ちょっと残念な美少女(ヒロイン)たちが、二度と恋をしないと誓った俺にグイグイくる件。

王白アヤセ

第1話 少々重いと二股された幼馴染(美少女)

 ──異性の幼馴染とは、ある種の人間にとっては憧れの存在であるらしい。


 一体、彼らは何をそんなに憧れていると言うのか。


 それは幼い頃より、自分と言う存在をあるがままに受け入れ、愛してくれる最も身近な異性だから、だそうだ。


 だが、俺から言わせて貰えば、そんなモノは儚い幻想。想像の産物である。


 皆が憧れ描く異性の幼馴染なんてモノは、ゲームや俺の大好きなライトノベルの中だけの存在でしかない。


 大抵の幼馴染は、あまりに距離が近過ぎて、お互いを異性としては見ていない。


 全てを知るが故に興味がない。興味が無いから恋はしない。だから、恋愛関係に発展するなんてのは、稀も稀である。


『なら、偉そうに説教するお前には、幼馴染がいるのか?』


 そう問われたのなら、こう答えざるをえない……いる、と。


 俺こと関浜せきはま高校一年、大堂だいどう海璃かいりには、幼い頃から一緒に育った幼馴染がいる。


 すっごい美少女なのだが、どこかズレている、まぁまぁ残念な乙女が……。


                 ◇◆◇◆


 ──高校に入学して二か月。


 制服も夏服へと変わった、梅雨、真っただ中の六月中旬。


 珍しく曇天の隙間から太陽が顔を覗かせた、そんな天気の下。俺は学校の帰りに、とある少女とファミレスへと来ていた。


 笑顔が素敵な店員に四人掛けのテーブルへと案内され、俺と連れの女の子は向かい合って座り合う。


 真っ白な半袖のブラウスに、首元には鮮やかな赤いリボン。


 肩にかかるくらいまで伸ばした、ゆるふわで赤みがかった髪。存在感を放つ、くっきりとした二重とクリっとした目。そして人形みたいに整った小鼻と小さな口。


 そんな制服姿の美少女を横目に、まぁ、まずは何か注文しようかなと、俺は設置された端末へ手を伸ばした。


 しかし、それは彼女によって遮られる。


「カイちゃん! 注文よりも、まずは私の話を聞いてよ!」


「……え? あぁ、うん」


 なんか長くなりそうだし、飲み物だけでも先に注文したかったな。なんて考えながら、俺は伸ばした手を引っ込めた。


「あのね、ホンっと酷いんだよ! 私、二股されてたの!  二股! 二股だよ!? 付き合ってまだ一週間しか経ってないのに酷くない!?」


 店中に響き渡る、彼女の声と二股と言う言葉。


 その場にいる店員やお客さんたちが、何事かと驚いて俺達へと視線を注いでいる。


 ……店に来てまだ数分。すでに、色々と恥ずかしい状況に見舞われていた。


「いや、そんな大きな声で言わなくても聞こえてるよ。てかさ、周りの人の目が耐えられないから、もう少し静かにしてくれると助かる」


 だが、俺の注意や周りの視線などなんのその。彼女は全く気にかける様子もなく、尚も話を続ける。


「カイちゃん? よくそんなに落ち着いていられるね。大切な幼馴染がロクでもない男に二股されてたって言うのにさ!」


 言って彼女は勢いよく立ち上がり、反動でテーブルが大きく揺れた。


 先ほどから、二股二股と大騒ぎしている彼女は、俺の幼馴染の春夏秋冬ひととせナズナ。同じ関浜せきはま高校に通う一年生だ。


 気取ったところが無く、誰にでも分け隔てなく接する、明るく元気な人気者。


 そんな、誰もが振り向く美少女なのだが……これがまた、少々性格に難があるのが玉にきずである。


「ん~っ!」


 と、いつの間にか、ナズナはテーブルに手をついて身を乗り出し、俺の目の前まで顔を近づけていた。


 ホント、顔は可愛い。可愛いんだけどなぁ……。


「カイちゃん、さっきからボーッとしてない? 私の話きいてる?」


「き、聞いてるよ。二股されてたって言うんだろ? 確かに酷い話だとは思うよ。けどさ、その話って俺にあんまり関係なくないか?」


「何言ってんの!? 関係大ありでしょ! カイちゃんは私の幼馴染なんだよ! 幼い頃からずっと一緒に育ってきた兄妹みたいなもんじゃない! もうそんなの家族同然でしょ!?」


「うん、まぁ。幼馴染って言うのは、そうだけど……。でも、中学になってからはあんまり会っ……」


 そこまで言いかけた俺を、ナズナは手で制して遮った。


「そう! 私とカイちゃんは家族同然の幼馴染! 保育園の時には『大きくなったら結婚しようね♡』って、子供らしくて可愛い約束だってした仲だもん! だから、関係大ありなの!」


 言い切った彼女に、俺は呆れ気味に視線を送る。


「なぁ、ナズナ。熱弁しているところ悪いけどさ、それってお前の方から一方的に宣言してきたクセに、数日後には『やっぱり月組のダイくんの方が好きかも』って勝手に破棄してきたヤツだからな」


 それを聞いて、ナズナはスッと俺から視線を外し、遠くを見た。


「知らない。私は過去を振り返らない女だから」


「その過去とやらを持ちだしてきたのは、ナズナの方なんだが?」


 再び、彼女の瞳が俺の事を捉える。


「カイちゃん? そんな些末な事を気にしちゃダメだよ。前だけ向いて生きて行かなきゃ」


「じゃあ、今回の件も振り返らずに、前だけ向いて生きて行こうぜ」


「それとこれとは話が別です」


「なんでだよ……」


 俺はヤレヤレと、大きな溜息をつく。


 昔っから、コイツはこうだ。支離滅裂のムチャクチャ放題。


 ナズナの一方的なワガママで、小学生の時の俺がどれだけ振り回されてきた事か……。


 思い出しただけでも、眩暈に襲われそうになる。


「それで? その彼が二股していた言い訳とか、理由みたいなのは聞いたのか?」


 俺がそう聞くと、ぷんすか怒っていた彼女の表情が、みるみるうちにシュンとなっていく。


 そうして、力なくシートにすとんと腰を降ろした。


「彼が言うにはね、なんか私が色々と重たかったらしいの。それで、なんか乳がデカいだけの女に相談に乗ってもらって、そうこうしている内に、なんか、いい雰囲気になっていって、キ、キス……しちゃったんだって」


「キスかぁ……。それはまぁ、アウトだな」


「でしょ? アウトだよね?」


「てか、ナズナは彼とどこまで進んでたんだよ?」


「えっ? 私?」


 ナズナは自分を指差す。


「うん、お前と彼氏」


「全然、なんにも」


 そう言ながら、ナズナは首と手を横に振る。


「は? なんにも?」


「だって私、今まで付き合った男子とデートすらしたことが無いんだよ? だから、キスどころか、まともに手を繋いだこともないんだけど。強いて言えば、学校行事で強制的にとか、小学校の遠足でカイちゃんと繋いだぐらいかな?」


「いや、学校行事と俺はノーカンだろ……。じゃあ、今の彼氏だけじゃなくて、今まで付き合った誰とも、ないのか?」


「うん、誰とも。なんにもないよ」


 ……ある意味、完全敗北していた。


「そっか……。いや、話の腰を折って悪かった。彼氏くんが、乳がデカい女とキスをしたって続きから頼む」


「うん、それでね、ただただ重いだけの私よりも、乳がデカくてキスが上手な女の方がいいって言うからさ『好きにすれば! この、ロクでなし乳デカップル!』って言って別れて来た。以上、おわり」


 別れ際のセリフが少々気になるが、なるほど……。とりあえず、ナズナのダメなところが出ちゃった感じか、と俺は納得する。


 ──春夏秋冬ひととせナズナの事を知る人間の間では『彼女が超絶寂しがり屋で構って貰いたがり』だと言うのは有名な話だ。


 友達はおろか、付き合った男子相手にも、寝る寸前までコミュニケーションアプリで連絡やメールをするのは当たり前、酷い時には数分おきに電話でお喋り、etc、etc……


 そうして、加速度を増していく狂気じみた連絡頻度に、付き合った男子は恐怖を感じて別れを告げるらしい。


 まぁ、ナズナの方からすれば、寂しくて構って欲しいだけなんだろうけど、度が過ぎればそれは束縛……いや、ストーカー行為にも似た様なモノだろう。


 今のところ、深い仲に進展する前にお互い別れているから大事に至ってないみたいだけど、いつか警察沙汰に発展してしまわないか、と気にはしている。


「……ねぇ、カイちゃん」


 ナズナがボソリと呟く。


「なんだ?」


「あの人、私の事が重い重いって言ってたけどさ……」


「ああ」


 ナズナは今一度立ち上がり、自分のお腹をパンパンと叩いて見せる。


「それって失礼じゃないかな!? 私、そんなに太ってなんかないよ! 寧ろ、誰もが羨むナイスバデーなんですけど!」


 ……違う、そうじゃない。そうじゃないぞ、残念美少女よ。


 胸もお尻も、立派に育って父さん嬉しいけど、そうじゃないんだ。


「あのな、ナズナ。彼が言った重いってのは、体重の話じゃないと思うぞ?」


 そうツッコんだ俺の顔を見ながら、ナズナは「えぇ?」っと眉を顰める。


「お前、自覚ねぇの?」


「何が?」


 無いですね。


「いや、自覚してないないなら、もういいよ。まぁ、でも別れたんだろ? ならもういいじゃん。すでに過去の事だよ」


 俺は、通算七回目となる破局を迎えた彼女を宥めて、再び何か注文しようと端末へ手を伸ばす……が、ナズナによってまたもやそれを遮られた。


「良くない、全然良くない! だって、私と言う彼女がいながら、別の女と会ってキスしてたとか……そんなの、市中引き回しの上、打ち首獄門だよ!」


「落ち着けよ、お奉行……」


 俺は端末に伸ばした手を引っ込める。


「とにかく、絶対に許せない! 絶対に許せない……けど」


 先ほどまでの剣幕もどこへやら。時代劇チャンネルをこよなく愛するナズナは、肩を落として溜息をつく。


「でもそれ以上にね、なんだか寂しいの」


「寂しい? それじゃ、なに? 別れはしたけど、まだまだ未練があるってこと?」


 ナズナは勢いよく首を横に振る。


「あんなヤツ、未練なんて全然ない。今まで付き合った人たちと同じ。あっちから告白してきたから付き合っただけで、好きでもなんでもなかったし。そう言うんじゃなくってね……。寂しいの」


「寂しいねぇ。それって、やっぱり未練があるんじゃないの?」


「だから、未練なんて全くない! ……けど、寂しいの。いいでしょ、細かい事はさ。私にだって、色々と事情ってヤツがあるんだよ」


 言ってナズナは再び座ると、沈んだ表情で俺の方を何回もチラチラと見てくる。


「……寂しいものは、寂しいんだもん」


 漂う、漂ってくる。ナズナからこれでもかってくらい、構って欲しい臭がプンプンと漂ってくる。


 あ、目が合った。すっごい見られてる。もうチラチラじゃない、念でも飛ばしてんのかってぐらい、めっちゃ見てくる……。


 俺は彼女の視線から逃れるように、首ごと窓の外へと視線を移した。


「カイちゃん。なんで、いま外見たの?」


「お構いなく……」


 正直なところ、相手にするのが面倒くさいし、さっさと家に帰ってラノベの続きが読みたいなって気持ちが八割を占めている。だが、こんな状態の彼女を放ってはおけないなって気持ちも二割程度……はある。


 俺とナズナは、幼い頃から一緒だった幼馴染と言う関係。下手に付き合いが長い分、情が湧いて厄介なこと、この上ない。


 面倒くさいなぁ、でもほっとけない。いや、やっぱ面倒くさいよ。とは言え、ほっとけないよなぁ。


 なんて言葉たちが、頭の中を延々と回っている。


 そうして、窓の外を行き交う人々を見ながら、どうしようかと悩んだ挙句……


「はぁ、分かったよ」


 と、俺は観念した様に言った。


「俺の所に来たってことはさ、友達の都合がつかなかったんだろ?」


「……お、おぉ?」


「その代わりに、俺に付き合って欲しい訳だ」


 ナズナは俺の手をガシッと握って来る。


「カイちゃん……ありがとう、カイちゃん」


「お、おう」

 

 付き合った誰とも握った事が無いと言うナズナの手。その柔らかくて温かい手でギュッと握られて、思わずたじろぐ。


「カイちゃん、優しいね。うぅ、やっぱり持つべきものは友達より、幼馴染だよぅ」


「なんだよ、それ」


 泣きそうな表情……あくまで泣きそうな表情であって、涙とか全然流していない。


 そんな彼女が、俺の手をさらに握り締めた。


「うぅ、カイちゃ~ん。今日はいっぱい遊ぼうねぇ……カラオケは絶対にいくよぉ」


「俺、18時半までには帰るから。後一時間だけな」


「帰るの早っ!」


 まったく。寂しがり屋の幼馴染ほど、この上なく面倒なモノはないな。

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