第8話 無傷なだけで無事ではない

「じゃー…まッ!!」

「ぶげっ!?」

「こ、こっち飛んでくんなばぁっ!?」

「ぐふっ!?」

「ばっ!?」


立ちはだかった怪人らを纏めて殴り飛ばし、玉座の間に通ずるであろう板チョコの扉に叩きつける。

先輩と別れて1分足らず。

姫様が指す最短ルートを駆けたにしては、そこそこかかってしまった。

それもこれも、邪魔してくる雑兵の妨害が大きい。

両手の塞がっている今、蹴り飛ばすので精一杯だというのに、やたらと耐久力がある。

蹴りだけでも30トン近い威力なんだけどなぁ、と思いつつ、怪人が大量に張り付いた扉に向けて飛び上がる。


「遺言があるなら言っとけよ」


チョコと怪人が吹き飛び、視界を彩る。

着地と共に速度を殺すや否や、宙を舞う怪人たちが揃って爆散した。

…直接蹴っていない怪人までも爆散するとは、どういうわけなのだろうか。

爆発が連鎖する生態でもあったのか、それとも僕が纏った雷撃に耐えきれなかったのか。

そんな疑問を覚えながらも、僕は目を回す2人を下し、周囲を見渡す。


「せ、切羽詰まった状況だったのはわかりますけど、もう少しゆっくり…」

「ゔぶっ…。目が…」

「そんな弱音吐いてる状況でもないよ」


口を抑える2人の視線が、僕の視線に沿う。

本来ならば王が座しているであろう、ケーキらしき意匠の玉座。

そこに座る影は明らかに、人の形を成していなかった。

獅子の頭に山羊の角。纏うローブから覗く、トカゲのような鉤爪。

肌を撫ぜる威圧。見つめられているだけで「勝てるのか」という不安すら過ぎる、鋭い眼光。


間違いない。アレが今回の「厄介ごと」だ。


「たった数人の援軍にすら対処できんとは、嘆かわしい。

もう少し厳しく鍛えるべきだったか」

「あれが、ライキーマ…」


びたぁん、と、蛇のような尾を床に叩きつける。

ただそれだけの動作が、姫様の呟きを飲み込んだ。


「おい、女。援軍を引き連れ、私の部下を倒した。この意味がわかるか?」

「………っ」


問いに答えを返す余裕もないのか、姫様の喉奥から空気が漏れる。

「降伏しろ」と要求しないあたり、かなり怒っている。

真っ先に部下の犠牲について言及するあたり、関係は良好だったのだろう。

ライキーマらしき怪人は威圧を強め、姫様に問うた。


「確認はしておこう。レシピを渡す気はないと見ていいんだな?」

「だ、誰が…、あなたのような悪党に…!」

「そうか…。ならば仕方ない」


なにか、まずい。

予感に従い、2人の体を攫う。

瞬間。ライキーマの口腔から、一筋の青い炎が放たれた。


「なっ…!?」

「ゆ、床が…!?」


早い。放つまでもそうだが、床に着弾するまで1秒もなかった。

でろでろに融解した床に、2人が息を呑む。

これが小手先感覚で放たれるのか。

臓器の三つや四つは吹き飛ぶだろうな。

そんなことを思いつつ、2人を下す。


「頭弱いな。レシピごと燃やす気か、お前」

「そのレシピを持ち逃げされる危険性を加味して狙っただけのこと。

無いなら無いでどうとでもなる」

「なーるほどねぇ…。反撃に転じられるとまずいからレシピを取り上げようとしたわけか」


これにパワーアップが控えてんのか。

新人の教育にちょうどいい現場かと思っていたが、どうやら見積もりが甘かったらしい。

僕は手に槍を顕現させ、怪物の前に立つ。


「下がって」

「…………っ」


有無を言わせないよう、圧を込めて告げる。

2人を守りながら戦えるほど、余裕を持てる相手ではない。

頷き、去っていく2人を捉え、怪物が再び口を開く。

飛び道具の方が速いのか、それともあまり動きたくないのか。

どちらかを推察するより先、光が漏れる口腔目掛け、槍を思いっきり投げ飛ばした。


「くたば…、れぇっ!!」

「……っ!?」


戸惑いを漏らし、咄嗟に炎を吐く怪物。

先ほどよりは威力も勢いもないが、槍に対処するには十分な威力だったのだろう。

勢いが死に、ドロドロに溶けた槍があたりに霧散する。

もう少し硬度と耐熱性を上げないとまずいか。

得た情報を整理しつつ、こちらへと視線を向ける怪物との距離を詰める。


「血気盛んだな、バケモノ」

「そっちもだろうが」


淡々と吐き捨て、刺突と蹴りを避ける怪物。

先輩に匹敵する程に高い技能。こちらの攻撃を相殺するパワー。気を抜けば反応が遅れる速度。そして、攻撃を避けるという対応。

特殊なギミックがない代わり、単純に強いタイプか。

先輩がこっち来た方が良かったな、と思いつつ、尾の一撃を槍と引き換えに弾く。

砕けた槍の破片が落ちるより先、武器を失った僕の隙を突き、相手の爪が迫る。

身を逸らすも間に合わず、バイザーのように頭部に展開した庇護膜に亀裂が走る。


「い゛っ…、てぇな!!」

「喚くな。血すら出ていないだろうが」


まつ毛をごっそり引っこ抜かれて、怒らない人間がいるか。

そんな文句を浮かべ、新たに顕現した槍を横薙ぎに叩きつける。

が。怪物はその一撃を片手で受け止め、僕の腹に尾を叩きつけた。


「せめて、これを食らってから喚け!!」

「ぎっ!?」


みしっ、ぶちちっ、と肉と骨が壊れていく音が響く。

何度経験しても慣れない痛みだ。

が。思考が回らない程じゃない。後で治るのだから、ここで踏ん張れ。

吹き飛びそうになるのを意地で堪え、尾を掴む。

相手も吹き飛ぶものと考えていたのだろう。

ガラ空きになった顎目掛け、足を振り上げる。


「ぃづっ…ゔあぁっ!!」

「ぶっ!?」


サマーソルトキック。

内臓が破裂した上にあちこちの骨が砕けた状態でそれを繰り出したせいか、全身に激痛が走る。

が。痛みに悶えている暇はない。

悲鳴を噛み殺し、続け様に蹴りを叩き込む。

何発かを受けた怪物がそれによろめくも、痛みに慣れたのだろう。

側頭部に向かっていた足を受け止め、骨が砕けるほどに強く握る。


「ぁぎっ…!?」

「足癖が悪い!!」


漏れ出た悲鳴を抑える暇もなく、僕の体が力任せに放られる。

がっ、がっ、とバウンドしながら床を削り、壁に激突する。

強い。再生能力がなければ、この一撃で落ちていた。

前座の段階でこれか、と冷や汗を落とす僕に、怪物が降り立つ。


「バケモノよ。トドメは必要か?」

「はっ…!慈悲のつもりかよ、悪党がよ…!

他所様を侵略しといて、聖人君子気取ってんじゃねぇぞ…!」

「狩りをすることの何が悪い」


悪びれもなく吐き捨て、足を上げる怪物。

僕の頭を踏み砕くつもりなのだろう。

再生するとはいえ、足が砕けた状態では立ち上がれない。

向こうからすれば、避ける術などないように思えるだろう。

その足が落とされるより先、僕は手のひらに力を込め、腕を振るった。


「やっぱ価値観合わねぇな…!

テメェらみたいな人食いどもとはよ…!!」

「……っ!?」


ぢぢっ、と蛇のような雷が走る。

僕が生み出せるのは、なにも槍だけではない。

雷纏う鞭を避けるべく、片足で飛び上がり、距離を取る怪物。

その隙に足の治癒に意識を回し、なんとか立ち上がる。


「痛ぁ…!脛ひしゃげてるじゃねぇか…!

テメェのもひん曲げるぞこの野郎…!」

「……なぜ、そうまでする?

この世界での出来事など、お前たちになんの関係もないだろう?」


またこの質問か。

「答え飽きたわ」と呆れを吐き捨て、鞭を槍へと作り変える。

僕が戦う理由なんて、これに尽きる。


「ムカつくからに決まってんだろ」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「ひゃはははは!どうしたどうした!

さっきから逃げてばっかじゃねぇか、お嬢ちゃァ〜ん!!」

「炎しか放てんのなら、貴様に勝ち目は万に一つもないぞ」


放たれる氷の息吹を避け、炎を放つ。

が。アスファルトすら溶かしてみせた程の威力を誇るソレでも、視線の先に佇む怪人にはまるで通らない。

距離を詰めようにも、相手のブレス攻撃に阻まれ、思うように動けない。

以前に戦った怪人も、似たような攻撃をしてきたっけか。

その時の記憶を探りつつ、相手の情報を整理する。


一つ。三つの頭は意識を共有していない。

頭の数と同じく、脳と人格は三つ。

矢継ぎ早に攻撃を仕掛けているように見えて、1秒足らずの隙がある。

ブレスごとに硬直する…などという条件があるのなら、こうしてべらべらと煽り立てるような真似はしない。


二つ。体を動かしている頭がどれかはわからないが、恐らくは複雑な動きが出来ない。

こうして避けられている以上、ブレスの効果が薄いのは向こうもわかっているはず。

にも関わらず、初撃の不意打ち以外で近接攻撃をしてこないということは、近接攻撃をするメリットを帳消しにするデメリットがあると見ていい。


三つ。思ったより視界が狭い。

首の可動域の関係からか、真後ろへの対処が少し遅れている。

とは言え、懐に潜り込める隙は見せないあたり、本人もこの弱点は自覚しているのだろう。


これらの情報から導き出される答えは一つ。


「勝ち目がない…ねぇ」

「その通りです。息が切れているのを見るに、限界が近いのでしょう」

「そろそろ諦めて、楽になれよォ!!」


真ん中に座す首から、暴風を彷彿とさせる吐息が放たれる。

軽く身を逸らし、地面を抉りながら迫るソレを避ける。

いい加減諦めろだとか、勝ち目がないだなんて言葉は聞き飽きた。

私は風のブレスが終わる直前に、腕を前へと向けた。


「そういうセリフ吐く奴は、足元掬われるって決まってんだよ」


瞬間。ぶしゅうっ、と音が響き、私の腕からガントレットが放たれる。

一発勝負だったが、上手く意表を突けた。

二つの手のひらが左右の口を握り、押さえ込む。

ソレに面食らう怪人の懐に潜り込み、最低限の装備しか纏っていない拳を握った。


「なっ…!?」

「テメェなんざ、懐に入ってぶん殴るだけで十分だ」


どっ、と、重いものがぶつかったような音があたりに鳴り響く。

続けて聞こえたのは、呻き声。

ガントレットがないためか、トドメには届かなかったらしい。

なら、やることは決まってる。


「駄賃だ。六銭っぽっちじゃ足りねぇだろうし、サービスしてやる」


倒れるまで殴る。

怒涛の攻めに嗚咽すら出せないのか、小さく呻く三つ首。

まだ余裕があるな。

殴る速度を速め、剥き出しになった臓物へと拳を叩き込む。


「三途の川にィ、持っていきやがれェ!!」

「っ……!!」


最後の一発。

心臓らしき部分を殴り砕き、拳を振り抜く。

壁にめり込むも、怪人はしぶとく立ち上がり、こちらへと手を伸ばす。


「ば、ばかな…、我々が…」

「いやだ、いやだ、いやだぁ…!」

「見事だった…、としか、言えませんね…」


その言葉を最後に、怪人の体が爆散する。

3年経っても、怪人が爆散する仕組みがよくわからん。

改造人間というわけでもなかろうに、と呆れを乗せて息を吐き出しかけ、やめる。

何か大事なことを忘れているような。

暫し逡巡し、ふと、思い出す。


「……………やっべ。人質の場所聞くの忘れてた」


やらかした。いくら余裕がないからと言って、一気に決めるんじゃなかった。

そんな後悔を振り切るように、私は廊下を駆け出した。

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