酔恋

dede

寄り酔い


 いや、おっばいは大きい方だと思うのよ?

 でも他に何かあるかといえば、ないのよ。

 胸を強調した服とかって?推してけって?

 いや、ほら、唐揚げの大盛は嬉しいと思うんだけどさ。

 でも冷奴の大盛って嬉しいと思う?

 可愛い子だと嬉しいと思うんだろうけどさ。

 私がしてどうすんのって思うのよ。

 え、興味ある?……あー。なんかごめんね?気を遣わせたみたいで。後輩クン?




「吉井さんってマンガ読むんですね?」

「イメージない?」


 クーラーの効いたゼミ室でペラペラ漫画をめくっていたら、声を掛けられた。額に汗をかいてるところを観ると、今来たところらしい。


「吉井さんからマンガやアニメの話を聞いた事なかったですし」

「読まないわけじゃないよ。持ってはないけど。これは佐藤さんが面白いって貸してくれたの。ネ?」

「イイものは広める!それが私の推し活であります!」


 と、少し離れた席でパソコンをいじってた佐藤さんがキリッとした表情でコチラに敬礼した。

 うん、佐藤さん、今日もカワイイ。


「今のところ、確かに面白いけど……昔読んだマンガよりだいぶ大人な話だなぁ。今時ってこんな感じなの?」


 まだ2話目の冒頭だけど。読み慣れてないせいで私の読書スピードはとても遅い。論文の方がまだ読み易……なんかそれもちょっと淋しいなぁ。


「前読んだのっていつです?」

「小学生の頃に読んだ、確かちゃおのえーと、…なんて名前だったっけかな?」

「そんなにブランクがある人をマンガ読みとは言いません」


 久野君は、私の持っていたマンガの表紙を一瞥する。


「ちゃおからKissは、だいぶ大人でしょうね」

「あれ久野君、結構少女マンガ詳しい?」


 ちなみに私はキスというマンガ雑誌自体を知らない。


「え、なになに?詳しい?オススメとかってある?」


 佐藤さんも食いついてきた。


「え、いや……ドラマ化したやつとかぐらいしか」

「あ、じゃあ、これ読んだ?めっちゃイイんだけどさ……」


 と、今度は二人で話し始めた。私はそれを見届けた後、少し長めの休憩を切り上げて午前中の実験結果をレポートにまとめ始めた。




「んーー」


 背伸びして肩を回し、メガネを外して目元をほぐす。窓から見たキャンパスはすっかりオレンジ色だった。キリもいいし、急いで仕上げる必要もないから、今日はあがるかな。

 いやー明日からの休みも気持ちよく過ごせそうだ。


「お疲れさまでしたー」「お疲れさまでした」

「あ、佐藤さん」

「はい?」


 帰ろうとしてた佐藤さんに声をかける。


「貸してくれたマンガ、いつまでに返して欲しいってある?」

「私はいつでもいいですけど読んだら久野君に渡して貰っていいですか?」


 と、佐藤さんが横にいた久野君をチラっと見ると、久野君が小さく手を挙げる。

 「おかげで布教活動が捗りました!」と、機嫌のいい笑顔の佐藤さん。


「久野君と結構マンガの好みが合うみたいで、今日も今から飲みながらマンガの話の続きをする予定なんです!」

「へぇ……あ。なら、あと5分待てる?車出そうか?」

「いいんですか?ありがとうございます。外暑いし助かります」


 というわけで二人を乗せて、教えて貰った居酒屋に連れてきた。

 うん。なかなかに小洒落た雰囲気のお店だ。どっちのチョイスかな?佐藤さんポイかな。

 で、じゃあまた来週と思っていたんだけども


「良かったら吉井さんも一緒にどうですか?」


 とか久野君が言いだして驚いた。


「んー、ホラ、私マンガあまり詳しくないし、車だし…」

「あ、そうですよね。ご迷惑でなかったらと思ったんですけど」


 ちらっと久野君が佐藤さんを見た。私も見る。


「良かったらどうですか?そんな騒ぐような飲み方しませんし、一緒にご飯食べませんか?あんまりゼミ以外で話す機会ないですし、色々と面白いマンガ教えさせてください!」


 と、ニッコリと笑顔。ウン、今日もカワイイ。あと、眩しい。


「あー、じゃあ、ご一緒させて貰おうかなー。ちょっと親に連絡するね?」

「ヤッター!」


 と、佐藤さんがちっさくガッツポーズ。久野君も嬉しそうだ。私この二人に慕われるような事したっけかな?まあ、いっか。




 店内は明るいけど落ち着いた雰囲気で、話し声はたくさんしているけど騒いでいる席はない。私たちは壁際のテーブル席に案内されて、私がソファ席で、二人は並んで椅子の席。

 私がいなかったら、向かい合ってたんだろうか、カウンターで並んでたのかな、と想像してみる。


「ビール二つとウーロン茶一つ」


 ジョッキではないグラスに入ったビールとウーロン茶で乾杯して、適当に料理を注文しながら、マンガの話をする。

 だいたい佐藤さんが話して、久野君が合いの手や質問をして、更にタマに私が素人な質問をして。

 それに佐藤さんが機嫌よくニコニコと答えるという。

 佐藤さんは楽しそうだったし、私も専門外のマンガの話ばかりだったのに意外と楽しめた。佐藤さんは私にも分かるように説明してくれてたし、何より楽しそうに話す佐藤さんを見ていると私も気持ちがよかった。


「…でね、花ゆめ系ならどうかなと思うの」

「ああ、確かに。吉井さん少女漫画読み慣れてないから」

「でしょでしょ?あのですね吉井さん、花ゆめ系なら恋愛よりもコメディ色が強めでファンタジーからSFまで幅広い設定の話が多いので読みやすいと思うんです」

「そうなの?正直そっちの方が読みやすいかも」


 話は今は私へのマンガプレゼンに移っていた。


「ですです。ガラスの仮面もパタリロも神様学校の落ちこぼれも花ゆめ系です」


 なんでその3つを代表みたいに並べた、と久野君が苦い顔をして呟いた。久野君もいつもより口が滑らかで、新鮮だった。久野君、詳しいじゃないの。知らなかった。ちなみに私でもガラスの仮面は聞いたことがあった。残り2つは知らない。

 でも、と久野君が続ける。


「恋愛話もお嫌いじゃないんですよね?」

「うん、今日のマンガも楽しめたし」


 うーん、じゃあ、アレとかどうかなーとブツブツと呟きだす。


「どういう恋愛が好みです?」


 と、唐揚げを小皿に取っていたら佐藤さんに聞かれた。


「え?」

「ほら、シンプルに年上、年下とか。ヤンチャな感じとか、クール系とか俺様系とか」


 なんか変な方に舵を取られてない?あと、それ恋愛話の好みというか男の好みじゃ?


「ちなみに私はしっかりした人が甘やかされる話が好きです」


 なんか佐藤さんがやたら自信たっぷりにカミングアウトしてきた。その横で、久野君は逆にソワソワして挙動不審に陥ってる。……ソワソワすんなよ。


「あー、なんかそういうのイメージがないというか」


「彼氏さんってどんな感じです?」


 頬張っていた唐揚げを吹き出しそうになった。


「今いないから」

「じゃ、今まで付き合ってきた人ってどうだったんです?」

「あー、どうだったかなぁー?」


 それで察したのだろう、少し意地悪な表情を佐藤さんが浮かべる。


「吉井さん、いいのにな。勿体ない」


 私は諦めて両手を挙げて降参のポーズを取る。


「こんなんだからね。モテないんだよ」

「えー、そんなことないと思いますよ?色々あるじゃないですか、モテポイント」

「胸はある方だと思う。でも他はね……」


 え、そこ?と残念な人を見るような目つきでみてくる。


「でも私、胸をアピるような恰好したトコ見たことないですよ?」


 いや、まあ、それは……と、アレコレ言いたくなったけど。でもそしたら酔ってもないのにこの場で一番酔っ払いみたいな絡み方になりそうだったので思いとどまった。


「大学で私がそんな恰好してどうするの?」


 えーっと非難めいた声を佐藤さんがあげたけれど、無視して私は冷奴を摘まむ。ちなみにそんな服はそもそも持ってない。


「着ないんですか?」


「「え?」」


 なんか久野君がそんな事を言ったので見たら、自分の失言に気づいたのか口を押えて耳まで真っ赤にしている。


「……久野君は胸は大きい方が、好き?」


 佐藤さんは顔を私から久野君に向けた。おお、ごめんよ久野君。飛び火した。骨は拾ってあげるよ。


「え、あ、ああ……その、小さいよりは大きい方が……ああ、もう!好きだよ!これでいい!?」


 久野君は気まずそうに、佐藤さんとも私とも視線を合わせないようにして答えた。


「セクハラー」


 そう言っていたけど、意地悪そうに笑っていたけど、満足そうだった。

 可愛いなぁ。眩しい。あとちょっと黒い。

 ちなみに佐藤さんは私よりも胸のサイズが大きい。私は苦笑いを浮かべながら


「さすがにコッチから聞いといてセクハラはないでしょ?ま、広めないでおいてあげるね」


 私はどうしよっかなー?と佐藤さんは言っていたのでしばらくはこのネタで遊ばれるかもしれないケドご愁傷さまとしか私からは言えないや。

 さて、そろそろいい時間になってきたのでお開きにすることになった。


「もうついでだし帰りも私が送るね」

「ありがとうございます。あ、ところで」

「ん?」


 最後に佐藤さんに聞かれた。


「今って好きな人っていないんですか?」


「いないよ?」




 後部座席では話し疲れたのか、久野君の肩に頭を預けて佐藤さんは寝息を立てていた。久野君は居心地が悪そうに妙に姿勢よくしている。とはいえ佐藤さんを押しのけようとはさすがにしなかった。

 無音なのは私も居心地が悪かったのでラジオをつける。

 居酒屋からは佐藤さん久野君が同じ方向で、佐藤さん、久野君、私の順に遠い。私の方角は反対側なんだけど、車だし二人を放置するのも悪いよね。なんて、ね?

 佐藤さんを起こして、佐藤さんのマンションまで送り届ける。


「佐藤さん、楽しそうだったね。だいぶはしゃいでたね」

「そうでしたね」


 そんなことをポツリポツリと二人で話してたら久野君のマンションにも着いた。


「また今度一緒に飲みましょうね。きっとですよ?」

「まあ、そのうちね?」


 そう言ってあっさりと別れた。

 立ち位置が違っていたら「ちょっと寄ってく?」みたいな話もしてたのだろうか?まあ、そんなこと考えても仕方ないかと思い直してラジオを切って、スマホに入れてた曲に切り替えた。

 帰りにコンビニで缶ビールと唐揚げを買う。明日から頑張るからと今日は自分を甘やかすことにする。

 家に帰りつくと父は既に寝ていたが母は起きていた。


「あら、今日は飲みじゃなかったの?」

「車あったし」

「運転代行使うと思ってたわ。どう?楽しかった?」

「まあね」


 シャワーを簡単に済ませて早々と部屋に引っ込む。

 灯りをつけて、クーラーのスイッチを入れて、缶ビールを開ける。

 ビールをクピッと一飲みすると、借りたマンガの続きを読み始める。

 ゼミ室で読んだ時には気づかなかったけど佐藤さんの部屋の匂いがしてる。

 この後久野君に渡すのかぁ…、うん、早く読み終わって渡してあげよう。

 私の匂いが移らないうちに。

 できれば私を巻き込まないで欲しいなと思う。なるべくなら邪魔はしたくないのだ。でも気持ちに反して邪魔をしている。だから遠くでやって欲しい。

 ゼミ室で二人でマンガの話をしているのを見てチクチクして。

 居酒屋で二人並んで飲んでいるのを見てチクチクして。

 ルームミラーから後部座席を見る度にチクチクした。

 二人の事は好きだけど、今日は楽しかったけれど、誘われなかったらまだ嫌な気持ちにもならなかったのにと、久野君を恨めしく思う。久野君のコウ意で誘ってくれたんだとは分かるのだけれど。

 マンガのページをめくる。

 わかったところで、このマンガと同じで恋愛はどこか他人事でどう振舞っていいかさっぱりわからない。ならばせめて関わらないようにしているのに。邪魔はしないようにと思っているのにな。誰だって進んでイヤな人間にはなりたくない。

 ふと思う。佐藤さんのようにキラキラしたものを持っていたら、私だって甘える事ができたんだろうか。家まで送って欲しいとか言えたんだろうか。

 ちょっと寄ってく?とか言えたんだろうか?

 言えないんだろうな。

 面白いとは思いつつ感情移入はできないままひとりマンガを読みふけっていたら、いつの間にか朝になっていた。

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