第9話 巨大化は負けフラグ
「週一回の理不尽」に共通する特徴を挙げるとすれば、その卓越した強さだろうか。
誰かの模倣だったり、どこぞの邪神から託されたり、生まれつきのものだったり。
経緯はどうあれ、彼らは総じて「理不尽」としか形容できない強さを誇る。
「どうした?粋がっていた割には、さっきから防戦一方ではないか」
目の前にいる怪物…ライキーマもそう。
先週の闇の女神を名乗る不審者のように、何かしらのギミックがあるわけではない。
単純な実力だけで、仮にもベテランの末席に立つ僕を圧倒しているのだ。
こういう「実力だけでぶん殴ってくるタイプ」が一番面倒くさいのだ。
なにせ、対策らしい対策がない。
それに加え、「キマイラ」という弱点が明記されていないモチーフのせいで、実力で捩じ伏せる以外の選択肢がない。
開いた口に電撃を叩き込めたなら決定打にはなるかもしれないが、その前にブレスがこちらを穿つだろう。
「返す言葉すら紡げぬか」
「ぐっ…」
爪が僕の体を裂き、火花と血が飛び散る。
…どうして攻撃を喰らうと、決まって火花が散るのだろうか。
金属同士がかち合ったわけでもあるまいに。
あまりにダメージを喰らいすぎたせいか、思考が散らかり始める。
まずい。急所を突き止められたりしたら、捌き切る自信がない。
どこまで傷付けば死ぬかはわからないが、頭を吹き飛ばされたらまずいのはわかる。
僕はライキーマから距離を取り、瓦礫が散乱する周囲を見渡す。
と。視界の隅に、信じられないものを見た。
(逃げてなかったのか…!?)
そこに居たのは、姫様と変身を解いた平良さん。
どちらも顔色は暗く、根本から心が折れたことが見て取れる。
ああ。彼女は耐えきれなかったのか。
経験からか、そんな同情が顔を見せるが、僕はそれを振り切るように、ライキーマの攻撃から逃げる。
が。軌道を読まれていたのか、奴が放ったブレスが僕の体を掠めた。
「ゔぁぁあああっ!?!?」
痛いのか熱いのかわからない。
肉が焦げるどころか、骨まで溶けるような熱に叫びを上げ、地面に落ちる。
焼き潰されたせいか、それとも攻撃を喰らいすぎたのか、再生が遅い。
これだから火傷の類は嫌いなんだ。
はっ、はっ、と息を漏らす僕に、ライキーマが爪を引き絞り、駆ける。
まずい。首を狙っている。すぐに立ち上がらなければ。
まとまらない思考に舌打ちしながら、足に力を入れようとして、倒れる。
神経がやられたか。
それに気づくや否や、ライキーマの爪が喉元に迫る。
「まずっ…」
「バケモノめ。ここで死ね」
腕で斬撃をガードするも、間に合わない。
万事休すか。絶体絶命の危機に、認識する世界が遅くなる。
この感覚。味わうのは先週ぶりか。
今回ばかりはダメかもしれないな、と不安が頭をよぎった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ああ…、神よ…!」
「………」
私は何をしているのだろうか。
先輩がいいように転がされるのを前にして、神に祈る姫。
それと同じように現実を受け入れられずにいる自分に嫌気がさす。
これが憧れた世界。
何度も目の当たりにした現実が、私の心を叩き壊さんばかりに襲ってくる。
あの場にいるのが私であれば、とっくに死んでいることだろう。
そんな恐怖が頭をよぎり、手が震える。
怖い。どうしようもなく、戦いが怖い。
私の肌を裂くであろう、牙と爪。
私の骨を砕くであろう、しなる尾。
私の体を焦がすであろう、炎の吐息。
そして、私の心をとうに砕いた、あの目。
敵を構築する全てが恐ろしくてたまらない。
先輩と目が合う。
バイザーに隠れていてわからないが、きっと、怯える私に呆れていることだろう。
どれだけ憧れても、私は先輩たちのように立ち向かえない。
そう刻むように、震えが強くなる。
変身なんてとうに解けた。
やっぱり、私はどこまで行っても普通の女の子だったのだ。
「ゔぁぁあああっ!?!?」
「あっ……!」
じっ、と焦げる音が響き、先輩の体が地面に転がる。
動かないと。
そんな考えが頭をよぎるも、体が止まる。
遠藤先輩は人質の救助に向かってる。
彼を助けられるのは、この場にいる私だけ。
頭ではわかってる。だけど、恐ろしさに負けて、体がうまく動かない。
その間にも、先輩に死が迫る。
動け。動け。
何度も心で叫び、恐れを捩じ伏せる。
ここで逃げたら、一生後悔する。
大丈夫。先輩の動きを真似すれば、私だって戦えるはず。
…いや、そんな弱気でどうする。
戦うんだ。戦って、勝つんだ。私にはそれができる。絶対にできる。
無理矢理に根拠を繕い、一歩を踏み出す。
「まずっ…」
「バケモノめ。ここで死ね」
間に合え。間に合え。
繰り返し祈り、腰に携えた羽根ペン型の変身アイテムを取り出した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「『コントラクト:ピースフル』!!」
「……!?」
叫び声と共に、爪が光に弾かれた。
予想外の乱入者に目を見開き、距離を取るライキーマ。
僕と彼の間に立つのは、光に包まれた人影。
剥き出しになっていたボディラインを隠すようにドレスが形成され、光の膜が剥がれていく。
そこにいたのは、変身し直した平良さん。
彼女は恐怖に体を震わせながらも構えをとり、ライキーマを睨め付ける。
「ありがとう、平良さん。助かった」
「い、いぇっ…。せ、せ、先輩に、ばかり…任せて、ごめんなさい…!
わ、私も、頑張ります…!戦います…!」
「……わかった。もう新人扱いしないからね」
「はいっ…!」
上擦りながらも覚悟を吐露する彼女。
前言撤回だ。彼女は強いヒーローになる。
ライキーマがその口からブレスを放つや否や、僕たちは示し合わせることもなくその場から左右に散開する。
先ほどより動きがいい。
恐怖で緊張しているはずなのに、ライキーマが放つ弾幕状のブレスをうまく避けている。
(……あれっ?この避け方、先輩の…?)
光の噴射による加速といい、相手に読ませない規則性のない軌道といい、動作の一つ一つに至るまで先輩を彷彿とさせる。
追い込まれた時ほど実力を発揮するタイプだったのだろう。
感心を抱くも束の間、業を煮やしたライキーマが平良さんへと駆ける。
「ちょこまかと動くな!!」
「平良さん!!」
叫び、雷撃を放つ。
が。耐性があるのか、ライキーマは怯むことなく着実に、彼女へと迫っていく。
まずい。殴る蹴るくらいしか出来ないと言っていた彼女に、あの一撃を受け止められる程の技量はないはず。
いくら先輩の動きを真似たとて、その現実は変わらない。
僕が慌てて距離を詰めるも、ライキーマの凶刃が彼女に迫る。
「はっ!」
「なっ…!?」
が。その刃は、屈んだ彼女の髪を掠めただけで終わった。
それに目を見開くライキーマの足を、光の噴射で加速した蹴りが払う。
「ぐっ…!?」
「先輩、今です!!」
「わかった!!」
この隙があれば、決定打を浴びせられる。
ばぢぢっ、と雷を纏い、周囲に磁気を撒き散らす。
「遺言があるなら言っとけよ…!!」
「きッ…、貴様らァアアアッ!!」
返事を聞く前に槍を構える。
立ちあがろうとするライキーマの胸目掛け、僕は思いっきり槍をぶん投げた。
「ごがっ…!?」
一瞬にして槍がライキーマの胸に突き刺さる。
が。致命傷には至っていないのか、槍が胸部に刺さったままだというのに、ライキーマの口に炎が揺らぐ。
これ以上何かされると面倒極まりない。
僕はその場から飛び上がり、そのまま右足を突き出した。
「はァアア!!!」
「がっ、ぁ、ァァァアア!!!」
胸部に突き刺さった槍の柄目掛け、蹴りを叩き込む。
拮抗、叫びの応酬が続く。
足越しにかなりの抵抗が伝わるあたり、胸を貫かれても死に抗うだけの余力はあるのだろう。
僕は流し込む雷を強め、更に吠える。
「だらァァアア!!!」
「あ、ぁ、ぐぁぁあああっ!?!?」
数秒の拮抗を制したのは、槍。
その鋒がライキーマを貫通し、地面に刺さる。
そのまま着地すると、ライキーマの体は爆炎に包まれた。
「…平良さんを舐めすぎてたな。僕も、お前も」
爆炎を浴びながら振り返り、安堵と喜色が混じった顔を浮かべる平良さんを見やる。
一瞬だけ気が緩むも、僕は慌てて気を引き締め、爆炎を見つめる。
流石にこれで終わりではないだろう。
そんな予想を肯定するよう、爆炎の中から影が現れる。
「ぐ、がっ…、まだ、まだ終わらん…!」
炎を裂き、ライキーマが吠える。
いつも思うが、爆発すると貫通した穴が綺麗さっぱり消えてるのは何故なのだろうか。
……いけない。緊迫した場面でどうでもいい疑問が浮かぶのは悪い癖だ。
よろめきながらこちらに向かうライキーマに、並んで構えを取る。
「突けば倒れそうなくらい弱ってそうですけど…」
「よくわからん理屈で巨大化する前触れだから、気をつけて」
そうなる前に叩く。
僕が雷を迸らせると同時に、ぱきっ、と何かを噛み砕く音が鳴る。
「あ、あれは…、『伝説のおやつ』…!?
どうしてライキーマが…!?」
「えっ!?れ、レシピは守ったはず…!?」
「…………んなこったろうと思った」
姫様の独白に、目を白黒させる平良さん。
嫌な予感はしていたが、ここでか。
僕が呆れ気味に声を漏らすと、何を思ったか、ライキーマが不敵に笑い、語り出す。
「これは国王が隠し持っていた一つでな。
国防のためだなんだとほざいていたが…、瀬戸際まで追い詰められど食わなかった。
全く、馬鹿なものよ。どんな兵器も、一度使わねば抑止力にはならん」
ごぼっ、ごぼぼっ、とシルエットが異様に膨らんでいく。
肥大化するにつれて、ライキーマの声がくぐもり、野太いものへと変化する。
ああ。やっぱりか。
天井を破壊する肉塊を見上げ、僕は2人の腰に手を回した。
「わわっ…!?」
「きゃあっ!?」
「瓦礫に当たらないようにはするから」
城の残骸を避け、空へと飛び立つ。
そこに鎮座していたのは、まさしく神話の怪物。
みじろぎ一つで城を削り取るほどの巨体と化したソレを前に、2人が息を飲む。
『ふはははははっ!!慄け!!叫べ!!
我こそ、ヨコードリノファミリーが頂点、ライキーマ・ヨコードリノ!!
この地を喰らい尽くす捕食者なり!!』
「な、なんてこと…!!」
「………先週も見ましたね、こんな感じの」
「そう思うようになってきたら半人前」
少しずつ染まってきたな。
呆れを見せる平良さんに、僕は心の中で笑みを浮かべた。
「『あと少し』って言えたら、晴れて一人前だ」
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