#3 『オカルト研究部に入った人には漏れなく洗剤のプレゼント。』




 ■




 結論。

 僕はなぜかオカルト研究部に入部させられることになった。


 これは取引だ。

 高浜ながせという地球人少女との取引。


 彼女には、『僕が宇宙人である』ということがバレてしまった。

 それを黙っていてもらうことを条件に、オカルト部への入部を打診された。


 僕の落ち度もあるし、致し方ないことだ。


 取引内容としては安いものだ。と思っている。


 まあ、入る部活が決まっていたわけでもない。

 オカルト研究部がどんな部活か知らないが、放課後に1、2時間帰りが遅くなるくらいだ。


 今日は5月19日(木)。

 快晴。


 窓から望める青々とした空。


 そんな青春日和に真っ向から背を向け。

 僕と高浜さんは、黒いカーテンで閉め切ったPC室へ来ていた。


「よし、これでどうかな」


 高浜さんが独り言を呟いている。

 今彼女がPCに向かってやっていることは、チラシ作りである。


 なんのチラシかと言えば、部活勧誘のチラシである。

 森高高校の正面玄関、昇降口にあるホワイトボードには、学校からの案内のほかに、部活の勧誘チラシが所狭しと貼られている部分がある。


 ちなみに言うと、この部活の勧誘チラシの掲示は任意である。


 つまり、部活がそれぞれチラシを作るか否かを決めることができる。

 ただ、新入部員を集めることに精力的な部活の多くは伝統的にチラシの作成を行ってきた。


 しかし、特定の貧弱な文化部。

 例えば、オカルト研究部のように、チラシの作成を行わず、ともすれば4月の部活紹介の登壇すらしないような部活もある。


 しかし、高浜ながせはその現状を変えたいらしい。

 何が彼女を動かすのか――は、よくわからない。

 しかし、彼女はオカルト研究部への部員勧誘を諦めるつもりはないようだ。


 そして、僕もそれに付き合わされることになった。


 と言っても、僕は地球の機械類にはあまり詳しくない。

 したがって、彼女を手伝えることなど対してないのだ。


 と、そう伝えたのだが――、


「まあ、一人でやるのも寂しいしね」


 高浜さんはそう言う。

 話し相手のようなものが欲しいらしい。


「何か役に立てるならいいけど……今のところ、僕にできそうなことはなさそうだね」


 高浜さんの操るPCを見て、文書ファイルの中身を覗き見る。


 黒を背景色とし、黄色や白の文字で強調された文字列。


 ――宇宙船の残骸だという怪しい金属の物体。

 ――ミステリーサークルの衛星写真と地図。

 ――モザイクのかかった謎の生物の写真。


 こ、これは……。


 禍々しいそのチラシには、流石の僕も圧迫感を感じた。


 正直、このチラシを掲げる部活に、僕は入りたいとは思わない。

 僕も逃げたくなってきた。

 そういうわけにもいかないが。


 だが、個性は人それぞれ。


 誰か偉い人が言った言葉がある――『芸術は爆発だ』。


 この――なんと表現すればいいのか。

 悪意と敵意をばら撒いて奇妙で装飾したかのようなグロテスクなチラシ。

 これを、僕は表現する言葉を持たない。


 だから――、


「個性的なチラシだね」


 僕はそう言う。


 そう、個性的と言っておけばたいていのことは問題なく片付く。

 個人は尊重されるべきだ。

 人の趣味嗜好をどうこう言うべきではない。

 この少女もいつか大人になり、成長する過程で価値観を成熟させていくのだ。

 それを見守ってやろう。

 うん。


「……それ、褒めてないでしょ」


 高浜さんはそう言った。


「……」


 僕はどう返していいか分からなかった。

 図星だったからだ。

 僕は褒めてない。

 個性的だと言っただけだ。


「文句を言うなら、君も作るの手伝ってよ」


「文句なんて言ってないよ」


「目が文句を言ってるの! そういうの結構分かるんだから!」


 彼女は「びしっ」と僕の目を指さす。


「……わかったよ。僕も部員だからね、ちゃんと手伝うよ」


 僕は高浜さんの横のPCを起動し、自分なりにオカルト研究部のチラシを作り始めた。




 ■




 |部員 |

 |募集!|


 |先着3名限定!|


 |10畳のワンルーム!|


 |家賃  0円!   |

 |保証金 0円!   |

 |共益費 1000円!|

 |連帯保証人不要!  |


 |高齢者にも配慮した安全設計!|

 |今なら、すぐご入部できます!|


 |電話番号 XXX-XXXX-XXXX            |

 |〒XXX-XXXX **県守高高校B棟310 オカルト研究部|


 |今なら入部した人たちに漏れなく洗剤のプレゼント!|


 ――カタカタ、と筆が乗る。

 中々にいいチラシが出来上がった。


 僕が家を買った時のチラシを参考にさせてもらった。

 あれは広告のプロが作ったものだ。

 参考にして作ったこれもかなり高水準のチラシとなっただろう。


 最後にタンッ、と僕はエンターキーを押す。


 印刷オプションから、PDFファイルを出力。

 PDFリーダを開き、印刷を行う。


 ガー、という音とともに、PC室後ろ側にあるコピー機から、A3サイズのチラシのサンプルが出力される。


「できたよ、高浜さん」


 僕はそう言って、後ろでジト目をこちらに向けてくる高浜さんを見やる。


「君、ふざけてるでしょ?」


 その声に、柔らかさはない。

 固い声がPC室に染み渡る。


「何が?」


 僕は聞き返す。

 僕は真剣にやっているのだが。

 どこか彼女の怒りに触れたようだ。


 とにかく謝っておくのも手だ。

 しかし、自分の落ち度がどこか分からないのだ。


 謝っても改善点が分からなければ、火に油を注ぐだけだ。


「どこか変なところあった?」


「本当に分からないの……?」


 僕は頷く。


 すると、彼女は呆れたようにため息を吐く。


「このチラシ……オカルト研究部のチラシじゃなくて、物件資料のチラシみたいじゃない?」


「いや、ちゃんと『部員募集!』って書いたし?」


「……本気で言ってるの? ――なら、言わせてもらうけど――」


 高浜さんはまず、『先着3名限定』と書かれていた部分を指さす。


「ここ! 先着限定とかないから! 何人いても歓迎するよ!」


「でも、限定ってついていた方がお得感ない?」


「そもそも部員が全然集まらないんだよ!? 『限定』の付加価値が付くのは人気の部活くらいだよ!」


 次に、費用の明細の部分を指さす。


「ていうか! 共益費って何!?」


「部費のことだよ」


「なら部費って書けやぁ!」


 最後に、電話番号を指さす。


「この電話番号誰の!?」


「校長先生の」


「なんで!? 学校の電話番号ならともかく!」


「学校に電話かかったら迷惑じゃん」


「その理屈なら、校長先生はなんで大丈夫なの!?」


「あの校長、入学式で「困ったことがあったら頼ってほしい。迷惑なことなんてないから」って言ってたから頼らせてもらった」


「この人、めちゃくちゃだ……。やばいな、宇宙人」


 常識がなさすぎる……と、高浜さんは吐き捨てる。


 結局のところ、最終案として高浜さんのチラシ案が採用された。

 僕の無駄な労働を返して欲しい。


 部員が入るかは不透明だが、オカルト研究部らしいチラシであることは間違いない。

 部員が入るかは不透明だが……。




 ■




 学校の玄関口でさっさとチラシを張り付ける。


 諸々やっていたらもうかなり遅い時間になっている。

 僕はさっさと帰ることにする。


「待って、汐月くん」


 止められる。

 止めたのはもちろん高浜さんだ。


「なんだい」


「いや……ちょっとね。もう少し時間ある?」


 正直さっさと帰りたいが、聞く。


「何?」


「あのさ、ちょっと家に寄らせてもらっていい?」


 家に寄る。

 僕の家……というか、地球上での拠点の貸家のことか。


「嫌だ。絶対嫌だ」


 うん、嫌だ。

 あそこは僕の聖域だ。


 宇宙船の離着陸位置以外にも、この星で活動するための様々な物資が置いてある。

 人は入れない。


「そもそもなんで僕の家に来たいのさ」


「なんでって……分かるでしょ?」


 にやり、と高浜さんは顔を歪める。

 醜悪な笑みだ。

 彼女は僕の秘密を握っている。


 ――これは脅しだ。

 しかも学生正面玄関前、大勢の人が行きかう公共の場で。


 彼女が何を望んでいるのかは分からない。

 しかし、彼女の眼は言っている――了承しなければ不都合を与えると。


「……分かった」


 僕はあきらめて彼女が家に来ることを了承する。


 僕はそもそも彼女に逆らえないのだ。

 秘密を握られている以上は。


「やった! 宇宙船が見られる!」


「大きい声を出すのはやめて……。バレたら本当に大変なんだから」


「あー、嬉しいなー」


 高浜さんは喜んで、僕に腕を絡める。

 形のいい胸が僕の腕に当たる。

 大きいとは言えないものの、柔らかさも張りもあった。


 それに対して、僕の心は固く沈んでいた。




 ■




 そんなやり取りをしている途中。


 ――それを、正面の守高高校A棟屋上から見つめる影があった。


 それは、TFC(高浜ファンクラブ)の一員(現在クラブ員1名)であった。

 男は、白い学校指定のシャツを、その巨躯ではち切れんばかりに伸ばしながら――、


 双眼鏡で、PC室の窓のカーテンの靡く間から、室内を覗いていた。


「ぶひ、ああっ! ぼ、ぼ、ぼくちんの高浜さんにあんなに触れてっ! 許せないのでござる!」


 その巨体を、ずしん、ずしん、と動かしながら地団太を踏んでいた。




 ■




 というわけで。

 僕は高浜さんを連れて家に帰ってきた。


 2人で連れだって歩いていると、僕たちの事をじろじろ見てくる連中がいた。

 ほとんどが同じ高校の同級生。

 まあ、知り合いというよりは、知っている人たちと言った方が正しいか。

 その人たちの物珍しいものを見るような目が刺さった。


 僕は何もしていない。

 なので彼らは高浜さんの事を見ていたんだと思う。

 理由は知らないが。


 僕はあまり視線に慣れていないので、あんなに視線を浴びせられて気にしないのはすごいと思う。

 高浜さんの図太さには脱帽する。


「ただいま」


 僕はドアノブを開けると、そのまま家の中に入る。


 しかし、高浜さんがなかなか続いて入ってこない。

 ドアを見て何かを考えているのだろうか。


「そういえば、このドアはどうやって隠れてるの?」


 と、そこで高浜さんが僕に聞いてくる。


 昨日、取引の後に聞いたのだが、高浜さんは消えたドアを不審に思って、この家の調査を決めたらしい。

 なんとも迷惑なことではあるが、その原理が気になるのも分からなくない。


「それは、『光学迷彩』の一つだよ。地球人のものより少し発展した技術を僕らは持ってるのさ」


「光学迷彩ってカメレオンの擬態みたいなやつだよね? それが技術的に発展すると、ああいうことができるようになると……なるほど」


「僕も詳しいことは知らないさ。こっちで発展している科学と僕の母星で発展している技術も体系が全然違うしね。はい、分かったらさっさと入って」


 ドアが光学迷彩になっていることは、触らなければ気づけない。

 それは逆に言えば、触られれば確実に気づかれるということで、高浜さんは僕にとっては運悪く、それに気づいてしまった。


 一昨日、宇宙人だと高浜さんにバレたことは痛恨の極みだ。


 ただ――、


「まあバレたのが高浜さんでよかったとは思うけどね」


「……? それってどういう意味」


「いや、下手な人にバレたら口封じが大変だったからさ。高浜さんが何を取引の対象に言い出すかと思えば、『オカルト研究部に入ってほしい』だからね」


「あれ、もっと大きな要求をした方がよかったの?」


「よくはないけど、でも言われればもっと大きな要求でも飲めたからさ。高浜さんには感謝してるよ」


 一昨日のことで危機感を抱くことができたのは僥倖である。

 今日はちゃんと【気配検知】もオンにしてある。


 僕は冷蔵庫からスポドリを出し、2つのコップに注ぐ。


「それで、今日は何の用でうちに来たの? あまり詮索されるのは困るんだけど」


 高浜さんの分のコップを彼女の正面に置く。

 僕の分は僕の前に置き、椅子に座る。


「用事は……簡単だよ。宇宙船について調べさせて!」


「だめ」


 宇宙船は母星の技術が集結したオーパーツだ。

 地球人に見せるわけにはいかない。


「なら宇宙に行きたいから連れてって! 火星に住んでるんでしょ!」


「だめ」


 火星の基地は僕のパーソナルスペースだ。

 他人にずかずかと入られたくはない。


「なんで!?」


「なんでも何も……君との取引内容はオカルト研究部に入ることだけだろう。僕はそれ以上のことを君のためにする理由がない」


 というより、単純に嫌だからだが。

 それは黙っておく。


「なら、やっぱりようつべに動画上げる!」


「!?」


 この女……やはり約束を守るつもりがないのか。

 この性悪女め。


「約束が違う。僕は取引の対価としてすでにオカルト研究部に入部したじゃないか」


 僕は固い声で言う。


 それが僕らの間の取引で契約だ。

 それを破るというのか。


 そして、彼女の返答は果たして――、


「――違うよ。約束が違うのはそっちの方。取引の"正確"な内容は――」


 『汐月湊が高浜ながせのオカルト研究に協力すること』を条件に、『汐月湊が宇宙人であること』を守秘する。


「だからそれが……」


「君は、私のオカルト研究に協力する義務がある。――それを破ったから、私は動画をようつべにアップするって言ってるの」


「なんだって」


 つまり、彼女は最初からそのつもりだったのだ。

 僕の協力をオカルト部入部だと偽装することで。

 僕を利用しオカルト研究をしよう、という根底の目的を隠した。


 考えてみれば、この契約には期限も曖昧だ。

 これは――教訓だ。もっと考えて契約すべきだという教訓。そして、後戻りのできない、失態でもある。

 つまり、この契約は彼女の奴隷になったも同義だ。


 なんて危険な女なんだ。

 これが地球人か。


「分かった。不本意だけど、君に協力する……不本意だが」


 本当に不本意だ。

 しかし、僕にも矜持がある。

 僕はルールを守るのだ。


 ルールの抜け穴を突くような卑怯な真似はしない。

 分かるか、そこの君に行ってるんだ、高浜さん。


「それで、君の要求は、宇宙船を見たいってことでいい?」


 もう1回見ているだろうから、何回見せても別に変わらないと言えば変わらない。


「できれば、火星にも行ってみたい! いいよね!」


「あの基地は酸素量くらいしか調整してないから……地球人にはつらい環境だと思うんだけど」


「えー! でも、何とかなるんじゃない?」


「マイナス50度とか耐えられる?」


「それは無理。でも、なんか方法あるんでしょ。宇宙服とか」


「必要がないから宇宙服は用意してないんだよね……。方法が無いわけではないけど……」


 後半はかなり小さい声で言ったのだが、高浜さんはそれを聞き逃さなかった。


「方法があるなら、それをやってみたい」


 方法は確かにある。

 けど、覚悟がいる。


「どうしても?」


「うん」


「後で文句言わない?」


 僕は念を押す。


「なんか、下手したら死ぬとか、そういう感じなの?」


 死ぬ可能性はない筈だ。

 そういう危険はない。

 という意味で僕は首を横に振る。


「なら、行ってみたい。火星に降り立つ初めての人間ってのもワクワクする! うぉーっ! 火星に行って火星人に遭いたい!」


 欲望を爆発させ、高浜さんは言う。

 ――そこまで言われれば、僕も折れるしかない。契約は契約だ。


「分かった。それじゃ、君には僕の血を飲んでもらう……」


 僕は、右手の爪で左手の指の腹を切り裂いた。

 ちょっと痛い。


「はぇ!?」


 この地球人の人類の進化の系譜は、僕の母星とかなり似ている。


 しかしながら、異なる場所で進化してきたことにより、多少の差異がある。


 この地球上の人類は、僕の母星の人類とは少し違う。


 この地球上の人類は、ホモサピエンス。

 その意味は、考える人。

 この地球の人類は、進化の過程で【考え高め合う】能力を獲得したのだろう。


 しかし、僕らは違う。

 僕らが種として獲得したのは、【与え合い強め合う】能力だ。


 そんな進化をした僕らの『血』は、特殊な形質を持っている。

 それは、他者に経口摂取で取り込ませることで能力を分ける能力だ。


 血を分けて力を与える。

 そうやって高め合って僕らは進化してきた。


 遺伝子を狂わせ、科学法則に歪を生む、奇怪な性質が、僕らの血に宿っている。


 ――高浜さんの口の中に血の滴る指を滑り込ませる。


「ぅ……」


 高浜さんは、突然の僕の行動に戸惑う。

 僕は説明を始める。


「僕の血を飲ませた。その血は、君の体を作り変える」


「……!」


「多分、2日くらい経てば、君自身も変化を如実に感じられるようになると思う」


 高浜さんは、顔を強く赤くする。

 熱だ。

 身体を作り変えることで、体温が急上昇する。

 その熱が、彼女を今蝕んでいる。


 代謝が早くなり、細胞が一度に変異する。


 これまでの経験上、死ぬことはないだろうが、風邪のような症状が数時間は続くことだろう。


「明日の朝にはちゃんと動けるようになると思うよ」


 僕はそう、気を失いかけている高浜さんに声を掛ける。


 しかし、地球人に対して血を分けるのは初めてだ。

 どうなるか分からない。

 見た目に大きな変化が現れることはないだろうけど。


 僕はちら、と高浜さんを見る。

 熱にうなされている。

 今にも死にそうな顔だ。


 流石に同級生として、死なれると困る。


「一応、ちゃんと経過を見ておこうかな」


 部屋に置いてある毛布を彼女に被せる。

 今日は火星の基地に帰るのもやめることにする。


 ちなみにその日の夜、高浜さんのスマホにはご両親からの連絡があった。


 僕の家にいると丁寧に伝えると、少し気まずそうな口調で「うちの子をよろしくお願いします」と言われた。


 なんの話か分からないけど「分かりました」と答えておいた。

 僕は空気が読める男なのだ。



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