劇場版規模の敵が週一でやってくるんだが

鳩胸な鴨

第1話 劇場版は敵がクソデカスケールになりがち

「劇場版」という概念をご存知だろうか。

名の通り、アニメなりドラマなり、原作ありきの作品が銀幕デビューを飾ると共に付随する称号の一つである。

これを見るのはほとんどが作品のファン。

本編の後日譚であったり、パラレルワールドの話であったりとストーリーの展開は様々で、ファンはそのどれもが作品を語るには欠かせない要素だと評するだろう。


その中でも語種になるのは、劇場版が上映されるほとんどの作品で立ちはだかることになる「最大の敵」。


日常生活を垂れ流す国民的アニメでも、どこからか強大な敵が生え、本気になって小学生を殺しにくる。

それがアニメやら特撮ともなれば、敵の強さは一気に跳ね上がる。

世界ひとつを滅ぼせる原作のラスボスと肩を並べる強さなんて設定は当たり前。

中にはそれよりも凶悪な存在が主人公たちを待ち構える。

作品が終わった後も、ほんの一月だけ銀幕で活躍しただけの「劇場版の敵」が語られるなんてことは珍しくない。


ただ、彼らのような存在はそう頻繁には出てこない。

劇場版はあくまで閑話のような扱い。

本筋のストーリーに影響しない程度の存在でしかない。

逆に言えば、その程度の扱いで収まるような頻度であるべきなのだ。


だというのに、この世界はその法則に真っ向から喧嘩を売りに行った。


まずは大前提から語るとしよう。

この世界には跋扈する悪と、それに対峙するボランティア…所謂ヒーローが存在する。

経緯と詳細は省くが、僕もまたその一員として悪と対峙している。

別にそこに不満はない。不満があるとすれば、跋扈する悪についてである。


『ふははははは!この世界もまた、我の色に染めてやろう!!』

『この世界は雑音に塗れています。静謐を取り戻さなければ…』

『この時間もまた、存在してはならない光。私の闇に消えるがいい』


規模が大きすぎるのだ。しかも毎回。


あろうことか、「この頻度で来んな」という文句が口をついて出そうになるくらいには、規模がデカい悪が週一で襲いかかってくる。

先週はマルチバースを一つにすべく、様々な世界線を消去して回る機械生命体。

先々週は「うるさいから」というだけで、宇宙に存在する全ての生命を殺そうと画策していた怪獣。

三週間前はベタなくらい真っ直ぐに「世界征服」を掲げ、それを一度果たした異世界の悪の組織。

もう一度言おう。規模がデカすぎる。

毎週劇場版みたいなノリでやって来るんじゃない。殺す気か。殺す気だったわ畜生。


では、ヒーロー側もそれに対抗できるくらい強いのかと問われると、別にそんなことはなく。

死にそうになりながら、辛勝をもぎ取るのが常と化していた。

弁明しておくと、僕たちが弱いわけでは決してない。

向こうが単純に強い上、クソが極まったかのようなギミックを引っ提げて来るのだ。

先週の機械生命体であれば、「無限増殖するマルチバースの中から本体を探し出して破壊しなければならない」という理不尽にも程がある攻略法を強要され。

先々週の怪獣であれば、即死級の攻撃で弾幕を張る上にあり得ないほどタフという純粋に高いスペックでこちらを殺しにかかり。

三週間前であれば、総数が無限に等しい上に一体一体が僕たち並みに強い軍勢が物量で襲ってきた。

もう一度言おう。クソである。

こんなのが毎週やって来るとか考えたくない。だが、考えずにはいられない。


今週は何が襲来するのか。どう攻めてくるのか。どんな弱点なのか。

僕たちの休日のほとんどは、その対策を立てることに費やされていた。


対策を立てて今週で67週目。

ここまで来るともう出涸らしのような案しか絞り出せず。

結果、僕たちは全力で神に祈る方向へとシフトチェンジしていた。

「もう現れませんように」と願いを込め、代替わりを果たす前の諭吉さんを1人2枚賽銭箱に放り込んだ効果はあったのか。

祈りを汗に滲ませ、僕たちは公園に聳える時計を見守る。

敵は必ずと言っていいほど、休日の爽やかな朝に現れる。

どうか、この場に悲鳴が響きませんように。

誰が切り出すわけでもなく、僕たちは眼前で手を合わせた。


「お願いします、お願いします…!」

「現れるにしてもコメディに振り切ったやつにしてください…!

そっちのが気が楽なんです…!」

「おい、そっち系を祈るな!コメディチックなくせにエグいことする奴が来る!」


配信で星落としてた奴ら居たなぁ。

嫌な記憶に顔を顰めながらも、僕たちはサバトもびっくりな勢いで祈りを捧げる。

今までの傾向から得たデータでは、敵はほとんどが午前中に現れる。

裏を返せば、午前中を乗り切れば平和が確定するのだ。

正午まであと3時間。

ここからが正念場だ。もっと祈りを込めなければ。

注ぎ込んだ諭吉の人数は4人。

これが通らなければ、いよいよ打つ手無しだ。

進む秒針を前に、さらに深く祈ろうとしたその時だった。


『人の子よ、聞こえていますか?』


荘厳な声があたりに響いたのは。

嫌な予感がする。それも果てしなく。

先輩と顔を見合わせ、頷く。

「はいせーの!」とタイミングを合わせて声の方を向くと、そこには。


『我が名は女神ダグゾネス。

数多の世界を闇に染めし者。この世界もまた、我が闇に染まりし運命』


明らかに脅威としか思えない巨大な異形が佇んでいた。


しかも、皮肉なことに女神を名乗っている。

ふざけんな。僕らへの当てつけか。

「お前らの諭吉無駄でしたおっぱっぴー!」とでも言いたいのかこの野郎。

上等だ。ぶち殺してやる。

僕たちは怒りのままに立ち上がり、それぞれの得物を手に声を張り上げた。


「何が女神じゃボケェ!!

人が神頼みに振り切った途端現れやがって当てつけかこのアマ!!」

「アタシらの純情弄びやがって!!死ね!!」


ああ。今日もまた来てしまった。

そんな嘆きを猿叫と罵声で隠し、僕は産み落とされる軍勢を突撃槍で薙ぎ払った。


♦︎♦︎♦︎♦︎


心が折れてしまいそうだった。


ヒーローとして活動する日々は、私…遠藤 ヒビキに言わせればその一言に尽きた。

拾ったおもちゃを交番に届けようとしたら、そのおもちゃがマジの変身アイテムだった。

ただそれだけのことで、私はヒーローとしての戦いに身を投じることになった。

不本意だったかと問われると、そんなことはない。

私だって女子高生の端くれ。

世界のため、正義のためと戦うヒーローに羨望を送った子供の1人。

だから、この力で戦うかと聞かれた時、想像力の足りなかった私は即座に頷いてしまったのだ。


「ごめんな、ヒビキちゃん。ウチら、もう戦えんくなってもた」

「……………えっ?」


私の初陣で、尊敬すべき先輩方は戦えなくなってしまった。


初めての敵は、世界の全てを食い尽くさんとする悪食。

私の憧れと羨望を打ち砕くには、十分すぎる相手だった。

死ぬことはなかったものの、先輩方はこいつとの戦闘で力の全てを使い切ってしまったのだ。

その日から、私1人の肩に世界が乗った。


そこから私は遮二無二戦った。

芸術とか宣って世界を侵食する芸術家気取りの怪人やら、歴史を改竄しようと企む未来の悪の組織やら、先輩たちが立ち向かっていた全てを1人で打ち倒してきた。

勿論、簡単な道ではなかった。

何度も転げ、何度も折れそうになりながら、這々の体で奇跡を重ね、勝利を得た。

先輩だったら諦めなかった。そんな憧れだけが、私を支えていた。


「えーっと、出雲 シュウヤです。今日からここでお世話になります」

「…おう、よろしく。ビシバシ鍛えてやっから、覚悟しとけよなー」


そのせいかはわからない。

初めての後輩ができた時、私はその支えになってあげようと必死だった。

戦うことを選んだ彼が折れないように。

そう思って、私は何度もシュウヤに絡んだ。

戦えなくても支えになってくれた先輩方のような、そんな存在に私はなりたかったのだ。


『いい加減にしろ!

お前たちには何も救えない!!』

「ばーか。何度だって救ってきたから、今ここに立ってるんだろうが」


『うるさい、うるさい、うるさい!!

お前たちは特に耳障りだ!!我が静謐の邪魔をするな!!』

「キャンキャン鳴くな、デカブツ。

お前の癇癪の方がうるせぇんだよ」


『この無限の可能性の中から私を見つけ出すことなど、不可能です』

「ナメんな、木偶の坊。

奇跡なんて起こそうと思えば起こせるんだよ」


でも、現実は私の思い描く理想とは逆になってしまった。

逆に支えられてしまったのだ。

私が支えようと思っていた後輩に。

絶望を前に切った啖呵は、度重なる苦難に折れかけていた私の心を救ってくれた。

先輩のようにはなれなかったけれど。

何度だって救ってくれた彼に報いるため、私は今日も死地に立つ。


「何が女神じゃボケェ!!

人が神頼みに振り切った途端現れやがって当てつけかこのアマ!!

「アタシらの純情弄びやがって!!死ね!!」


…決意を表明をした直後に言うことではないかもしれないが、言わせてほしい。

女神だとか全宇宙の敵だとか、劇場版みたいなクソデカスケールの悪党が週一で来るのは本当に勘弁してくれ。

「来んな」なんて贅沢は言わない。

せめて、ちょっと街で暴れ回るくらいの小物を投下するだけに留めてくれ。

結託してるわけでもない悪にそんな願望を抱きつつ、私は産み落とされた悪を装甲に包まれた拳で殴り飛ばした。

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