第4話 新の爺さん

 主だった所を巡り終えた二人は、新の部屋に戻り着いていた。


「新、流石に私も疲れました」

「そうでしょうよ」

「少し汗ばんで居るのですけど、身を清める所は有って?」

「ブフッ!」

「どうしたの、瓢箪から駒が出たような顔をして?」

「それも図書館で覚えたの?」

「使い方に違いがあって」

「いや、その通りだけど。シャワーそれともお風呂・・・」

「何、そのにやけた顔は~。どちらでも構いません。不慣れだから付き添ってくれますか?」


『て、ことは・・・。でもな、あっちに戻った時に、むち打ち、水攻め、磔(はりつけ)!ウワォー!!』


「なにをぼんやりしてるの、ここでしょ」

「あっ、ちょっと、待って司」


「ここを回すと、水が出て来ます。冷たければこれを右に廻して適当な温度にして下さい。下着の着替えはさっきの店で用意してくれてます。僕は何も見てないし、この中に入って居る筈ですから」

「分ってよ。新も一緒にどうですか?」

「どうって言われても、この歳で磔(はりつけ)はご免ですから」

「なんのこと。サドに何か言われたの?」

「それはもう、嫌って言うほど」



 司は何の気兼ねも無くシャワーを浴びている。

 微かに聞こえて来るその音に気を奪われてか、新は股間の膨らみと葛藤して居るようだ。そこここから何やら引っ張り出して来ては直ぐに仕舞う。狭い部屋を右往左往している姿には同情を感じずには居られない。



 ややあって、


「新!」


 司が脱衣所から新を呼んでいる。


「どうしたの?ウワオー!」


 新は目のやり場に困惑している。


「司、バスタオルで体を覆ってくれないかな。は、は、早く!」


 見ると、司は身に何も着けて無かった。

 恐らく、屋敷内で身の周りの世話をするのは女性ばかりだったに違いない。

 身を清めた後は彼女たち任にせていたのだろう。

 それに、全くという程、異性に対する警戒心がないらしい。

 帝王学を極めたと雖(いえど)も、性の知識はなおざりだったのかも。

 

 司はブラジャーを手にして何やら困り果てていた。

 絹の様な煌めきを帯びた肌に、弾けるような乳房。身体の稜線は滑らかで誰をしても眼を奪われる事だろう。


「新、これはどの様にして身に付けるのですか?」

 

 司はバスタオルを身に纏(まと)いながら尋ねた。


「えっ、司の国ではブラジャーを付けないんだ」

  『女性は誰もがノーブラ!気付いて居なかった』


「これをブラジャーと呼ぶのですか。どの様にすれば~」


 新は身振り手振りで漸く司にブラジャーを付けさせた。


「なるほど。良く考えられていますね。キラリやヒラリにも持って行ってあげたいんですけど」

「わかったよ。明日にでも店に寄るから」

「そのようにお願いします」


 新は首を傾げて居る。

『サイズが分からないな。まぁ、適当に大小様々選ぶしかないか』



「サッパリしました。新も浴びて来れば」

「うん」

「髪を乾かしたいのですけど~」

「僕が~」


 新はドライヤーを取り出し、ベッドに腰かけていた司の後ろに回った。


「それで、乾かすの?」

「うん。ジッとして居てね。こういうの慣れてないから」

「分かったわ、お願いします」


「熱くない?」

「ちょうど、良くてよ」


「あれっ!」

「どうしたの?」

「司の髪って黒じゃないんだ」

「そうよ。深み掛った青が感じられるでしょ」

「そうみたい」

「これも血筋かな。お母様もそんな感じだったそうよ」

「それも、奥様から聞かされたの」

「えぇ、私は覚えて居ないから」

「そうなんだ。・・・これくらいでどうかな?」

「いいわ。あとは自分で整えますから」



 ぎこちない気分で二人はシングルベッドに潜り込んだ。

 否応なしに密着せざるを得ない。

 新は気もそぞろのようだが、司にこれと言って変わった様子はない。



「新、このまま眠ってもいいの」

「あっ、忘れてた。司もこれをかじってくれる。用心の為に」


「これって、葉っぱ?」

「うん、蓼(たで)の葉っぱ。この葉っぱをかじると夢を見ないで済むんだ」

「どう云うこと?」

「僕にも分からない。爺さんからそう教わったし、実際、夢を見なくて済んでるから、多分、明日の朝もこのままここに居ると思う」

「そうなんだ」


「あっ、明日は僕に付き合ってもらうから、いいよね」

「何処に行くの」

「爺さんの所へね。この蓼の葉っぱも補給しとかなきゃ」

「辛い!!!」

「だろう。眠気が醒めそうだけど、そうでも無いから」



 司が新の世界、詳しくは娑婆世界に来て二日目の朝が来た。


「おはよう」

「ぐっすり眠れた?」

「どうでしょう・・・」

「夢は?」

「見なかった」

「司にも効くんだね、蓼の葉っぱ」

「そのようです。・・・新のお爺さまの所に行くのですね」

「うん。聞きたい事も有るし、司も疑問が有れば何でも聞いて見ればいい。夢の事やヨミの世界の事は詳しいから」

「そうなんだ」


「そろそろ、墓参りをしとかないと、爺さんに𠮟れるし~」

「墓参りって、誰の?」

「僕の父さん。三つの時に亡くなったんだ」

「ふ~ん。新にも何か訳がありそうね」

「誰しも無いようで有るもんだろ」

「そうよね。突然、私が行っても構わないかしら?」

「大丈夫。爺さんは若くて可愛い子が好みだから」

「変に歳を取ったのね」

「それは言いすぎだろ。否定はしないけど」


「ふふっ、楽しみだわ」

「どうして?」

「五十年後の新の顔が覗われるもの~」

「今の僕の顔は?」

「どうでしょう。鏡に聞いて見れば」

「えっ、なんで?」

「こちらの童話に有ったわよ。『鏡よ鏡よ~』てね」




 少し街はずれ、木立に囲まれた所に新の実家が在った。


「爺さん、ただ今」

「おう、新か。久しく顔を見せなかったが息災(そくさい)で居たのかな?」

「うん。相変わらずのその日暮らしだけど」

「その女人(にょにん)は?」

「別の世界から連れて来たんだけど」

「うむ」

「初めまして。カヤ族の司です。訳あって、新とこちらに来て仕舞いました」


 新と司は広間へと誘われた。

 だだっ広い古ぼけた机を挟んで二人は爺さんと向かい合った。

 爺さんは思い詰めた顔を浮かべている。


「新、お前の行いは頂けないな。とは言え、これも運命(さだめ)なのかも知れない」


 新は爺さんを訝りながら、


「どう云う事なの、運命(さだめ)って?」


「しばし待ちおれ」



 爺さんは立ち上がり踵をかえすと、床の間に歩みよった。

 爺さんが床の間の柱の中程に手をあてがうと、パカッとその一部が開いた。


 新と司は怪しげな爺さんの行動を凝視している。

 開かれた箇所に紐の様な物がぶらついて居る。

 爺さんがその紐を引き下げると、


「あっ!」


 新と司は共にそう口走った。


 なんと、床の間の奥の壁がスーと開いたのである。


『ここにも隠し部屋?』


 新と司はそう思ったに違いない。

 驚きを露わにしている。


 爺さんはその中に入り、二つの物を持ち出して来て、机の前で腰を降ろした。

 

「これは我が家に留め置かれた物だ」


 その一つは古文書の様である。

 もう一つは、長さにして50センチほどで有ろうか、艶やかで在ったであろう布包(ぬのつつ)みである。その中には大切なモノが入れて在るようだ。爺さんの手つきからそれが覗われる。


「さて、先ずはこの袋の中には『八葉蓮華の小太刀』が入って居る。当家が先代まで鍛冶屋を、古くは刀鍛冶を営んでいた事は新に言い聞かせて有ったな?」

「はい」

「この小太刀は七百年の昔、上首菩薩様に献上された品である。守り刀としてな。縁あって、いつの頃からか当家でこれを預かり続けて来たのだ」

「それで、この本は?」


と、新が尋ねた。


「せっかちは相変わらずだな。この書物はこの小太刀の覚書(おぼえがき)でな、この中には『八葉蓮華の小太刀』の謂(い)われが書かれて在る。

 詳細は省くが次のような事が書かれて在る。


 『時至れば、この娑婆(しゃば)世界に、金色世界からカヤ族の姫がこの小太刀を求めに来る』

       ~とな」


「カヤ族の姫って司の事?」

「恐らくは、そうに違いない」

「司、だってさ」

「俄かに信じられませんけど、その他に何が書かれて在るのですか?」


「うむ。これごれは司殿に譲るべき品と心得ている。従って、持ち帰り詳細を確認すればよろしいかと」



「爺さん、ちょっと、この本の中を見ても良いかな?」

「構わん。ただし、古い文献で有るから丁重に扱う様に」


「あいよ。司、一緒に~」

「はい」


「???。表紙の文字は読めるけど、中は漢字ばっかりで僕には分からないよ、爺さん」


「新」

「どうした、司」

「私、これ、読めてよ」

「そうか、図書館に行った事にも訳が有ったんだ」

「そう云う事かしら~」


 爺さんが割って入った。


「流石ですな。知識に関しては新とは雲泥の差をお持ちである」


 新と司は互いに顔を見わせている。

 予想外の展開となったからであろう。



「爺さん、他に僕に隠し事はない?」

「うむ。時が来たようだな。心して聞くんだぞ、新」

「はい」


 司は新の顔を窺っている。いや、気遣って居ると言った方が正しいだろう。

 司は爺さんの言葉の重みを感じ取ったのだ。


「墓参りは済ませたのかな?」

「これから、司と行くつもりだけど~」

「すまんな。お前が三才の時に父親、ワシの倅(せがれ)の忠(ちゅう)が病(やまい)で亡くなったと伝え置いたが、実は、そうでも有り、そうでも無いのだ」


 新は口をムの字にし、顔を傾げて居る。


「ど、どう云う事。サッパリなんだけど?」

「忠は使命を感じ、この小太刀を携えヨミの世界に向かった。当時は大きな戦(いくさ)が有り、この国土は激しい爆撃に有った。しかも、とてつもない爆弾が二つの都市を微塵と化したのだ。

 その文献に、


『大なる禍(わざわ)い起こりし時は、八葉蓮華の小大刀を携え、ヨミの世界に赴(おもむ)くべし』


と、書かれて在る。

 それで見よう見かねた忠は夢の回廊を伝いヨミの世界に行ったのだが、戻って来たのはこの小太刀だけだった」


「まだ、良く分らないんだけど、父さんは生きているかもって事?」

「さぁ、そこが分らず仕舞いに成って居る。わしも忠を探しに夢の回廊を伝い、あっちこっちと探し回ったのだが、こと及ばなかった。今となってはこの年だし、忠を探しには行けなくなった。

 そこでだ、新!」

「はい」

「この老体が考えるには~」


 新も司も固唾を飲んでその言葉を聞き漏らすまいとしている。


「倅の忠は、

 一つには、夢の回廊で方向を見失い、未だに彷徨(さまよ)っている。

 一つには、何処かの世界、司殿の居られる金色世界かもしれないが、そこで、何らかの理由で縛りを受け、こちらに戻れないで居るか。と云うことだ」


「じゃぁ、父さんが生きている可能性が有るって事なんだね」

「可能性はな~」


 司が満を持して新に言葉を掛けた。

「新、良い知らせでは有りませんか。ヨミの世界に立ち寄ることが出来れば、お父様の行方の手がかりが見つかるのでは~」

「どうだろう?」

「新、しっかりしなさい!そんな顔は見たく有りません」


 強張って居た顔を緩めながら爺さんは、どちらにともなく語り掛けた。

「これは見た目より気根の有る姫様だな。新の連れ合いには持って来いだ」


 司は小声で新に尋ねた。

「新、『連れ合い』ってなんの事なの?」

「行動を共にする人のことさ」

「頷けるわね」

「あと、別の意味も有るんだけど・・・」

「何?教えて」

「それが・・・」

「勿体(もったい)ぶらないで!」


 爺さんが口を挟んだ。

「それはだな、夫婦として、ん~ん、つまりは、結婚する相手にふさわしいって事だ」

「まぁっ、私と新が。お爺様、私にも好みが有ってよ~」

「おい、おい、今、それを言わなくても~」

「だって、変に期待を持たせては、後で新に恨まれるでしょ」

「なにも、そこまで釘を、いや、楔(くさび)を打たなくてもいいだろ」


 爺さんは二人の様子を見ながら、

「ワシには仲睦まじく見えるがな」

「爺さんが変な事を言うからだよ」

「お爺様、新は臍を曲げたようです」

「ほう、その様な言葉までお覚えに成られたのかな?」

「はい、それはもう、口では負けないくらいにね」

「ん~ん。益々、頼もしい女人であらせますな」

「爺さん、もう、いいってば!」



 爺さんは何処となく不安げな様子で、

「ところで新、耳鳴りの方はどうだ?」

「最近、やけにうるさく鳴って来てる」

「ふむ。そろそろかも知れんな~」

「何がです」

「これも又、時至れりと言うか、

 新の耳鳴りには相応の能力が秘められて居る筈だ」

「また、変な事を言い出して」



 司には初耳だった。

「新、耳鳴りがするのですか?」

「あぁ、四六時中な。耳鼻科で診て貰ったら、4000ヘルツ辺りの音域だそうだ」

「それで、生活に支障は有るのですか?」

「無くは無いが、人の話し声はずっと下の音域だから聞き取れるけど~」

「けど何?」

「それが、同調する音域、つまり、公約数に当たる周波数の音が響くと耳が痛く成るんだ」


「例えば~」

「子供が良くやるだろう、甲高い声を。それと、黒板て分かるかな?」

「学び舎に備えてある物でしょ」

「そう、あれに爪を立てて走らせると、キーンて鳴るんだけど、そう云うのもね。それから~」

「まだあるの、それじゃ支障がないとは言えないわね」

「うん。スーパーの自動支払機の音声もね。『お支払方法を選んでください』ってのがね。あぁ云うのは昔は声優さんがやってたんだろうけど、今はAIの音声みたいで、レジに幾たびに辛く成るんだ」

「苦情は伝えたの?」

「うん。レジの人にこれこれこうなんで、何とか出来ませんかって言ったし、スーパーへの要望書も書いて箱に入れたけど、未だに、何も変わっていない」

「辛そうね。私もこれからは気を付けるわね」

「別に、構わないよ。普段の司の声はおっとりしてて優しいし~」



「う~ん、話の最中に申し訳ないが~」

「お爺様、お気に掛けないでどうぞ」

「新、お前の後頭部に小指程の『いぼ』のようなもが出来て居たであろう」

「うん」

「どれ、見せてみて」

「いやだよ」

「お願い」

「見るだけだよ」


 新は髪を掻き分け司の方へと頭を下げて見せた。

「あっ、ホントだ」

「ダメだよ、触っちゃ」

「痛くて?」

「痛くは無いけど、なんかいい気分がしないから」

「ボヨボヨしてる。面白いわね」


 見かねた爺さんが

「ウッウン!」

と咳ばらいをした。


「ごめんなさい。私ったら、話の途中でしたわね」


「どうだ新、ここに来て何か感じて居ないか?」

「例えば~」

「うむ。辺りの気配を感じる事は無かったか?」

「そう言われれば、そんな事が有ったような」

「うむ。ワシの父親にも新と同じようなモノが有ってな、それをしてか辺りの気配を感じ取れた。つまり、危険が迫って居る事なんかを感じ取れたんじゃ。加えてな、思いを集中する事に寄って、人の心の内を感じ取ることも出来ると話してくれた。それと~」

「まだ、有るんだ」

「こらっ!人の話の腰を折るもんで無い」

「は~い」

「うむ。属に云うテレパシー、以心伝心とでも言うか、その様な事も出来たらしい。尤も、無暗に用いはしなかったがな」


*注~新の耳鳴りはレーダーの様な機能を果たしていた。

   つまり、四六時中聞こえている耳鳴りに乱れが生じることによって身の危険を   

   感じるのである。

   又、神経を研ぎ澄ます事によって、対面する相手の心の内を見極める事も出来

   る。相手の心に澱みが有れば短波ラジオの様な雑音が耳鳴りに加わり、時に、  

   痛みまでも加わるのである。

   

   反して、対する相手の心に嘘偽りがなく清らかで有れば、耳鳴りに通常含まれ

   て居るノイズにマスキング効果が現れ、違和感が薄れるのである。

   レーダーの捕捉効果を上げる際にも地形の状態や気象(雲)を鑑みてこのよう 

   な処置が成されている。



 司はさも感心したのか、

「新、凄い事でなくて!あちらの宮殿で活用で来てよ。叔母様の意図がハッキリしてきました」

「僕を地雷探知機にでもする気かい?」

「イケなくて。お爺様、それで良いんですよね」

「うむ。こんな新で良ければ、ご自由に活用されればよろしかろう」

「ほらっ、お爺さまも賛成してくださったわ」

「もう、いいよ。司を連れて来るんじゃ無かった」

「まぁ、私からひと時たりとも離れるなとサドに言われてなかった。違(たが)えれば、むち打ち、水攻め、磔じゃなくって」

「どうして、それを?」

「図星のようね。小気味いい限りね」


「もう、よしてくれよ。爺さん今日はこれで帰る事にするよ」

「泊まって行かないのか?」

「うん。墓参りの必要もなくなったし、これ以上ここに居れば爺さんが司に何を吹き込むか知れたもんじゃない」

「そう言わずに、五右衛門風呂を沸かしてやるから~」

「爺さん、なんだその眼付き。又、怪しげな事を考えてるんじゃ?」

「いやっ、何もワシは、その~、司殿にこちらに来た土産に、ここいらの風土を感じ取られてはと考えたまでだ」

「爺さん、下心が顔に出てるよ」

「な、な、何を言うか。年寄りをからかうものでない」








 

 

 




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