第10話 奥の手:出雲 シュウヤ

─────いいか、シュウヤ。巨大化したからって勝てるなんて慢心すんなよ。


あれはいつのことだっただろうか。

先輩と活動して数週間。

初めて「巨大化する敵」にぶち当たった時のことが脳裏に甦る。

世間では「巨大化は負けフラグ」だなんて俗説が広まっていたためか、内心で安心していたことを覚えている。

ここまで来れば勝ちは確定したもの。

今思えば、そんな慢心が透けて見えたのだと思う。

先輩は巨大化した敵からの攻撃を避けつつ、僕に諭した。


─────アイツらはな、『虎の子を切らないと負ける』って状況でしか巨大化しない。だから負けフラグに見えるだけだ。


最初はその忠告を話半分に聞いていた。

ソレがどうしようもなく真理だと気付いたのは、忠告を聞いた次の週。

先輩が1人で巨大化した敵を下したのを見ていたからだろうか。

経験不足である僕にもできると勘違いしてしまった。


結果。僕は3度は死ぬような大怪我を立て続けに喰らった。


巨大化は総じて「的が大きくなる」、「相手を捕捉しきれなくなる」というデメリットが付きまとう。

が、しかし。巨大化したことによる攻撃範囲の拡大と威力の上昇は、そのデメリットを補えるほどの強みになる。

ヒーローとして活動したばかりで知らなかったとはいえ、僕は手痛いしっぺ返しを喰らった。


だが、巨大化が敵の最終手段であることは変わらない。

ライキーマが繰り出すブレスを避けつつ、僕は観察を続ける。


「明確な弱点見当たんないし、面倒くさいパターン引いたなこれ…。

ゴリ押しで腹に穴開けるくらいしかやれることないぞ…」

『何をごちゃごちゃと言っている!!

さっさと落ちろ、このガガンボ!!』


罵声と共に飛んでくるブレスを避け、思考を巡らせる。

巨大化した敵への対処法は二つ。

弱点を突くか、超火力で致命打を与えるか。

前者はアイテムやら人間やらを取り込んで巨大化した際に発現する場合が多い。が、今回はファクターが「おやつ」であるためか、それらしきものが見当たらない。

となれば、取れる手段は後者のみ。

巨大化前の耐久からして、最大速度で貫けば倒せないこともないが、まず無理だろう。

加速するのに助走が必要な上、軌道が限られてくる。

その軌道を読まれ、ブレスを放たれたらひとたまりもない。

腕を振るうだけで発生する暴風に揉まれないよう踏ん張り、平良さんへと叫ぶ。


「だー…っ、くそっ…!

平良さん、さっきみたいに隙作れそう!?」

「ごめんなさい無理です!!」

「正直でよろしい!!」


流石に新人には荷が重かったか。

先輩がこの場に居てくれたら良かったのだが、人質の救助に専念している以上、駆けつけるまではもう少し時間がかかるはず。

来るまで耐える方向で動くべきか。

そんな考えが浮かぶや否や、平良さんにライキーマの両腕が迫る。


『先のような不覚は取らん!!

お前から始末してくれる!!』

「きゃっ…!?」


ばちぃん、と、乾いた音が鳴る。

ハエでも潰すかのように、手を合わせる。ただそれだけの動作が、暴風を撒き散らした。

直撃は避けたものの、平良さんの体は暴風に揉まれ、急激に速度が落ちている。

ただでさえ慣れない飛行だ。

いくら先輩の動きを真似できるからと言って、隙を晒した際のリカバリーも先輩並みとまではいかない。

それはライキーマも理解していたのだろう。

顎門が開き、光が漏れる。


「あっ……」

「っ…!!」


平良さんの顔が白く染まる。

まずい。急がないと、彼女が焼き殺される。

磁場を展開し、炎に包まれようとしている平良さんへと向かう。

戦う覚悟を見せた新人を死なせるわけにはいかない。

借りを作ったままなんて、自分に腹が立って仕方ない。

僕は平良さんを炎の範囲外へと突き飛ばし、即座に盾を作り出す。


「せ、先輩!?」

「ぎぃいいいっ…!?!?」


凄まじい熱気だ。

展開した盾がドロドロに溶け始め、展開した外骨格すらもその形を崩す。

何度か炎は喰らってきたが、こうして全身が溶けていくのは初めての経験だ。

熱い。熱い。熱い。

痛い。痛い。痛い。

思いっきり叫びたくなるのを堪え、勢いを増す炎を耐える。

再生するせいで、神経がいつまで経っても痛みを訴えてくる。


「嘘…っ、いや…!

いやだっ…、せんぱぁい!!!」


ああ、腹が立つ。もっと速ければ、平良さんをカッコよく助けられることもできたのに。

もっと力があれば、すぐにこいつを倒せたのに。

炎に炙られ、ぐつぐつと怒りが煮える。

爛れた視界に見えるのは、野郎のにやけ面。

僕を殺せたことに安堵を覚え、勝ち誇った笑み。

ふざけんな。まだ、僕は負けてない。

煮えた怒りが喉奥か溢れ出す。


「あ゛ー…っ。全部、全部、全ッ部…、ムカつくなァ」


ばきっ。


そんな音を最後に、僕の意識から理性が消えた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「はいはい、こっちだぞー!

あのでっけぇの見なくていいから、早く離れることを考えろー!!」


避難する人々に向け、頭上から声を張り上げる。

工場のミキサーにぶち込まれ、連中の食糧である「恐怖」を搾り取られていたせいか、人々の足取りはどこかおぼつかない。

この程度じゃ、最終決戦には参加できないだろうな。

そんなことを思いつつ、侵入した際に通った隠し通路を辿る。


「我が名はヒヒーン・ヨコードリノ!

ヨコードリノ・ファミリーの名にかけて、ここは通さ…」

「邪魔!!!!」

「ひひーーーーーんっ!?!?」


突如として現れた馬面を殴り飛ばし、爆散させる。

めぼしい幹部連中は人質を助けた段階で全員倒せていたらしく、立ちはだかるのは揃って雑兵のみ。

数えてはいないが、これで15匹は殴り飛ばした気がする。

この調子だとまだ討ち漏らしがいるかもな、などと嫌な想像が頭をよぎる。


「ほら、いちいち止まるな!!

なんか出てきたら私が殴り飛ばすから、安心して進め!!」

「は、はい!!」


立ち止まった人々に声を張り上げつつ、私は穴の空いた天井を見上げる。

やはりと言うべきか、既に敵が巨大化している。

早く避難誘導を終わらせなければ、と気を引き締めたその時。


ずんっ。と、空気が揺れた。


「きゃぁあああっ!?」

「な…、なんだ、一体!?」

「まさか、ヨコードリノの奴らか!?」

「騒ぐな、落ち着け!!ここにいたらまずいことはわかってんだろ!!

まずは逃げることを考えろ!!」


混乱する人々を諌め、私は視線を天井の穴へと向ける。


「………帰りの荷物増えたな」


♦︎♦︎♦︎♦︎


僕には五つの能力が備わっている。

一つ。耐性貫通。文字通り、相手の特性を無視し、ダメージを与えることができる。

二つ。雷。僕の体に発電器官が形成され、アスファルトを焼き砕く程の威力を誇る雷を放出できる。

三つ。再生能力。腕が千切れようが、内臓をぶちまけようが、時間と共に再生できる。死ににくいという強みはあるが、気力と激痛が伴うため、あまり乱用できない。

四つ。武器の顕現。思い描いた武器を一つだけ生み出すことができる。


そして最後の一つ。


「はぁー…っ」

『な、なんだ、お前は…!?どうして、この体を容易く千切れる…!?』


『強化形態になれる』。


先ほど引きちぎったライキーマの腕を焼き焦がし、視線を狼狽える奴へと向ける。

他のヒーローがどうかは知らないが、僕の強化形態は発動条件が二つある。

一つ。5度は死ぬ大ダメージを立て続けに喰らっていること。

二つ。その痛みを捩じ伏せるほどに怒っていること。

今回は平良さんを庇ったことにより、その二つをクリアすることができた。

ぐつぐつと燃え上がる怒りを雷へと変換し、ライキーマの巨体へと叩きつける。


『ぬぐがぁぁあああっ!?!?』

「す、すごい…!さっきまで効いてなかったのに…!」


強化形態のメリットは数多くある。

攻撃力、機動力を中心とした、単純なスペックの強化。武器精製の制限解除。再生に伴う消費エネルギーの減少。

これらだけでも十分に強いのだが、この形態の真価は別にある。


「そういやさっき、『なんなんだお前』とか喚いてたよな。

僕としたことが、あまりにムカついてたんで自己紹介を忘れてたよ」


60秒。

たったそれだけの時間、僕はどのヒーローよりも強くなれる。


「僕の名前は『バーテクス』。意味は…、ああもういいや。あの世で辞書引いてこい」


残りは23秒。

愕然とする巨体の下へと潜り込み、その体を蹴り上げる。


『おごっ!?!?』

「テメェみてぇなのがこんなとこで爆散されたら、住んでる人に迷惑だろー…がっ!!」

『ごっ、ぼっ、ぼ、ぉおっ!?!?』


ヤツの腹を幾度も蹴り、宙へと運ぶ。

この大きさだと、まず間違いなく周囲の街にまで被害が及ぶ。

最悪の場合、救助した人質や姫様すらも爆炎に巻き込まれることだろう。

そうなってしまっては、後味が悪い。

これだから巨大化して飛ばないタイプは嫌なんだ。

そんなことを思いつつ、被害が出ない位置にまで来た僕は、その巨体を一際高く蹴り上げる。


『お、おおっ…、お…!!』

「遺言があるなら言っとけよ」


残り5秒。身の丈の数倍はあるだろう槍をその手に顕現し、ライキーマに向ける。


『ふざっ…、けるなァァアア!!!』


残り4秒。ライキーマが苦し紛れに炎を放つ。

残り3秒。纏う雷が炎を切り裂く。


『ぉぼっ…!?』

「貫けェェエエエッ!!!」


残り2秒。ぞぶぶっ、と、槍がライキーマの胸へと突き刺さる感触が伝わる。

残り1秒。肉と臓物だけに囲まれていた視界が、青空へと転ずる。


『馬鹿な…、この私が、この、ライキーマが、負けるなど…!!

ゔ、ゔぶっ、ぶぶばぁあああっ!?!?』


残り、0秒。爆炎が背中を撫でる。

間に合った。そんな安堵と共に僕は気力を振り絞り、口を開く。


「平良さん、あと、よろしく…」


その言葉を最後に、僕の意識はプッツリと切れた。

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