#2 『よし口封じをしよう。』




 ■




 グッドモーニング。


 おはよう。

 僕は地球人の汐月湊だ。


「うーん……」


 伸びをする。

 目覚めのいい朝だ。

 目覚まし時計もいらなかった。

 ベッドの横にはまだペットの宇宙猫が寝ている。


 寝起きは上々。

 火星の基地の窓から見る外の光景は殺風景だ。

 だが、この殺風景が通の好みである。


 僕くらいになると、火星の岩を眺めているだけで1日が流れることもしばしば。

 例えばあの正面の岩。

 どことなく故郷の『宇宙馬』に似ていると思わないか。


 ……思わないか。

 思わないな。

 流石にこじつけが過ぎた。

 宇宙馬は足が17本ある巨躯の馬だ。

 あの岩とはあまり似ていない。


 まあいいや。

 とにかく今日もグッモーニンってことで、さっさと学校へ行こう。

 地球にある仮住居へ行くまではほんの一瞬だ。

 しかし、そこから学校まで歩いていく際には、地球人の速度で歩かなければならない。


 いわゆる『登校の時間』というのは、宇宙人としての僕の移動速度からするとかなり無駄な時間にも思える。

 しかし、地球人になりきるためには必要なことだ。


 移動を楽しむという概念、考え方もある。

 木々の木漏れ日に小鳥のさえずり。

 ただの日常の中にも面白いものや感じ入るべきものがあるのは確かだ。


 そんなことを頭の中の自分に問いかけながら、僕は地球の自分の部屋へと降りたった。


 メタリックな宇宙船を部屋に置き、鞄を準備する。

 必要な教科書類、ノート類を鞄に入れ、制服に着替える。


「あ、もうこんな時間か、急がないとな」


 僕は少し急いで準備をし、そのまま高校へ向かった。




 ■




 学校の教室。

 ――僕が教室に入ると、少し変な雰囲気ができる。


 一瞬の静寂が、クラスを包み込む。


 そして、そのあとすぐに元に戻るのだ。


 残念ながら、入学してから約1か月。いまだに友人の一人もできない。

 なぜだろうか。

 普段から地球人らしい振る舞いをしているが、それでも何処かに齟齬が起きているのだろうか。


 仲のいい人もいないため、僕は特段友達と挨拶のようなこともせず、そのまま教室の自分の席に着く。


 さっさと授業が始まらないかな、とか思いながら。


 しばらく時間が経過する。


 がらがら、とまた一人教室のドアを開け、中に入ってきた人物がいた。


 名前は確か、高浜ながせ。

 男だか女だか分からない名前だが、女だった気がする。


 短い髪が中性的で、地味だが容姿は良い――、

 と、男子にひそかな人気があるらしい。

 僕は特に興味ない。


「……」


 その少女が、僕の方を見てきた。

 理由は分からない。

 理由なんてないのかもしれない。


 僕は特段気にすることもないと、手にしていた本を読む。


 雑学本だ。

 地球の知識をちゃんとインプットするため、僕は図鑑とか雑学本とかそういったものをよく見る。


 知能の面では僕は地球人と大して変わらない。

 そのため、こうやっていろいろな知識をため込むのが重要だったりする。


 僕のほかにこの星に潜入する『宇宙人』がいれば是非参考にしてほしいと思う。


 ――と、まだ少女がこちらを見ている。


 自分の机について、彼女は何をするかと思えば。

 また、こちらをちらちらと見ているのだ。


 何か変な部分があるだろうか。

 身だしなみに問題はないはずだが。


 一度、自分の身だしなみをチェックする。


 ……問題はないはずだが。


 こちらから彼女の方を見返す。

 すると、彼女はあからさまに目をそむけてしまった。


 何だったんだ。




 ■




 その日の授業はあまり身に入らなかった。


 なにせ、理由は分からないが、例のながせという名の少女がずっとこちらを見ているからだ。


 あまり気持ちのいい視線ではない。


 どうしても彼女に見つめられる理由が分からなかった。

 なので僕は、放課後になると、彼女に話しかけてみることにする。


「高浜さん、この後ちょっと時間良いかな」


 放課後になるなり高浜ながせに聞く。


「え、え?」


 彼女は目に見えてわかるくらいに混乱していた。

 なぜ自分が話しかけられているのか、全然分からないといった感じだ。


「そう――ちょっと話したいことがあってね」


 僕がそう言うと、周りのクラスメイトが沸く。


 「あれってそういうこと?」「まだ入学1か月だぜ。いくら何でも早すぎじゃ」「あの人って、自己紹介で滑ってた人だよね」


 などなど、クラスメイトの喧騒。

 それをしり目に、僕は彼女に再度聞く。


「時間、いい?」


 再度そう言うと――


「え、うん」


 高浜ながせは反射的に頷いた。




 ■




 高校の屋上。


 高浜ながせと汐月湊。

 2人の間にはそこはかとない緊張感が漂う。

 尤も、その緊張感を醸し出しているのは少女の方だけだが。


「高浜さん」


「は、はい……」


 僕は本題を切り出す。


「今日、一日中僕の方見てたよね。あれはなんで?」


 率直に核心へ踏み込む。


「!?」


 高浜さんは驚く。


 なぜバレたのか、とそういう感じの驚き方だ。

 正直、バレないのはあり得ないと思うくらい彼女は、一日中、僕の方を見ていたのだが……。


 と、そこで、彼女は取り繕うように平静を装い――、


「さあ、なんでだと思う?」


 冷や汗を流しながらも、彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「えーと、分からない」


 分からない。

 全然これっぽっちも。


「これ見て」


 高浜さんは、僕と気持ち距離を取りながら、スマホを取り出し、こちらに掲げた。

 腕が微弱に震え、そこには緊張感が伺える。


 動画ファイルが一つ。

 このファイルが何だというのだろうか。


 高浜さんはそのまま動画ファイルを流し始める。


「え」


 動画に映っているのは、僕の部屋だ。

 その中央には、僕の所持する宇宙船がある。

 宇宙船が異空間ワープで消える様子まで動画に収められている。


 仮住居の中、火星拠点への帰還の証拠ムービーだ。


「これってどういうことなの?」


「どういうことも何も……」


 むしろ、そっちがどういうことなのか、という感じだ。


 まさか、僕の家に忍び込んで撮ったとでも言うのだろうか。

 というかそう考えるしかない。


 確か、不法侵入というやつになる筈だ。


 動画の撮影日時は5月17日(火)。

 昨日だ。


「汐月くん……あなたは『宇宙人』なんでしょ?」


 ずばっ、と高浜さんが切り込む。

 そこには、緊張感に混ざって高揚感のようなものもあるように見える。

 さながら犯人を追い詰めた名探偵のように。

 ルパンを追い詰めた銭形の如く。

 彼女は僕に問いかけた。


「……何を言っているのか分からないな」


 僕は惚けることに決めた。


 僕は地球人、僕は地球人。

 マイマインドをコントロールする。

 他人を騙すにはまず自分を騙すことからだ。


 まったく何のことか分からない。

 そう、そう主張し続ければ、押しの弱い日本人なら騙すことは簡単だ。

 結局、そう――世の中というのは、声がでかいやつが一番強いのだ。


 声のでかさとは、単にデシベルの高さではなく主張に一貫性と納得があり、強く拡散される力のことだ。

 主張が二点三点すれば主張の信頼性は揺らぐし、曖昧な表現をすれば主張は軽く扱われる。


 だから僕は主張を曲げない。


 まさに『なんのことだか分からない』一般生徒を装う。


 動揺は声に乗せない。体に見せない。


 平静を保ち、強い口調で言いきる。


「っ、この動画が証拠だよ! 言い逃れしたって、私は昨日見ていたんだからね!」


 やっぱり不法侵入していたらしい高浜さんは、そんなことを言う。

 だが、僕も主張を曲げはしない。


「もう一度言おうか。何のことだかな。それに最初の自己紹介で言っただろう……僕は地球人だと」


「地球人が! 『自分は地球人だ』なんて言わないッ!」


 何だと!?


 そうなのか?

 いや、これは敵の策略だ。


 会話の調子を乱し、僕がぼろを出すのを待っているのだ。

 この性悪女は。


「そもそも、その動画が本物だとは思えないな。何かCGで加工したものなんじゃないのか。地球人はそういうのが得意だと聞いている」


「やっぱ地球人って! 言っておくけど、その言い回しは地球人じゃないって主張しているようなもんだからね! 認めないと、この動画をインターネットに公開するよ! ようつべやにこにこに上げるよ!」


「何だって!? それは、困る!」


 それは困る。

 とても困る。

 母星の技術は他星に勝手に供与や認知されてはならない。

 そういうルールがあるのだ。


 そのルールを破ると、下手すると死ぬことになる。


 宇宙船の画像とかをようつべとかに公開されれば、僕の失態が公のものになってしまうかもしれない。

 もしもそれが原因でルールの罰則が適用された場合、僕が失うものは多い。


 うん、それは困る。

 とても困る。

 よし口封じをしよう。


「高浜さん……悪いが、口封じさせてもらおうか」


「えっ……ぁ……」


 僕は高浜さんの首筋に手刀を落とし気絶させる。


 そして、そのまま担いで屋上からジャンプする。

 家の方向へ新幹線くらいの速度(200km/hくらい)で飛んでいく。

 通行人に見られていたらと思うと怖いが、このまま暴走する彼女を置いていく方が怖い。


 はあ、まったく困ったものだ。

 僕は嘆息する。


「高浜さんには少し悪いけど……」


 不法侵入の対価として諦めてもらおうか。




 ■




 場所は変わって、地球の仮住居。

 高浜ながせを横たわらせ、僕はその前で暗い顔をしていた。


「……」


 こういうときどうするか。

 つまり、僕が『宇宙人』であると、他人にばれた時どうするか。


 想定が甘かった――どうするか決めていなかったのだ。


 ただ、口止めは必要なのだ。

 彼女が何を考えているのかは分からないが、放っておくわけにはいかない。


 簡単な解決策はある。


 本当に簡単で単純な策だ。


 それは寝ている彼女のスマホを壊すことだ。


 中にあるストレージを完全に破壊してしまえば、ひとまずの脅威が完全に消えるのだ。


 しかし、それでも問題が無くなるというわけではない。


 彼女が僕が宇宙人であるという主張を公に行う可能性があることだ。


 普通に突拍子もないことだと思われるだろうが、本格的な調査が僕の家に及べば、流石に誤魔化しきれない。


 現状は家のドアの偽装を行ったうえで、宇宙船を基本的に火星に常駐させることで秘密を守っているが……。


 そもそも、こうやって確信的にバレてしまった時点でかなりの危険な状態であるのだ。


 証拠を消すだけではだめで、もっとより良い解決策が必要なのだ。

 金銭による利益関係でも、恐怖を利用した支配関係でもなんでもいい。


 口止めの方法は、何でもある。

 しかし、彼女は僕の同級生であり、下手なことはできない。


 ああ、殺すのはなしだ。

 僕の利益のためだけに人を殺すというのは、僕の主義に合わない。


 そもそも、問題の解決に暴力を用いるのは3流だ。

 だからまずは対話だ。


 対話で彼女の目的を認知し、互いの利益になる互助関係の構築を目指すのだ。


「というわけで、起きて……」


 僕は彼女を家のベッドに寝かせると、軽く頬を抓って起こす。


「うきゃっ……」


 サルみたいな声を上げて高浜さんが起きた。


「おはよう、今どういう状況かわかる?」


「……! これは、もしかして拉致監禁ってやつ!? 警察を呼ぶよ」


 彼女は体を一瞬にして起こし、スマホを取り出そうと手を伸ばす。

 猫みたいな動きで、近くにある自分の鞄をひったくって鞄の中のスマホを探す。

 スマホは、まあ、残念ながら僕の手にあるんだが。


「いやぁ、話し合いをしようと思ってね」


「口封じとか言ってたよね……私を一体どうするつもり!?」


「うん、まあ、まずは話し合いだよ。君の目的と、妥協点を探っていきたい」


「こんな場所に監禁されて話し合いなんてできるわけないでしょう? いい加減にして!」


 場所が悪いのか。

 しかし、学校で話を続けるのも危険だった。

 なにせ彼女は僕の秘密を知ってしまったのだ。


 下手なことを言われて他の生徒に聞かれたりするわけにはいかないのだ。


「……いや、正直のところ困っちゃったんだよね。この動画には――」


 僕は高浜さんのスマホを操作すると、動画ファイルを彼女がやっていたように表示する。

 ちなみにパスワードは指紋認証だけだったので、指を押し付けて簡単に開けてしまった。。


「『困った』と言ったよね。それは君が宇宙人だって認めるってこと?」


 高浜さんは心臓のどくどくという音を無視して震えた声で尋ねる。


「まあ、そうじゃない……って言っても信じてくれないんでしょ?」


「実際にこの目で見たからね」


 本当に困ったものだ。


「これは君が知って良いことじゃないんだ。だから、『口封じ』が必要だ」


「……」


 高浜さんは恐怖に慄く。


「それで例えばだけど、高浜さんはお金って好き?」


「……何の話?」


 少しだけ緊張感が緩む。


「交渉だよ。僕はその動画や僕の正体を公にされると困るんだ。だから、今後それをしない代わりにこっちが差し出せるものがあれば差し出すって言ってるんだ。それは例えばお金だ」


 取引の対象は多岐に渡る。

 お金ならFXで儲けた金がそれなりにあるし、


「……殺されるんじゃないかと思ってたけど、違うんだ」


「殺すとか、そんなことはしないよ。なんだと思ってんのさ」


「そう……いや……知られたら生かして帰せん的な展開かと……」


 黙っていてもらうのは絶対だ。

 そこは譲れない。

 だが、他の部分は妥協の余地がある。


 そして、果たして高浜さんは――、


「……なら、オカルト研究部に入ってくれない?」


 ――と、そう言ったのだった。




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