#5 『あいつシメようぜ。調子乗ってやがる。(2)』
※注:表現が見直したら微妙だったので修正しました(ぺこり)
■
朝のHRの前。
1年2組のその廊下。
僕とスモーレスラー君は対峙していた。
ちなみにスモーレスラー君の本名は『舞陽ぶひ男』。
両親は一体何を考えてこの名前を付けたのか。
哀れな男である。
「で、何なの?」
僕は彼に問いかける。
彼と僕との接点はないに等しい。
こうやって呼び出される理由が分からない。
それにどうやら彼の顔を見る限り、彼はなにかに怒りを覚えている。
その対象はおそらく僕なのだろう。
しかし、僕には心当たりがない。
誰か違う人と間違えているのではないだろうか?
「ななな何なの、だって!? ぼぼぼ、ぼくちんの天使とあんなに触れておいてッ! ふざけるなっ! 絶対に許さないでござる!」
また香ばしいキャラクタだ。
「ござる」なんて言う奴初めて見た。
すごいな。
尊敬する。
いや、尊敬はしない。
それで、なんだっけ。
ぼくちんの天使……天使?
なんだそれ。
「よくわからないけど、人違いじゃないかな?」
僕はそう言って背を向ける。
怒りは持続しない。
さっさと逃げて、放課後になれば彼も忘れていることだろう。
「ししし、しらばっくれるなぁ! ぼくちんはずっと見てたんだぞ! ぶひ!」
見てた……何を?
僕が心底何のことか分からないでいると――、
「おま、お前が! お前が! ぼくちんの天使と一緒になか、仲睦まじそうに歩いている様子でござる!」
そこで僕は、高浜さんと一緒に歩いて学校に来たことを思い出した。
僕は振り返って彼に話す。
「ああ……高浜さんと歩いてたのを、見てたのか」
でも、だからといって、彼に何か非難されることもないと思う。
僕らはオカルト研究部の部員として活動していただけなのだから。
一緒に歩いていたのは事実だ。
仲睦まじくかどうかは分からないが、彼にそう見えたというならそれはそれで構わない。
実態は伴わないが、訂正するほどのものでもない。
「うん、それで? ぶひ君に関係ある?」
僕はそう問う。
それで何が問題なのかと。
「そそそ! それで!? ぼくちんの天使を! 高浜さんを返すでござる! さもなくば、ぜ、ぜぜ全面戦争でござるっ!」
「全面戦争?」
僕は剣呑な雰囲気を醸し出す。
「っ!」
彼がびくり、と震える。
つい威嚇してしまったようだ。
違う違う。
別に彼が僕に向ける敵意は大したものじゃない。
そよ風のようなものだ。
僕は地球人とは友好的でありたいのだ。
彼は少しよくわからない思考回路をお持ちだが、それでも僕のクラスメイトの1人だ。
彼が何を考えているのか、理解できずとも。
理解する努力はしよう。
そうだ。
彼の言葉を、一つずつ、振り返ってみよう。
※ここから読まなくていいです。
まず、彼の言葉から、『天使』=『高浜ながせ』という式が成り立つことが分かる。
だが彼女は天使ではなく人間だ。
したがって、これは比喩表現であると考えられる。
スモーレスラー君は、高浜さんを天使のような人物であると考えている。
天使について、僕が知ることは以下の通りだ。
1.宗教や神話の中では、神や超自然的な存在に仕える霊的な存在とされる。
2.その役割は神の言葉の伝令。あるいは人間の守護、または人間を裁く存在である。
僕は天使の持つ特性である、「人間を裁く存在」という点に注目する。
世の中には、裁かれることを望む者もいる。
自身をコントロールできなくなり、他社から罰を得ることに快楽を得る者たちである。
――人はそれを『ドM』と言う。
地球人が山奥に廃棄した本を閲覧したことがあるのだが、それによれば『ドM』の典型的な例は、裸でぶひぶひ言いながら気持ち悪い事を言う太い男性らしい。
地球では、それら太ましい男性を厳しく裁く女性は『調教師』と言われ、蝋燭や鞭を扱い時に「豚!」と罵ることで男性に幸福を与えている。
だんだんと、全体像がくっきり見えてきた。
※ここまで読まなくていいです。
少し難しい話になったが、要約する。
高浜ながせはいわゆる天使――もとい『調教師』であり、このスモーレスラー君は罪深き『ドM』であるのだ。
ふむ。
意味が分からなくなった。
考えすぎて混乱する典型だ。
「ぶひ君って鞭でぶたれるのが好きなの?」
僕は質問する。
「何言ってるか分からんでござる!」
ぶひ君はそう言うと、続けて――、
「とっととにかく! 彼女を解放するでござる! どうせ弱みでも握って脅してるんでござろう! ぶひいいい!」
「いや、脅されているのは……」
「ななんなら、その弱み、10万円で買ってやるでござる。ぶひ、弱みを盾に押し倒してやるでござる、ぶひっ、ぶひひひひ」
「だから脅してるのは……」
むしろ高浜さんの方なんだけど……と言いかけたが。
流石にそこまで言うのはまずい。
明言を避ける。
とそんな言い合いをしている最中、教室のドアを開けて一人の男がこちらへ来た。
そして――、
「おい、2人とも」
救いの手が――、
「面白い話してんじゃん」
差し伸べられなかった。
そこでニタニタと笑っていたのは、エース君こと永上蓮だった。
「俺も混ぜてよ。あっちで話そうぜ?」
授業準備室を指さし、エース君は言った。
僕は彼に逆らう面倒を嫌い、彼の言うとおりにした。
■
クラスメイトの情報を僕は大して調べていない。
特に必要なこととも思わなかったので。
しかしながら、たいていの人がそうであるように、1か月も一緒に暮らしている以上、知っている部分もある。
クラスの人たちの名前も半分くらいは認知した。
彼は、永上蓮、サッカー部所属。
彼は、いわゆる一つのいじめっ子という奴だ。
他人を見下すことに快楽を得る人間だ。スパイト行動とも言われる、アレだ。
僕に対する態度もそれの一環だと思うが、まともに対するのが面倒な類の人間だ。
価値観が合わないのだ。
「彼女とか作っちゃって。何? 調子乗ってない?」
僕は、授業準備室に連れ込まれていた。
でっかい定規とかチョークとかが置かれている部屋だ。
部屋にいるのは、エース君とスモーレスラー君と僕の3人だけだ。
エース君が割って入ったことで、スモーレスラー君は所在なさげにしている。
「ぶひ……永上氏……この男と話すのはいいでござるが、ぼくちんに関係ある話でござるか? ぼくちん、要るん?」
「ぶひ君。僕はさっきの話の続きを聞きたいんだ! こいつは、――高浜さんだっけ、その子を脅して無理やりエロいことをしてるんだよな?」
「そう! そうでござる! この男、卑しくも昨日、高浜さんのパイ乙をもみもみべろべろしてたでござる!」
スモーレスラー君は、手をわきわきと動かし、舌をべろべろと突き出しながら言う。キモイ。
「そんなことしてないよ」
風評被害が過ぎる。
なんだその男は、ヘンタイじゃないか。
「でも、してないという証拠は? ないんでしょ?」
エース君は便乗して僕を責める。
というか、そもそも証拠もなにも。
被疑者の人権感覚に遅れていると言われている日本であっても、疑った側は相当な状況証拠を提示しなければ被告人を有罪にできない。
僕が高浜さんに淫らな行為を行ったというなら、エース君の方が証拠を出すべきだろう。
やったという証拠を。
まあやってないんですけど。
「証拠がないなら、やったと解釈するぞ?」
解釈するな。
それは悪魔の証明の論法だ。
「汐月君。それはいけないよなぁ……? 学校にバレたらどうなると思う? クラスメイトの男が美人のクラスメイトをレイプしてたなんて知れたら、どう思われるかな? 退学じゃ、済まないんじゃないか?」
エース君の顔が歪む。
憎々しい顔だ。
つい殴りたくなってくる。
でもダメだ。
感情に流されて何かすると、たいていの場合後悔する。
って本に書いてあった。
「それで結局、君は何を言いたいの?」
スモーレスラー君も割り込んできたエース君も、2人とも。
結局のところ何を言いたいのか分からない。
「そうだな……じゃあ、そこで地面に手をついて謝ってもらおうか。……『これまで生意気な態度をして申し訳ございません』ってな」
なんでだよ。
嫌に決まってんだろ。というかエース君は僕を土下座させたいだけじゃないのか?
そもそも、やってない証拠は――ある。決定的な証拠が。
高浜さんを連れて来て、彼女がものを言えば分かる。
そう反論しようとしたところで――、
「おい! お前ら何をやっているんだ!」
担任の教師が来た。
「もうすぐHRが始まるぞ。早く教室へ帰れ」
担任は僕らの様子を面倒くさそうに見ながらも、そう言い残すとその場を去っていった。
僕は壁に圧迫されている状態であり、担任ならもう少しすべきこともあるだろうと思うが。
まあ、タイミングは良かった。そこだけは褒めよう。
「じゃあ、授業だから」
僕はそう言って、その場を去ろうとする。
エース君は舌打ちをする。
そして近づいてくると――、
「おい、続きは昼休みだ。逃げんな」
エース君は耳元でそう言った。
僕は今度こそその場を去る。
……さて。
知らないふりをしてもいいが、それはそれで後々に支障が出る可能性もある。
ちゃんと話せば分かってくれる筈だ。
一旦はそう考えよう。
■
朝のSHR(ショートホームルーム)が終わり、淡々と授業が進行していく。
その間、スモーレスラー君がこちらを睨んでくる以外には、特段の問題も発生していない。
そして昼休みになる。
昼は弁当か学食で食べるのが普通だ。
弁当勢はクラスで、学食勢は学食に仲のいいグループで集まって行く。
エース君はクラスの陽の者たちに話しかけられている。
「蓮ー! メシいこーぜ!」
「あー先行っててよ。俺もすぐ行くからさ」
「あ、そう。おっけ」
エース君は彼らと離れ、僕の方を見る。
エース君が顎で「こっちに来い」という合図を出し、スモーレスラー君と一緒に連れ出る。
先ほどの話の続きだろう。
面倒だが弁解の必要があるので、高浜さんを連れていくことにする。
「高浜さん、ちょっと一緒に来てもらって良い? ちょっと誤解を解きたいんだ」
「? まあ、一緒に行くのはいいけど……時間かかる?」
「5分もかからないと思うけど」
「ならいいよ」
高浜さんは話の内容は分からないまでも、ついてきてくれるようだ。
都合がいい。
早いとこ、2人特にスモーレスラー君の誤解を解かないと。エース君は本気で僕と高浜さんに何かあったとは考えていなさそうだしね。
僕は高浜さんを連れ立つ。
そしてそのまま授業準備室の方へ行く。
部屋に入ると、そこにはスモーレスラー君とエース君がいた。
エース君は、ちらり、とこちらを見る。
「なんで高浜さんがいる?」
スモーレスラー君は愕然としている。
「高浜さん! なぜここにぶひ!」
僕は答える。
「君たちの誤解を解くには、本人がいた方がいいと思ってね。でしょ? 永上君、ぶひ君」
高浜さんは困惑している。
「えと? 何の話かな。すぐ終わるんだよね?」
エース君は僕を睨んでくる。
でも、強がられても僕は別に怖くない。
軽く受け流す。
高浜さんは居心地がとにかく悪そうだ。
「ぶひ、高浜さん! この男に、はぁはぁ……この男に脅されているんでござろう! そうでござろう!? はぁ、その可愛らしいパイ乙をこんな男に汚されたんでござろう!」
息を荒げ、脂汗を流しながら、スモーレスラー君が近づく。
両手の指を胸を揉むようにくねくねさせながらだ。キモイ。
「ひぃ!」
高浜さんが悲鳴と共に後ずさる。
「あっ……」
高浜さんは足をもつれさせて転びそうになる。
「おっと……」
僕の方へ来たので一応受け止める。
まあ、彼女の力を鑑みれば、転んで傷になるようなことはないだろうと思うが。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
彼女の身体能力はもう既にかなり向上している。
身体能力が向上すれば、バランス感覚も向上し、転げにくくなる筈だ。
しかし、体の変質の直後はそのギャップで体をうまく操れないことがある。
僕も昔経験したことがあるし、朝のリンゴ潰し事件もそれによって引き起こされた例だ。
「えっと……。その、よく分からないけど、私が汐月君に脅されてる? と思ってるんだよね、ぶひ君は」
高浜さんは僕の制服の襟を掴みながら、少しずつ僕を盾にするように距離を取り、そう言った。
「でござる! い、今だって、その男に無理やり抱き着かれてっ! ぼぼ、ぼくちんが絶対に助けるでござるから! ござる!」
抱き着いてるのではなく、おそらく彼女は僕を盾にしているのだが。
「別にそんなことはない、よ? それに汐月君って女の子に興味もなさそうだし? 別に大丈夫だよ」
高浜さんは少し怯えながらもスモーレスラー君にそう答える。
「ぶひ!? でででは、高浜さんはその男と、つつつ、付き合っているのでござるか! 昨日の放課後、PC室で淫らな行為を!?」
「はぁ!? し! て! な! い!」
高浜さんは強い口調で言い返す。
そして「はあ」と息を吐くと――、
「ぶひ君、私と汐月君は同じ部活に入ってるの……。昨日は一緒に部活のポスターを作っていただけ。分かった?」
「でででは! 昨日の夜はどこに泊ったんでござるか! 昨日、高浜さんは家に帰っていたかったでござる! もしや、その男の家に――」
「あ……それは。――って! なんでぶひ君がそんなこと知ってるの!? おかしくない!?」
「守高高校に入学して天使に一目ぼれして以来! ぼくちんは、毎日、毎日、高浜さんとその家族の安寧を守るため! お家の警備についていたでござる!」
スモーレスラー君は、胸を張ってその胸をどんと叩く。
これはあれだ。
ストーカーってやつだ。聞いたことあるぞ。
「…………」
絶句。
高浜さんは完全に僕の後ろに隠れる。
震えている。
とても気持ち悪く感じたのだろう。
僕も同じだ。
それは分かる。
でも、僕は別に君のストーカー避けの防波堤じゃない。
スモーレスラー君のことは高浜さんの問題だ。
僕を巻き込もうとしないでほしい。
――と、そこで。
ここまで空気だったエース君が喋りだした。
「じゃあ、君が彼に脅されていた訳じゃなかったんだね。それならよかった! 辛い思いをしている女の子がいると思って心配してたんだよ!」
「……どうも?」
高浜さんは軽く会釈で応じる。
「永上氏……ぼくちんの話はまだ終わってはないですぞ!」
「いいよもう。汐月君も、今回のことは互いに水に流そうじゃないか」
手を差し出してくる。
握手か?
互いに、も何も。
僕は一方的に巻き込まれた被害者だ。
そこのスモーレスラー君もエース君も正直嫌いだ。
でも別に握手は拒まない。
僕は理性的で寛大だ。元々、和解できるならそれで良いので。
「うん。まあ良かったね」
と、手をこちらから重ねると、ぎゅうっと握られる。
握手するときとは違う感じの握り方だ。
握力をそれなりに掛けている。
普通の地球人なら痛みを感じるだろう。
でも僕は別に痛くない。
「……?」
エース君は少しすると怪訝な顔をする。
ああ、そうだ。
痛がってるふりをするのを忘れていた。
でも今更ふりをしてもわざとらしいか。
エース君がなかなか手を放してくれない。
なので、僕の方から手を振りほどく。
エース君は僕を睨む。
そして、彼は部屋を出ていこうとする途中――、
「……調子乗ってると、今に痛い目にあうよ? お前自身も、例えば、君の『彼女』とか、な」
とぼそっと呟いた。
そのままエース君は面白くなさそうに教室に帰っていく。
ちなみに、僕に恋人はいない。
なので、彼が言った言葉は僕以外の誰かに向けた言葉だと思おう。
■
廊下。
永上蓮は、一人呟くように言い捨てる。
「あいつ調子乗ってやがる……見てろよ」
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