第29話 執事フラ

 俺は、オラエノ伯爵に土埃の臭いがすると言われて、狼狽えまくった。


「えっと、外でぇ、庭師の仕事を手伝っておりましたが……」


立派な嘘である。


「そうか、フットマンは屋敷の外の仕事はしないものだ」


そうなのか、知らなかった。

これは嘘だとバレたか。


「まあ、異国から来たというなら、知らないことも多いだろう。今回はしょうがない。ところで、庭の仕事に興味があるのかね」


「あ、いいえ、別に…ございません。たまたま見かけて手伝ってしまった次第で」


「そうか。興味があることがあったら何でも言い給え。セバスワルドか、あるいは執事のスチュワートに、相談すると良い」


「ありがとうございます」


優しい伯爵だ。

執事の仕事ぶりを一通り拝見してから、俺はお礼を言ってオラエノ伯爵の部屋を出た。




 あのジレーナのコラボ配信で、たまたまホジネオノの浮気が発覚して以来、ジレーナは部屋にこもって、食事時でさえ食堂には降りてこなくなった。

マリアンと同じく、部屋食になってしまったのだ。


最近のオラエノ伯爵は、食堂で一人寂しく食事をなさっている。

年ごろの娘を持つ父親って、精神的に大変そう。

俺だったら、耐えられずに外食するだろうな。

世のおじさんたちの気持ちがよくわかる。

もし、日本に帰れたら、父さんに優しよう。



俺の勘が当たった。日本のおじさんと同じ行動をオラエノ侯爵はとった。

今夜、オラエノ伯爵は知り合いのパーティーに行くと言って外出してそまった。

ま、普通こうなるよな。


空いた時間を利用して、俺はせっせと動画編集にいそしむ。

最近、ショート動画を見て配信に流れて来るリスナーが増えてきた。

ツンとした口調の割には、身近な存在の令嬢という感想が多い。

俺はマリアンの魅力が出るように意識して作成しているつもりはない。

あの、天然さがにじみ出ているのだろう。

おっと、もう配信の時間だ。




「ごきげんよう! 【マリアンの部屋】へようこそ!

今夜も楽しいひとときを、わたくしマリアンと共に過ごしましょう!!」


定時配信もすっかり定着して、待っていましたとばかりにリスナーが入室してくるようになった。



“こんばんはー。マリアン今日も可愛い!”

“マネージャーさんが編集した、ショート動画見たよー”

“ジレーナの切り取り動画はアップしないのですか?”



ああ、あれか。

あれは、あまり晒したくないから、動画編集していなかった。


「あの時は、おバカな姉妹の笑劇でしたわね。皆さまに付き合わせてしまい、申し訳ありませんでした。」



“俺たちはスカッとして楽しかったけど、マリアンはどう?”

“いくら悪役令嬢でも妹だもんね”



「あれから、冷静にジレーナの立場に立って改めて考えてみましたの。考えてみれば、かわいそうなところもあるのかしらって。

実はお母さまは、ジレーナを産んで体調を崩して亡くなりましたの。だからジレーナには、お母様の記憶はありません。わたくしとお父様だけが知っている、お母様の姿形、優しい声。それが羨ましいのかもしれないわ。

わたくしも、もう少し寄り添ってあげられるとよかったのですけど。なかなか上手くいかないものですわね……」


そんな話は初めて聞いた。

あの日は、スカッとしましたなんて言っていた陰で、やっぱり妹の事を心配していたのか。



その時、誰かがドアをコンコンとノックした。

誰?


セバスワルドが席を立って、ドアに向かった。

ドアの外に立っていたのは、執事のスチュワートだった。

マリアンにとって、執事が来ることイコールお父様が来たことなのだろう。

急にマリアンの表情がこわばった。



“急にどうしたん?”

“マリアン、お話しやめちゃった”



マリアンは、画面に近づいて小声で状況を説明した。


「今、お父様の執事が部屋の外に来ておりますの。たぶん、配信で何をしているのか

探りにきたとだと思います。あまり大きな声を出したらヤバいんですの」



“ヤバいってw そんな言葉どこで覚えたのマリアンww”

“俺らの影響だろ?w”

“これは…俺たちも言葉遣いに気を付けないと、マリアンに悪影響ですわ!”

“うっわ…きもっww”

“ふざけている場合か? これは、配信がバレたら大変なことになるパターンやろ?”

“親フラじゃなくて、執事フラだな”

“言いにくくね? 執事フラって”



思いがけない執事の登場に、コメント欄は盛り上がっていた。


「執事フラってなんですの?」


そんな中で聞き慣れない言葉が気になったのか、マリアンは小声で聞いていた。



“フラグ、旗の意味だよ”

“例えば、配信中に急に親が入ってきたりした時には『親フラだ!』とかって使う”

“親の声や会話の内容が聞こえないようにミュートにしたり、いろいろ大変なのよ”



なるほど。

と、声を出さずに、マリアンは何度も頷いてみせた。



“マリアンの話的に、この状況はまずいね。入ってこない?”

“でも本物の執事、見てみたいw”

“あれ? セバスワルドという人、以前にチラ見しなかったっけ”

“あれは副執事。今、その辺に来ているのが執事”

“やっぱり、ほんまもんの執事を見てみたいw”

“おま…マリアンの一大事なんだぞ? …俺も見てーよw”

“私だって見たいとか……ほんの少ししか思ってないもん!w”



コメント欄を見て、俺もドアの方に向かった。

セバスワルドはスチュワートさんに配信の説明をしているところだった。


「フットマンの機械を使って、異国の人との会話を楽しんでおります」


「それは、怪しい魔術とかではありませんよね」


「決して、そのようなものではございません。マリアンお嬢様の勉学でございます」


「ジレーナお嬢様が、配信に加わってから外へ飛び出したのは?」


「花火があがるという情報を聞きまして、喜んで走って行かれたのです」


ナイスだ、セバスワルド。

だが、怪しい魔術と誤解されるのは、俺としても避けたい。

俺は無謀にも執事のスチュワートと配信に誘う策に出た。


「スチュワートさん、たった今、異国のリスナーさんたちが、本物の執事を見たいと盛り上がっております。配信に映ってみませんか?」


「え、本物の執事を? ……いいえ、わたくしは遠慮させていただきます。配信は旦那様が出るべきものと存じます。わたくしごときが……、偉そうに異国の人の前に出てはなりません」


「マリアン、スチュワートさんは配信に出られないって。リスナーさんにそう伝えて」


「では、そのようにリスナー様に伝言をお願いします。わたくしはこれで失礼いたします」


スチュワートは困惑してドアを閉めた。

俺とセバスワルドはお互いの顔を見ながら、笑いをこらえていた。


マリアンは気を取り直して、画面に向かって話し始める。


「皆さまは、執事を見たいようですけど、さすがにその願いを叶えてあげることは出来ませんわ。たった今、本人から出演を辞退すると返事がございました。皆さまごめんなさいね」



“誰が出演依頼したの?”

“さっき、マネージャーの声がしなかったか”

“マネージャーって、モブだろ? モブが依頼したのか。

さすが、それを言われたら普通辞退するわ”

“しかし、執事が現れるなんて、【マリアンの部屋】じゃないと体験できないね”

“ほんまもんの執事、見たかったな”

“執事フラ、スリル満点だった”

“どうする? マリアン、またバズるかもよw”



「皆さまも、こんな経験をしながら配信していますの?わたくしだったら、執事フラが続いたら神経がすり減ってしまいますわ。別にバズるなんて期待してないんですの…少ししか」


少ししか? 結局、バズるのを期待してるんじゃん。



“あっw こうしてまた私たちの言葉を吸収していくのねww”

“これは、本格的に気を付けないといけないか?w”

“お嬢様なのにこの方向性でいいの?www”



コメント欄は笑いに包まれる。


リスナーさんとやり取りをしているこの時間は、俺にとってもマリアンにとっても、とても充実していた。

マリアンは本当に明るくなった。

いつまでもこの時間が続けばいいのにと、俺は心から願った。


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お読み頂き、ありがとうございます。

ここまでが、『第二章 リスナーさん最強説』でした。

次回からは、『第三章 人気配信クエスト企画』が始まります。


「面白いぞ、モブ!」

「続きが気になる、この先のマリアンを読みたい!」

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