第2話 俺の初恋(トラウマ)
──俺は幼い頃から運動が苦手で、小学校の時は児童文庫やライトノベルばっかり読んでいる様な子だった。
昼休みや放課後もクラスのみんなと一緒になって外で遊ぶなんて事は一切無く、一人静かに本を読んで過ごしていた。
だが、そんな友達の少ない陰キャな俺でも、人並みに恋をしたことがある。
その恋をした相手と言うのは、小学校六年生の時に同じクラスだった、
──彼女と仲良くなったのは、長い夏休みが終わり、二学期が始まってすぐの事だった。
「クラスの親睦を深める為に席替えをしまーす!」
と、突然、声高らかに宣言する担任の女性教諭。
その提案に対して、教室内では期待と不安の声が入り混じりザワつく。
「俺、後ろの席がいい。前はもう嫌だよ」
「これからの時期って廊下側は冷えるんだよね。日の当たる窓際に行きたい」
「俺は、岬さんの隣が……いいな」
「はいはい、静かにしてぇ。それじゃ、くじ引きで席を決めるから、廊下側の席の人から順番に先生の元に引きにきてね」
クジが入っているであろう四角い箱を持って、楽しそうに微笑む先生。
彼女の一声で、廊下側の生徒から順番に席を立ち、クジを引き始めた。
「やった、後ろの席だ。お前は?」
「うわぁ、また廊下側だ。太陽の光が恋しいよ」
「俺の隣、岬さんだ……やった」
クラスメイトの
一喜一憂する彼らを横目に、俺もクジの入った箱に手を突っ込んだ。
正直、席の順番とかどうでもよかった。近くの席に来て欲しい友達とかいなかったし、どの席になろうが俺の学校生活は変わらないから。
けれども、出来れば前の席ではなくて後ろの方がいいな、とは考えていた。
……だって、授業中に先生に隠れて本が読めるなって。
そんなささやかな願いを胸に秘め、俺はクジを引く。
「……えぇ」
取り出した紙には、1-3と書かれていた。
一番前の列で教壇のすぐ目の前。先生とマンツーマン気分が味わえる、超ど真ん中のVIP席。
「本は休み時間に読むとしよう」
儚く散ったささやかな願い。俺は大騒ぎしているクラスメイトと共に、新しい席へと机を動かした。
(二学期は、あんまり良いこと無いかも)
そんな風に考えながら椅子へと腰かけた、その時……隣の席から可愛らしい声が飛んできた。
「えっと、大堂くん。二学期はよろしくね」
声に導かれる様に、俺は隣へと視線を移す。
清楚な見た目と、奥ゆかしい雰囲気を纏う女子生徒。
幼馴染のナズナと人気を二分すると言われている美少女、
「く、くく、くりゅまちゅ、しゃん?」
まさか、こんな美少女が隣の席に来るなんて思いもしなかったから、動揺して
……恥ずかしい。
「ふふふ。うん、呉町だよ。呉町スミレ。宜しくね、大堂海璃くん」
「……」
「えっと、大丈夫? 大堂くん、顔が真っ赤だよ?」
心臓も止まりそうです。
「あ、は、はい、生きてるので……大丈夫です。そ、その、よろしく……」
陰キャで恥ずかしがり屋の俺は、気の利いた事なんて何一つ言えず、つまらない返事を返すので精一杯だった。
だがそんな俺に、呉町は太陽の様に眩しい笑顔を向けてくれた。
「ふふっ、うん♪」
──それからと言うもの、呉町は時間があれば俺に話しかけてくる様になった。
「何の本読んでるの?」とか「そう言えば、ナズナとは仲いいよね?」とか「付き合ってるの?」とか、俺の事を詮索する様に色々と質問して来た。
何故、そんなにも俺の事を聞いて来るのか不思議ではあったが、質問に答える度に彼女が「ありがとね」と、微笑んでくれるのがとても嬉しくて、気にも留めなくなっていった。
いつからだったとかは覚えていない。気が付けば、俺は呉町の事を無意識の内に目で追いかけていた。
彼女の横顔、風で靡く髪、笑顔、仕草、佇まい、それら一つ一つを心に刻み込み、想いを募らせていく。
理屈とかじゃない。どうしようもなく、彼女の魅力に惹かれていったのだ。
そんな何気ない日々の繰り返しに、俺と彼女の距離は徐々に縮まり、仲良くなっていった。
──時は過ぎ。三学期も中盤を過ぎた二月中旬。
俺は呉町から、ある事を告げられた。
「え……。呉町さん、引っ越すの?」
「うん、そうなの。すぐ隣の町なんだけどね。でも、校区が別になっちゃうから、大堂くんとは中学が別々になっちゃうかな」
「そ、そんな……」
急な話に、俺は言葉を詰まらせる。
「それで、ひ、引っ越しは、いつ?」
「卒業式を終えて、春休みの間に引っ越す予定」
「……そ、そうなん、だ。あと、一か月ちょっと……」
折角、呉町とこんなにも仲良くなれたのに、中学になったら離れ離れになる。
その事に、俺の胸がザワついた。
もしもこのまま別れてしまったのなら、二人の接点は希薄になっていき、築き上げてきた関係は自然消滅するだろう……そんなのは想像に難くない。
そうなってしまうのが怖くて、俺はどうすればいいのかと考えた。
毎日、毎日、その事だけを考え続けて、そしてある結論へと至る。
友達と言う関係が繋がりとして弱いのであれば、もっと繋がりの強い関係になればいい……そう、呉町と恋人の関係になればいいじゃないか、と思ったのだ。
もちろん、彼女にフラれてしまう可能性は大いにあるけれど、それでも俺には、繋がりが消えてしまう事の方が怖かったから。
だから、一か八か。どう転ぼうと、呉町に告白する決意を固めていった。
──卒業式の三日前。
ついに意を決した俺は、大切な話があると呉町の事を校舎裏へと呼び出していた。
傾き始めた夕日に照らされ、二人の影が地面に伸びる。
何の話をされるのだろうか。と、俺の向かい側に立った呉町は、緊張した面持ちでこちらを見つめていた。
そんな彼女の表情に、俺の心臓は激しく鼓動を打ち鳴らす……。
心を決めたとは言え、嫌な顔されたり、断られたらどうしようとか、そんなネガティブな考えが荒れ狂う波の如く押し寄せてくる。
だが、それ以上に彼女との繋がりを失いたくない。彼女への気持ちと重ねた日々を、ただの思い出にしたくない。
その想いの強さを勇気に変えて、俺は呉町に好きだと伝え様と、口を開いた。
「く、呉町さん。急に呼び出して、その、ご、ごめんね」
「う、ううん。それは、全然いいけど。それよりも大堂くん、話って言うのは……なにかな?」
いざ告白しようとすると、緊張で体中がギュッと強張った。
それを解そうと、俺は一度目を瞑り、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
(断られる事を恐れるな。例えフラれたとしても……。いや! 今は余計な事を考えるな!)
自分自身を奮い立たせ、俺は想いを口にした。
「突然のことで、ビックリするかもだけど……」
「う、うん」
「実は、俺、二学期の頃から、ずっと……ずっと、呉町さんのことが」
何を言われるのか理解したのか、呉町はキュっと唇を噛んだ。
「く、呉町さんのことが、好きだったんだ!」
「……大堂くん」
「呉町さんが引っ越した後も、俺、君とずっと仲よくしていたいから! だから、お、俺と……俺と付き合って欲しいんだ!」
言った……。言い切った。
俺は彼女からの返事を貰おうと、黙って呉町の目を見つめる。
彼女の方も突然の告白に、驚いた表情で俺のことを見つめていた。
……が数秒後、彼女は目を伏せて俯くと、肩を小刻みに震わせ始めた。
「く、くくくく……」
「……え?」
「くくく、あははははは……」
呉町の口元が歪み、唇から笑いが零れる……
予想もしていなかった異様な状況に、俺は言葉に出来ない不安を覚えた。
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