第6話 四面楚歌
広い草原地帯での隠密行動は無理がある。
それに、風が強く匂いが散らばって嗅覚はあまり頼りにならない。
でも、内なる魂の感知能力で魂がある場所は把握出来る。
レイチェルは慎重に先へ進む。
死んでも復活出来る彼女が慎重に行動するのには、いくつか理由がある。
一つ、レイチェルは生前、自分を育てたホームレスの男以外とは殆どコミュニケーションをとった事がなく、話しかけられると困るからだ。
二つ、ここでやられてしまった場合、復活する事がバレて、二度と外に出て来れないような場所で閉じ込められたりすれば困るから。
霊体であれば壁もすり抜けられるし、空を飛ぶことも出来るので一度くらいは平気かもしれないが、霊体のモンスターも相手にしている冒険者達が相手なので対策されてしまう危険もある。
こういった事情からレイチェルは慎重に行動をしている。
周囲の確認をしていると、冒険者達のテントがいくつか見える。
比較的入り口近くの方がテントは多いようだ。
第四階層は草原地帯であるが、まっ平というわけではなく、地面が盛り上がって丘になっている場所もある。
そのお陰で死角ができ、なんとか見つからずに前へと進む事が出来る。
しかし、背丈の高い草むらに身を潜めていると、タイミング悪く冒険者達が近くに集まって来てしまった。
しかもここには冒険者のテントまである。
レイチェルは身動きが取れず、身を潜めていると、テントの所へ集まった冒険者達が食事を作り始める。
一点突破すれば活路を見いだせるかもしれないが、食事を取れば寝るだろうと予想したレイチェルは、継続して身を潜める事にした。
しばらくボーっとして時間を潰していると、様子がおかしい事に今更気が付いた。
作っている食事の量が多い!
まるで、この階層にいる冒険者全員分を作っている様だった。
このままでは不味い! もしかしたら階層に居る冒険者達全員が集まって来てしまう!
そう思ったレイチェルが動こうと思ったその時、ピイー! っと大きな笛の音が鳴り響く!
クソッ! 炊き出しか!
出遅れたレイチェルは身を潜める事しか出来ず、見つからない様にと草むらに隠れて祈り始めた。
集まって来た冒険者の一人が、レイチェルのいる草むらに目を着ける。
「なんか、そこの草むら…… 清らかなオーラが出てる気がするぞ?」
その言葉で他の冒険者も草むらに注意を向ける。
レイチェルが祈った事で、信仰者としての能力が発動し、周囲を清らかなオーラで包んで浄化してしまっていた。
レイチェルの祈ると言う行動は完全に悪手であった。
「おい、誰かいるのか?」
話しかけられた事で、レイチェルは緊張してパニックになり、隠れていても碌でもない事にあいかねないと判断して、草むらから出て行ってしまった。
レイチェルを見た冒険者達の反応は様々で、女の子が出て来た事に安堵する者もいれば、出て来た時に草むらが揺れなかった事を不審に思い、警戒する者もいた。
そして、冒険者の一人が周囲に注意を促す。
「気をつけろ。 アストラル系のモンスターかもしれない」
バレてしまっては仕方がない。
まさに四面楚歌と言った状況だが、黙ってやられるくらいなら暴れて奇跡的な活路を見つけてやる! レイチェルがそう思った時、別の冒険者が声をあげた。
「レイチェル! もしかして、レイチェルじゃないか?」
聞き覚えのある声だ。
振り返ってみると、見覚えのある冒険者の顔がそこにあった。
彼は以前、レイチェルがレイチェルと言う名前だと教えてくれた冒険者で、その時に食料なども分けて貰ったので、覚えている。
一度しか顔を合わせた事はないが、気さくに話しかけてくれて、非常に困惑した事レイチェルは思い出した。
「…………レイチェル、私……レイチェル」
か細い声を一生懸命押し出し、なんとかレイチェルは返事をする事が出来た。
返事を聞いた冒険者の男は、周囲の冒険者達に警戒を解く様に伝える。
そして、その冒険者はレイチェルの近くまで来て、中腰になり、レイチェルと視線を合わせた。
「なあ、レイチェル。 俺の事覚えてるか?」
「冒険者さん…… 名前、教えてくれた」
「そうそう! 覚えてくれてたか! 俺の名前も覚えてるか?」
レイチェルは名前までは覚えてなかったので、申し訳なさそうにして首を横に振る。
「そうかぁ、レイチェルが覚えてくれるまで何度でも名乗ってやるからな! 俺は冒険者チームサウザンドバーズのラウディだ!」
「……ラウディー」
「そうだ! ラウディーだ!」
ラウディーの勢いに押され、レイチェルはたじたじになり、少し後ろに下がって、体を草むらに隠してしまった。
「レイチェルはここへ何しに来たんだ?」
レイチェルはその問いに返答出来ず、困り果てて俯いてしまった。
「そうか…… もしかしたら俺に会いに来たのかもな」
レイチェルはラウディーの発言に少し首を傾げた。
ここへ来た理由など無い。
あえて言うのなら力を得る為にダンジョンを彷徨っている。
レイチェルにはラウディーの発言の意味が分からなかった。
「ああ…… 先に謝っておく。 ごめんな。
俺は今からレイチェルに、酷な事を聞く、いいな?」
何を聞きたいのか理解していないが、ラウディーが話を進めるのでレイチェルは首を縦に振って「うん」と答えた。
「レイチェル、お前は自分が死んでいる事には気づいているか?」
霊体だと言う事はバレてしまっていると思うので、嘘を吐く理由も思い浮かばない。
なので、レイチェルは先程と同じ様に首を縦に振って「うん」と答えた。
「どこで死んだ?」
なぜそんな事を聞いて来るのか理解出来なかったが、レイチェルはありのまま応える事にする。
「いつもいる場所…… その近く」
「そうか」
ラウディーはレイチェル優しく両腕で包み込んだ。
レイチェルはラウディーの意図が分からず、ただそこで茫然と立ったままだった。
「レイチェル、俺のチームにプリーストが居るんだ。 せめてもの償いとして、そこに行って祈りを捧げて貰う。 きっとお前は安らかな眠りにつけると思うぜ」
レイチェルはラウディーの言っている言葉がよく分からない。
せめてもの償いとはなんなのか?
特に何かされた記憶もないので、レイチェルは困惑するが、押しの強いラウディーに乗せられ、彼のチームと一緒に街へ行く事になったしまった。
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