第14話 パワハラムーブが止まらない

「で、うちのメンバーになったわけだけど…。ぶっちゃけて言うな。

下手すりゃ秒で死ぬぞ、お前。弱すぎ」

「ゔっ」

「ぶっちゃけすぎです、先輩」


木曜日の放課後。刻一刻と危機が迫り、緊張が走る街中にある公園にて。

先輩が放った言葉の大剣が平良さんを裂く。

弱さで言えば、チームを組んだばかりの僕もどっこいだった気がするんだが。

言葉の強さを諌めるも、先輩は構わずに続ける。


「死ぬもんは死ぬってはっきり伝えないと、本気になれないだろ。

言っとくが、私は超絶内弁慶だからな。

殺してでも鍛えてあげてやるから耐えろよ」

「先輩がそんなだから人が離れるのでは…?」

「うっせ」


尻を蹴られた。痛い。

先輩の気持ちはわかるが、いくらなんでも優しさが暴力的すぎやしないか。

萎縮してないだろうか。「やっぱり辞めさせてください」なんて言い出さないだろうか。

そんな心配を知ってか知らずが、平良さんは声を張り上げる。


「死ぬ気で鍛えます!お願いします!!」

「死ぬ気じゃねぇ、死んでもやれ」

「はい!!!」

「ノリが昭和なの辞めた方がいいですよ」

「テメェもこのノリで鍛えたクチだろうが」

「だっ」


ああダメだ。特訓モードに入っちゃってる。

こうなると普段の優しさがすっぽ抜けるんだよなぁ。

苦い記憶に顔を顰める僕をよそに、先輩は淡々と平良さんに問う。


「まずは戦闘に慣れる云々の問題だ。基礎的な身体能力が足りん。

変身した時と遜色ないようにしろ…とまでは言わんが、せめてインターハイで優勝する高校生くらいの身体能力はつけとけ」

「やります!!」

「……まあ、うん。頑張って」


今まで見た新人の中で一番やる気あるんじゃないだろうか、この子。

「筋トレメニュー考えます!」と意気込む彼女に感心を向けていると、先輩がカバンから一枚のファイルを取り出した。


「メニューなら組んでやった。

今から式村さん呼ぶから、それまでこのメニュー終わらせろ」

「腹筋腕立てスクワット100回3セット…?

普通にキツいくらいの筋トレですね…?」

「その『普通にキツいくらいの筋トレ』すらしてねーだろ、お前。

まずは『ヒーローとして鍛える』っつーことがどういうことかをわからせる」

「はい!!お願いします!!」


女の子が筋肉をつけることを避ける…なんてのは都市伝説だったのかもしれない。

即座に腹筋を始める平良さんを尻目に、僕は先輩に耳打ちする。


「なんであらかじめ式村さん呼んでないんですか…!?」

「………平良に再生能力がないって忘れてた」


ああやっぱり。どうせ言ってる途中で気づいたんだろうな。

僕は深くため息を吐き、先輩に詰め寄る。


「僕基準で新人見ちゃダメって言いましたよね…!?僕がそばにいるから麻痺してるでしょうけど、再生能力持ちなんて滅多にいないんですからね…!?」

「いやー…、ミスったー…。

早く来てもらえっかなぁ…。

今日定休日だし、行けないかなー…」


心配を浮かべつつ、携帯を取り出す先輩。

僕はそれに呆れ、口を開く。


「向こうにも都合があるでしょうし、そんな急には…」

「あれ、どしたの皆揃って」

「来たし」


どうしよう、気まずい。

まだ腹筋20回もこなしていないのだが。

見ろ。秒でこなさないといけないと勘違いしてか、腹筋のスピードを上げたぞ。

なんと健気。段取りの悪いこちらの不手際でしかないが、僕たちが新人をいびって揶揄ってるクソ野郎に見えてくる。

滝のように冷や汗を流す先輩に、状況がわからず首を傾げる式村さん。

微妙な空気が流れる。

そんな中、先輩が僕の肩に腕を回し、ヒソヒソと語りかける。


「シュウヤ、どうしよう…。今更『1時間以内に延長な』なんて言いづれぇよ…。

式村さん来るまで1時間はかかるかと思って言ったのに…」

「誤魔化さずに言えばいいじゃないですか」

「無理…!絶対に『自分が未熟』って考えて気を遣ってるように思われる…!」

「それのどこが嫌なんですか…」

「アタシの不手際なのに下手に無茶しすぎて潰れちゃうかもだろ…!」

「こんだけ根性あるなら大丈夫じゃないですかねぇ…」


さっきの態度とは打って変わって、心配を押し出す先輩。

この人、厳しいんだか甘いんだかよくわかんないな。

僕が呆れていると、平良さんが「腕立て行きます!」と叫ぶ。


「ほら。思ったよりタフそうですし、大丈夫ですって」

「……余裕そうだな。あと2セット追加な」

「は、はいっ!!」

「先輩、ムーブが完全にパワハラ上司です」

「なになに?何がどうなって新人ちゃんをいびってんの?」

「シュウヤ、説明」

「パワハラみたいな振り方やめてください」


ダメだ、完全に動転してる。

落ち着くまで少しかかりそうだ。

僕は呆れと辟易を隠し、困惑する式村さんに説明を始めた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「きゅーじゅー…、きゅっ…!

ひゃ、く……、ぶ、はぁああ…っ!」


1時間後。

最後のスクワットを乗り切り、平良さんがその場に倒れる。

凄まじいタフネスだ。後半はかなりローペースだったが、5セットやり切ってみせた。

僕と式村さんが拍手する中、平良さんは突っ伏したまま口を開く。


「お、終わり…、ました…」

「んじゃ、よろしくっす」

「お姉さんとしては気が進まないんだけど…」


顔を顰め、式村さんが平良さんに手をかざす。

と。平良さんの体を光が覆い、その体へと滲み消えた。


「……あれっ?あれ?え…?」


困惑し、ゆっくりと起き上がる平良さん。

そこから少しばかり屈伸し、体を伸ばしていく。

先ほどまで疲労困憊で倒れていたとは思えない動きを見せる彼女に、式村さんが淡々と告げた。


「達成感に浸ってたところ悪いけど、治癒力を促進して体力と筋繊維を回復させたわ」

「あ、ありがとうございま…」

「まだ終わってないよ」

「へ?」


平良さんの姿が当時の僕と重なる。

瞬間。僕の脳裏に一年半前の記憶が溢れた。


『筋繊維は使って再生するほどに強さを増すらしいんです。

そこで僕、考えてみました。

そのサイクルを早めたら、効率のいいトレーニングになるのでは…ってね!!』


あんなにも発言を後悔したことはない。

これから待ち受ける地獄を前に、僕は目を伏せた。


「さっきと同じことをあと2回やってもらう」

「に、にかっ…!?」


一回でもキツかったのに。

そんな愚痴が出かけたのか、驚愕と恐れが彼女の顔に滲む。

先輩は心にある葛藤を押し殺し、鬼となって叫んだ。


「私が『いい』って言うまで、この3セットを毎日やり続けてもらうからな。

ほら、ボサッとしてねーでさっさと腹筋!!」

「はっ……、はい…っ!!

いーちっ!にーいっ!さーん!しー!」


半泣きになってる。

このトレーニング、心にクるんだよなぁ。

そんなことを思いつつ、僕は「スポドリ買ってきまーす」とその場を離れた。

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劇場版規模の敵が週一でやってくるんだが 鳩胸な鴨 @hatomune_na_kamo

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