって言ってたろ」
「でも、不安で無くて。謝って八葉蓮華の小太刀を抜いてしまったら」
「それもそうだけど」
「ここを読んでみて」
「僕に分りっこないだろ。司が説明してよ」
「どうもね、八葉蓮華の小太刀は人を殺めたり、傷つけたりするために用いるのでは無くて、人を活(い)かす為に使う様なの」
「余計に分からなく成って来たよ」
「いいこと。人は善性と悪性を併せ持って居て、しかも、その寄って立つ場が同じなの」
「ん~ん」
「じれったいわね。ほらっ、ここの例え話を見てごらん」
「そう言われても」
「水晶を使って説明して居るわ。
水晶に陽の光が当たるとレンズ効果で火が起こるでしょ」
「まぁ、そうだけど」
「真剣に聞いてよ!」
「は~い。続きをどう~ぞ」
「なんなの、その気の抜けた態度は。もう、むち打ち、水攻め、磔よ!」
「はいっ!畏まりました。一言も漏らさずにお聞きしますので」
「相も変わらず効果てきめんね。
でね、今度はレンズに月の光が注ぐと表面に水滴が出来るでしょう」
「はい、仰せの通りで御座います」
「そこまで畏まらなくても良いわよ。
つまりは、レンズが私たちの心の本性で、それに作用するもの自体に寄って火や水が、善性と悪性が現れて来るの。
どう、分かって?」
「要するに、八葉蓮華の小太刀はその善性を引き出す為に使うって事なんだね」
「その通り。新にも分かるじゃない。凄いわ!」
「そんなに司に褒めて貰うと、なんかくすぐったいんだけど」
「どの辺が?」
新は俯いてそのありかを司に訴えた。
「えっ、又、股間が膨らむの?」
キラリの部屋では~
「えっ、まぁ、なんてこと!サド、今の聞きました。宮様がはしたないったらありゃしない。どうしたの、サド!そんなに口を拡げて」
「あ、あ、顎が、は、は、外れて~」
「尤もな事ね。どれ、私が」
『カックン』
「どう?良く成って」
「はい、これは無様な所をお見せして仕舞いました」
「サドが驚くのも当然です。あれ程奥様に殿方の性癖を司様に教えて置かなくてはと言ったのに~」
「やはり、その方面の事はお教えに成らなかったのでしゅか。失礼、まだ、顎の具合がかんばしゅく(芳しく)ないようで」
「こればっかりは、幾ら経験が豊富な私でもね~」
「いやっ、そんなにわたすを睨まれても」
司たちは、
「新も良く心得て置いてね。その時だと感じたら合図を送ってね」
「分ったよ。やたらに抜くのもなんだけど、必要最小限にして置かないと、八葉蓮華の小太刀が奪われて悪用されるかも知れないから」
「えっ、どい云う事?」
「だって、ここを見てごらん」
「新に分るの?」
「こっちに来れば僕の能力だって頗(すこぶる)るんだよ」
「そうだったわね。なら、さっきまでの態度は何だったの?」
「眠たかったからさ」
「もう~」
「続けるよ」
「ええ」
「この図を見てごらん。小太刀を上向けに翳しているだろ」
「そうね」
「ここには書かれて居ないけど、これを下向きにすればどうだろう?飽くまで、僕の推測でしかないけど、上向けなら善性を、下向けなら悪性をという事も考えられるんじゃないかな」
「大変!そこまで私には考えられなかったわ」
「うん。この事は二人だけの秘密にして置こう」
「そうね。用心に越したことはないから」
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