第11話 縁の下の力持ち 1人目
「じゃあなー。元気でやれよー」
「はい!本当にありがとうございました!」
頭を下げる姫様を尻目に、世界を超える扉たるマーブル色のモヤを潜る。
いつも思うが、いくら礼を断ったとはいえ、こうもあっさりと別れられるものだろうか。
一応は侵略者に勝てる余所者という危険な立ち位置なのだが。
そんなことを思いつつ、私たちの世界を目指し、歩き始める。
と。おやつの国に通ずるモヤが閉じたのを確認してか、なごみが口を開いた。
「あの…、出雲先輩は私が運んでもいいですか?」
申し訳なさそうな表情が、シュウヤを担いでいる私の背に向く。
顛末は聞いたが、庇われたことをまだ気にしているのか。
「よくあることだから、いちいち気にしなくてもいい」なんて言っても聞かないだろうし、断りにくい言い方で宥めるほかない。
「いいよ、別に。今回、人質救助以外でそんなに役に立たんかったからな。
私の顔を立てると思って、このくらいの荷物は持たせてくれ」
「………わかり、ました」
言って、顔を伏せるなごみ。
ここまで責任を感じられると、こっちが申し訳なくなってくる。
シュウヤに彼女を慰める言葉を発するだけの体力が残っていたらよかったのだが。
強化形態を使った後だと、今日1日は起き上がることはないだろう。
帰りに病院に寄らないとな、と考えていると、なごみがおずおずと問うた。
「あの、出雲先輩は大丈夫なんですか…?」
「このままほっといたら死ぬが、医療担当に投げたら大丈夫だよ」
「死!?!?」
なごみが素っ頓狂な声をあげ、目を白黒させる。
ただ気を失っているだけで、そこまで重大な状態とは思わなかったのだろう。
私は記憶を辿り、できるだけ噛み砕いて彼女に説明する。
「60秒で体にあるエネルギーの殆どを使い切るらしくてよ。
強化の負荷も残るし、適切な治療をした上で栄養補給しないと死ぬんだと」
「急がなきゃまずいじゃないですか!?」
「丸一日はギリ生きられるみたいだぞ。
コイツの中に居るのが繋ぎ止めてるから」
「そうなんですか…って、急がない理由になってませんよ!?」
誤魔化されなかったか。
シュウヤは嫌がるだろうな、と思いつつ、私はため息混じりに答えた。
「優しく担いでゆっくり歩かないと、骨折も追加されんだよ。
そうなると2日は治療室送りだ」
「………ご、ごめんなさい…」
「謝んなくてもいいって。
私もやらかしたことあるからよ」
あれはいつだっただろうか。
シュウヤが初めて強化形態を使った日、私は倒れたコイツを肩に担いで、全速力で医療担当の住んでる家に駆け込んだ。
────どんな運び方したのか、お姉さんにじっくりと説明してくれないかい?
その結果飛んできたのは、絡みつくような説教。
私が雑に運んだせいであちこちの骨が折れ、治療するのに余計な手間がかかったらしい。
それ以来、私は医療担当にみっちり扱かれ、コイツの骨が折れないような運び方を習得するに至った。
…まぁ、落下するコイツを受け止めたのはノウハウのないなごみだし、数箇所は折れてしまっているだろうが。
またお小言もらうだろうなぁ、と思いつつ、私はモヤの出口を指す。
「ほら、すぐそこ出口だぞ。
出たらすぐに電話するから、私の携帯ポケットから抜いてくれ」
「わかりました」
なごみが私の携帯を持ったのを確認し、モヤから出る。
出た先は、集合場所として使った公園。
人気がないあたり、それほど時間は経っていないらしい。
時間の流れが違うとかじゃなくてよかった、と安堵を吐き出し、携帯のロックを解除する。
「連絡先は『式村さん』な」
「えっと…、その方が医療担当の方なんですか?」
「そ。準備してるだろうし、かけたらすぐに来てくれるから。スピーカーで頼むわ」
「は、はぁ…」
おずおずと携帯を操作し、スピーカーのアイコンをタップする。
と。一回のコール音が終わるかどうかのタイミングで、ブツっ、と音が響いた。
『思ったより早かったね。久々の異世界旅行はどうだった?』
「建前いいから。急患。
シュウヤがアレ使いやがった」
生憎だが、今は雑談する気力もない。
端的に状況を説明すると、スピーカーから怪訝そうな唸り声が響いた。
『おっ…と?異世界系で使うのは初じゃないかい?そんなに強かった?』
「や、聞いた感じはそこまで。単純に強いだけでクソギミックもなかったんだけどよ、ウチんとこに研修来てた新人庇ってな」
『お嬢は別行動だったんだね?』
「おう。途中までは新人が運んで来たから、多分何本か折れてるわ。早よ来てくれ」
『急かさないでよ。もう着いてるから』
「へっ?」
式村さんの一言に、なごみが辺りを見渡す。
彼女の視線に沿うように視線を動かすと、見覚えのある人影が見えた。
「…………まさか、まさかとは思いますけど、あの人じゃ…、ないです…よね?」
引き攣った笑みで失礼な確認を取るなごみ。
しかし、確認したくなる気持ちもよくわかる。
黒のコートにサングラス。グラデーションがかかった長い赤髪。添えるだけに収まっている貴金属のアクセサリー。年齢を悟らせないような化粧。
何から何に至るまで、完全なる不審者。
そうとしか言い表せない女性が、こちらに手を振っていたのだから。
「…残念。あの路地裏で裏取引でもしてそうなマフィア顔が式村さんだ」
「嘘だーーーーーーーッ!?!?」
目の前の現実を受け入れられないなごみの叫びが、公園に響いた。
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