#6 『厄介なストーカーに対して被害届を出すか否か。』
■
午後の体育の授業。
僕はこの授業では普段の5倍くらい気を遣う。
なぜなら、下手すると宇宙人バレすることになりかねないからだ。
宇宙人バレ。
つまり、僕の持つ身体能力が他人にバレてしまうことだ。
高浜さんにバレたとき取引によって対処するしかなかったのと同じく。
一度バレてしまっては、隠すのが難しいのだ。
地球の物語には、宇宙人が記憶を消すなんていう描写もあるものの。
僕にそんなことをする方法はない。
そもそも、僕らの科学は大雑把で力技だ。
脳科学とかもそうだし、基礎科学分野でも地球の方が進んでいるくらいだ。
記憶を消す方法と言えば、殴って記憶を消すとかくらい。
蛮族じみた方法しか思い浮かばない。
一度バレると収集できない。
しかし、僕レベルになれば、さほど気にすることでもない。
ある程度気を抜いていても日常で力の出力を失敗することはそうはない。
実際のところ、慣れれば力の出力の調節はあまり難しくないのだ。
気を遣う必要はあっても、これまで高浜さん以外にバレたことのない実績もある。
しかし、高浜さんは別だ。
まだ力に慣れていないどころか、体を作り変えている最中だ。
朝はリンゴを握りつぶしていたが、今度は地面にクレーターを作ったりしないだろうか?
彼女ならやり得る。
体育は女子の特権を生かして適当な理由で休んでもらいたかった――が、伝え忘れた僕の失態だ。
ということで、僕は少しドキドキしながら高浜さんの方を見ていた。
今日の体育はサッカー。
しかも男女混合の授業だ。
エース君がさっきから張り切って準備体操をしている。
運動が得意な人たちにとって、体育の授業は砂漠のオアシスだ。
僕も適当に体操をする。
そして、軽く運動場のトラックを1周する。
ぶひ君とエース君のちょうど真ん中くらいの速度で走る。
準備運動が終わると先生は集合をかけ、ルールの説明とかその手の話をする。
Aチーム~Dチームに分け、前半がチーム練習、後半で実際のトーナメント戦を行う。
「よし、それじゃ、僕らのチームは……」
僕は幸いにものんびりやる系のチームに入れた。
リーダーは中学でサッカー部だった生徒だが、授業なんて遊べればいいという雰囲気で接しているのが好感を持てる。
「あ、汐月君……」
高浜さんもいた。
所在なさげにしている彼女もまた、同じチームだ。
手を小さく振って近づいてくる。
そして僕に耳打ちする。
「(汐月君……やっぱ休んだ方がよかったかも……なんか体の調子がいつもと違うの)」
「(今からでも休んだ方がいいんじゃない?)」
「(そうしようかな……私、あんまりスポーツできなかったから、今はどのくらいできるか調べてみたい気もするけど)」
「(絶対やめて)」
「あー、そこ2人。いちゃいちゃするのは後にしてね。今、一応、授業中だからね」
リーダーの男が苦笑しながら言う。
「あ、あの。すいません」
「すいません、続けてください」
高浜さんと僕は中断してしまったのを申し訳なく思いながらしおしおと謝る。
「うん。じゃあ、フォーメーションについては、今回の場合は変則的で――」
結局言い出すタイミングがなかったのか何なのか、高浜さんは休まないことに決めたらしい。
まあ、いい。
緊張感はあるみたいなので、力加減を間違えることも、そうはないだろう。
――もしやこれって『フラグ』って奴では?
■
ピー!
笛の音と共に、試合が開始する。
僕と高浜さんは2人ともディフェンスに回された。
といっても、所詮は授業のスポーツであり、守備位置などを教科書的に教えられても、めちゃくちゃやる気のある人は少なく、各人の立ち回りはお粗末だ。
「由香に聞いたんだけど、なんか、私たち2人って付き合ってることになってるみたいだよ」
高浜さんが話しかけてきた。
何ともなさそうに言うので、僕も何ともなさそうに答える。
実際、何ともない。
「そうなんだ」
人は自分の見たいように物事を認識する。
それを錯覚と言う。
僕と高浜さんが付き合っているように見えるのであれば、それは錯覚だ。
「そうなんだ、ってそれだけ? もうちょっと何かないの?」
「事実じゃないんだし、……気にするの?」
「そりゃ私も女の子だし、ちょっとは気にするよ。――これだから、うちゅ」
高浜さんの口を覆い、顔を近づける。
「気が緩んでいるみたいだけど、それを言わないことが、あの部活に所属する条件だから、それは忘れないでね」
「分かってるよ……って、来たよ。永上君だ」
「エース君か」
中学でサッカー部のエースだったというだけある。
彼は、なかなかに優れた身体能力を持っているようだ。
「へっ」
僕の前で見せつけるようにドリブル。
適当に動き、守ろうとするような動きを見せるが、回り込まれ、抜かれてしまう。
「はっ。雑魚め」
嘲るような乾いた笑いと共に、僕を横目に見て、エース君は抜けていく。
良いよ別に、さっさと行ってくれ。
一応追従するように動くが、エース君の速さに追いつくことができない(しない、とも言う)。
そして、彼は高浜さんの方へ迫る。
高浜さんは、すごく素人っぽい姿勢でエース君を迎え撃つ。
と、そこで――、
「えい」
高浜さんの足によって、ボールはいとも簡単に奪われた。
エース君は油断などしていなかった筈だ。
だが、ボールは僕らの前にいる、味方の手に渡った。
呆然とする選手たち。
呆然とするエース君。
呆然とする高浜さん。
「(あーあ……)」
「(しまった)」
僕と高浜さんは小さく呟く。
つまり。
高浜さんがやらかした。
■
ピー!
試合終了のホイッスル。
僕らのチームの完敗だった。
しかし、エース君はとても暗い顔をしている。
彼の心情は分からない。
ただ、あまり良い状態でないのは分かっている。
素人の女子にボールを奪われてしまったのだ。
偶然ということで片付けられたものの、見る人が見れば彼女の身体能力が高いことが露見してしまうかもしれない。
高浜さんは、自分の動体視力と機動力をいまいち調整できていなかったようだ。
力の出力の調整の仕方もこれからちゃんと教えておかないと、と思いながら僕はため息をつく。
■
オカルト研究部の活動は、今日も僕の家で行うことになった。
理由は高浜さんが宇宙船を見たいとしつこいからだ。
昨日は結局見ることができなかったため、今日こそは、と意気込んでいた。
まあ別に構わない。
そこら辺の折り合いはつけた。
しかし、一つだけ懸念がある。
「高浜さんも気づいてるよね?」
「……うん。ちょっとだけ君にも悪いと思ってる」
後ろからついてきている、彼についてはどうしようか。
スモーレスラー君こと、舞陽ぶひ男。
高浜ながせのストーカーだ。
電柱の後ろに隠れているが、隠れていると表現するのが難しいほど、隠れきれてない。
「走って撒くのは? 多分逃げられるよ。あの人走るの遅いし」
高浜さんはそう提案するが、意味がない。
なにせ――、
「ぶひ君だけじゃない。多分、あと10人くらいいる。僕らをつけてる」
「え、それ、本当……? 全然、分からないんだけど」
「【気配検知】を使えるようになれば、高浜さんもできるようになるさ」
僕が感じてる限りだと、こちらに意識を向け、尾行してきている人間が10人はいる。
そして、おそらくそれはあのスモーレスラー君の仲間だ。
それも大人。生徒ではない。
あれだけの人間を動かせるなんて、何なんだあの男は。
「でも弱ったなあ。家についてこられるのは困るんだ」
「じゃあやっちゃう?」
「いや、暴力はダメだよ。相手は人間なんだから」
「だよねー」
「あ。狙いは高浜さんの方だと思うから、このまま解散すればいいんじゃない?」
名案だ。
そもそも僕は彼と無関係なのだ。
彼は高浜さんのストーカーであり、僕のストーカーではない。
高浜さんが僕から離れれば、彼も僕から離れるだろう。
「それって私を囮にして逃げるってこと? 外道すぎない?」
高浜さんはこちらをジト目で見る。
知ったことではない。
「活動は彼の動向が落ち着いてからにしよう。それまで見送りということで。ここでさよなら、高浜さん。また月曜日に」
「嫌だ!」
「聞き分けてくれ……僕の為なんだっ!」
「同級生のか弱い女の子を放置して、自分だけ安全な場所に逃げるってどうなの!?」
「何とでも言ってくれ。それじゃあ、ごきげんよう」
僕はさっさと帰ろうとする。
スモーレスラー君たちに家の場所はあまり特定されたくないので、少し遠回りして帰ろう。
そうしよう。
「待てや!」
高浜さんは僕の襟を掴み、引き寄せ――、
そして、手を無理やり絡めてくる。
「汐月君、私たち恋人だよねぇ?」
高浜さんはゾッとする笑みを浮かべ、周りに通る大きさの声で言う。
後ろを尾行している彼にも聞こえたことだろう。
スモーレスラー君から殺気が放たれる。
ねっとりしていて絡みつく殺気だ。
「巻き込んだね?」
「私あの人怖いんだもん。でも、これで運命共同体だね、汐月君」
状況を整理しよう。
僕と高浜さんは当然ながら付き合ってはいない。
しかしながら、スモーレスラー君は僕らの関係を誤解している節がある。
そして今高浜さん本人が『僕らの関係性は恋人関係である』と発言したことで、彼の誤解は後押しされた。
想いは嫉妬に、嫉妬は憎悪に、憎悪が過ぎれば、犯罪に走る可能性すらあるのだ。
「……」
後ろにいるスモーレスラー君が、手元のスマホを弄っているのが見えた。
殺気は一向に消えない。
すぐに状況の変化を感じる。
足音を消しながら近づいてくる連中だ。
スモーレスラー君が周りの連中に指示を出したのだ。
しばらく歩くと、人気のない道に通りかかる。
都市開発と人口流出の煽りを受け、ほぼ消えかかった商店街だ。
この時間なのに空いている店はほとんどない。
そこに――、
僕らを中心に囲むように、黒服のスーツの男たちが現れる。
体格は非常に整っており、筋肉に包まれている。
地球人の中でも特に鍛えられた者たちだ。
そして、当然ここまで僕らを尾行してきた男も姿を現した。
「高浜さん、ぶひひひ……。だめでござる。そう、だめでござるよ。その男には相応しくない……。ぼくちんの、ぼくちんだけの……。その男は、排除、しなきゃ、ぶひぶひ」
目が逝ってしまってらっしゃる。
ここまで来ると、最早狂人だ。
高浜さんの何が彼をここまで惹きつけたのだろうか。
高浜さんも容姿は整っている方だが、国を傾ける程の美人ではない。
「これって……」
だが、とにかく今は――、
「高浜さん、ちょっとだけ走るよ」
僕は高浜さんの手を取ると、そのまま走り出す。
「え、あ、うわっ」
突然だったが、高浜さんも速度を僕に合わせ、両の足で走り出す。
商店街の路地裏に入り込む。
ここらへんには商品の卸や店員の入り口などが配置されている。
残ってるビールケースや空き瓶などを、その場に適当に転がす。
「ちょ、何やって……」
「足止めね。黒服の連中が少しでも歩きにくくなれば御の字だよ」
これだけで多少の足止めになる。
僕は、すぐ左手にある店に入り、階段を上る。
そして、2階にある部屋に籠る。
鍵は掛からないので、ドアの前に周りのよくわからない段ボールを前に置き、ドアが開かないようにする。
「ねえ、ここって、本当に大丈夫!? この店に入ったの、黒服の人が見てたと思うんだけど! それとも誘き寄せて、結局は暴力で解決!?」
揉み消せるなら暴力でもいいが、スモーレスラー君は同級生だ。
実力を知られたくはない。
だから――、
「いいから、早くスマホ出して」
「スマホ……?」
「こんなの……別に僕たちだけで解決する必要もない。地球にはこういう時に役立つ人たちがいるだろう?」
「……?」
「警察だよ、110番、早く打って」
ガンガン、とドアを叩く音が鳴り始めた。
ドアを思いっきりタックするするような音も。
「ひっ……」
「早くして」
高浜さんの力なら、あいつらを怖がる必要なんてない。
しかし彼女自身それを理解していない。
脅されているという状態にパニックになってるんだろう。
仕方なく、僕は彼女のスマホを手から取り上げ、110番に連絡をする。
「出てこい、ゴラァ!」「ぶっ殺すぞ!」
僕らに危害を加えるのがスモーレスラー君の指示なのだろう。
黒服たちも、子供の癇癪に付き合ってここまでするか。
しかし、ますます彼の、スモーレスラー君の素性は分からないな。
あの大男どもを顎で使えるのか。
だが警察はこういった時においては、ある意味では万能薬だ。
高浜さんのストーカー被害もついでに解決するかもしれない。
■
近くの交番からパトカーが来ると、黒服たちは逃げようとした。
しかし、黒服が1人、警察に確保される。
現行犯逮捕ってやつだ。
もう日が沈もうという頃。
近くの交番で事情徴収が行われることになった。
早く帰りたいが、後顧の憂いは断ちたい。
「はあ、えーそれでー。その舞陽くん、というお友達がこの男たちを使って暴力を振るおうとしてきた、と?」
歳を召した警察官に事情を聴かれる。
警官は聴取内容をPCに入力していく。
「うーん。まあ、実際に黒い服の人たちが君らを襲ってたのは確認したからねー。で現行犯ってことで逮捕したわけだけども……」
「舞陽くんや他の黒服の人たちについてはそうもいかないですよね」
高浜さんは複雑そうな顔で言う。
「だね。一応こっちでもパトロールは強化しておくよ。その舞陽っていう名前の子については、証拠がないとちょっとね。被害届は、えーと、どうする? 出しとくなら聞いておくけども。ストーカー被害があるというなら、そっちもね」
面倒くさいだろうが、親切に対応してくれる警官。
棚から被害届の紙を取り出す。
それに対して、高浜さんは――、
「いえ。一応、クラスメイトですし、ちゃんと話し合っておきたいです。時間がたてば彼も分かってくれるかもしれませんし」
「おー、そうかそうか。それならそれがいい」
警官は被害届を仕舞う。
やはり面倒くさい仕事を嫌ったのか、表情も柔らかくなる。
「しかしあれだね。ストーカーってのは最近、流行ってるのかね?」
警官はさも世間話のように言う。
そんな流行があってたまるものか。
「何か、他の事件が?」
高浜さんが尋ねる。
「いや、最近、ストーカー被害の相談があってねえ。娘の同級生の男の子が明らかに自宅の近くで家を見張ってるようだって」
それって、舞陽くんが言っていたストーキング行為のことじゃないか?
「もしかして高浜さんの親御さんは知ってたのかな?」
高浜さんも得心いったようだ。
「あー、私が鈍かったってことか」
ストーキング行為が行われており、今も続いておりさらに激化した、と。
高浜さんは天を仰ぐ。
多分、スモーレスラー君のことを考えているのだろう。
彼と話が通じるのだろうか、ここらへんで少年院に送られてしまうのが彼の人生にとっても最良なのではないのか、と。
僕もそう思う。
「あの、すいません。ストーカーについて、やっぱ被害届出させてもらっていいですか?」
「あー……ま、いいよ」
警官は少しだけ面倒くさそうに答えた。
陽が沈んでしまった。
今日は流石に僕の家でオカルト研究部の活動はできそうにない。
でも、部活をしてた方が楽だったと思うくらいに。
今日は濃い1日だった。
と、僕は思うのだった。
僕は、宇宙人 ~地球人を装っているので、僕の持つ本当の実力を他の誰も知らない~ yアキ @ACHHIR
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