もったいぶり


「久野君ってさ、吉井さんの事好きなの?」

「あー、それね、……うん。好きだよ」

「……ま、そうだよね。わかりやすいもんね?」

「まあ、それが吉井さんにはイマイチ伝わってないんだけどね」


 そこで佐藤さんはニヘラと笑って「ざまぁ」と僕に蹴りこむ。

 「やめて。落ち込む」と、僕はそれを横にズレて躱し、持った傘を逆袈裟気味に払った。


「でもほら。この間一緒に飲みに行ったじゃない?少しは距離が縮まったんじゃん、っておっと……」


 大きく後ろに跳んでそれを避けた佐藤さんはそのまま少したたらを踏む。


「いや、溝が広がってた……」

「は?え、なんで?私前より喋るようになったけど?私が帰った後何かした?」


 そこから佐藤さんは、今度は前に思いっきり踏み込んで跳躍し


「してないよ。でも前より余所余所しいんだよなぁ」


「そんなこと言って、酔った勢いでシラフの吉井さんのおっぱい揉んでない?」


 傘を思いっきり振り下ろした。それを僕は


「してないよ」

「したいとは思ってるクセに」


 更に前に踏み出す事で接触するタイミングを外すことによって躱し、お互い背中を向けた状態で


「……セクハラだろ?」


 握っていた傘の柄で佐藤の後頭部をコツンと当てたのだった。


「オーケー理解した」

「……なあ、僕ら二十歳を超えて一体何をやってるんだ?」

「『キャー、困ったー。私このマンガの戦闘シーンがよくわからなーい』って私が叫んだら喜び勇んで登場した久野君が気持ちの悪い笑みを浮かべて検証に付き合ってくれたんでしょ?」

「そんなノリノリだったみたい言わないで!?少なくとも僕仕方なさそうだったじゃん!……部屋に戻るわ」「ちょ!?ちょっと、待ってよ!あと一つだけ!このボディブローをどう避けたのか分からないの!ともに武の神髄を!」


 極めないってば。セミと佐藤さんがうるさい。かいた汗はすぐに炎天下にトんでった。ああ、暑い。喉乾いた。日陰に入りたい。早く吉井さんのいるゼミ室に戻りたい。もうだいぶ古ぼけていた誰かの傘を傘立てに突っ込むとヒンヤリとした大学の階段を登るのだった。




「……え、ごめんごめん。聞いてなかった。もう一回お願い」


 ゼミ室で、片耳に手の平を添えて頬杖ついて、ぼんやり呆けていた吉井さん。


「ですから、今日これから飲みいきません?」


 吉井さんは何も伺えない表情で、ただただ綺麗な目で僕をしばらく見つめ返した。


「……う、あー、うん?えっと、いや、他は誰が来るのかな?」

「いないですよ?」

「……あー、その、ごめん私、車だから」

「じゃ、来週のどこかで」

「いや、車じゃないと大学来るの面倒なんだよね、私。ゴメンね?」

「代行サービスあるじゃないですか。僕、出しますよ」

「やー、結構高いしさすがにそれは悪いわ。ごめんね?」

「また飲み行きましょうって言ったじゃないですか、吉井さん?」

「あー、うん。社交辞令って大人スキル知ってる久野君?」


 この後教授と打ち合わせだから、それじゃまたねと、吉井さんはゼミ室から出て行った。


「やーい、振られてやんの」

「お疲れ様。露骨過ぎてもう逆に賞賛しかねーよ」

「ありがとう。でも外野の皆さん、黙って貰えると僕は嬉しいんだ」


 あと、断られただけで振られてはないってば佐藤さん。


「よし、じゃあ、振られた久野君の慰安会だ。飲みいこーかー」

「お、じゃあ俺いくわ」「んー私も行こうかな」


 と、続々と参加者が増えていった。


「あ、でもちょっと用事あるから私1時間ぐらい遅れていくね?という訳で久野君、先導お願い。入った店連絡してね」

「僕が返事していないんだけど?」

「吉井さん誘ってた時点で時間も金も問題ないじゃん。じゃ、後でねー」




 なんだかんだと他のゼミからも人が集まり、結構大所帯な飲み会となった。「「「久野、どんまいっ」」」の掛け声のもと飲み始め、1つめのジョッキが空いた頃に同じゼミの奴に声を掛けられた。


「なあなあ、久野は大きいおっぱいが好きなのか?」


 リソースはどこかな?どこかな?心当たりがなさ過ぎて特定が楽勝過ぎた。


「好きだが?紳士なんだ、好きであることぐらい許しちゃくれないか?」

「なんで卑屈なんだ?いやさ、お前、佐藤と仲いいじゃん。巨乳好きならむしろそっち狙いじゃないの?」

「吉井さんが好きなのは胸が大きいからじゃないっつーの。吉井さんが好きだから大きい胸が好きなんだよ」「それ、俺に言うなよ。なんか腹立つから。……いや、うん、マジでなんか腹立つから」


 軽くキレられた。


「そんなイイか、吉井さん?佐藤さんの方が可愛いだろ?」

「そうな。確かに佐藤さんも可愛いし面白いんだがな」


 そうだが、そういうんじゃないんだ。とはいえ、他の男に吉井さんの可愛イイとこを話すのも嫌なので濁そうと思う。


「いえー、用事早く終わったよー、みんなー盛り上がってるかーい?久野君は落ち込んでるかーい?」

「はーい、さっきから僕に慰めも安らぎも1モルもないんだけどさー?」

「散々落ち込ませて私が慰めるっていう趣旨だからサ。さて、そろそろ仕上がってきたかい?」


 キメ顔で頑張って声を低くして宣言した佐藤さん。……マジか、コイツ。頭痛くなってきたんだが……とはいえ、渡りに船でもあるかな?


「なら頼めるかな?」


 二人だけで話せるように屋外を指差す。ヒューヒューと周りに囃し立てられながら二人で少し外に出た。お前ら、大好きだよ。蹴とばしてやりたいね。

 自動ドアが開くとむわっとした熱気。夏至を過ぎたとはいえ外はまだ幾分か明るかった。


「そういえば、佐藤さん?」

「ん?」

「なんで吉井さんにマンガ貸したの?布教活動別に他の人でも良かったよね?」

「あー、……そうだね、あのね、私にとって吉井さんって日の丸弁当におかずが野菜炒めだけの人なんだ」

「うん?」

「で、ついついそういう人には卵焼きとかタコさんウィンナーとかあげたくなっちゃうワケよ」

「あー、ごめん。分かんないかもとか思ってたけどすごい良くわかった。しかもご飯と野菜炒めを美味しいって食べてる感じだよね吉井さん」

「そうなのよね。さすが、私と感性が似ている久野君、話が簡単で助かるわ。というわけで私の中で至上のエンタメを献上したのよ。……まあ、さすがに唐揚げとかはあげる気ないんだけど」

「そういうトコあるよね佐藤さん」

「知ったような口をきかないでよね、カラアゲくん?そういうトコあるよね久野君」


 うん、ごめん。今のはデリカシーなかったわ。


「それとも何かな?久野君は私に唐揚げ恵んでくれるのかな?」

「全面的に僕が悪かった。確かに僕も誰にもやらんわ」


 でしょ、それでよし、と佐藤さんはそっぽを向いた。




「で、何の用?」


 それから幾つか雑談したあと、本題に入った。


「いや、先週の飲みで僕、やっぱり失礼な事してなかった?」

「揉んだ以外何もないって。むしろ私が一人で喋って二人とも悪いなーって感じだったし」

「そっかー。うーん、あのさ、揉んでないコト前提で助けてくんない?」

「そんなお願い、私にすんなよ?」

「いや、でも、佐藤さん吉井さんの事めっちゃ好きだし。協力してくれ。正直なりふり構ってられなくて」

「私が好きなのは吉井さんだけじゃないんですけどー?お前鬼か?鬼畜か?クズ男か?……はあ、まあ、いいや。

……で、どうしたいの?」

「どうやったら吉井さんをデートに誘えるだろう?」

「……ああ、わかった。いいよいいよ。じゃあ、こうしよう?」


 佐藤さんは、随分不服そうにこう言った。


「近々吉井さんが君をデートに誘うから、うまくやりなさい」




今週の土曜日、予定空いてませんか?

夕方ごろ、〇〇公園来れませんか?

ちょっと話たいことがありまして。結構大事な。

その、来てくれると嬉しいです。以上


 佐藤、君はどんなマジック使ったの!?僕は多少錯乱しながら即レスする。


わかりました。

あと、その日って花火大会ですよね?

一緒に回りませんか?


 周りに気づかれずに、自分の席でポチポチとスマホに打ち込んでいる吉井さんが目の端に映った。スタンプも絵文字もない素っ気ない返答がピコン。


迷惑じゃなければ




 指定された海沿いの公園は、さすがに花火大会なだけあって近づけば近づくほど人ゴミが増していった。その人込みを掻き分けて待ち合わせ場所まで来てみれば、そこには茶色地に猫柄の浴衣を着た吉井さんがいた。背中で手を組んで、ゆらゆら揺れていた。

 近づいてみれば、……あきれるほど酒臭かった。


「あー久野君だー」


 こちらに気が付いたが、いつもと違って間延びした口調でそう言って手を振って駆け寄ってきた。

 久野君だ久野君だ、久野君だーと繰り返し僕の名前を呼んでクスクス笑う。


「いや、呼んだの吉井さんじゃないですか」呼んでるのも吉井さんですが。


「そうだった」


 そういってまたクスクス笑う。潤んだ瞳をした吉井さんがクスクスと実に楽しそうに笑う。


「ありがたやー」

「えーと、飲んでますよね?だいぶ酔ってますよね?吉井さんお酒弱いんですか?」

「ううん、そんな事ないよ?むしろ強い方かと思うけど……」

「ちなみに今日どれぐらい飲んでます?」

「えーと、テキーラが……7杯ぐらい?こう、塩でクイっとショットでさー、あれ、美味しいよねー」


 あらヤダこの人めっちゃキメてきてるよ!?大事な話はどこ行ったー!?


「一緒に飲んでくれてたオジサン、二人ひっくり返ってビックリしたー」


 あっちの方で屋台やってたよーと、指差す。そのおじさん二人不憫だな!いやでもスケベ心ありそうだし、むしろ卒倒してたらいい!


「あー、分かりました。まあ、もうそれはいいです。それにしても随分カワイイ恰好してますね」

「そう?ホント?私可愛い?」

「はい。とっても」

「ホント?久野君にそう言って貰えるの、とっても嬉しい」


 そう言って満面の彼女は袖を摘まんで器用につま先でクルッと回った。


「よかった。佐藤さんも喜ぶよ」


 あー、彼女の采配かー。


「まあ、それはいいです。で、大事な話ってなんです?」

「えー……うん、ほら、それは後でちゃんと話すよ。でも今は折角だし一緒にお祭り廻ろ?ね?ほら!」


 いこっ、いこっと繰り返し、吉井さんは僕の背中を押すのだった。


「わ、分かりました。分かりましたから!」




「じゃ、どっから行く?私こういうの、あんまり来た事ないんだよねー?」

「そうなんですか?まあ、僕も久しぶりですけど」

「思ったより屋台も多いね。人も結構いるけど、まだ増えるのかな?」

「まだ明るいですしね。増えると思いますよ」

「はぐれちゃいそうだね。手でもつないじゃう?」

「へ!?」

「ふふ、今回はやめとくか」


 そういうと、くすくす笑って小走りで距離を取り、振り返って少し弱ったような笑顔を浮かべるのだった。


「屋台いっぱいあるけど、んー何か気になるのある?」

「んー、まだないですね。まだお腹空いてないですし。あ、でも、其の頃には並んじゃうか」

「あ、そうだね。じゃ、今買っておこうか。何か食べたいのある?」

「焼きそばとかイカ焼きとかタコ焼きとか。定番辺りにしときましょうか。吉井さん何かあります?」

「テキーラ!」

「却下」

「へい……」




「結構買っちゃいましたね」

「そうだね、持ってくれてありがとね、久野君」

「いいですってば。それよりどこで食べましょうか?」

「あ、じゃあ、海沿い行こうよ。今ならそろそろ夕日がきっと綺麗だよ」


 行ってみたら見事にカップルばっかりだった。


「そりゃそうですよーねー?ロマンチックなの間違いないですもんねー?」

「……まあ、いいじゃん。久野君と、きっと私も大して変わんなく観られてるって!」


 そう言って吉井さんは、僕の服を少し摘まんでクイクイっと引っ張ると、少し自嘲気味に笑うのだった。


「……あの」

「!?久野君!?」

「へ?」

「うわぁ!?」「ギャー!?」


 周りを見ると、周囲のカップルがトンビからの強襲を受けていた。く、屋台の惣菜狙いか。「吉井さん、離れてっ」と僕は吉井さんと距離を取り周囲を警戒する。

 案の定、僕に目を付けた一羽がこちらに一直線に急降下してきた。


「ぃやッ、久野君逃げて!!」


 あわや奪われると思われた瞬間、僕は敢えて一歩踏み出しランデブーポイントをずらすことでトンビを回避することに成功したのだった。

 奪い損ねたトンビは残念そうにまた空に戻っていったのだった。

 よかった。無事死守できた。


「すごいすごい、すごいよ久野君!?」

「ちょ、吉井さん!?」

「どうやったの、すごいかっこよかった、あんな事できたんだ!?」


 興奮気味の吉井さんは僕の両腕を掴むと上下に揺すった。


「ちょ!?吉井さん落ち着いて、アト近いです」

「あ……」


 吉井さんは手を離すと、恥ずかしそうに距離を取るのだった。気が付くと、お酒臭さはだいぶ薄まっていて、いつもの吉井さんの匂いがしてた。




「不思議だね、美味しいね」

「はい」


 ようやく座れる場所を見つけて二人して並んでモグモグ食べてるのだった。


「結構油っこくて安っぽいと思うだどな。……一生忘れられない味になりそうだよ?」

「僕もです」

「も、……もう?先に言ったの私だけど大げさ過ぎだよ?」

「そんな事ないですよ?ところで大丈夫ですか吉井さん?だいぶ飲んでましたけど気持ち悪くなってません?」

「んー、大丈夫だよ?あー……でもそうだなー」


 僕の肩に、コトンと頭を預けた。


「あー楽ちん。気持ちいい」


 僕の肩に頭を預けた彼女の表情は伺えない。


「あの、吉井さん?」


 僕の肩に頭を摺り寄せる。


「もう、周りのカップルとほぼ一緒だね?このままキスとかもしてみる?

 ほら、佐藤さんが貸してくれたマンガのあの、1話目みたいなの」


 クスクスと、表情は見えないけど愉快らしい笑い声が聞こえる。


「あの、吉井さん。吉井さんって佐藤さん大好きですよね」

「え、うん……好きだけど?今その話いるかな?

 私といるのに他の女の子の話、するかな?」

「そうですね、僕もそう思いますけど。……佐藤さんに、憧れみたいなの抱いちゃってます?」

「……そうかもしれない」

「正直今日の吉井さん気持ち悪いです。楽しみにしてきたんですよ?でもなんか今日の吉井さん、佐藤さんの出来損ないみたいですよ?聞いてます吉井さん?僕だいぶ楽しみにしてきたんですよ?」

「……ごめんなさい」


 いや、正直、時折見せる素の吉井さんにはだいぶノックアウトされそうだっただけども。


「でもさ、私だって可愛く在りたかったんだよ……」


 そう言って、涙目で肩を震わせる。


「ほら、佐藤さんの方がかわいいじゃん?

 佐藤さんの方が胸大きいじゃん?

 佐藤さんの方が歳近いじゃん?

 だから、つまり、なんていうか……その、控えめに言って最高じゃない!?」

「ああ、そういう見方もできますね」

「あれ、久野君は佐藤さんに興味を示さないとか、さては女の子に興味がないのかな?」

「吉井さん、こう聞いてください『今って好きな人っていないんですか?』」

「え?えーと、『今って好きな人っていないんですか?』」

「いますよ?」

「へ、へぇ?そうなんだ」

「そうなんですよ」

「やっぱ佐藤さんなんでしょ?」

「佐藤さんじゃないですね」

「佐藤さんじゃないの?私も知ってるコ?」

「吉井さんも知ってるなんと女の子です」

「へ、へぇー」

「知りたいですか?」

「知りたいような、知りたくないようなぁ……」




「……うん、教えて、貰ってもいいかな?」

「あのですね、」

「わ、待って!待って!やっぱり待って!」


 すーはーすーはーと、呼吸を整える。


「わかった。私がカウントダウンするから、ゼロまで言ったら、そしたら教えてね?ね?」

「いいですよ」

「じゃ、始めるよ?3!」

「2!」

「1!」




 よん




「よ、……ん?よん?」

「……よん。ごめん、やっぱりまだココロの準備が。いや、もう大丈夫大丈夫。整いました。じゃ、始めるよ?」

「は、はい。お願いします」

「スリー!ツー!ワンッ!……ふぉー」

「バイツァ・ダストかよ!?」

「え、バイ…?なにそれ?」

「いやごめんなさい意味なんてないです。知らなくていいです。

 ……あの、吉井さん?」

「はい?」


 僕は吉井さんの頭を両手で挟み込んで鷲掴わしづかみする。


「へ?」

「もームリ」


 ほっぺたスベスベで柔らかいと少し思ってしまったのは内緒だ。


「吉井さんの気持ちのタイミングでと思ってたんですけど……ごめんなさい」

「へ?」


 吉井さんの顔に顔を近づけて、耳元にささやいた。


「吉井さん、僕は……」

「だぁ!?」

「ぐふぅ!?」


 僕の告白は錯乱した吉井さんの右ブローにより撃沈した。「ご、ごめんなさーい!?」と口だけは謝っていたものの、そう言い残して佐藤さんは逃げ出した。


 左レバーにモロに決まったため、脇腹を押えて暫くうずくまってしまい、その隙に逃げた吉井さんを僕は完全に見失ってしまった。僕の肝臓はテキーラの味も知らないうちにボロボロだよ……っと、それはともかく困ったことに、吉井さんはラインにも電話にも出なかった。

 一体今はどこにいるんんだ……?


「吉井さんはそこの階段を上ったところの展望台の方に向かったわ」

「ってお前いるのかよ!?」


 草むらから顔を覗かした佐藤さんが階段の方を指差していた。


「いや、でも助かる。ありがとう、行ってくる」

「行ってらー」


 そうして草むらから顔を出してる佐藤さんに見送られながら吉井さんのいる展望台に向かったのだった。






    僕は吉井さんの事が好きです






「はーい、お疲れー」

「……労い、ありがとう」

「良かったじゃん。無事告白できて?」

「そうな」

「ちゃんと送り届けた?」

「ちゃんと実家に送り届けたってば。ってかお前一緒に見届けてたやん。何だったら花火も電車もお前ずっといたやん」

「だって男と二人っきりで帰宅とかご両親心配なさるでしょ?」

「『佐藤さんが一緒だったなら問題ないわね』って、メッチャ信頼厚いやん。

 え、お前実際ホント何やってたの?」

「気のせいよ。まあ、それはともかく……」


 そうして咳払いをして一旦間を切った佐藤さんは


「さあ、では第二回、久野君の慰安会の開催よ!」


 正直ここまで嬉しそうな表情の彼女を見たことがなかったよ。




 今僕たちはコンビニの前でチビチビ缶コーヒーを飲んでいる。街燈の周りを虫が飛び交っていた。クワガタのオスを1匹見つけて少しだけ気持ちが浮上した。


「まあ、落ち込んでるようだったから慰安会って言ってみたけど、なんか悪い事あった?」

「返事貰えなかった……」

「ああ。でもまあ告白はできたんでしょ?ただ返事待ちってだけじゃん」

「そうなんだけどさ、すぐ返事貰えるとばかり……」

「堪え性ないなぁ?そんなんだとモテないよ?……やるだけやったんじゃないの?」

「やったよ?やったから……うん、後は待つだけだ」

「よろしい」


 夜は深まりつつある。それでもまだまだ蒸し暑い。

 熱気冷めやらず、朝はまだまだ遠かった。




「これあげる」


 後日、佐藤さんと会った時に何故か封の空いたテキーラの瓶をもらった。

 意図がつかめないよ、佐藤さん。

 ……まあ、でもたまには飲んで貰えないかな、って今度吉井さんに頼んでみよう。

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