第6話 ヒーローの現実

一般的な業界とは違い、ヒーローは一年を超えるとベテラン扱いされる傾向にある。

相打ち同然に敵を倒し、力を失った。あまりに強大な悪の数々を前に心が折れた。力を次へと託した。

様々な要因があれど、一年以内に戦いの舞台から降りるヒーローがほとんどだ。

が。先輩はその定説に当てはまらなかった。

蔓延る悪を拳で粉砕すること三年。

先輩の体には、悪を倒すための経験と知識が染み付いていた。


「ふ、ふふっ…!無駄だ…!

貴様がどれだけ強かろうが、ボスどころか、城に集う上級幹部には決して勝てん…!

彼らは皆、無敵の力を得るのだか…ら…」

「チッ、下っ端だったのかよ、面倒臭ェ。

幹部級みたいな貫禄出していちびりやがってよ。

ああいう登場したやつは大体強敵がセオリーだろうが、ったく」


爆炎を浴びながら、先輩がぼやく。

いや、音速を超える突進を見切るって何?

装備を装着するだけで、五感までもが冴え渡るようなことはないって言ってたの先輩じゃなかったっけ?

特に苦戦することもなく装備を解いた先輩に、僕は呆れを込めて口を開く。


「先輩、先輩。多分ですけど、マジに幹部でしたよ、あいつ」

「え、マジ?にしては攻撃無効とかアホ耐久とかのクソギミックなかったけど…」

「攻撃力に全振りしてた奴だったのに、先輩が見切っちゃったから弱く見えただけですよ」


攻撃を無効化されるようなギミックさえなければ、先輩が苦戦するようなことは少ない。

猪のバケモノということで、攻撃手段が突進を主体にしたものと推察していたのだろう。

先輩はある程度情報を引き出すと同時に炎の防壁を展開することで相手の動きを制限し、その軌道に拳を合わせ、猪を殴り飛ばした。

一連の流れを例えるなら、追い込み漁だろうか。

相変わらず見せ場もクソもない戦闘だな、などと思っていると、平良さんが口を開いた。


「………あの、先輩方?ファイトスタイル、逆じゃないんですか?」

「あー…。よく言われるな、それ」


過去に何度も投げかけられた質問に、先輩が苦笑を浮かべる。

体そのものを作り変える僕たちとは違い、先輩はただ鎧を纏うだけ。

故に、ただの一撃でも攻撃を喰らえば、即座に戦闘不能になるケースが多々ある。

そのため、先輩のような装備型のヒーローは常に攻撃を喰らわない立ち回りが求められる。

逆に僕のような肉体変化型のヒーローは、再生するからと感情に任せたパワープレイが殆ど。

平良さんが言うように、ファイトスタイルを性格に寄せているヒーローは殆どいない。

しかし、ここで長々と説明している暇はない。

先輩は苦笑を浮かべ、ブレスレットを指差した。


「私はここにしまってる装備を纏うだけだからな。一撃くらうだけでもアウトなんだよ」

「僕は滅多なことじゃ死なないし、ノーガードゴリ押し戦法が一番ダメージ出せるんだよね」

「はへぇ…。私はどっちが向いてそう…ですかね?」

「知らね。今んとこ攻撃喰らって転げてるとこしか見てねーし」

「ゔっ」


言葉の刃にばっさりと切られる平良さん。

先輩はそれだけ言うと、呆然とことの成り行きを見ていた姫様に目を向けた。


「んで。相手が城を拠点にしてることを聞き出したわけだが…、ああいうのには大体脱出用の通路があるってのがセオリーだ。

もちろん、ここの城にもあるんだよな?」

「……………えっ?え、あ、はい…」


劇的な現実に脳の処理が追いついてないのか、生返事で返す姫様。

先輩は遠目に見えるお菓子の城を指差し、あっけらかんと言い放った。


「案内してくれ。ちゃっちゃとぶっ飛ばすから」

「えっ…!?な、何考えてるんですか…!?

準備もなく敵の拠点に突っ込むなんて…」

「一つ。準備してる暇がない。

さっきの豚と出会しただけでも、姫様が帰ってきたこと、援軍として呼ばれた私らのことが漏れてる可能性を考えるべきだ。

すぐに仕掛けないと詰む」


姫様の言葉を遮り、淡々と告げる。

ごねる理由を潰そうとしているのだろうが、もう少し優しく言えないものか。

そんなことを思いつつ、「はへー」と素っ気ない感心を溢す平良さんの脇腹を肘で突く。


「二つ。増援が呼べない。

私らの仲間にゃ、自力で世界を超えられる人材がほとんどいない。

連絡とってあんたに迎えに行ってもらう…なんて手はあるが、確実に後手に回る。勿論だが、時間かければかけるだけ民の無事は保証されない」

「む、むぅ…」

「三つ。親玉と幹部連中にまとめて来られると流石に勝てん。

カチコミかけて潰してった方がまだ勝算があるんだよ。

向こうがあのデカい城を押さえてるってことは、あそこにそれだけの価値を見出してるってことだ。

侵入されたら幹部連中が出張って来るだろ」

「で、でも…、トップが出てきたら…」


今回のは強情だ。

三つ目まで来ると大体は「行きます!」と食い気味に叫ぶのだが。

攻めを躊躇う姫様の疑問に、先輩は首を横に振った。


「そりゃない。いくら勝ち確だったからって、あんたの確保っつー重要な仕事をあの2匹に振るくらいだ。

そういうのは余程のことがない限り、本人じゃ動かねーよ」

「…………」


ここまできて、漸く道が一つしかないと悟ったのだろう。

先輩は四つ目を語り出すことなく、姫様に詰め寄る。


「んで、どうする?

逃げに出るか、攻めに出るか。

道を知ってるのが姫様だけな以上、決めるのはアンタだ。

どっちを選んでも、姫様の命とレシピの両方、死ぬ気で守ってやる。

それ以上の結果を得たいってなら…、もう言わなくてもわかるよな?」

「………………」


容赦なく切り込む先輩に、俯く姫様。

平良さんがそれに「誘導尋問だ…」と溢すと、先輩の睨みが飛んだ。

事実、先輩の言うように、すぐにでも攻め込まなければ勝ち目はない。

詰む要因を排除しなければ、まず勝負の土俵にすら立てない。

僕たちが生きる世界はそういう世界だ。

気合いと根性だけでなんとかなってるなら、大先輩のように引退するヒーローなんていない。


「………わかり、ました。案内します」


意を決し、姫様が口を開く。

ここからが本番だ。

願わくば、今回はまだ楽な部類でありますように。

どうせ届かない願いを抱きながら、僕は姫様に続いた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


こんなに差があるだなんて思わなかった。


ただなんとなく。特別な力を得たのだから、それに見合った才があるかもしれない。

そんな期待を抱き、自分に裏切られた。

私が力を得たのはつい最近のこと。

その経緯を一言で表せば、よくある偶然。

ヒーローになるほとんどの人間が通過した道を、私も同じように歩み始めた。

この時点で気づくべきだったのだ。

私は力を拾っただけの、ただの高校生だったことに。


最初に戦った敵は、ばら撒かれた軍勢だった。

小学生の頃、同級生とつかみ合いの喧嘩をしたくらいで、暴力とは無縁だった私にしてはよく戦えたように思う。

一騎当千とまではいかなかったけれど、特に致命的な攻撃を受けることなく、私は人生最初の修羅場を乗り越えた。


ここで叩きのめされていた方がまだよかったかもしれない。

次の戦場でそんな後悔が浮かぶほどの絶望が、私を襲った。

現れたのは、機械仕掛けの神。

彼が無差別に放った怪物に、私はいいように遊ばれていた。

掠れた視界に見えた、機械を穿つ雷。

あんなふうにはなれないのだと、現実を突きつけられた。


「ねぇ、君!新人の子でしょ?よかったらさ、ウチのチームに入らない?」

「青の子が抜けたばっかでさ。

経験なくても構わないから、どうかな?」


ズタボロの自尊心を抉るように、スカウトの話が舞い込んだ。

色が揃わないから。

冗談みたいな理由での勧誘に、私は眠れないほど頭を悩ませた。

憧れに手を伸ばしたい。自分でもあの理不尽を倒せるんだと思いたい。

だけど、自分がそうなれるビジョンが見えない。

果たして、自分がチームに入って大成できるのだろうか。

いや。そもそもの話、ヒーローとして役に立てるのだろうか。

不安ばかりが頭をよぎった。


「知っとるか、なごみん。うちの高校には、かの有名な『ブレイズ』が居るんやって」


そんな自慢話を同級生から聞きつけるまでは。

ブレイズ。入れ替わりが激しいヒーローの世界で、3年もの間戦い続けているベテラン。

憧れがそのまま形になったような人が、自分の通う学校に居る。

それを聞いた私は途端に駆け出し、ブレイズこと遠藤 ヒビキがいるという教室の戸を開けた。


「ほーん…。アタシらんとこでインターンやりたいってか」

「インターンって…」

「おっけ。再来週でいいか?

来週はちょっと…、その、アレだからさ」


同行の提案は思ったよりあっさり通った。

直近での同行を断る理由が曖昧なのが気になったが、それを差し引いても喜びが勝った。

自分の中に渦巻く不安が少しだけ晴れたような気がした。


気がしただけで終わった。


「遺言があるなら言っとけよ」

「ほざ…け、ぇ、え…?

ぇえ、え、げぇええええっ!?!?」


「ふ、ふふっ…!無駄だ…!

貴様がどれだけ強かろうが、ボスどころか、城に集う上級幹部には決して勝てん…!

彼らは皆、無敵の力を得るのだか…ら…」

「チッ、下っ端だったのかよ、面倒臭ェ。

幹部級みたいな貫禄出していちびりやがってよ。

ああいう登場したやつは大体強敵がセオリーだろうが、ったく」


自分に実力がないなんてことはわかっていた。

だけど、ここまでとは思わなかった。

私だけでは負けていたような実力者を、遠藤先輩たちは難なく倒した。

これが憧れた世界。

彼らのように強くなれなければ、生き残れない世界。

そんな現実に押しつぶされそうになりながら、私は城へと向かう彼らへと続いた。


「……やたら遠いな。あとどんくらいだ?」

「え、えっと…、そちらの世界でいうと、あと40分くらい…?」

「バイクとか、そういう乗り物ないんですか?」

「装甲車あるけど、私無免許だぞ」

「作れるけど、教習所通ってる途中」

「……あの、異世界だから気にしなくてもいいんじゃ…」

「初心者の運転で大事故起こしたらたまったもんじゃないだろ」


……いろんな意味で厳しい現実に耐えられるだろうか。

その不安を吐き出すように、私は深くため息を吐いた。

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