第3話 司の見聞録

「出かけるにしても、その恰好じゃ~」

「何処がイケなくて」

「そんな煌びやかな身なりでは、変に怪しまれますよ」

「そう、では、何を着れば良いんですか」


 新はファンシーケースから薄手のコートを取り出した。


「取り敢えずこれを羽織って、・・・どうですか?」

「ん~ん、どうでしょう?まぁ、こちらでは新の言う通りにしないとね」


 司はコートに袖を通しながら、


「何か、刺激臭が?」

「防虫剤の匂いだと思います」

「こちらでは、衣服を食べる虫が居るんですか?」

「そのようで。やっぱり、司もこっちに来れば五感が鋭く成るんだ」

「なんの事ですか?」

「今に分かります」



「では、参りましょうか」

「それは良いんですけど、先立つものが?司が嵌めてる指輪は大切なモノかな?」

「これは宝石箱から適当に選んだモノです」

「それをお金に換えても良い?」

「物々交換ですね。構いません」

「では、先ずはそっちの方に向いますか」



 街中に出ると、司は目を丸くしてはキョロキョロと辺りを覗っていた。


「司、もう少し目立たない様に歩いてくれないかな」

「だって、見るもの全てに興味が湧いて来るのですもの」

「さっきから、男の視線が司に集まってるよ」

「それが?女性は殿方に見つめられると、その分美しく成ると聞かされました。何も悪い事では無いでしょう」

「それは、そうですが。あっ、そこを曲がります。少し暗いから気を付けてね」



 新たちは路地裏へと入って行った。

 何やら一癖有りそうな店が並んでいる。


「邪魔するよ」

「おっ、新か。今日は何を持ってきたのかな・・・。おやっ、女ずれとは珍しい」

「司、指輪を」


「これで、幾らになる?」

「どれどれ、ん~ん。・・・これを、何処から?」

「見て居たでしょ。彼女の持ち物です」

「そうじゃ、なくて。その娘さんも含めて何処からと聞いてるんだ」

「そう言われても・・・」

「私はカヤ族の屋敷から来ましたけど~」

「?」


「司は黙って居てくれないかな」

「聞かれたから、答えたまでです」


「五本でどうかな?」

「五万ですか?」

「いや~、一桁上だ」

「そんなにするんですか?」

「いつまで経っても、目利きが及ばないようだな」



 思いの外の高額を手にした新は、司を伴ってブティックへと向かった。

 司の身なりを整える為であろう。



 新たちが後にした店の中では何やら慌ただしい気配がしている。


「おいっ、誰か居ないか?」

「何か用でも」

「新の後を付けてねぐらを調べてこい。いいか、気付かれるなよ」

「はい、分かりました」


「お前さん、どうしたんだい。血相を変えて」

「いいから、これを見ろ」

「なに~、ただのダイヤの指輪でしょ」

「バカ言うな。カーテンを閉めて部屋を出来るだけ暗くするんだ」

「また、いきなり何を言い出すんだか」

「つべこべ言わずに」

「あいよ」


「ほらっ、見て見ろ」

「なんなの、これっ?」

「話には聞いて居たけど、まさか、実物にお目に掛かれるとは~」

「なんでこんなに光るの」

「そうよ。これはただのダイヤじゃない。周りが暗くなると自分から光を放つんだ」

「どう云う事なんだい」

「詰まりはこうさ。闇のエネルギーが加わるとその分こいつ自体が光輝くんだ」

「よく分からないけど、高く売れるのかね」

「バカ言うな。値段の付けようのない品物だ。出所を突き詰めて、後、三つ四つ手に入れれば、一生涯遊んで暮らせるぜ」

「ホントかい、お前さん。このどぶ臭い通りからもおさらばできるんだね」

「そうよ。こいつぁ、運が向いて来たようだな」



 そんな事とは露ほども知らない新と司は、近くの通りにあったブティックへと入って行った。


「新、これなんかどうでしょう?」

「これから、舞踏会にでも行くのかな」

「そんなことを言われても、どうしてもこのようなモノに目が行くんですもの。なんなら、新が選んでくれない」

「センスはない方なんだけど~。・・・これなんかは?」

「随分と、スカートの丈が短いんですね。膝までが見えそうですけど。上着も胸の辺りが気に成りそう」

「こっちでは、そう云うのが流行りなんなんです」


 店員が声を掛けて来た。

「お嬢様、試着してみては」

「そうね。着てみないことには何とも言えないわね」

「ところで、その身に付けてる物は何処で手に入れられたんですか?」

「これは部屋着です」

「まぁ、部屋着だなんて。ここら辺りでは見かけない高価なものかと」

「そうなのかな、新」

「いいから、早く着てみて」

「ぞんざいな言い方ね。あちらに帰ったら、見てらっしゃい」



「どう、新。お気に召して?」

「ウワォ~。このまま何処かの事務所に連れて行きたいくらいだ」

「何を訳の分からない事を」

「動きやすいだろ」

「そのようね。て言うか、新の視線が怪しげに感じますけど。口もとも何かしらだらしなく~」

「いや、その~。それで良いですね」

「構わないわ」

「履物もお願いします」

「畏まりました」


 

「それで、何処に行きます?」

「こちらの現状を知る為に、先ずは、あらゆる書物が有る所へ行きましょう」

「司にこちらの文字が分かるのかな~」

「こうして話せている以上、分かるのでは無いでしょうか。指輪を売った店の看板も読めてよ」

「へぇ~、なんて?」

「コブツショウ・ギンジ(古物商・銀次)だったかしら」

「なるほど」



 新は司を図書館へと案内した。

 

 司は備え付けの机に向かうと、


「新、歴史書からお願い」

「あいよ。適当に選んでくるから、ここから、離れない様に」

「分っていてよ」


 驚いたことに、司は次々と、しかも、素早いペースで読み進んでいった。

 読むというよりか、それこそ、目に焼き付けて居るようだ。


「新、次は、科学、医学書もお願い」

「はいよ。たまげたな。ホントに頭の中に入ってるんだか」

「私にも良く分りません。チラッと見るだけで、全てが渇いた大地に水が染み込むようにどんどんと記憶されて行くようです」

「やっぱり、夢の世界では持ち前の能力が倍増されるんだ」

「新、突っ立ってないで~」



 数時間が過ぎた。


「司、もう、これくらいで良いだろう?」

「そうですね。こちらで必要な知識は、ほぼ習得しましたから」

「それで、何か収穫が有ったのかな」

「科学分野では大した開きはないようです。ただ~」

「ただ何?」

「国の機構に関しては、学ぶべき事が多々見受けられます」

「それは、僕も前から感じて居たことだ。司の国は封建制度から頭一つ抜け出した位の感じだもんな。未だに、右大臣・左大臣はないだろう」

「バカにしてるんですか。国の成り立ちにはそれ相応の事情が有るのですよ」

「そんなに眉を吊り上げないで、ここいらで食事に行きましょうか」

「それもそうですね。私たち朝から何も口にして居ませんもの」


 新が出口に向おうとすると、


「待って、料理の本も読んでおこうかしら~」

「それは次回にしてくれないかな」

「それも、そうね」


 新は馴染みのレストランへと向かった。

 道々の会話である。


「ところで、うっかりして、司と奥様の関係を聞いて無かったんだけど~。確か、叔母さんて呼んでたよね」

「そうよ。私の母の妹が、カヤ族の長である奥様なの」

「司の母さんは今何処に?」

「サドから、聞いてませんか」

「聞き漏らしたのかも。なんせ、あれもこれもだったから」

「もう、亡くなって居ます。先の帝との間に生まれた私を残してね」

「司はずっと、奥さまの所で育ったの?」

「そう。良からぬ輩から私を守り続けてくださったのよ」

「お母さんとの思い出はある?」

「さぁ、どうでしょう。物心がついた頃には・・・もう、この話はやめましょう」

「そっか、ごめんね」



 店の前まで来ると、司がとぼけた事を口にした。


「新、このような店を一国が経営してるんですか?」

「えっ、また、なんで」

「だって、中華とは国の名前でしょ、さっきの図書館と云う所の書物に載ってましたよ」

「その中華と、この中華は違うんだよ」

「何処がどう違うんですか?」

「後からで、それより、腹ごしらえが先です」

「新は何も知らないんだ」

「そんな~」



「腹も膨れた事だし、今日はこれ位にして~」

「こちらの学び舎も見て起きたいのですけど」

「学び舎?そっか、学校の事だね」

「そうとも言うんですね」

「僕が通っていた学校でいいよね」

「近くに有るんですか」

「ちょっと、離れているからタクシーで行こうか」

「乗り物の事ですね」

「うん」


 いつの間にか、二人を付けていた銀次(古物商)の手下の姿が見えなく成って居る。

 大方、図書館で居眠りでもして居たのだろう。

 店に帰れば、銀次から大目玉を喰らうに違いない。



「ここが僕が通っていた中学校」

「へぇ~、この学び舎は四方を壁で囲まれて居るのですね」

「どこもこんな感じだけど」

「新はこの中に居て、閉塞感を感じなかったのですか?」

「どうだったかな~」

「もっと、解放感が有る方が学び舎にはふさわしいかと。門の扉も冷ややかに感じられてなりません」

「不審者が入らない様にしてるんだよ」

「その様な狼藉が度々あるのですか?」

「たまに、ニュースで聞くけどね」

「治安が行き届いて居ないのですね。それに、学び舎に他する尊厳も怪しいようです」



「で、次は?」

「医療関係の場にも行って見ましょう」

「病院だね。これで最後にしてくれよな」

「新が言い出した事でしょう」

「そうだけど」



「随分と大勢の人が~、順番を待って居るのですか?」

「そう。どこもこんなん感じだよ」

「待っている間に病状が悪化するでは?」

「予約制度が有ってもこの通りさ」

「医師が不足して居るのでは?」

「そんな事を聞いたことが有るけど。じゃぁ、帰ろうか?」

「この街を見渡せる所が有るなら行って見たいわ」

「ホントにそれで最後にしてくれる」

「どうでしょう」



 新は司を高台へと連れて行った。


「建物がびっしりですね」

「都会となれば何処もこんな風だよ」


 四方を見渡した司の顔に蔭りが見えている。


「どうしたの?」

「大地が息苦しいと嘆いでいます。それにその頭上もどんよりと濁って見えるのですが」

「そうかな、僕にはそんな風に感じられないけど」

「知って居て?」

「なにを?」

「大地も空も海も自然界すべてに心が在ってよ。ストレスが溜まれば、地が裂けたり、稲妻を走らせたり、大波も押し寄せるわ」

「たまに、そんな事も起きるけど、司は何が言いたいんだ」

「私たちの国にはこんな言い伝えが有ります」

「また、それですか」

「黙ってお聞き」


 司の声に威厳を感じたのか、咄嗟に、新はいずまいを正した。


「『民の心 清らかなれば大地騒がず、民の心 思いやり溢れれば空雷(いかづち)を下さず、民の心 慈しみ深く有れば海幸を贈らん』とね。言わんとしている事が分かるかしら?」


「・・・」


「新、どうしたの?」

「何故か、涙が溢れて来たんだ。よく分からないんだけど、司の言葉が僕の心を揺さぶったのかな」


 司は両手を新に差し伸べ、柔和な笑みを浮かべながら、


「おいで」


と、囁いた。


 新は司の胸に抱かれながら惜しげもなく泣き続けていた。

 事に寄ると、司の様に自然界の心を感じ取ったのかも知れない。





 



 


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