第6話

忘れ物があって教室に戻ると詩織が一人、夕焼けを見て教室で黄昏れていた。



ほとんど散ってしまった桜の花びらが、わざとらしく詩織の頭に乗る。



そんな桜の花びらにすら嫉妬できてしまう程、君のことが好きなのに。




俺は静かに教室に入ったが椅子を動かす音に振り返った詩織。



その目には涙が溜まっていた。



「かずまさ……」



俺の名前を呟くと落ちていく涙。



その涙は詩織の眼鏡を曇らせ、詩織の頬に筋を作る。



初めて見る詩織だった。



「かずまさ」



そう言いながら俺の方に駆け寄ってワイシャツを掴み、泣く。



「行かないで」



そして俺の胸元でもう一度小さい声で呟く。



「行かないで、お願い」



悪いのは俺なのに。



君を泣かせた俺に、すがってくれるのか。



「……行かないよ」



広い教室の端の方で、なんだかスペースを持て余している。



「どこにも、行かない」



眼鏡を外して涙を拭う。



「だから泣かないで」



勝手な男だと思う。



泣かせておいて、こんなこと言うなんて。



「好きだよ、詩織」



俺が呟くと詩織は照れ笑いする。



そんな詩織を見たら、俺はほら、またおかしくなるだろ。



優しく唇に触れて、だけどそんなので終わらせられる訳なくて。



詩織を壁に押し付けて少し長くキスをした。



「誰か、来ちゃう」


「みんな部活だよ」



もう一度唇を重ね深くキスをして、詩織の髪に指を通す。



唇を離すと詩織は肩で息をした。



その姿もまた愛おしい。



「お弁当、ちょうだい」



俺がそう言うと意地悪く微笑む詩織。



「あげたくないな」



「お腹すいて死にそうなんだ」



するとタイミング良く俺のお腹が鳴ってくれた。



「……ほら」



鞄からお弁当を取り出す詩織。


「いただきますっ!」


俺は急いでフタを開け手をあわせた。




「ご飯粒、ついてるよ?」



そう言いながら俺の口元を触れた手を思わず掴む。



「え?どーしたの?」



首を傾げる詩織がやっぱり、愛おしい。



「触れたくなった」



俺が言うと恥ずかしそうに顔を赤くする。

そしてしばらくして心配そうに聞いてきた。



「部活、戻らないの?」


「良い。


ライブまであと一ヶ月あるし、食べ終わってからでも間に合うから。


どーせ一年生がいるから練習はできないし」



一年生というフレーズで嫌な奴を思い出す。


詩織も同じことを思ったからか静かに口を開く。


「あの、中野くんのことなんだけど」


「もう良いよ、あいつは」



「ちゃんと聞いて」



眼鏡をかけた詩織に言われると、先生に怒られてるみたいだ。



「和政、あの時電車の音で聞こえなかったみたいだけど。


あの子が好きなのは絶対私なわけないの。


あの子が好きなのは和政なの」




弁当を食べる手が止まった。



「は……?」


「ギャラスタのファンでね、和政のドラムに憧れてるんだって。


だからライブで手が当たった時にすごい謝られたの」



詩織が俺の彼女ってゆうのは熱心なお客さんは知ってることだからな。



「だけど和政と話そうとすると緊張しちゃって話せないから、私を介して近付こうとしてたの」



詩織を間に入れるなんて、なんて図々しいファン。



「だけど詩織、今日あいつに何か渡してたよね?」


「それは和政に渡してほしいって、今朝お菓子を預かってたから。


和政が甘いのダメって知らなかったみたい。

だから返しに行ったの」


「なんであんなに楽しそうに話すの?」


俺の質問にため息をついて赤くして答える。



「和政を褒められて、嬉しくない訳ないでしょ?」


今までにないくらい顔を赤くする詩織。


「……そっか」



そんな君が好きすぎて。




「だけどできるだけ中野くんと話さないでね」



そして俺は詩織の頬にもう一度、キスをした。







2010.04.29

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甘い時間の作りかた 斗花 @touka_lalala

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