初めて彼に会ったのは、母と一緒に父の会社に行った時。



 どうして父の会社に行ったのかは、もう何年も前の事だから覚えてない。



 夕食を食べに行くとか、一緒に買い物に行くって約束をしてたんだと思う。



 覚えてるのは、父が来るのを会社のロビーで待ってた事。



 そして、彼に会った事。



 受付のある一階のロビーは、出入りするスーツ姿の人たちが沢山いた。



 その中で、唯一ラフな格好をしていたのが彼だった。



 ネイビーやグレーといったシックな色合いばかりのビジネススーツの群れの中に、目が覚めるようなオレンジ色のTシャツ。



 自然と目がいくのは当然だった。



 茶色い髪、オレンジ色のTシャツ、色褪せたジーンズ、履き古しのスニーカー。



 周りの景色からして場違いに思える風貌の彼は、見るからに年上のスーツ姿の男の人ふたりを相手に、一歩も引かずに渡り合ってた。



「こっちは遊びでやってんじゃねえんだよ」


 エレベーターの前でそう言った彼は、「ちゃんと仕事しろ」と吐き捨て、ちょうど開いたエレベーターのドアの中に入って消えた。



 今同じ場面を見たら、「年上に偉そうにして何様なの」って不快な気分になるかもしれない。



 でも当時のわたしは今よりももっと子供だったから格好いいと思ってしまった。



 周りと違ってラフな格好をしている事も、年上に偉そうなモノの言い方をする事も、言い返そうとした相手に捨て台詞を吐いてエレベーターに乗ってしまう事も。



 それに何より、座ってる場所から見えた彼の顔は、わたしの好みのど真ん中だった。



 見た目と、たった数分の言動。



 それだけで恋心を抱くほど、やっぱりわたしは子供だった。



 今となっては上手く説明は出来ないけど、当時はまだ「格好いい」がイコール「好き」っていう単純な法則しか持っていなかったような気がする。



 だから逆に、もう二度と会わなければすぐに忘れていたとも思う。



 単純な法則で形成された想いは簡単に忘れていく。



 もしかしたら彼に会ったという事さえ忘れてしまっていたかもしれない。



 でもそうはならなかった。



 二度目の「目撃」をしたから。



 初めて彼を見た数日後、また父の会社に行った。



 その時の理由も覚えていない。



 覚えているのは前回とは違ってわたしひとりだったって事と、彼に会った事。



 一階のロビーに置いてあるソファに座って父が来るのを待っていると、彼が近くを通り過ぎていった。



 一度目に会った時と違ったのは、彼がスーツを着ていた事。



 首元が詰まって苦しいって感じでネクタイを緩めながら通り過ぎた彼を見て、前回との余りの違いに胸がキュンとした。



 それで完全に恋心に火が点いた。



 当時のわたしは、単純な法則で恋をするくらいの子供でもあり、ギャップ萌えをするくらい早熟でもあった。




 それからずっと初恋は続いてる。



 何年も。何年も。



 大学生になった今も彼に想いを寄せている。

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初恋の終わらせ方 ユウ @wildbeast_yuu

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