第12話 お偉いさんはやらかすもの
「………すーっ、はーっ…」
危機を乗り越え、迎えた月曜日。
菓子折りを手に診療所の扉の前で数回、深呼吸を繰り返す。
私のせいで必要のない負担を負ってしまったのだ。
こうしてアポもなく診療所の扉を叩くなど、自分勝手なのは重々承知している。
許してもらおうだなんて思わない。ただ謝らないと気が済まなかった。
意を決し、インターホンのボタンを押す。
ぴんぽーん、と私の家と同じ音が響いて少しすると、その扉が開く。
「はいはーい…って、研修ちゃん?」
出てきたのは、昨日と変わらず不審者のような装いの女性…式村 アザミさん。
昨日は見た目のインパクトと恐ろしさから碌に会話できなかったが、今日は違う。
「お見舞いに来ました」。ただそう言えばいいだけ。
だから恐れることはない。ないのだが。
「なぁに?学校で怪我でもした?」
やっぱり怖いもんは怖い。
サングラスかけてるだけでマフィアと同等の貫禄が出るのどうかしてる。
顔面の迫力だけで敵が倒せそうだ。
「ぴっ」と悲鳴を漏らすも、私はおずおずと言葉を続ける。
「あっ、いえ…。その、先輩のお見舞いに…」
「それならタイミング良かったね。さっき起きて、お嬢と話してるよ」
「へ、は…、はぁ…」
気になってたけど、お嬢って呼び方何?
まさかとは思うけど、遠藤先輩ってそういうご家庭の生まれだったりする?
謎に包まれた遠藤先輩のプライベートを疑問に思いつつ、私は式村さんに続く。
診療所にしては生活感が溢れる廊下だ。
確か、自宅の一部を改装しているんだっけか。
先輩に聞かされた情報を想起していると、式村さんの足が扉の前で止まる。
「坊ちゃーん。研修ちゃんが見舞いに来たぶょぉっ!?」
式村さんが扉を開け、言い終わるより先。
その顔面にりんごが突き刺さった。
「し、式村さん!?しっかりしてくださ…うぉっと!?」
続けて、バナナが私の頬を掠めた。
中で何やってるんだろうか。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる声に怯みながらも、私はおそるおそる部屋の中を覗く。
「だーかーらー!偶然とか習慣で終わらす段階なんてとうに過ぎてますって!
絶対に何かしらの元凶がありますって!」
「そういう研究はな、国連総出で40年前からしとるんじゃ!
それでもいまだに結果出てねーんだから、私らが突き止められるわきゃねーだろ!!」
そこには、手当たり次第に見舞い品を投げ合う大喧嘩を繰り広げる先輩方の姿があった。
よくもまあ、この怒号が外にまで響いてこなかったものだ。
防音性が高いのかな、などと思いつつ、私は2人を止めようと立ちあがろうとし、やめる。
瞬間。頭上を再びバナナが通り抜けていった。
「現状維持が一番まずいってのは先輩も言ってたでしょうが!!
20年先も新しいヒーローが生まれ続ける保証がどこにあるんですか!?」
「戦う土俵間違えんなって言ってんの!私らは最前線で戦わにゃならんの!!」
「かーっ!話通じてます!?
僕らの時代で終わらせにゃならんって言ってんですよ!?人類の危機が週一で来てるなんておかしな状況をいつものことって受け入れて改善しないでどうすんですか!?」
論題は高尚だ。が、言い合いがあまりに幼稚すぎる。
掴み合いにまで発展しながらも、2人は口を止めず叫ぶ。
「じゃ具体案の一つでも出せや!!」
「それを一緒に考えようって言ってんですよ頭でっかち!!」
「はーっ!?はぁあーっ!?!?
案すらないのにバカ言ってんじゃねぇぞ!!一緒に考えても既に国連が突き止めた結論しか出ないから考えるだけ無駄っつってんだろうが!!」
「好き勝手やった挙句やらかしの尻拭い押し付けるボケ共が牛耳る組織が頼りになったことが一度でもあります!?マトモなの末端もいいとこの中間管理職やってる人くらいじゃないですか!!」
「…………そ、それは、そうだけども…」
と、遠藤先輩が劣勢になったその時だった。
式村さんが目にも止まらぬ速度で距離を詰め、2人の肩に手を置いたのは。
「そろそろ落ち着いたでしょ。
やめないと売り飛ばすよ」
「「やめます」」
「よろしい」
やっぱそっち側の人じゃないか。
あまりの圧に負けて大人しくなり、片付けを始める2人。
私がそれに呆然としていると、式村さんがこちらへと戻った。
「ごめんね。いつもこうなの」
「いつもって…。暴れちゃダメなんじゃ…」
「いいのいいの。これも治療の一環だし、この家はヒーロー専門の診療所で、一般の人向けの診療所が別にあるから」
「………失礼ですが、ヤの付く人御用達じゃないですよね?」
「………………」
「否定してください!!!」
「冗談だよ」
冗談に思えませんが。
そんなことを思っていると、片付けを終えた2人が式村さんの前に並ぶ。
「で、どう?すっきりした?」
「すみません、毎回手間かけさせて…」
「いいのいいの。強化形態のデメリットが重いヒーローなんて腐るほどいるし。
感謝ならお嬢に言いなよ?私の場合、すぐ手が出るからね」
「………えっと、何のお話をされて…?」
話が見えてこない。
さっき言っていた「治療の一環」というのが関係しているのだろうか。
私が疑問をぶつけると、式村さんが「言ってもいい?」と出雲先輩に確認を取る。
彼が「別にいいですよ」と答えると、式村さんは私へと向き直った。
「さっきの喧嘩ね、治療なの。
坊ちゃんの場合、強化形態を使うために死ぬほど怒るせいで、起きた直後もしばらく興奮状態が続いてね。
ガス抜きしないと能力が暴発しかねないから、しょうもない喧嘩させるわけ」
「…………」
「あれ、どしたの?」
「………いや、見た目に反してしっかりお医者さんしててびっくりしたと言うか…」
「正直がいついかなる時も美徳ってわけじゃないんだよ?」
「ごめんなさい」
「よろしい。……さ、坊ちゃん。可愛い後輩ちゃんがお見舞いに来てくれたよ」
失言癖、治さないとなぁ。
そんなことを思いつつ、私は出雲先輩へと目を向ける。
と。出雲先輩は気まずさを繕うように笑い、軽く頭を下げた。
「恥ずかしいとこ見せてごめんね、平良さん」
「い、いえ。元はと言えば私が油断したせいですし、改めて謝罪をと…。
……あっ、これ、菓子折りです」
言って、紙袋に入った菓子折りを渡す。
先輩は「別にいいのに…」と苦笑しながらも、遠慮がちに紙袋の取っ手を掴んだ。
「一応、もらっておくよ。ありがと。
……ヒーローやってて誰かの世話にならないなんて無理だし、いちいち貸し借り勘定してたらキリがないよ?」
「それでもです。本当にすみませんでした」
「はー…。真面目というか頑固というか…」
「私らがルーズなだけだろ」
「……ですかねぇ」
遠藤先輩の指摘に同調する出雲先輩。
投げ合っていた果物は遠藤先輩の見舞い品ではないのか、と疑問に思っていると、出雲先輩が思い出したように声を漏らした。
「そういえば、研修どうだった?
チーム入っても、ヒーローとしてやってけそう?」
「そ、それなんですが…、その…。
スカウトの話はお断りしまして…」
暫し沈黙が漂う。
微妙な空気が流れて10秒ほど経ち、3人が揃ってため息をついた。
「………………『色が足りないから』はそうなるって」
「あの子ら正直すぎて失言かます傾向があるからね…」
「嘘も方便って誰か教えてやれよ…」
「そ、そういうわけじゃないんです!」
誘われた理由が不満というわけじゃない。
…前言撤回。爪の先ほどは「え?色?」って思っていたけれども。
でも、それがメインの理由ではない。
図々しいのはわかっている。だが、言わないと気が済まない。
私は深々と頭を下げ、声を張り上げた。
「私、先輩方のチームに入りたいです!!」
「…………………えっ?私ら?」
「はい!!!」
押して押して押しまくる。
何の戦績も残していない自分を売り込むにはもうこれしかない。
私は勢いに任せ、言葉を続けた。
「足手纏いなのはわかってます!!
身の丈に合わない希望だと言うことも理解しています!!
でも、どうしても先輩方のようなヒーローになりたいんです!!」
「ごめんちょっとタンマ」
「はいっ!!」
ビシッ、と背筋を伸ばし、顔を上げる。
まず見えたのは、困惑。
「え?マジで私らなの?」とでも言わんばかりに困り果てる2人の顔に、一抹の不安がよぎる。
ダメで元々。受け入れてもらえなくてもいい。そう思っていたはずなのに、バクバクと心臓が鳴る。
そんな私から目を背けるように背後を向き、先輩方はひそひそと話し始めた。
「………やべーよ、めっちゃキラキラした目で見られてるよ…。私らそんな立派か…?」
「僕なんてヒーローを名乗ってるってだけで、やってること猿の縄張り争いと同レベルですよ…?」
「それは言い過ぎだけど、言わんとしてることはわかる」
「なんでそんなに自信ないの?
戦績は上澄なんだから自信持ちなよ」
「ンなもんなくしたわ。こちとら巣立ちを何回経験してると思ってんだ。一番早く巣立ったやつなんて、計30分しか一緒に行動しなかったんだぞ」
「『一緒に戦いたくないヒーローランキング』ツートップなんですよ、僕ら」
「それ、戦闘が凄すぎてついてけない人が上位だったランキングじゃなかったっけ?」
「じゃ、なんでこんな文言のランキングになってんですか?あきらか悪意入ってますって」
(すんごいネガティブ!?)
誇れる戦績に伴わないフランクさの理由が垣間見えた気がする。
漏れ聞こえた愚痴に戦慄いていると、遠藤先輩がこちらを向いた。
「えっと、聞くぞ?マジで私らがいいのな?」
「はい!!」
「後で『ごめんやっぱ辞めますぴぴるぴ』とか無しだぞ?」
「やりませ…、ぴ、ぴる…えっ?なんて?」
「ならよし!!歓迎する!!」
「いや、えっ、あ、はい!!ありがとうございます!!」
ぴぴるぴって何?
そんな疑問を流すように、診療所内にまばらな拍手が響いた。
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