第37話 お嬢様の実習型訓練

 出来れば、お屋敷から瞬間移動でギルドに行きたかった。

だが、今回はマリアンと一緒だ。

セバスワルドは、お嬢様のために馬車を出すと言っている。


「大丈夫ですよ、セバスワルドさん。御者と馬車だけで」


「そうは行きません。フットマンとマリアンお嬢様が二人で外出したとなっては、使用人たちが噂しはじめます。ただでさえガゼボの件で、皆は誤解しているのに」


「セバスワルドが一緒なら、誤解されないと?」


「少なくとも、二人きりでいい関係になったなんて想像を、防ぐことはできます」


瞬間移動が使えないのは不便だが、セバスワルドがいれば多少の遅刻も許されるだろう。


「わかりました。それで、マリアンは?」


「もう馬車の中で、お待ちでございます」


「スゲー! モチベーション高っ!」





ギルドでは、ワッパガーさんがすでに受付で待っていた。


「おう、来たかモブとお嬢さん。今日は初心者コースだ。いつも時間が無いというモブのために、さっそく出かけるぞ」


「すみません。気にかけていただいて」


「おっと、師匠はギルドで待ってな」


ワッパガーが師匠と呼んだのは、セバスワルドのことだ。


「しかし、それでは……」


「すまんが、足手まといは減らしたい。時間内にクリアしたいからな」


「セバスワルド、そういうことだ。ここに残ってくれ」


マリアンはセバスワルドに目で合図した。


「承知いたしました。では、お気を付けて」





初心者コースの森は湿地帯だった。


「俺があまり手を貸すと、訓練にならないからな。おまえたち二人でやってみな。いざとなったら、俺が助けてやるから」


ワッパガーさんの言葉に、マリアンは不安そうな顔をした。


「ワッパガーさんを、頼ってはいけないのでしょうか?」


マリアン、話し方が丁寧すぎるぞ。


「マリアン、いいんだよ。俺たちでやらなきゃ訓練にならないだろ」


ワッパガーは、マリアンの声にピンときたらしい。


「ふーーん、これはただの可愛い冒険者じゃないな。どこかのお嬢様と、俺は読んだ。たぶん、オラエノ伯爵の? お前ら、何か訳アリなのか……、わかった、黙っておいてやるさ。

よし、応援するから、がんばってやってみろ。ほら、見ろ。さっそく沼地にいたぞ、モンスターが」


「モンスターですって!」


あんまり驚くなよ、マリアン。

そのためのクエストじゃないか。


「何ですの? このぷよぷよしたモンスターは」


「スライムだよ。こんなの初歩も初歩だ」


「モンスターに見えませんわ。か、可愛い! 抱っこしてもいいかしら」


「おい、ペットじゃないんだから、スライムは。それに、これだけ大きいスライムは危険だ。攻撃される……」


「キャー―!」


大型スライムはマリアンに向かって突進してきた。

そのままマリアンに体当たり。


「いやーん。何よ、水浸しになったぁー」


ワッパガーがアドバイスした。


「お嬢さん、スライムの水に触れると、一時的に体が痺れて動かなくなるからな」


「うっ……、早く教えてください。もうわたくし動けませんわ」


「大丈夫、数分で元に戻るから。その間にモブが、スライムをやっつけてくれるだろ」


マリアンが動けないとなっては、俺がやるしかないか。

全然、マリアンの訓練にならないのだが。

俺は、盾で防御しながら剣で攻撃した。


ところが、接近するとスライムは突撃してくる。

本来なら、距離をとって攻撃したいところだ。


「モブ、弓は持ってないのか? 弓で攻撃すればいいぞ」


「弓は無いなぁ。あったとしても使ったことないし」


俺は、スマホを取り出した。


「あ、ここで配信はしないで。わたくし動けないからカッコ悪いもの」


「配信はしねえよ。するわけないだろ。Siriに聞くだけだ」


「尻に聞くですって? いやらしい!」


マリアンは顔を赤らめて恥ずかしがった。

それなのに、痺れが消えてきたせいだろうか。

マリアンは、俺に向けてそっと腰をひねりながらお尻を向けてきた。


「……どうぞ」


「……? なにか勘違いしてないか。あんたの尻になんか聞くわけないじゃん」


「へ? ……ですわよね。わかっておりましたわ。わざとです」


いや、今のはわざとじゃなかった。

ワッパガーさんが、俺たちのやり取りを見ながら大笑いしている。

さっきのポーズ、リスナーたちが見たら発狂するぞ。


「ヘイ、Siri」


マリアンが、また反射的にお尻を突き出した。

だから違うってば……

俺は、マリアンのポーズは無視してSiriへの質問を続けた。


「水分を吸収する物、何か出してほしい」


「水分を吸収するものですね。凝固剤の検索結果はこちらです」


「凝固剤か……これって、非常用トイレに使う奴じゃん。まあ、いいか。それをたくさん欲しい」


すると、凝固剤が入った袋が大量にドーンと現れた。


「スライムさんよ、大変お待たせしました。今からこれをばらまきまーす!」


「わたくしも、やりたいですわ」


「おう、頼むわ」


俺とマリアンは、出現した凝固剤をスライムにふりかけて回った。

みるみると、スライムは凝固剤に水分を吸い込まれ、固まって行く。


ワッパガーさんは驚いて


「へぇ! こんなスライム討伐初めて見た。だが、固まらせて、そこから先はどうするんだ」


そう、そこだ。俺はその先を考えていなかった。


「どうしようか。この固まってしまったスライム」


すると、マリアンは勢いよく手を挙げて、元気な声で答えた。


「はい、火をつけて燃やしましょう!」


「そんな……」


「残酷でしたかしら?」


「配信していたら、リスナーさんにドン引きされるほど、残酷だ」


「あらまあ」


「とりあえず、粉々に砕いちゃうか!」


俺は、固まったスライムを鉄拳でぶっ壊し、欠片を次々に踏みつぶして粉々にした。


「粉々になったものは、まとめて燃やしましょう!」


「いや、いいって。粉々になれば消えるから」


「なんだ、つまんない」


そんなことを言っていると、一角うさぎが草むらからひょっこり現れた。


「やだ、可愛いぃ、何これ!」


「ああ、アルミラージというモンスターだ」


「こういうモフモフって大好きですわぁ」


マリアンはアルミラージを抱っこして、顔をスリスリしている。


「おう、気を付けろ。普通のうさぎじゃない、一応モンスターだぞ……」


そう言い終わるか終わらないうちに、草むらからアルミラージの群れが飛び出してきて、マリアンの周りを取り囲んだ。


「うわー! 嬉しいですわ。こんなにモフモフに囲まれるなんて、し・あ・わ・……」


マリアンはアルミラージの攻撃にやられて眠ってしまった。

おいおい、ここで眠ったら訓練にならないだろが!

しょうがない、また俺が攻撃するか。

こんな弱っちいモンスターなんて、俺の剣を一振りすればおしまいだ。


ところが、剣を振っても、アルミラージは後ろへ横へとジャンプして避けてしまう。

眠っているマリアンが障壁になって、思いっきり剣を振ることができない。

見かねたワッパガーが、


「モブよぉ、俺がお嬢さんを助け出すぜ。そしたら、おもいっきり動けるだろ」


「ああ、すまない。だが、お嬢様に手は出すなよ」


「はいはい、出しませんよ。」


ワッパガーはマリアンを担ぎ出すと、大きな樹の下まで運んだ。

よし、あとは思いっきり叩きのめすだけだ。


「てやあぁーーーー!」


アルミラージは、一瞬で倒れて消えた。

消えた跡には、角が転がっていた。


「もうこんなもんだろう。ワッパガーさん、角を回収していいですよ」


「そうか。悪いな」


今頃になって、マリアンはやっと目を覚ました。


「あれ? うさちゃんたちは?」


「あんたが寝ているあいだに、俺が全部やっつけた」


「なんでーーー? なんでやっつけちゃうわけー? わたくしのペットにしたかったのにぃ。」


わぁーわぁーと、わめくマリアンを引っ張りながら、おれはワッパガーに謝った。


「すみません。お嬢様を撤収します。おい、来い。帰るぞ」


「なんで、何もやらせてくれないんですのー!」


「凝固剤撒いたろ。あんたにはそれで十分だ。もう時間だから戻るぞ」



こうしてマリアンの初の実習型訓練は終わった。

マリアンはほとんど何もしていないのだが。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「いつもツンデレ令嬢を応援していただきありがとうございます。

配信マネージャーのモブからお知らせがございます。

カクヨムでは、12月26日から『積読消化キャンペーン』をやってます。」


「モブさん、『積読消化キャンペーン』って何ですの?」


「知って腰を抜かすなよ、マリアン。

フォローしている作品を、10エピソード以上読んだ方には、最大一万円分のアマギフが当たるという、カクヨム太っ腹キャンペーンだ。

ぜひこの機会に【ツンデレ令嬢を人気配信者にしたモブだけど、リスナーが協力的で助かってる】のフォローをしてください!」


「あら、マリアンの部屋はフォローしなくてもよろしくって?」


「作品のフォローとマリアンのフォローは同じだから安心しろ」


「あらん」


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