第9話 謁見
司一行を乗せた車は宮殿脇の車寄せに止まった。
宰相が従者と共に出迎えた。
司たちがそれぞれの車から降りると、
宰相が司に歩みより、
「この様な所でお迎えする事をお詫び致します」
「いいえ。未だ、私はカヤ族の長(おさ)の身内に過ぎません。
その様にお気を使わないで下さい」
初めて顔を合した司の語り様、
その仕草に宰相はなるほどと関心を浮かべていた。
先帝の娘で有ることに頷けた様である。
「もうし遅れました。
私は先帝の頃から宰相を務めているアウガと申します」
「では、父の事を良くご存じで~」
「はい、未だに瞼を閉じれば先帝の面影が浮んで参ります」
「立ち話も何でしょうから、場を改めて父の在りし日のこと等聞かせて貰えれば~」
「それはもう、今しばらくは何かと忙しく有られるでしょうから、折を見て機会を設けたいと思います」
「良しなにお願いします」
「これに控えて居る者がお部屋に案内致します」
宰相はさり気なくサドに眼を送った。
サドも又、さり気なく頷いた。
互いの胸の内に秘めたる何かしらを確認して居るようである。
*****
ここで、宰相の立場を少し。
彼は皇帝と各大臣及び議会との取次役と言った所である。
今の所はこれと言って宮廷内での影響力を持ってはいない。
かといって、先帝だけでなく現皇帝からの信頼は厚く、又、宮廷内の武官、文官、女官などから一目置かれている存在であった。
*****
司たちにとって慌ただしい一日が終わろうとしていた。
やはり、疲れを覚えたのか司は先に寝室に向かった。
司たちの新たな住居は宮殿から少し離れた別塔であった。
その別塔の執務室ではサドを中心にして、
新、キラリ、ヒラリがテーブルの上の図面を見入っていた。
「やっぱり、地下牢などは記載されてませんね」
「もう少し詳しい見取り図が有る筈だけど、当分はこれを頼りにするしか無いだろう」
サドと新の会話にキラリが割って入った。
「どうせなら、新、あなたがその足で探って来れば」
「分かってるよ。父さんの事でみんなに迷惑は掛けないから」
「お姉さま、新の事情を知ってるくせに、
そんなに突き放すように言わなくても」
「あら、いつからヒラリは新の片棒を担ぐ気に成ったの!」
「そんな、私はただ新の胸の内を思い図っただけですわ」
サドが、
「のっけからこれでは先が思いやられますね。今夜はこれ位にして休むことにしますか」
「そうね。それはそうと、宮様の部屋を警備して居る者は信用できるの?」
キラリが眉を顰めてサドに問いかけた。
「実は、宰相にお願いして、司の宮様の周りの人間はカヤ族とゆかりのある者で固めて貰いました」
「何から何まで、サドに落ち度は有りませんね」
「それが務めですから」
皇帝に司が謁見する日が来た。
玉座の間に、大臣、高官が居並んでいる。
艶やかな衣装に身を包んだ司が中央へと進み、皇帝が現れるのを待っていた。
新たちは広間の片隅で様子を覗っている。
奥の出入り口から宰相を伴って皇帝が現れると、皆が片膝をおり、首を垂れた。
皇帝は玉座に着くと、しみじみと司を見つめた。
透かさず司は。
「お初にお目に掛かります。カヤ族の司です」
「うむ。今日からは皇女(こうじょ)だな。それにしても、兄上と目鼻立ちが良く似て居るな」
「恐れ入ります」
皇帝がその場に立ち上がると、女官が小物を目の前にかざしながら近寄って来た。
皇帝はそれに収められていたネックレスを取り上げた。
「司、前へ」
「はい」
司は壇上の皇帝の下へと歩み寄り首を垂れた。
皇帝はネックレスを司の首に掛けると、顎で司を促した。
意を汲み取った司は皆の方に振り向いた。
その顔には晴れやかさと、新たな一歩を踏み出した覚悟の程が覗われる。
皇帝は司の背後から威厳を込めた言葉を発した。
「これは我が血筋の証である。又、これより、この司を正式に皇女として宮廷に向い入れた事を意味する。みな、しかと心得え置く様に」
一同みな深々と首を垂れ、
「お達しのままに」
と応(いら)えた。
皇帝が玉座に戻り、司が元居た位置に戻った。
皇帝は些か顔を緩め、
「ところで、司。そなたが得意とする事は何かな?」
「はい、帝(みかど)。私はこれまで政(まつりごと)に関する事を学んで参りました。それで、この国の実情を見知って置きたいと願っています」
「ほう、政をとな。おなごの身で些か度を越しておらぬか」
「そうでしょうか。先日、ある国に行って参りました。そこでは、宰相を女性が担っており、女性の大臣も肩を並べて居ました」
広間にどよめきが起こった。
『寝耳に水』
と、云った所だ。
「んん~ん。そのような国が近隣に在ったようには思えぬがな」
「さぁ、どうでしょう。その内にこの国にも~」
「司、控えよ。ここは戯言(たわごと)を述べる場では無い!」
皇帝に窘めれれた司は唇を噛み締め口を閉ざす他なかった。
広間の片隅ではサドたちが気を揉んで居た。
「奥様があれほど仰ってたのに、のっけからどうした者か」
とサドが嘆いた。
「新、なんとかおし!」
「えっ、僕が・・・キラリに任せるよ」
「もう~」
キラリが顔を顰めたその時、
金貨が四五枚、
『カッキン、コロコロ・・・』
と、広間に何処とへとなく転がり始めた。
新が腰を屈めその後を追う。
「あれ、まぁ~。すいませんね。ポケットに穴が開いて居たもんで~」
金貨の行方と、何処の誰とも知れぬ新に注目が集まった。
右大臣の足下に一枚。
そのもとに新は擦(す)りより手をのばした。
「誰だ?」
とは右大臣の𠮟責である。
透かさず司が、
「その者は私の付き人です」
皇帝が新を睨んだ。
「付き人?身なりと云い、顔つきと云い、この国の者とは思えんがな。
まぁ、よい。これにて散会とする」
皇帝は司の先ほどのまでの言動がが腹立たしかったのか、席を蹴ってその場を後にした。
怒り心頭かと思いしが、
皇帝は従っていた宰相にこっそりと含み笑いを見せている。
執務室に向かう廊下で、
「宰相から聞いて居た通りの娘だな。歯に衣を着せぬと言うか」
「はい、そのようで。そこは先帝譲(ゆず)りかと~」
皇帝の顔にやや陰りが見えた。
「兄上か~、まぁ、良い。この先が楽しみだな」
「帝は司の宮様が大臣たちから疎まれるのを避けたのでしょう」
「相変わらずじゃのう、予の胸の内を透かしよって。あぁやって、みなの前で叱って置けば角が立つまい」
「恐れ入ります」
「それでだな、司がどの役所にも出入り出来るように手を回して置け」
「はい、仰せのままに」
「力量を試すには丁度よい」
どう云う訳か皇帝は子宝に恵まれては居なかった。
妃や側室が子供を産んでは居たが、次々と早死にしてしまい、今の所は皇子只一人が後継者として挙げられるだけだった。
であるからして、
皇帝は司の存在を聞き知った時は人知れず小躍りして居たのである。
司を女帝にとは露ほども考えて居なかったが、他国から婿をとると云う手立ても心の内に秘めていた様である。
本来なら、もろ手を上げて迎える所で有ったが、そうも行かない過去の出来事も抱えていた皇帝であった。
やがて、その事も司たちの知る所となるだろうが、今の所はその事情を知る人にとっては胸の内に秘すべき事柄であった。
広間では未だのらくらと新が腰を屈めて金貨を集めていた。
「あのう~」
と、新が声を掛けたのは左大臣であった。
「なんだ、小僧」
「足を上げて貰えませんか。確かこの辺りに~」
「小忙(こぜわ)しい奴だな。金貨の一枚くらいに気を取られよって」
左大臣がつま先を上げると、金貨が一枚。
新がそれを掴もうと手を伸ばすと~、
「痛い!踏みつけなくても・・・」
「ほう、痛みは感じるくせに、この場の空気を読めんのか!」
「左大臣、その者は私の付き人だと言ったばかりでしょう。例え落ち度が有っても、その仕打ちには承服しかねます」
司が威厳を込めて言い放った。
「これは、これは司の宮様。歳を取ると物忘れが甚だしくなりましてな。何処の馬の骨かと思いまして~」
左大臣はそう言うなり足を払った。
新は左大臣の顔を見上げ、しばし目を閉じた。
彼の心の内を探って居るので有ろうか。
それには構わず、左大臣は配下の者と伴い広間を後にした。
未だ、高官たちがざわめいて居る中を司たちも広間から退室した。
「なんだ、今のあれは?」
「少し鼻っぱしが尖(とが)って居るのでは?」
「違いない、違いない」
「先帝はもっと柔和な人だったと聞いて居るが、あの宮様っと言ったら」
「そのようにあから様に言うでない」
「これは左大臣様、まだ、おいでで」
「司の宮か・・・、野生の雌馬(めすうま)には手綱を付けて置かねばな~」
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