SCENE 1
第1話
「さっきはごめん」
肩越しに聞こえた声に
「え?」
「頬がまだ赤い」
言いながら、すぐそばのコンビニで調達してきたロックアイスのカップと真新しいタオルを手渡して、亜蘭は舞花の隣に腰を下ろした。
「平気です。もう痛みはありません」
先ほどのシーンを思い出してかすかな笑みとともに舞花は言った。
「ほんとにごめん。なんかぐわぁーってなっちゃって」
実に豪快なパシーンと響くいい音だった。亜蘭は自分の手のひらにその痛みを残すほどに本気の平手打ちを、舞花にみまったのだった。
「ちゃんと、冷やして」
「ありがとうございます」
ペットボトルの水でタオルを濡らし、カップのアイスを包み込んで舞花は頬にあてた。
「ふふ、冷たい」
おおまかなストーリーは、荒れている少女と彼女に救いの手を伸ばす青年とが織り成す人間模様、その心の動きを描くドラマで、月城舞花は監督から直接主役に抜擢された、芸能界にそれまで名前のなかったまさしく彗星のように現れた新人だ。
舞花扮するあかりが思いを吐き出す場面で……
『そんなテンプレみたいなこと言ってんじゃねえよ。うわべだけの言葉なんていらないんだよ!』
大人に対する、いや、世の中に対する大いなる不信感に満ちた、これ以上ないほどの怒りをセリフに乗せて、舞花は完全にあかりとしての思いを口にしていた。
そして、頬に飛んできた青年
舞花が反射的に亜蘭の顔を見返すと、掛け値なしに本気の、もはや演技でもない心の底からの感情が彼の目に浮かんでいた。
その目を見たときに、舞花の中で仮想の崖の端に立っている自分の足元が崩れかけたような気がした。
──なんて寂しそうな目……
予想とは違う亜蘭の演技、いや、反応は、舞花を一瞬現実に引き戻しかけたたものの、すぐにそれが
──どうしよう。どうしよう。こんなはずじゃ……
『もう、ほっといてよ!』
踵を返して走り去る。台本通りの流れではあったが、それまで舞花が解釈していた星夜という役どころに対する見方が変わった瞬間でもあった。
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