第4話 デスエンカウント

 心の準備は出来ているが、レイチェルには犬のモンスターに対しての恐怖心が失われたわけではない。


 思わず歯が重なり合わさって、カンカンと小さく小刻みに音を立てた。

 構えた剣の先がブレて、レイチェルは自分自身に怖気づくなと言い聞かせる。


 いつまでも恐怖心を拭いきれない自分に腹が立ち、レイチェルはビッグマウスハウンドの分析を始める。


 重心が低く、太い四本の脚は力強いだろう。

 しかし、猫の様な鋭い爪は無く、殴打された所でこの体に大したダメージは無いはずだ。

 最大の武器である牙は強靭な顎の筋肉によって、凄まじい咬合力こうごうりょくで獲物の骨まで噛み砕く。

 しかし私の体は鋼鉄の様に固く、簡単に噛み砕く事は出来ないだろう。


 噛まれた私は、発達した首回りの筋肉で、振り回され、地面に叩きつけられるが、それでどうなると言う事もない。


 低くて怖い、意地悪な唸り声も、ワンワンと吠える五月蠅うるさい鳴き声もそれ自体が私を傷つける事など出来はしないのだ。


 レイチェルは恐れる事など何もないのだと、自分に言い聞かせた。


 レイチェルが待ち構えていると、ビッグマウスハウンドはジリジリとにじり寄って来る。

 先手を取るべきだと判断したレイチェルはダークフレイムの魔法を放つ。


 それに驚いたビッグマウスハウンドは一気に距離を詰め、レイチェルの喉元へと嚙みついた!

 まだ恐怖心のあるレイチェルは、それを躱せずに噛みつき攻撃を許してしまうが、想定していたよりも遥かに力は弱く、その瞬間、恐怖心を感じなくなった。


 レイチェルの反撃が始まる。

 それはあまりに一方的であり、これまでの戦いで身体能力が上がっていたレイチェルはビッグマウスハウンドが相手にならない程、強くなっていた。


 片腕で首の分厚い皮を掴んで押さえつけ、右手に持った剣をナイフに変え、鬱憤うっぷんを晴らすかのようにジワジワと甚振いたぶってからビッグマウスハウンドに止めを刺した。


 そして、レイチェルは “遠吠え” “嗅覚向上” “咬合力向上” “四足戦術しそくせんじゅつ” の能力を得て、更に威圧スキル “咆哮ほうこう” と 制圧魔法 “フィアースクリーム” 攻撃スキルの “ブラストクエイク” の能力を得た。


 フィアースクリームは相手に恐怖心を植え付ける、叫び声を聴かせる魔法で、ブラストクエイクは自身を中心に爆発を起こすスキルである。


 天敵に打ち勝ったレイチェルは早速咆哮のスキルを使って喜びを現した。

 第三階層で恐ろしいレイチェルの咆哮が響き渡る。

 

 レイチェルはモンスター達を倒しながら、更なる強さを求めて第四階層を目指す。

 その途中で、シャードスライムにも会ったが、すでにこの階層のモンスターではレイチェルの相手にはならず、あっさりとブラストクエイクの餌食となった。


 シャードスライムを倒し得た力は、“シャードプロテクト” と言う防御スキルで、周囲に散らばっている固い瓦礫や破片など、鋭く尖った物を体にまとわせて防御を固めるスキルだった。


 レイチェルはゴミが体に付着している様に感じたので、このスキルに対してあまり好意的ではないので、使用するのを控えた。


 レイチェルが咆哮を上げて歓喜していたその頃、第四階層を攻略中だった冒険者チームが第三階層へと降りて来ていた。


 彼等は、斧と盾を持った戦士、魔法使い、僧侶の三人でパーティーを組んでおり、第四階層でしくじり、傷を負い披露した状態で、帰還している所であった。

 

 「なんだ今の鳴き声は?」


 そう呟いたのはチームのリーダーである戦士の男だった。

 眉間にしわを寄せ、注意深く声の聞こえた方を探っている。


 「ビッグマウスハウンドが吠えたわけじゃなさそうだ。 聞いた事はないが、特殊個体が現れたのかもしれないな」


 魔法使いの男の言った特殊個体とは、ダンジョンで稀に見られる特殊なモンスターの事で、モンスターがなんらかの原因で特別強力な力をつけて現れた個体の事を指している。


 「声の聞こえた方はあちらからでしょうか? 避けて通る方が良さそうですね」


 僧侶の男がそう言った時、リーダーである戦士の男が警戒する様に手で指示を送る。

 

 声のした方から何者かが近づいて来る気配を感じた戦士の男は、二人を連れて気配のする方から遠ざかり、曲がった道の角に隠れて、様子を見ていた。


 「なんだあれは? スケルトンだと!?」


 戦士の男は驚愕する。

 なぜなら、この階層にスケルトンは出現しないと分かっているからだ。

 そして、特殊個体であるとも考えにくい。

 特殊個体であれば、この階層で出て来るモンスターが強化された個体になるはずだからだ。

 別の階層などのモンスターが現れた事例など、戦士の男は今まで一度も耳にした事が無かった。

 

 あれは不吉な存在であり、関わるべきではないと判断した戦士の男は、ゆっくりと迂回し、ダンジョンから帰還する方法を選んだ。


 しかし! 突如としてスケルトンは走り始める!

 直感的に戦士の男は補足された事実に気が付き、急いで逃げる事を選択する!


 「走れ!」の号令と共に魔法使いと僧侶も慌てて迂回ルートを駆け抜ける!


 だが、予想外にスケルトンの足は速く、あっという間に距離を詰められてしまう。

 そして、対峙した戦士の男はスケルトンを観察し、すぐに普通のスケルトンではない事に気が付く。


 何しろ、左手に杖を持ち、右手に剣を持っている異様な姿をしていた。

 それに、骨は金属光沢を放ち、異様な存在感を持っている。

 戦士の男は、このスケルトンがモンスターではない可能性に掛けて、そのスケルトンに向けて言葉を投げかける。


 「俺達は冒険者だ。 あんたは何者なんだ?」


 目の前のスケルトンは、話しかけられた事に驚いた様子で動きを止めた。

 会話が通じているのかもしれないと判断した戦士の男は更に会話を続ける。


 「言葉が分かるなら、俺達と協力しねえか? 事情はわからねえが、その体だと何かと不便だろう?」


 スケルトンは腕を組み、三人の様子をじっくりと眺めた。

 そして、その直後。


 まるで笑っているかの様に、金属の様な音のなる歯をキンキンと重ね合わせた後、目の前のスケルトンから凄まじい咆哮が放たれる。

 更に、足がすくみ上がる様な恐ろしい叫び声をあげたかと思うと、ゆっくりとスケルトンは冒険者達に歩み寄って来た。


 

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