第3話 私の日常(新垣サイド)
騒がしい休日を終えると、学校に行く日がやってくる。
私が通っている高校――私立日浦高校。下宿先から二駅進んだところにある。
ここは県内で見ると、県南地区に属していて、南の高校では一番学力が高いと言われている。
あれ? 勉強が嫌いって言ってなかったっけ?
そうだ。私は勉強なんか大大大大大大大嫌いだ。
そんな私が、じゃあ何でここに通っているんだ? という疑問が浮かぶだろう。
だが勘違いしてほしくないのは、どの学校にも落ちこぼれというのはいるものということだ。
勉強ができなくても高校に入る方法などいくらでも、例えば、推薦とか、推薦とか、推薦とか。
合法的な方法を巧みに使いなんとかこの高校に入ることができた。
そもそも、どうしてこの学校に入りたかったのか? だが。
理由としては単に、みんなキラキラしていたから、だ。
高校を選ぶ際に高校見学をいっぱい行ったけど、ここの高校が一番みんな輝いていて青春を謳歌している感じだった。
何より制服も可愛かったし、ここに入って青春を送るんだ!
……なんて息巻いていた時代もあった。
蓋を開けてみればそんなことはなかった。
毎日、毎日、課題に追われ、放課後は任務に追われ、休日はバイトに追われ、と、青春を謳歌できる状態ではなかった。
しかも、全然運命的な出会いがない。
私のプランでは入学初日に運命的な出会いをする予定だったが、現実はそんな甘くなかった。
結局、当初の目的は達成できないまま、気づけば一年がたっていた。
「あぁ〜。私なにしてるんだろう?」
教室の窓から外を見ながら、ひとりごちる。
漂う雲をぼんやりと眺め、漠然とした感情が胸に浮かぶ。
「あんた、窓の外見て何かあんの?」
自分の机で物思いに耽っていると、クラスメイトで友人でもある――赤沢結衣が話しかけてきた。よく見るとその後ろにはもう一人の友人――天沢琴音の姿もあった。
「いや、私はいつ青春できるんだろうって」
「あんたはそれ以外に考えることないの?」
「灯里っちはいつもそうだよねぇ。急にぼーっとしてると思ったら、必ず『青春したい』って言うんだから」
「また桜木さんに見せつけられた?」
「ギクッ!」
「ギクッ! って自分で言うなよ」
赤沢や天沢が言っていることは当たっている。
相棒の彩優の彼氏が‘odd eye’に来た日のことだ。
仲睦まじくしてる二人の姿を見ているうちに、「私の青春はいつ来るの?」なんて考えてしまい、ドツボにはまってしまった。
「はぁ〜。何回も言ってるけどね。青春を謳歌したい女子高生なんてごまんといるよ。それを口にだしてるのはあんただけだけどね?」
「じゃあ、結衣は彼氏欲しいとか思わないの?」
「私は男みたいなつまらない生き物とは付き合わないから」
「琴音は?」
「付き合うってめんどくさそぉ〜」
「聞く相手間違えた!」
どいつもこいつもサバサバした返事ばかりで、私が聞きたいのはそんな返答ではない。
私が聞きたいのは、どうやったら青春を送れるのかを知りたいのだ。
参考になるかと思ったら斜め上の発言をされ、反応に困ってしまう。
「ていうか、灯里はなんで彼氏の一人や二人できないの?」
「え? ケンカ売ってる?」
ケンカなら私、強いよ?
「いや、あんたってモテるじゃん。それこそ、あんたに好意を持ってる男子も少なくないよ?」
「えぇ、そんなことないよ?」
「灯里っちも罪な女だね。自分の人気を知らないなんて」
先ほどから二人の話は要領を得なかった。
何を言っているのか、私にはさっぱりわからない。
「あんた本気で言ってる? あんたのことを紹介してって、しょっちゅう言われるから」
「え! そうなの!」
「そうだよ。話しかけてきたと思ったら、灯里っちについて教えって、しつこいんだから」
「へぇ〜。そうなんだ」
二人は自分のことを話しているはずなのに、私はどこか他人事のように聞いていた。
全く実感が湧かないからピンとこない。
「あんた見た目はめちゃくちゃいいし、常に笑顔を振りまいてるからね。コロッと騙される男子は数えきれないよ」
「他のクラスの男子も灯里っちに釘付けだよ。おっぱいも大きいしね」
最後の言葉を聞いて思わず胸を隠してしまった。
ていうか、そっか。私って自分で思ってるよりもモテるんだ……
ん? 待てよ?
ここで一つの疑問が浮かぶ。
「じゃあ、なんで私はそれを知らないの?」
二人に相談が来るなら、一つくらい知っていてもおかしくないはずだ。
なのに、一つも聞かないのはどういうことだ。
「だって、私がガードしてるから。ね、結衣」
「そうだよ。ね、琴音っち」
「なに勝手なことしてるの⁉」
私の相談もなしに私の青春を影ながら奪っていたのか。
どうしてそんな酷いことができるんだ!
友達に裏切れた気分だ。
「だってあんた、教えても何もしないでしょ」
「そんなことないもん! ちゃんと返事くらいするよ」
「入学初日のラブレターの件、忘れたの?」
「うっ……」
それを言われると、何も言えない。
あれは私にとっても忘れたい過去の一つだ。
遡ること一年前、高校一年の入学初日に起きた出来事だった。
入学したばかりの私は、周りの様子がわからず、大人しくしていた。
そんな中、私の下駄箱に一通の手紙が入っていた。
ハートのシールが貼ってあり、下の方に「新垣灯里ちゃんへ」と書かれていた、明らかなラブレターだった。
正直、高校生になってラブレターにハートって、と、今になって思う。
しかし、当時の私はそれがラブレターと気付かず、そのまま帰ってしまった。
翌日、そのラブレターを書いたと思われる男の子が私の元に来て、
「ラブレター見てくれましたか?」
と、尋ねてきた。
悪気はなかった。
しかし、私はこう言ってしまった。
「え! あれってラブレターだったの⁉ ごめんね。あまりキュンキュンしなかったから気が付かなった!」
無邪気で率直な発言だったが。それが彼に深い傷を与えてしまった。
「あの時は本当に笑ったよ。満面の笑みで平然と言ってたもんね」
「あの男の子、あれから女性恐怖症になっちゃったんだよね」
「そうそう。そして灯里は『純情ブレイカー』なんて呼ばれるようになったしね……ぷぷっ」
二人は口元に手を当てて、笑いを堪えられない様子だった。
今になって思うと、自分でもひどいことをしたと思う。一生もののトラウマを植え付けてしまったのだから。
でも、後悔しても時すでに遅し、取り返しがつかない。
だからと言って、私が直接慰めることもできず、そのままにしている。
「あれは……悪かったと思ってる」
「だから私たちは守ってあげてるのよ、これから告白しようとする子が同じ目に遭わないように」
「そうだよ。勇気を出してくれたところ悪いけど、またあんなことになったら困るもんね。わかる?」
「わ、わかるけど……」
ただただ言い訳もできず、肩を落とすしかなかった。
でも……でもさ……。
「……それでも青春したいんじゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
彼には申し訳ないが、それでも青春したいという欲望は抑えられなかった。
「帰りに彼氏と遊びに行ったり、休日にデートしたり、一緒に夕日を見ながらロマンチックなキスとかしたいんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「「……」」
泣き叫びながら、抱いていた欲望を吐露する私。
そんな私の姿を見て、二人は冷ややかな、哀れむような視線を向けてきた。
外から見れば、まるで地獄絵図だ。
「どうしてこんなに拗らせちゃったのかなぁ?」
「ひどすぎて何も言えない……」
「辛辣すぎない!」
「だって……ねぇ?」
「ねぇ?」
「なんか言ってよ!」
私の哀れな姿に二人はすっかり呆れていた。
私だってこんなことになるとは思ってなかった。
ただ、師匠に拾われたときから、殺しの技術を身につけるのに明け暮れていた。
より鋭く、より早く、技術を磨いていった。
その選択肢しかなかったとはいえ、私自身も恩を返すために粉骨砕身の努力をした。
しかし、毎日辛い訓練を続けていれば、当然癒しを求めるものだ。
そんなとき、出会ったのがマンガ広告だった。
気になった私はそのままクリックし、マンガを読み進めた。
その瞬間、全身に衝撃が走った。
高校生の男女が甘いひとときを過ごし、キュンキュンする展開を見て、こんな世界があるのかと思った。
それ以来、ありとあらゆる少女マンガを読み漁り、訓練の傷を癒していった。
そんな日々を過ごし、少女マンガに影響された私は、こんな恋がしてみたいと思うようになった。
しかし、現実は甘くなかった。
何もかも普通に進んでいく日常、少女マンガのような運命的な出会いはなく、高望みした結果、告白してきた男子の純情を打ち砕いてしまった。
拗らせた思考は、今では取り返しのつかない夢見る女へと成り下がってしまった。
「本当、残念な美人だよ。ま、私は見てて面白いからいいけどね」
「そうだね。灯里っち見ていると退屈しないもん」
「……それって、慰めてる?」
「「全然」」
「やっぱりね……」
別に慰めてほしいわけじゃない。
私は決めたのだ。
「……見てろよ」
「「ん?」」
「いつかギャフンと言わせる出会いをしてみせるからなぁ!」
「「……へぇ」」
理解されなくても、今さら考えを変える気はない。このまま突き進むだけだ!
顔を上げ、天井を見上げ、拳を握りしめ、ガッツポーズを取る。
心なしか、私の周りには青春という情熱が溢れているように感じた。
そう考えるとなんだかやる気が出てキタァァァァァァ!
「でもさ、相澤はどうするの?」
「え? どうしてここで侑の名前が出てくるわけ?」
侑とは、私の幼なじみである――相澤侑のことだ。
幼稚園からの腐れ縁で、それ以上でもそれ以下でもない。
「いや、あの子あんたのこと……」
「おい灯里ぃぃぃ!」
結衣が何か言おうとしたのを遮るように、大きな声を張り上げながら、教室に飛び込んできた人物がいた。
声のした方を見ると、かれこれ十年くらい、見慣れた男の子がこちらに向かって来ていた。
先ほど話題に上がった幼なじみ、相澤侑だ。
「朝からうるさい声を出さないでくれる? 私はあんたに構ってる暇はないの」
「どうせまた『青春したい』とか言ってたんだろ?」
「あんたには関係ないでしょ!」
「ほら、やっぱ言ってたんじゃねぇか」
私の話し方を真似する侑に、めちゃくちゃイラっとする。
完全に私をバカにした発言は昔から変わらない。
「あんた、絡み方下手くそだね」
「……なんのこと?」
「私の発言を言わせないためでしょ」
「……それ以上何も言わないでくれ」
何やらコソコソと侑と結衣が話しているが、小声すぎてなにも聞こえなかった。
「まぁ、そんなことは置いておいて。灯里!」
「なによ?」
「おまえみたいなガサツな人間が青春なんてできるわけないだろ?」
「なんだとぉ!」
なんでこいつにそんなこと言われなきゃいけないの?
あいつは決まっていつもそうだ。
私が「青春したい」と叫ぶと、「できるわけないじゃん」といつもバカにしてくる。
どうして毎回、毎回、否定してくるのかはわからないが、少なくとも言われる筋合いはない!
幼なじみだからか、二人に言われるより余計にイラっとくる。
「悔しかったら彼氏の一人や二人、作ってみろ!」
「あぁ⁉ あんたもいないだろうが! 万年童貞が!」
「お、おい、女の子が下品なこと言うなよ」
見るからに狼狽える侑。
童貞と言っただけで狼狽えるのが、より童貞っぽさを強調させていた。
「そ、そんなに言うなら勝負しようぜ」
「勝負?」
「あぁ、どっちが先に恋人を見つけられるかの勝負だ。どうだ?」
「……おもしろい。乗った!」
売り言葉に買い言葉。
その場のノリで勝負を受けた。
だが、私には勝てる自信しかなかった。
「今に見てろよ! 侑もギャフンと言うような彼氏作ってやるからな!」
「上等だ! お前なんか目じゃないくらいのすっごい美人を彼女にしてやるからな!」
侑は雑魚の捨て台詞のようなことを言い残し、自分の席に戻っていった。
「あんたもバカなの?」
「……それ以上何も言わないでくれ、自己嫌悪で死にそうだ」
またしても結衣と何か話していたが、小声すぎて聞き取れなかった。
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