終焉の勇者、古代遺跡にて。
ガシャリ、ガシャリ。死んだように暗い曇天の下、重厚な鎧が歩いている。
その鎧には綺麗と言える箇所が一つもなく、至る所に大きな獣のものであろう噛み跡や、剣で切った跡が走っている。しかし、そのいずれも鎧を貫き、その鎧の主である勇者を殺すには至らなかった。
彼の目的はただ一つ、
かつて、家族や親友も穢者に憑かれた。勇者はそれらを全員殺し、最初で最後の、一滴だけの涙を流した。
この朽ち果てた世界にただ一つだけ、ガシャリガシャリと響いていた音が止んだ。勇者は呪いが一層濃い古代遺跡を見つけ、足を止めたのだ。
勇者の鼻に届いていたのか否かは不明だが、彼の体からは腐ったような匂いのする黒いモヤが出ていた。それは恐らく、「焦がれの病」という正体不明の病気によるものであった。
勇者の目の前を、一人の穢者の少女が通った。なにかの童謡のような歌を静かに口ずさみながら。
瞬間、世界の静けさは勇者の鬼気迫る足音にかき消された。
首を掴まれた穢者の少女は目から涙を浮かべ、『あ…ぅ…、』と声にならないうめきを上げた。
しかし、鎧と同じぐらい冷たくなった勇者の心は、悪魔の泣き顔に何も感じなかった。
もう片方の手で剣を引き抜き、穢者の少女に突き立てようとしたとき、勇者の頭に鈍い衝撃が走る。
他の穢者が勇者を後ろからメイスで殴りつけたことで、彼の手から少女が離れたのだ。
立ち上がった勇者はすばやくメイスを持っている穢者の首を飛ばし、少女の方を見たが、少女は既に古代遺跡の奥へと消えていた。
この古代遺跡は4500年前の戦争で主を失った遺跡で、当時の兵士の怨念が穢者となり蠢いているそうだ。
勇者は、道を塞ぐように通路に溢れた穢者たちを一匹ずつ丁寧に殺しながら進む。
しばらくそうして進んでいると、彫刻の彫られた石で出来た、見上げるほどに大きい門の前に到着した。門は大きな棘の付いたイバラで固く閉じられている。
勇者がイバラを切り裂くために剣を取り出そうとした時、自身のモヤが以前よりはっきりと色濃く出ていることに気がついた。そしてそのモヤが、より禍々しさを増していることにも。
イバラを剣で断ち切った勇者の前、開いた門の先には、「棘槍の女王」が居た。時が流れるうちに苔が生えた、女神像のような荘厳なその見た目とは裏腹、腐敗したような黒色のイバラが巻き付いた大きな槍を持っている。
勇者は再び剣を抜いた―しかし、それよりわずかに早くイバラの槍が勇者の腕を傷だらけの鎧ごと貫いたのだ。
しかし、勇者に痛みはなかった。これは小説的な表現で無く、本当に痛みを感じなかったのだ。なぜなら、“勇者の腕はすでにただの黒いモヤになっていたから”
そして、モヤは勇者を貫いた槍を登り棘槍の女王を包み込む。真っ黒で濃いモヤの中からは、肉が切れる音と耳を突く悲鳴が聞こえるだけだった。棘槍の女王の足元には、
棘槍の女王のイバラの槍が、風を切りながら地面に突き刺さった。
それから棘槍の女王が動かなくなるのにそれほど時間はかからなかった。部屋の奥には穢者の少女がへたりと座り込んで勇者を見ていた。勇者はそれに気づかない。先ほどの棘槍の女王こそが穢者の少女の正体だと思っていたためである。
勇者は地面に突き刺さったイバラの槍の柄に映る自分を『勇者』として見られなくなっていた。
かつて勇者だった「鉄錆の愚者」は鈍い黒色になった剣を握ると、自らの腹部にそれを突き立てた。何者にも貫けない鎧は朽ち、とっくにその頑丈さを失ってしまっていた。
そして、鉄錆の愚者は遺跡の最深部で誰にも知られず、朽ち果てるのであった。
いや、「鉄錆の愚者」を看取る者が一人居た。
穢者の少女だ。
「や……だ…よぉ……」
彼女は泣いていた。自らを殺そうと追い詰めた勇者であっても、誰かが死ぬのは辛かったのだ。
少女は、他の人達の血肉との錆だらけの勇者の剣を、イバラの槍の柄を使って研ぎ始めた。
古代遺跡の中、2名の死体と1名の少女。
この静かな世界の中、響くのはシャリシャリという剣を研ぐ音だけ。
どれぐらい経ったのか、勇者の剣はまるで鏡のように、この汚れた世界をきらきらと照らしていた。
穢者なんて呼び方の似合わぬ、純粋で美しい少女は、彼女と同じくらいにまぶしく輝く『勇者の剣』を片手に持ち、古代遺跡を後にした。
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