第7話 人間を食糧にする怪人は割といる
「……今だ、走れ」
先輩の合図に合わせ、菓子で構築された通路を駆ける。
結論から言えば、隠し通路はバレていた。
占拠した上に国民全員を人質扱いするような連中だ。城を虱潰しに荒らしまわらないわけがなかった。
いつ戦闘になってもいいように武装し、こそこそと隠れながら奥へ、奥へと進む。
犬やら猫やらクマやらラーテルやら、統一感もクソもない動物の兵士をやり過ごしつつ、僕は浮かんだ疑問を先輩へとこぼす。
「絶対居ますよね、名前もモチーフもダダ被りなやつ」
「…もっと気にするとこあるだろ」
カモノハシまでいる。
アイツの名前も気になる。そもそもカモノハシの鳴き声ってなんだ?少なくとも、「くわっくわっ」ではない気がする。
そんなことを思いつつ、僕は平良さんに声をかける。
「平良さん、動物には詳しい方?」
「人並みです」
「だったら、この機会に勉強しとくといい。
動物モチーフのやつなんて、これから腐るほど出てくるからね」
「そういうお前はどうなんだよ」
「カモノハシの鳴き声がわからなくて悶々してます」
平良さんがバランスを崩した。
「よく偉そうに言えたな」と言いたげな半目を向ける先輩に、「流石にざっくりは頭に入れてます」と繕う。
動物の力を使うヒーローには負けるが、そこそこの知識はあるつもりだ。
…鳴き声は出てこないけど。
そんなことを思っていると、姫様が恐る恐る口を開いた。
「あの…、私が言うのもなんですが、もう少し気を引き締めた方が…」
「言われてるぞ、シュウヤ」
「すみません、緊張をほぐそうと思って。
……っと、ちょっと口閉じてください」
姫様の手を掴み、影へと引き寄せる。
数秒の後、複数の足音が近場で響いた。
姫様の顔に冷や汗が滲む。
あと少し遅かったら、間違いなく見つかっていた。
あり得た可能性に怯えを見せる姫様を「大丈夫ですから」と宥め、耳に意識をむける。
「んで、見つかったのか?」
「見つかりはしたが、ブルル様が護衛らしき女に負けたとか。
なんでも『チキュウ』とかいう異界から援軍を呼んできたと聞いたぞ」
「あのいつまで経っても攻め落とされない辺境か。面倒なことになったな」
コイツら地球も襲ってんのかよ。
いつ倒したやつだっけか、と記憶を探りつつ、話に耳を傾ける。
「にしても、ライキーマ様も欲張りだよな。
食い扶持の確保だけで十分だろうに、『伝説のおやつ』まで欲しいだなんて」
「国王が『食べたら一騎当千の力を得る』だとか言ってやつだろ?
食べかすでもいいから、おこぼれ貰えねぇかなぁ」
「姫を引っ捕らえなきゃ、その機会もないだろうよ」
ボスの名前、鳴き声じゃないんかい。
一瞬、そんなツッコミが頭をよぎるも、思考を切り替える。
ライキーマ。並び替えるとキマイラか。
これまでに似たようなモチーフの怪人を相手にしてきたが、そのどれもが強敵だった。
今回も楽できそうにないな、と思いつつ、先輩へと目を向ける。
「『食い扶持』ってことは…」
「十中八九、食人文化持ちだ」
「……ごりっ、ごりっ、ぐっちゃあ…ですかね?」
「人から抽出したエネルギーを喰うって可能性もあるな」
「マジに喰う可能性もありますよね?」
「………それは、まぁ、うん」
食人文化持ちを相手にすると碌なことがない。
タイミングが悪いと、トラウマ確定の惨たらしい食事シーンを目の当たりにすることがある。
ヒーローになって1ヶ月も経たない平良さんには、刺激が強い光景だろう。
どうか比較的健全な食事でありますように、と願う傍ら、続く会話に集中する。
「捕らえろって言ったってなぁ…。
こうして城を彷徨くだけで見つかるものとも思えんが」
「バカだなー、お前。
乗り込んできたら一番に捕まえられるし、玉座の間に近いから手柄を横取りされないし、いいことづくめだろ」
「えぇ…?援軍を得た程度で、わざわざ城に戻ってくるかぁ…?」
「戻らざるを得ないだろ。何なら、王都中に地下の菓子工場の映像を見せりゃいい。
自分たちの菓子を作るための機械が、家族や民を苦しめてる光景を見りゃ、怒って乗り込んでくるだろ」
欲しい情報全部話すじゃんコイツら。
怒りに震える姫様を抑え、先輩たちと視線を合わせる。
「二手に分かれましょう。
僕と平良さんで撹乱しつつボスを倒しに行きますんで、先輩は救助お願いします」
「ん。姫さん、道案内頼むわ」
「ま、待ってください…!」
声を上げたのは、僕の手から解放された姫。
小声で、しかし響くように声を出した彼女に、先輩が眉を顰める。
ウジウジするかワガママ言い出すな、これ。
一瞬、そんな呆れが頭をよぎるも、彼女にとっては一世一代の決心かと考えを改める。
僕たちは何度も通った道であれ、彼女にとっては初めての侵略だ。
僕たちは周囲を警戒しつつ、姫様の話に耳を傾ける。
「ライキーマの元に行かせてください…!」
「なっ…、何言ってるんですか…!?」
「散々巻き込んでしまった挙句に言うことではありませんが、これは私の戦いです…!
民を…、家族を捨てて逃げた責を取らねば、彼らに合わせる顔がありません…!!」
1から100まで任せるのが嫌というわけか。
連れて行ってもいいが、レシピは誰かに預かってもらうべきなのでは。
そんなアドバイスを告げるより先、姫様の背後に濃い影が見えた。
「あーあ…、大声出すから…」
「…………………あっ」
そこに居たのは、先ほどまで駄弁っていた2人。
「アホだろコイツ」と言わんばかりに呆れと困惑が入り乱れた表情を姫に向けている。
擁護するわけではないが、ヒートアップしたことで周りが見えてなかったのだろう。
吹っ切れるのは大歓迎なんだけど、もう少し状況を考えて欲しかった。
「居たぞーーーーッ!!」
「捕えろっ、捕えろーーーーッ!!」
動物モチーフなら普通は遠吠えじゃないか?
姫様に迫る2匹を雷撃で弾き、彼女を再び抱き寄せる。
「シュウヤ!姫さんたち連れてボスんとこ行け!!」
「了解」
「遠藤先輩!?な、なんで…」
「こうなった以上、こっちに姫さん来られると迷惑だ!!行け!!」
言い方は厳しいが、先輩の言う通りだ。
敵の狙いである姫様が城にいるとバレた以上、人質の救助に回せない。
もし人質がいる場所へと回せば、なりふり構わなくなった敵が殺戮を始める可能性がある。
平良さんに教えられればよかったのだが、今はそんな場合ではない。
あとで説明するか、と考える傍ら、僕は姫様と平良さんを脇に抱える。
「んじゃ、先輩。頼んます」
「おうよ」
「待でべっ!?」
響く鈍い音を背に、僕はクッキーで構成された床を思いっきり踏みしめた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……行ったか」
あっという間に姿を消したシュウヤを見届け、迫る動物軍団の攻撃を捌く。
親玉が特別強いだけで、あとは有象無象の集まりか。
シュウヤと新人に大変な役目を背負わせた。
そんな自嘲を隠し、薄く笑みを浮かべる。
「人質が何処にいるのか正直に話す気のあるヤツ、手ェ挙げな」
「言うわけないだろ!バカか!?」
「ふざけたことを!!」
囂々と非難が響く。
この要求も言い飽きたな。どうせ断られるし、次からは言わなくてもいいか。
辟易が口から漏れそうになるが、なんとか堪え、繰り出される爪や牙を飛び越える。
「んじゃ、バーベキューといこうぜ。お前ら肉な」
近場に居たワニの怪人の肩に足を乗せ、開こうとした顎を掴む。
動物モチーフの怪人は弱点がわかりやすくていい。
開く力が弱いせいか、もごもごと口をまごつかせ、暴れるワニ怪人。
周囲の怪人が私を引きずり下ろそうとするより先、掌から炎を放った。
「ぎゃぁああああっ!?!?」
「ゔぁ…っ、き、貴さ…」
「はい、タッチ」
「まぁぁああああっ!?!?」
あの猪野郎でわかっていたことだが、炎に耐性がなくてよかった。
おかげで、タッチするだけで敵が倒せる。
着地がてら、数匹の怪人を燃やした私は、これ見よがしに掌を彼らに向ける。
「数が多いだけで、大したことないのな。
鬼ごっこするだけで倒せるぞ」
「雑兵だけで判断されるのは我慢ならんな」
覚えのある感覚。
通学路を歩いていたら、目の前にトラックが突っ込んできた時のような、ヒヤリとした怖気。
咄嗟に身を翻すも遅く、纏う装備の一部が切り落とされる。
欠損は覚悟しとかなきゃな、とどこか他人事のように思いつつ、聳える影を見据える。
「そうだそうだ!そこの雑魚たちと違って、オレは強ぇんだぜ!ひはははは!」
「い、いえ、別に雑兵の皆様に悪気があるわけではないのです。ただ劣っていると言う事実をわかりやすく伝えただけで…」
「……………」
そこにいたのは、三つの首を持つ犬…ケルベロスの怪人。
わかりやすく頭が三つあることを主張するかのようにやかましく振る舞うソレを前に、辟易の表情を浮かべる。
「前に何回か見たな、ケルベロスモチーフのやつ…」
「ケルベロス!?違う、ベルロケスだ!!2度と間違えんなアマ!!」
「ベルロケスだ。2度は言わん」
「恐縮ながら名乗らせていただくと、ベルロケスです…。あなたが倒されるまでの短いお付き合いですが、よろしくお願いします…」
「うわうるさっ」
ぎゃいぎゃいと騒ぐケルベロスの怪人に怯えてか、ソレとも気圧されてか、雑兵すら黙っている。
多頭タイプの怪人はやかましい上に強い。
コイツもそのセオリーに則っていると考えていいだろう。
いつでも動けるように腰を落とし、拳を構える。
「一応お前にも聞いとくわ。人質何処だ?」
「それを正直に言うとでも?」
「バカかお前は!?知られて困ること言うようなバカいねぇだろ!!」
「失礼を承知で申し上げるのですが、頭が沸いておられるのですか?」
ここに残ったのがシュウヤじゃなくてよかった。
十中八九、情報を引き出す前にキレて殺しに行ってる。
とはいえ、私もここまで言われて腹が立たないほど冷静な性格ではない。
ガントレットをかちあわせると同時に、私は周囲に炎をばら撒いた。
「よく回る舌だな。三つともタンシチューにしてやるよ」
「ほざけ!!」
「タンは焼肉派!!」
「勘違いしているようなのでご指摘致しますが、タンというのは牛の舌であり、私たちのような犬の舌とは別物です」
「………最後のやつだけやたら腹立つな…」
ヘイトスピーチで相手の意識を自分に向けてるのだろうか。
…いや、体は一つなのだから、あの首がヘイトを稼ぐ意味はない。
ただ単にあいつが腹立つ性格してるだけか。
真っ先に引きちぎってやろう。
そんな決意を抱くや否や、私たちは同時に距離を詰めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます