#4 『あいつシメようぜ。調子乗ってやがる。(1)』
■
朝。
起きるとそこには汐月君がいた。
「あ、よく眠れた? 高浜さん」
!?
私、寝てっ!?
男の子の家で!?
何かされて……ない、か。
衣服や髪に乱れはない。
下着が汗っぽくて少し不快だが、それだけだ。
そもそも汐月君は、女の子にあわよくばとそういうことをするタイプじゃないだろう。
とりあえずは、ほっとする。
そして周囲の状況を確認。
うん。
何だこの状況は。
外から陽光が降り注いでいる。
朝だ。
そう言えば、寝る前の、――昨日のことが思い出せない。
何か変なことが起こったと思う。
何だったのか、えーと。
あ、そうだ!
私は、汐月君をびしっとゆび指すと――、
「君、昨日、私に何か変なことしたよね」
「別に変なことじゃない。必要なことだよ」
「思い出してきた……。君、私に自分の指をくわえさせてたでしょ。そのあと意識を失って……」
酷い風邪に蝕まれたときのように、体が熱を吹いていた。
そのまま寝落ちして今に至る――のだろうか。
そんな感じだった気がする。
「まあね。あ、でも安心して、感染症とかはないから。……それで、体調はどう?」
「体調?は大丈夫だけど。何の話? そもそも昨日のあれはなに?」
汐月君の『血』が体に入ってきて。
その後、妙な発熱があった。
それは、それこそ体が作り変えられるような違和感。
「火星に行きたいんだよね? そのために――君の体は僕が作り変えた」
体を作り変えられた。
その言い方は少し、なんというか。
「なんか卑猥な話してる?」
「してない」
「ま、冗談だよ。説明せずにやったのはマイナスだけど」
――体を作り変える。
簡単に言うけど、それがどれだけとてつもない所業なのか。
私には想像もつかない。
昨日も言っていたことだが、宇宙人である汐月君には、そういった能力が備わっているらしい。
その言葉を今更疑いはしない。
実際、現時点でも、昨日までの私との違い――違和感を感じている。
体の倦怠感のようなものが完全に吹き飛んだような感覚だ。
今ならボルトよりも高速で走れそうというくらい、体が軽い。
これが火星に行く条件であるなら、まあ飲もう。
体への変化についても、悪い変化は見当たらない。
現状は、だが。
「それで、具体的にはどういう風に私の体は変わったの?」
そう、現状は、だ。
体が作り変えられたことで、日常生活に支障が出るようなことがあるとすれば、それは困る。
「変わった、というよりまだ変わる途中だけどね。明日ごろには完全に変化すると思うけど、普通に生活する分には問題ないはずだよ」
「じゃあ質問を変えるけど、じゃあ私はどこがどう変わるの?」
聞きたい事の根幹はここだ。
私が望んだことであっても、自分の体のことだ。
無視できない重要な質問だ。
この返答次第じゃ、汐月くんには有罪を下すことになる。
「そうだね……」
汐月君は、1冊のノートを勉強机の棚から取り出した。
表紙には、『実験ノート』と書かれている。
ノートは通常のノートの3倍くらいの厚みで、背の部分には、小さい機械のようなものが付いている。
そして彼は、ノートを広げて私に見せる。
「このノートを参考にしてほしい。これまでにも君と同じように何匹かの生物に血を分けたんだけど、その経過観察が書かれてるんだ」
私はノートを手に取り、とりあえず最初に書いてある部分を読む。
「『被検体1:宇宙猫』……」
ぺらぺらと流し読んでいくと、最後の方に『被検体7:地球人(高浜ながせ)』と書かれている。
「被検体て! 私って実験動物扱い!?」
「いやいや。高浜さんが望んだんだからね? それに見た目の変化も遺伝的な変化も(それほど)ないことは他の生物で実証済みって書いてあるでしょ?」
汐月君はそう言うと、
「まあ、読んでもらえば、どういう風に変わるかってのは分かると思うよ」と締めくくった。
私は借りたノートを読み返す。
確かに、結構ちゃんとした考察がされているようだ。
彼はその破天荒なイメージと違い、割とまめなのだろうか。
そして、実際にノートの内容は彼の供述と合致している。
ノートの内容が真実であれば、彼から『血』を分けられたことによるリスクは実際に最小限と言えるだろう。
ノートを軽く流し読む。
ノートの重要そうな部分を抜粋してみると――、
『血』を分けられた生物は、新しい遺伝的特性を獲得し、強制的に"進化"する。
また、一番重要なことなのだが――体の耐性などの能力が飛躍的に向上するようだ!
例を挙げるならば――、
(1)睡眠への耐性
(2)低温、高温、あるいはその熱変化への耐性
(3)衝撃、圧力への耐性
(4)真空状態への耐性
他にもいろいろとあるが、特筆すべき面はこれらであろう。
また、耐性のほかにも、病気に罹患しにくくなったり、身体能力も向上するという。
これを表現する言葉にふさわしいのは――、
「まるでびっくり人間だね……。オカルト好きの私がオカルト生物そのものになるなんて」
呆れさえ滲ませて私は言う。
さらに呆れることに、そんなびっくり人間になる私よりも、圧倒的に汐月湊は特別なのだろうということが言える。
少なくとも私の半分は人間であるが、彼の体はその全てが宇宙人なのだ。
■
朝食はリンゴとパン。
意外にヘルシー。
強いて言えば、リンゴが丸々出されて「おぅ」ってなったくらいだ。
"この家"に食品はあまり置いてないらしい。
汐月くんは、リンゴを切るナイフを忘れたようで、台所へ戻った。
私は、朝食として出されたリンゴを恐る恐る右手に持つ。
そして少しだけ力を入れると――、
グシャッ、という音と共に、リンゴがひしゃげた。
ぶしゅ、とリンゴの果汁が零れる。
リンゴを片手で潰せる握力は、80キロだと言う。
なんとなくできると思っていたが。
……いや、これは。
「ナイフ持ってきた……ってあれ。あーあ。なんでリンゴ潰すの? 汚れてるし……」
汐月君は「あー、もったいない」と果汁の零れた机をタオルで拭く。
「いや、「できるかな」と思ったら、割と簡単にできて、私自身が一番驚いてる……」
現時点で、まだ完全に私の体が変化したわけではない、とは汐月君の意見だ。
それが正しいとして。
それでも、――少し力を加えるだけでリンゴが潰れた。
なんとなく頭の中に、握手で人の手を潰す私の図が浮かんだ。
ついでに、ニコニコしながら人の頭を潰すサイコパス汐月君の図も。
――力の使い方を間違ってはならない。
ごくり、と唾をのむ。
核のボタンを持ってる人の気持ちが、ほんの少し分かった気がした。
■
僕は汐月湊、宇宙人だ。
今日は5月20日(金)。
天気は快晴。
肌に当たる風が少し強いくらいだ。
今は朝の登校中。
隣にいるのは高浜ながせさん。
なぜ隣にいるかというと、昨日彼女は僕の家にいたからだ。
といっても、不順異性交遊案件ではない。
オカルト研究部の活動の一環でこうなっただけ。
「汐月君……あのノートって、私にくれるんだよね?」
高浜さんは少し期待をにじませながら言う。
「まあ、コピーがいくつかあるからね」
僕は軽く答える。
「ただし、他人に見られたり奪われないようにしてね」
そして、声のトーンを落としながら、念を押す。
いざとなったら、ノートの背の部分にある機械を壊すこと。
そうすれば、ノートの内容が消えるようになってることについても既に伝えた。
今の高浜さんの握力なら瞬時に壊せるはずだ。
ノートには特殊なインクを用いている。
そして、機械でインクの紙表面への付着を保護する構造になっている。
したがって、このインクは機械が破壊されればすぐに剥がれる。
いざというとき、情報を失わせることができるのだ。
スパイとかが使うノートだ。
彼女の体を作り変えた時点で、彼女は僕ら宇宙人の仲間のようなものだ。
したがって、ノートは高浜さんが信用できるという前提の下、彼女に渡したのだ。
「あと、ノートの話は人の目があるところではしないで。高浜さんだってバレるのは嫌でしょ? 解剖実験、兵器利用、向けられる恐怖……バレた時、君には僕と同等のリスクがある」
秘密を守らせる方法に、いっそのこと巻き込んでしまうという手口がある。
麻薬を麻薬と知らせずに吸わせれば、その人は共犯者となる。
非犯罪者が犯罪を指摘するのは簡単だ。
でも、共犯者がそれをするハードルは高い。
共犯者は主犯者と同じ罪を背負っているのだから。
それと同じことだ。
彼女の体を僕の能力で作り変えた。
そしてそれによって、彼女も秘密を他人に知られることによる弊害を理解し、共有する。
その点で、昨日の彼女の提案は僥倖だった。
火星の基地にまで踏み込まれるのは予定外だった。
しかし、裏切られる可能性の低い地球人の協力者が得られたのだ。
プラマイで言えばややプラスと言えるだろう。彼女が宇宙人に関する情報を共有しないという保険が得られたからだ。
2人、徒歩で学校へ向かう。
ちなみに僕の家から学校までは約1.5キロで、徒歩か自転車か迷うところだが、僕は徒歩通学にしている。
校門に付くと、僕らはやはり周りから注目を得ているようだ。
理由は知らない。
僕の心当たりはやはり無いため、注目されているのは高浜さんの方だ。
高浜さんは一体何をしたのだろうか。
「あれってやっぱ……」「だよねえ。ちょっと意外な組み合わせだけど」「リア充滅せよ」
■
正面玄関で靴を履き替え、僕らはそのまま1年2組の教室へ向かう。
がらがら、と力なくドアを開けると――、
「来たな……」
そこには仁王立ちする男がいた。
とても煩いのであまり好ましくない部類の地球人だ。
「来たな……」も何も、僕はこの学校の生徒だ。
来るに決まってる。
ちなみに、何故か僕に突っかかってくる連中に、僕はあだ名をつけている。
心の中で。
目の前のやたら背が高いサッカー部の少年のあだ名はチョモランマ(※エベレストの中国名)である。エレベストにしなかった理由は、チョモランマの方が音の響きがバカっぽく聞こえるからだ。
政治的主張などでは断じてないので安心してほしい。
「それでチョモラ……じゃなくて、出井くん。おはよう、じゃあ僕はこれで」
チョモランマ君の相手なんてするだけ無駄だ。
僕はそのまま、自分の机へ向かう。
チョモランマ君はなんか言っているが聞こえない。
聞かない。
机に向かう途中、こちらに害意を向けながら、机に向かう通路に足をだらんと伸ばしている男がいる。
この男のあだ名はエースだ。
最初の自己紹介のときだ。
彼は、中学の頃サッカー部のエースだったことを自慢していた。
そのため、僕もそのように呼んでいる。
心の中で。
「へっ……」
彼の足は僕が近づくと、少し落ち着かなくなって動く。
僕が通りにくいようにそうしているのだろう。
わざわざ足を動かして僕の邪魔をしている。
正直、彼の足など気にせずに進んでもいい。
彼はどうしても僕が彼の足に引っかかり、転ぶのを見たいようだ。
僕はいつも避けて別のルートを通ることにしている。
エース君の相手なんてするだけ無駄だ。
僕は今度こそ自分の机へ向かう。
しかし、机には3人目の刺客が既に陣取っていた。
そこにいるのは、斎藤Cだ。
斎藤Cはこちらを少しだけ睨み、しかしこちらをまったく気にしていないという態で周りの者たちと談笑している。
斎藤Cは僕的にはチョモランマよりも質の悪い刺客である。
ちなみに、斎藤Cというあだ名の理由は、斎藤がクラスに3人もいるからだ。
別にAでも良かったが、少し面倒な奴なのでCに格下げした。
「そこ、どいてくれない?」
僕がそう言うと、斎藤C君は「チッ」と舌打ちをして退いてくれた。
彼は正義感が強いかのように振舞うが、陰湿である。
この手のやつには、直接言うのが丸い。
「ありがとう」
彼は余計なことを言って敵に回すのも面倒な手合いである。
なにせ彼は男子の学級委員長である。
この高校にも、部活を除いた生徒内の権力構造(ヒエラルキー)がある。
まず、一番上に生徒会長、次に生徒会役員、次に学級委員、次に風紀委員、次に一般生徒という感じである(多分)。
我が高校の所属人数は、3学年全員で約650名。
そのうち、生徒会長1名、会長以外の生徒会役員5名(議長、庶務、書記、会計、広報)、学級委員各クラス2名、風紀委員各クラス1名+風紀委員長1名という内訳になっている(ここに主に3年が務める委員会長も加わるが、ここでは省く)。
つまり、この学校においては、この上位8パーセントがカーストの上位として君臨しているのだ。
彼らは独自のグループを形成しており、逆らうのはさすがの僕でも面倒くさい。
なので、関わり合いにならないように気を付けている。
高浜さんはなぜかとても緊張しながらこちらを見ている。
僕を心配しているとかそういうのではない。
そういう視線と表情ではない。
どちらかと言えば、「僕が暴れだしたらどうしよう」と考えているのだろう。
だんだんと高浜さんの顔色と思考も読めるようになってきた。
どうも彼女は僕のことを短気な人間だと思っている節がある。
僕ほど理性的な人間もそうはいないだろうに。
僕は席に着く。
いつものように雑学本を鞄から出す。
今日は『世界の料理』という本だ。
世界には古今東西様々な料理がある。
美食に珍味にゲテモノに悪食。
世界には様々な文化があり、それぞれの国は特色を持っている。
たまには日本以外の国に行くのもいいと思うのだが、宇宙船が捕捉されないように気を遣うのは中々に億劫だ。
生身で飛んでいくのも人の目に付きやすい。
なので、僕はあまり国外にはいかない。
だが、料理は国境線を超えて日本国内で食べられるものも多い。
僕はメキシコ料理はまだ食べたことないなぁと思いながら、ページをめくる。
しかしそんな折――、
「面を貸せぶひっ!」
一人の男が僕の目の前に現れた。
巨体を揺らし、僕に直接悪意を向けてくる男。
一体僕が何をしたというのか。
何で本を読んでいるだけの僕に構ってくる奴らがいるのか。
まあいい。
よし、彼のことは、スモーレスラー君と名付けよう。
彼にふさわしい雄々しいあだ名だ。
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