第4話 異世界のお姫様が逃げてきたりもする

「神頼みもダメだったぞ。今週はどうすんだ?」

「どうしましょうかねぇ…」


平和な日常を享受し終え、迎えた土曜日。

闇の女神を屠り、次なる脅威を目前にした僕たちは、喫茶店の一席に座り、互いに眉間に皺を寄せる。

これまでありとあらゆる手を尽くしてきた。

が。その度、僕たちを嘲笑うような設定を引っ提げた巨悪が襲来した。


次への準備に励めば、専門職ですら理解するのに匙を投げそうな機械で歴史を改竄され。

封印された古代兵器があると聞いて事前に処理しようとすれば、どこからか湧いて出たバカが突如乱入して起動スイッチを押し。

神頼みに傾倒すれば、闇の女神が人類を滅ぼしにやって来る。


これでどうしろと言うのだ。

頑張れば敵の系統を絞ることはできるかもしれないが、そう思って行動に移した途端、狙いと正反対のタイプが出てきそうで怖い。

そんなことを思っていると、先輩が「そういえば」と話題を切り替えた。


「今週のやつ、異世界からの敵ってのは覚えてんだけどさ〜…。

予知担当のやつ、他になんか言ってたっけ?」

「『おやつの国の姫様が逃げて来る』とか言ってました」

「私らが関わると世界観バグるやつ来たな…」


3回に1回はメルヘンに振り切ったのが出て来るが、正直言って僕らみたいな特撮要素満載なのが巻き込まれるよりは魔法少女の方が合っている気がする。

が。悪は相手を選ばない。

少しは選べやクソが、と内心毒づきながら、チャットアプリの履歴を遡る。


「あー…、逃げてくんのここみたいっすね。

僕らは確定で巻き込まれると」

「えー…。有無を言わさず『おやつの国に来てください!』とかなるのヤだぞ、私。

あまりの場違い感に絶望する未来見えるし」

「追手倒すだけのパターンになるかもしれませんよ?」


姫様が上手く吹っ切れてくれたらの話だが。

そう付け足すより先、先輩が嫌そうな顔をして首を横に振った。


「それもそれでヤダわ。生み出す怪人の規模がデカくなるし。

前のやつなんて、ネズミのランドを丸ごと怪人にしてけしかけてきたろ。

今度はシーの方怪人にされるぞ」


そういや居たな、著作権に真っ向から喧嘩売りに行ってた怪人。

チキンレースじみたパロディに慣れてる某社も、まさか土地を強奪されてまでパクられるとは思わなかっただろう。

テーマパークと戦うのは、アレが最初で最後であって欲しい。

…いけない、深く考えるな。強く拒否するほど現実になってしまう。

最悪の可能性を頭から振り払い、話題を戻す。


「とにかく、どう対策します?

異世界絡んだ時点で事前に叩けないですよ?」

「経験上言うが、こういうメルヘン要素がぶち込まれた途端、魔法少女がいないと詰むパターンあるぞ。

何回かそれでひどい目にあった」

「具体的には?」

「10時間くらい殴り続けても死ななかったバケモンが、遅れて来た魔法少女に10分で倒された」

「…………」


特定の攻撃以外は受け付けないパターンか。

先輩は装備を展開して戦う関係上、攻撃が通らないギミック持ちの敵にはめっぽう弱い。

先週の不審者も「闇の羽衣を破壊しなければダメージ無効」とかいうテンプレ理不尽を引っ提げて来たせいで、先輩は手も足も出ていなかった。

僕のように耐性貫通能力でもあれば良かったのだが。

先輩が余計な苦労をするのは確定だな、と思いつつ、僕は浮かんだ疑問を先輩にぶつける。


「で、誰呼ぶんです?」

「学校の後輩。前々から同行したいって言われててな。

まだ日が浅い子だし、私らんとこで経験積みたいんだと」

「へー…。僕らのチームに入るんですか?」


ヒーローはいくつかのコミュニティ…いわゆるチームに分かれている。

同じコンセプトで固まったり、気の知れた仲間と助け合ったり、その形は様々だ。

中には魔法少女が戦隊チームに押しかけたなんて一例もある。

力を得たばかりの新人の場合は、取り敢えずどこかのチームに入るというのがセオリーになっているらしい。

僕にもとうとう後輩ができるのか、と期待を込めて問うと、先輩は首を横に振った。


「や、別んとこからスカウト来てる子。

私らはアレだな。インターンみたいな」

「へー…。スカウト来るって珍しいですね。

期待の新人だったりするんですか?」

「違う。青が足りないんだと」

「あ、色なのね…」


たまに居るんだよな、セオリーをそのまんま再現するのに情熱を注ぐチーム。

正直なのは美徳だとされているが、「色が合うのでうちに来てください!」は怒ってもいい誘い文句だと思う。

よくそんなスカウト受けたな、という呆れと共に、ふと最悪の可能性が頭をよぎった。


「……魔法少女居ても意味無いギミック引っ提げてこられる気がするんですけど」

「そうあっても、戦うしか無いんだよ」


そう言った先輩の目は、「今回もダメだろうな」という確信と覚悟に満ちていた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「はよーござまーす」

「うっす」


決戦の日たる日曜日。

予測されたポイント付近に集まった僕たちは、挨拶もそこそこに周囲を見渡す。

まだ朝早いだけあってか、人の通りはない。

もう少しすると、家を破壊されてもいいように人々が出歩き始める頃だ。

そういえば、「地下シェルターを作る」なんて計画が数年前に立ち上がっていたが、いつ完成するのだろうか。

緊張をほぐすように考えても答えの出ない疑問を浮かべていると、こちらへ向かう人影が目についた。


「遠藤せんぱーい!おはよーございまーす!」


駆け寄ってきたのは、真っ青な色の髪を後頭部で無造作にまとめた少女。

変身前から揺れる髪がうるさいあたり、間違いなく魔法少女だ。

彼女は先輩に駆け寄り、「今日はよろしくお願いします!」と勢いよく頭を下げた。


「朝から元気だなー、お前。

…あ、そうだ。シュウヤ、紹介するわ。

今日呼ぶって言ってた魔法少女な」

「平良 なごみです!よろしくお願いします!」

「あ、うん。よろしく」


溌剌さに浄化されそう。

そんなことを思いつつ、僕は淡々と言葉を続ける。


「まずは自己紹介から。

出雲 シュウヤ。能力は…、まあ、どんな時でも確実にダメージを与えられるアタッカー程度に思ってくれたらいいよ。

平良さんは魔法少女タイプなんだよね?何ができる?」

「えぇっと…、ご、ごめんなさい…。

魔法の力を纏って殴る蹴るくらいです…」

「それだけできれば十分。できるだけフォローはするから、好きなようにやっていいよ」

「はい!!」


近接型でよかった。

遠距離攻撃主体の新人はフレンドリーファイアに気をつけないといけないから、連携が取りづらいんだよな。

そんなことを思っていると、携帯を開いた先輩が顔を顰めた。


「目撃情報入った。

雑兵付きでもう来てるってよ」

「どこに逃げてます?」

「言わなくてもわかるだろ」


先輩が吐き捨てると同時に、互いに臨戦態勢に入る。

平良さんが「へ?」と困惑をこぼすや否や。


「………っ!!」

「ふはははは…!無駄な抵抗はやめた方が身のためだぞ、サンジノ姫よ…!」


そこかしこにスイーツの意匠を飾りつけたドレスを纏う少女が、いかにもな敵を引き連れて逃げてくるのが見えた。

サンジノ姫て。絶対に「3時のおやつ」を捩った名前だろ。

そんな呆れを抱きながらも、僕は追手へと槍を投げ飛ばした。


「ぐぉおおっ!?」

「先輩。そこのお姫様頼みます」

「おう」

「わ、私は…」

「あいつ倒すから手伝って」


予想外の攻撃に怯んだ怪人へと駆け、それぞれ蹴りを浴びせる。

ああ、僕と同じで素手は蹴り主体なのか。

癖も似てるから合わせやすくていい。

僕が感心を抱く前で、不意打ちを受けて怯んだ怪人は、その傷口を押さえ叫んだ。


「ぐゔぅううっ…!何者だ!?

ヨコードリノファミリーの一番槍たる、このグルル・ヨコードリノ様を足蹴にして、ただで済むと…」

「テメェがどこの誰かなんて興味ないけど…、セオリーは守れよな」


ばぢぢっ、と体から火花が散る。

僕はそばに突き刺さった槍を引き抜き、その根元にある宝玉を軽く押した。


「ユニゾン」


その一言と共に、僕の体が作り変わる。

透明な保護膜に隠れた目元。

雄々しく伸びるツノ。

獲物を引き裂く牙と爪。

金と翡翠に彩られた鎧。

腰からマントのように垂れる膜を靡かせ、雷走る槍を向けた。


「どんな物語にもな、前座は秒で負けるってセオリーがあるんだよ」

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