第2話
「なんかさ、あかりだったよね、完全に。君の演技に……、ってかあれはもう演技を超えてたよ」
引き込まれた、と言おうとした亜蘭の言葉が宙に浮いて、それからまた続いた。
「そんな」
子役時代から演技力に定評があると高名なベテランが、経験のない舞花に対していう言葉だろうかと、舞花は一瞬亜蘭の本意を探りたいような気がした。
「いや、ほんとに……、君、ほんとに役者初めてなの? 俺も見劣りしないようにがんばらないとな」
そう言って長椅子から立ち上がった亜蘭の端正な顔を、どう答えたものかと思案しながら舞花が見上げると、彼は優しく笑いかけ、その場を去った。
亜蘭と入れ替わるように舞花のマネージャーを務める
「舞花ちゃん、大丈夫? って……あれ、もう冷やしてたの」
舞花が頬に当てたり離したりしていたロックアイスのカップを見て、吉崎は出遅れた感をにじませながら言った。
「岩渡さんが、もってきてくれたの」
「うわあ、ほんと? お礼言ってこなくちゃ。いやあ、ほんと見事な平手打ちだったわよね、パアァァァ~ンって」
現場のおそらく全員が息をのんだあの瞬間を思い出して、吉崎は亜蘭の動作さえ真似てみせ、一人頷きながら言った。
「ちょっと意外だったけど……」
「どういうこと? 本気にさせる演技を舞花ちゃんができてたってことでしょ?」
「ううん、ちょっと解釈が違ってて」
「結果オーライじゃない。監督、いい画が撮れたって喜んでたわよ。ちょっと岩渡さんのところへご挨拶に行ってくるわね」
舞花の言葉に深い意味を見出さなかったらしく、吉崎はそう言うと舞花を残して亜蘭を探しに行った。
──結果オーライって……、こういうとき、みんな誰かに相談したりするのかな。
舞花が描いていたあかり像では、ただの一度平手打ちをくらったくらいで、急に目が覚めたように心が変わるなんて話はないだろう、逆に叩かれたことで相手への嫌悪や憎悪や拒絶感が増幅するのではないかと思っていたのだ。
ところが彼の平手打ちは、涙を滲ませる寸前の悲愴感とともに行われた。あかりでいた舞花は一瞬意識が停滞するのを感じた。それまで心の中で積み上げてきた星夜という人物像が一気に崩れた。
ただの一度の平手打ちで、自分が変わってしまうのかもしれない不思議な感覚が、まだはっきりとした形になる前の真新しい、これまで知らなかった感覚が生まれたような気がした。
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