第2話 主人公がキレるのは勝ちフラグ

世界が悪意に晒されるようになったのは、今より50年近く前。

どこぞから湧いて出た悪の組織と、それに対抗する秘密組織との抗争から全てが始まった。

当時は劇場版のような規模の敵が週一で襲撃してくるなんてことはなく、街の一角でテロを起こすくらいの騒ぎがそれなりの頻度で発生したらしい。

比較するのはどうかと思うが、今と比べたらずっと規模の小さな戦いが続くこと10年。

とうとう悪の組織が討伐され、平和を取り戻したと人々が安堵に胸を撫で下ろした。


が。そんな安堵などなかったかのように、混沌の時代が始まった。


敵の強さが極端に跳ね上がったのだ。

強さと共に規模も大きくなり、別世界を攻め落とした大魔神やら、宇宙にて勢力を広げるマフィアのボスやら、そういった大物が前触れなく到来するようになった。

あっという間に人類は滅ぶだろう。

当時はそう嘯く学者も出てきた。


が。その予想に全力で逆らったのが、後にヒーローと呼ばれる超常の存在だった。


悪の組織に体を改造された男。

妖精に選ばれた魔法少女。

元ある異能を駆使する霊能力者。

力持つ鎧を纏う科学者。

超常的存在と契約を交わし、力を得た元人間。


多種多様のヒーローが死に物狂いで世界を救う姿に、僕は子供ながらに憧れを抱いた。


だからだろうか。

力を手に入れた当初、僕はそれはもう浮かれていた。

ふと頭をよぎるだけで致命的なダメージを喰らう程度には調子こいていた。

それも無理はない。

そこらのコンビニで買ったホットスナックを謎のクリーチャーにあげただけで、特別な力を手に入れたのだ。

これで浮かれるな、と言うほうが無理だ。


が。そんな気分など秒で霧散した。


よくあるネット小説のように余裕綽々に力を奮い、敵を殲滅するなんて不可能だった。

当たり前だ。当時の僕には、なんの積み重ねも研鑽もない。

それに対するは、「劇場版に取っておけ」と諭されること間違いなしなレベルの巨悪。

タイムカードを押す感覚で大量の軍勢をばら撒き。

名刺交換のようなノリでスケールのデカさを誇るばかりの自分語りを垂れ流し。

「そういうノルマでもあるのか」とツッコミたくなる勢いで世界を滅ぼしにかかる。


そんな理不尽を新米ヒーローが圧倒できるはずもなく。

結果。僕の伸びた鼻っ柱はボッキリと折れ、「戦わないと世界ごと死ぬ」という現実が、危機感としてのしかかった。


戦わなければいい。

そもそも僕が力を得るより前も、週一で出勤してくる世界の危機はなんとかなっていたのだ。

力を持つ責任など果たさなくてもいい。

そんな自己中心的にも程がある考えが頭をよぎったこともある。

が、しかし。力を手にした人間に、世界はどこまでも厳しかった。

課題と睨めっこしていようが、トイレで踏ん張っていようがお構いなし。

まるで狙い澄ましたかのように、世界滅亡級の大事件が僕の周囲で巻き起こったのだ。


恐怖はあった。ただ、それ以上に腹が立った。


僕が戦う理由は、別に人類のためだとか、大切な人を守るためだとか、そんな立派なものじゃない。

ムカつく。命を賭して戦う理由なんて、それで十分だった。


モノローグに耽っていた僕を前に、闇の女神を名乗る不審者がその表情を歪める。


『やはり、理解できません…!

何故、それほどまでの怒りを抱きながら、闇に染まらないのです…!?』

「げほ…っ。こ、心、読める、くせして…、『なぜ立ち向かってくるのです』とか、ヒステリックに叫ぶから…!

わ、わざわざ、頭ん中で…、説明、してやったんだろうが…!」


肺の奥から血溜まりを吐きこぼす。

多分、肋骨が折れて刺さってるな。骨も内臓も、いくつかダメになってる。

口周りが血で汚れるが、気にしない。

この程度の痛みには慣れた。

情報をかき集め、倒すための策を練ってもこの大怪我。

つくづく嫌になる。

即死級の攻撃を弾幕で撃ってくんな、と毒づきながら、突撃槍を引き絞る。


「人間社会で生きたこともねぇくせに、ウィキペディアで齧ったみてーな偏った思想延々と垂れ流した挙句『人類のことわかってますよ』とか宣うんじゃねぇよ…!

バカすぎて笑えてくるわ…!」

『ぬゔゔゔぅううゔゔっ!!!』


不審者が叫ぶと共に、僕の体を何度も貫いたレーザーが雨霰と降り注ぐ。

よくやる。体のほとんどが崩れているというのに。

あの強さで僕らと同じくらい諦めが悪い上にタフなのは反則だろ。

毎度の如く浮かぶ愚痴を血溜まりと共に吐き捨て、槍を持つ手に力を込めた。


「その面2度と見せんな、クソ女神」


一閃。

走る雷が、女神の体を貫いた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


彼はきっと、戦うために生まれてきたのだろうなと思うことがある。


出雲 シュウヤ。

年齢16歳。ずば抜けて頭がいいわけでも、常軌を逸した身体能力があるわけでもない。

まさしく平々凡々。どれだけ頑張っても「普通」の範囲を出ない高校生。

彼を知る人間のほとんどは、口を揃えてそんな評価を下すだろう。


彼に力を与えた私は知っている。

あれが普通?そんなわけがない。

臓物をぶちまけながらも、負けるものかと槍を握った。

四肢が砕けようと立ち上がった。

ムカつく。積み木を崩された子供のような動機で、彼は巨悪を打ち倒してきた。


彼に力を与えた時は、どうせすぐに折れると心のどこかで思っていた。


もう名前も忘れてしまったが、前の主人は大層な正義を私に語った。

が。到来した敵を前にして、あっさりと私との契約を破棄した。

私の命は歪だ。

強大な力を持つくせして、人の体に宿らなければ生きることもままならない。

そう知っていたくせに、あいつは自分の命惜しさに語った正義を捨てた。


「………食べる?」


死を待つばかりだった私に差し出されたのは、湯気がのぼる揚げ物。

その優しさを少し、信じてみようと思った。

同時に、彼も私を捨てたあいつと同じかもしれないという不安が渦巻いていた。


「げぼっ、げぼっ…。やりやがったな…!

テメェの腹にもお揃いの穴開けてやる…!」


だから、臓腑をぶち撒けても啖呵を吐き捨てる彼の姿に救われた。

ああ。この人は私を生かしてくれる。

戦いを重ねる度、不安が薄れていった。

彼は生きるために私を求める。私は生きるために彼を求める。

その利害関係が心地よかった。


どんな怪我をしても私が治す。

命を振り絞って戦うと言うのなら、ふさわしい力をあげる。

だから、私に生きてると感じさせて。


「その面2度と見せんな、クソ女神」


いつものように啖呵が響く。

ああ、今日も生きてる。

そんな喜びに突き動かされるがまま、彼が望む力を注ぎ込んだ。

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