第2話 無明の中で召喚したもの

マイトリーは、暗い部屋から窓の外を見つめていた。目の前窓からは広大な庭が広がり、美しい夜空が見えるが、その景色は彼にとって無意味だった。世界全体が、彼を無視して進んでいるように感じられた。彼の胸の奥には、終わりのない重苦しい痛みがある。虚無が彼を飲み込んでいく。


「どうして」


小さな声で呟く。言葉に出すのすら、重荷だ。これほどまでに苦しんでいるのに、なぜ誰も気づかないのか。なぜ誰も救ってくれないのか。


彼は拳を強く握りしめ、額に手を当てた。


「これほどの地位を得ても……この虚しさは一体何なんだ……」


強さ、権力、金、女性—それらを手に入れたはずだった。彼は幼い頃からそのために努力し、名門の血筋に恥じないように完璧な人間を演じ続けてきた。だが、すべてが空虚だった。心の中を探っても最近は何も感じない。彼が成し遂げたことには何の意味もないし、誰もそれを見てすらいないように思えた。


「笑顔で近づいてきた貴族たち。あいつらは皆、私を裏切った。偽りの友、偽りの笑顔」


目を閉じても、あの冷たい笑みが頭から離れない。信頼していた人の裏切りが、解決したはずの傷が繰り返し痛んで癒えてくれない。


「あの女ですら……間諜だった……」


愛情を信じた瞬間に、それすらも裏切られる。もう誰も信じられない。彼はすべての人々が自分を利用するために近づいてくるのだと感じ、笑顔で応対しながらも、心の中ではますます孤立していった。


「誰の為にこんなに頑張ってきたのだろう」


彼は机の上に乱雑に積まれた書類に目をやった。権力闘争が激化し、自分を嫌っている元帥が力をつけてから、彼にはもうこれ以上爵位が上がる見込みもなかった。将来に希望はない。ただ、戦い続け、すり減るだけの生活が続く。


「すり減って……朽ち果てるだけだ……何も残らない……」


彼はゆっくりと机の引き出しから古い魔法書を取り出した。埃にまみれたその書物は、かつて父から与えられたもので、使うことなく放置されていた。


相手に向けて適切に使えば、跡形もなく空の上、いや、更にその上まで転移させることができる証拠の残らない口封じの魔法書だったはずだ。


何日かの命を奪っただろう本。今、彼にはそれが唯一の出口をもたらしてくれる。もしこれで終わりにできるのなら——彼はそう考えながら、静かに魔法書を開き、それを出鱈目に暴走させた。


「生きる意味なんて、どこにもない。すべてが、空っぽだ……」


死ぬ時にはそんなものなのかもしれないな。自ら命を絶った友人を思い出す。死は救いなのかもしれない。この苦しみの世界では。


彼はページをめくり、そこに描かれていた複雑な魔法陣に目を留めた。それは一度見たら忘れられないほどの緻密さを持っていたが、今の彼にはその意味などどうでもよかった。


魔力に反応して、手が勝手に動き出し、床に魔法陣を描き始める。心の奥底で、彼は自分が何をしようとしているのかを知っていた。転移魔法の座標は自分。行き先は空の上。だが、すべてを終わらせたいという絶望感が、それを止める余地を与えなかった。


「これで……すべてが終わるなら……それでいい……」


描き終わった瞬間、部屋の空気が一変した。冷たい風が吹き抜け、魔法陣が淡い光を放ち始める。彼は驚き、後ろに飛び退いた。


「何だ、これは……?」


光は次第に強くなり、部屋全体を包み込んでいく。その中から、何かが現れ始めた。重々しい石像のような姿。仏像だった。それは静かに佇み、動かぬままに厳かな雰囲気を漂わせていた。


「これは何の像だ? 何なんだ……?」


マイトリーは震えながら言葉を絞り出した。だが、仏像は一言も発さない。それでも、その存在感は圧倒的で、まるで静けさの中にすべてを見透かされているような気がした。彼の心の中で好奇心が動きはじめた。全てを知り尽くしたと思っていた、終わらせようとしていたはずの世界が止まった。


「……終わらせるはずだったのに……何が起きたんだ……」


彼は膝をつき、呆然とその小さな石像を見上げていた。その冷たく硬い石の表情は、まるで何かを見透かしているかのように、彼に語りかけているようだった。


「これは?」


ひぃ!石像が喋った。

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仏像転生 カルヤーナミッタの異世界寄帰伝 @shakushaku

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