第39話 姉妹の真剣勝負

カン、カン、カン、カン、……


 マリアンとジレーナに剣術の稽古をつけることになった俺だが、教えたのは剣の使い方だけで、あとは姉妹だけで勝手に戦っていた。

特にジレーナの攻撃は激しかった。


「お姉さま、わたくし真剣に参りますわよ。よろしくって?」


「いいけど、顔に傷をつけるのはお互い、NGですからね」


「もちろんですわーーー!」


カキーーン!


ジレーナの攻撃を、必死で受け止めるマリアン。


「だいたいね、お姉さまだけいつもずるいのよ」


「何がよ。先に生まれて来ただけで、ずるいなんて言われましてもっ! 困りますわ」


「先に生まれてきたから、何でも一番先じゃないの」


「だって、姉ですもの」


カン!


ジレーナの剣をはじき返すマリアン。


「だって、お姉さまはいつだって、素敵なドレスを仕立ててもらったり、パーティー会場で目立っていたり、いつだって、大事にされているのは、お姉さまのほうだわ!」


「そんなに、ずるいっていうのなら、あなたが姉になればいいじゃないの」


「なれるわけないでしょ!」


「わたくしは、いつでも姉の座をあなたに譲りますわ」


「バカにしているの?」


ジレーナは大きく剣を振りかぶった。

素早く身をかわしたマリアン。


「バカにしているつもりはないわ」


「わたくしが姉になったとしても、わたくしが生まれる前の出来事は、知りませんから」


「それはそうよ。だけど、どういう意味よ」


「お母さまのことを知っているのは、お姉さまだけじゃないの!」


「……そう、だけど?」


「それが一番許せない! お父様は、お姉さまにお母さまを重ねて見ているし」


「そんなことないわ」


「お姉さまはわからないのよ、鈍感ですもの」


「言ったわね! 鈍感なんかじゃありませんわ!」


今度は、マリアンが怒りにまかせて剣を振った。


「いつだって、ジレーナの思った通りになるように、運んで来たのがわからないの?」


「わかりませんわ? わざと負けてやったみたいな言い方しないで!」


「分からず屋!」


「なによ、恩着せがましい!」


この姉妹喧嘩、今までこんなに本音をぶつけ合ったことはなかったのだろう。

俺が引くほど、本気でぶつかり合っている。

そのせいか、放っておいても自然に剣術が上達している。

ただ、エスカレートしすぎて怪我をしないように、俺は見守るだけだった。


そのうち、二人とも疲れて来て止めるだろう。


だが、その考えは甘かった。

日が傾くまで、この姉妹喧嘩は終わらなかった。

肩で息をしながらも、剣術の稽古は続いていた。


「だいたい、あのホジネオノ様と婚約したのだって、お姉さまに、男を見る目がなかったんじゃないの?」


「はぁ? わたくしはお父様に言われて婚約しただけよ。あなたでしょ? あの女たらしと真実の愛を語り合ったのは。ホジネオノ様が、わたくしと婚約破棄したときそう言ってたじゃない!」


「あんなの、くそ演技に決まっているじゃないの。あんな男に本気で惚れるほど、わたくし愚かじゃないわ」


「わたくしだって、あのバカに惚れたことなんか一度もありませんわ」


「あんなに、嬉しそうにウエディングドレスを仕立てていたくせに」


「ドレスはね。だけどそれだけよ。あんな男どうだっていいのよ」


「わたしだって、どうだっていいわ。最低な男だった」


「よかったじゃない。結婚する前にわかって」


その言葉を聞いて、ジレーナは力なく剣を落した。


「ほんとだわ、よかったわ。結婚する前で……」


マリアンは、ジレーナが落とした剣をゆっくりと拾った。


「お父様が家の存続のために計画したことに、わたくしたちは利用されたのよ。女だって、好きなことに夢中になったり、学問を学んだり、好きなように生きてもいいのよ。わたくしたちは、オラエノ家の道具じゃないわ。

お母さまが生きていたら、きっとわたくしたちにそう言ってくれたと思うの」


ジレーナはマリアンに抱き着いて号泣した。

マリアンはジレーナの頭を優しく撫でている。

頃合いを見ながら、俺はそっと声をかけた。


「お嬢様がた、もう剣術の稽古はお開きでよろしいでしょうか?」


マリアンは、ジレーナを抱きしめながら、俺の声掛けに応えた。


「もう少しだけ、このまま。そっとしておいてくださる?」


「承知いたしました」


俺は剣を片付けて、タオルの用意をした。


「ねえ、お姉さま、ひとつだけ聞いてよろしいかしら」


ジレーナは、俺が差し出したタオルで涙と汗を拭きながら言った。


「お姉さまとフットマンって、お付き合いなさっているの?」


ああ、ジレーナ、それを言ったらマリアンは急に怒り出すぞ。


「そんなわけありませんわ。全然、こんな陰キャは趣味じゃありませんもの」


「言わせてもらうが、俺は陰キャじゃない」


「だって、何をするにもムスッとして機嫌悪そうじゃないの」


「そりゃ、いつもニコニコしていたら軽薄だろ。俺は普通だ」


ジレーナは、俺とマリアンとのやり取りを見て頷いた。


「ふうーーん」


「何よ、ジレーナ」


「何でもないわ。付き合っていないなら、わたくしがフットマンと付き合ってもいいのよね」


「え? ジレーナ、あなたモブ……フットマンのことが……」


「最初に見た時から、気に入っていたの。わたしのタイプだわ」


「そ、そうなの?」


「フフフ、お姉様ったら、分かりやすいわね。だからいつもハズレくじを引くのよ。お姉さまが困ることは何かが、まるわかりなんですもの」


「からかっているのね? ジレーナ」


「いいえ、からかってないわ。本気でフットマンは私のタイプよ。でもね、フットマンがお姉さまを見る目が、わたくしとは違いますの。いいかげんに気が付いて差し上げたら? ホントに鈍感なお姉さま」


「え? え?」


この場合、俺はどういう顔をすればいいのだ。


「あの……、お嬢様がた、もうお屋敷の中に戻りませんか?」


「フットマン、お姉さまを泣かせたら、どうなるか。わかってらして?」


「はい。でも、そういう関係ではございませ……」


「何をごにょごにょと、言い訳は聞きたくありません。男だったらはっきしたら?」


「はい! ジレーナお嬢様」


あれ? どうしてこうなるんだ?

それから、ジレーナはマリアンの方に向き直った。


「最後に行っときますけど、お姉さま。わたくしはフットマンを諦めたわけではありませんのよ。いつだって奪ってさしあげますわ。二人とも油断したら……わかっているわね。覚悟してらっしゃい!」


ジレーナはそう言い放つと、ひとり急ぎ足で屋敷の中に消えて行った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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