第11話 高速おじぎ少女と。

 ──大型複合商業施設であるカオンモールへと到着した俺達は、早速スポーツ専門店へと来ていた。


 野球用品やサッカー、それにテニスなど、あらゆるスポーツ用品が所狭しと並べられている。


 盛況とまでは言い難いが、店内にはジャージ姿の学生たちがそこそこいる。


 そんな彼らを横目に、俺は水上を連れて奥のランニングウェアのコーナーへと向かった。


 その途中、俺はある事に気づいた。


 そう言えば、プレゼントする相手の服のサイズとか聞いてなかったな、と。


 早速、俺は水上に質問した。


「なぁ、水上さん。聞き忘れていたんだけど、君の彼氏の服のサイズとかって分かるかな?」


 すると、水上はさも当然とばかりに真顔で答えた。


「いえ、私ストーカーではないので」


「……いや、彼氏へのプレゼントだよな」


 と、思わずツッコんでしまった。


 てか、知らないで買おうとしていたのかよ……。


 そう、呆れた視線を送る俺に彼女は高速おじぎを繰り返す。


「す、すす、すみません! 彼とはまだまだ付き合い始めたばかりで、その、あまり詳しく無くて!」


 ストーカーじゃなくても、着る物をプレゼントする訳だから流石にそれぐらいは把握しているものだと思ったけど。


 まぁいいや、と俺は溜息をつく、


「そうなんだ……。じゃあとりあえずさ、背格好はどんな感じ? 俺と同じくらいとかかな?」


「は、はい! ほとんど変わらないです! 身長も同じくらいだし、体形も……」


 言って、水上は俺の事を品定めでもするかのように、ジロジロと見てくる。


 ……女の子にまじまじと見られるとか、なんだか無性に恥ずかしい。


 そうして、彼女はうんうんと頷きながら、おもむろに口を開いた。


「そうです、ねぇ……。うん、大堂くんみたいに細身で引き締まった感じです!」


「……おっけ。んじゃ、俺基準で探すね」


 水上は、俺に向かって深々とお辞儀する。


「お願いします!」


 ざっと、軽く売り場を見渡す。長袖や半袖のシャツが綺麗に畳まれて、棚の上や中に並べられていた。


 目の前の棚に並んだシャツの生地を確認しようと手に取り、一考する。


 シャツ類やハーフパンツなど別々で買ってもいいのだが、セットで買う方が統一感があって値段も安い。


 俺はシャツを棚に戻すと、ハンガーにかかった長袖、半袖、ハーフパンツ、インナータイツの上下四点セットのランニンングウェアを手にした。


「これなんてどうかな? 伸縮性に通気性、それに吸収速乾性にも優れているし、何よりセットで値段も手ごろだから、お勧めかな」


 手にしたセットを、水上の目の前へと持ってくる。


 彼女はそれをマジマジと見つめて、うんうんと頷いた。


「す、すごいですね。なんか専門用語がいっぱい出てきましたけど、デザインがとてもオシャレでカッコいいです!」


「いや、日常会話の範囲内だったと思うけど……。まぁ、それは置いといて、白い線の部分は反射するから、夜間でも目立つよ」


「そうなんですね! それなら、いつでも走れていいと思います! 分かりました、これにします!」


 そう言い切った水上に、俺は更なる提案する。


「他にも見なくていいの?」


 言われると思わなかったのか、彼女は「え?」と呟いた。


「まだ……見て、もらえるんですか?」


「うん、全然いいよ。時間ならまだまだあるし。それに水上さんも、少しでも彼氏に喜んで貰える物をプレゼントしたいだろ?」

 

 途端、彼女の顔に赤みが差していく。


「は、はい! 少しでも彼に喜んで欲しいです! 大堂くん、お願いします!」


 満面の笑顔、そうして高速おじぎ。流石に、もう見慣れた。


「おっけ。それじゃ、あっちの棚にも行ってみようよ。違うメーカーのが置いてあるっぽいし」


 乱れた髪も直さない恋する乙女に、俺は別の棚の方を指差した。


「はい!」


 元気に返事をした水上の少し後方。


 俺達とは別のコーナーにいたナズナは、なんだか見守る様な笑顔で、こちらの様子を見つめていた。


                  ◇◆◇◆


 ──無事にランニングウェアを購入した後。


 スポーツ専門店を出ると同時に、水上は俺に向かって深々とお辞儀をした。


「大堂くん! 今日は、本当にありがとうございました!」


 予想以上に大きな声に、俺は少々面食らう。


「え、あ、うん。全然、大したことしてないけど」


「い、いえ、そんな事、無いです。私一人じゃ、何を選んでいいのか全然分からなかったし、単純に見た目だけで選んでしまって、ちゃんとした物をプレゼント出来なかったと思いますから」


「俺的には、ホントに大したことはしてないと思うけど。でもまぁ、水上さんの役に立てたなら、良かったよ」


「はい! 本当にありがとうございました! それじゃ、私はこれで失礼ますね!」


 満面の笑みの水上を見て、俺とナズナは同時に「え?」と声を発していた。


「ミズホちゃん、もう帰っちゃうの? 私が奢るからさ、一緒にストバでコーヒー飲んで行こうよ」


 ナズナの誘いに、水上はふるふると首と両手を横に振る。


「う、ううん! 私の今日の目的は大堂くんのおかげで、すでに達成したから! だからこれ以上、二人のお邪魔は出来ないよ!」


 ん? うん……。二人の邪魔? 何の事だ? と、俺の頭を疑問が過る。


「えっと、水上さん。二人の邪魔ってどういうことかな?」


 そう尋ねると、水上は少々戸惑いがちに、俺へと視線を向ける。


「ど、どういうって、そのままの意味なんですけど。ナズナちゃんと大堂くんの大切な二人の時間を、私のせいで邪魔したくはないなって……」


 ふわっとだが理解する。俺と彼女では、ナズナとの関係性に対して認識のズレがある事を。


「恐らくだけど、水上さん。君は何か勘違いしているんじゃないかな?」


 水上はキョトンとした顔で、俺とナズナを交互に見る。


「え? 勘違い、ですか? あ、いや、でも、え?」


「俺とナズナは、多分、君が思っている様な関係じゃないよ」


「で、ですが、大堂くんとナズナちゃんって、その、とっても仲が……い、良いですよね?」


「うん、まぁ、そうだね。俺とナズナは小さい頃からの幼馴染だし」


 少し驚いた表情で、水上は再び俺とナズナを再び交互に見る。


「お、おさな、なじみ? え、だ、大堂くんと、ナズナちゃんは、ただの幼馴染なんですか? いや、でも、だって……」


 もしや……と、俺は隣にいるナズナへと首を向ける。


 「おい、ナズナ。俺の文武両道のイメージと言い、水上さんになんか誤解を与える様な言い方をしていないか?」


 ナズナは眉を顰めて、小首を傾げた。


「……え、どうだろう? 何か言ったかな? ただ、私にとってカイちゃんは、とってもだよとは言ったけど」


 やってんなぁ、コイツ。


「それだよ、それ。そのってヤツだよ」


「えぇ? だって、小さい頃から常に一緒で、家族みたいに育った大切な存在って意味で言ったんだけど。間違ってないよね?」


「いや、間違ってなければ言葉は選ばなくていいって訳じゃないからな。どう考えても、勘違いするだろ、そんな言い方……」


 俺は呆れて額に手をやり、首を振る。


 天然とでも言うか、何と言うか。どこかズレているんだよな、ナズナは。


 ホント、困った物である。


「す、すす、すみません! 私が、勝手に勘違いしていたみたいで! 本当に、ごめんなさい!」


 そうして、水上嬢の高速おじぎ。


 これは今日一の最高速度が出ているかもしれない。新記録だ。


「い、いや、ナズナの言い方が悪いんであって、水上さんは全然悪くな……」


「やっぱり! 私はお邪魔みたいなので、これにて失礼します! 大堂くん! 今日は本当にありがとうございました! お礼はまた後日に!」


 そう言い残して、水上は出口方面へと脱兎の如く駆けだした。


「え!? ちょ、み、水上さん!?」


「どうしたのミズホちゃん!? 待って! せめて駅まで送っていくよ!」


 ナズナは水上を追いかけようと駆けだしたが、何かを思い出したかの様に俺へと振り返った。


「えっと、カイちゃん! 私、ミズホちゃんを駅まで送って来るからさ、適当にそこら辺で時間を潰しててよ!」


「あ、あぁ、分かった。んじゃ俺、本屋に行ってるから」


「オッケー! 送ったらすぐに行く! また後で~!」


 そう言うや否や、ナズナは急いで水上の後を追って、あっという間に出入り口の外へと消えて行った。

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