第28話 定時のモブ

 今日も、いつものようにスマホのマップを使って瞬間移動をした。

そして、いつものようにギルドの受付嬢の前に、俺は現れる。


「あら、今日も定刻通りの出現ね。ワッパガー! 来たわよー、定時のモブが」


俺はオラエノ伯爵の家で、フットマンの仕事をしながら配信マネージャーをしている。

だから、クエストはどうしても定刻通りに来て、定時に帰ることを毎日繰り返していた。

そのうち、ギルドで働く人たちから『定時のモブ』という呼ばれ方が定着していた。


「おう、来たか、さっそく出かけるぞ。時間がもったいないからな」


ワッパガーは、俺の事情をよく知っていて、可能な限りクエストを俺に合わせてくれていた。


「いつもすみませんね、ワッパガーさん」


「不思議なものでよ。毎日同じ時間にお前が現れると、安心するんだよな。今日も一日が始まったなって。生活にリズムがついたせいか、体調も良くなったしな」


「何ですか、それ。朝ドラみたいじゃないですか」


「何だ、朝ドラって」


「いえ、なんでもないです。行きましょう、ワッパガーさん」


今日は東の森の探索で、ワッパガーさんが見せてくれたクエストのメモには、ウルフ討伐と書いてあった。


森を歩きながら、ワッパガーさんが俺に聞いて来た。


「毎日、毎日、定時に着て定時に帰るってな、笑っている奴もいるが、俺は大したもんだと感心している。どうしたら、そんなことができるんだ? 終わりそうにない仕事が来る場合だってあるだろうに」


「俺、ずるいんですよ。俺じゃなくてもできる仕事は、他の人に頼んじゃうんです」


「そうなのか」


「あとは、仕事の時間は全力で集中していますね。だから時間内に出来るんですけど、それだと自分が疲れちゃいます」


「だろうな。じゃあ、どうしているんだ」


「最初から、自分の目標は低くしています。俺はここまでしか出来ないだろうなーって」


「普通、目標は高く、夢は大きくじゃねえのか?」


「俺の場合は違います。ここまでやったら終わりって決めちゃうんです。そのかわりそれは毎日やるんですよ。目標設定が低い分、毎日続けられる。それが習慣化すれば、もう流れに乗るだけです。ね、たいしたことないでしょ」


「そんな働き方していて、楽しいか?」


「俺にはこれが合っているんじゃないですかね。しんどいなーと思っても、ギルドに行きさえしたらOKとか、テーブルクロスかけたらOKとか、笑っちゃうくらい自分に甘いんですよ、俺」


「そんなものでいいのか」


「あとは、流れに乗るだけです。人間の気合なんて、そんなに長続きしませんからね」


「お前、若いのに人生の達人みたいなこと言うんだな」


その時、

目の前を一角うさぎが走り抜けていった。


「あ、アルミラージだ。どうします? 駆逐しますか」


「一羽だけなら、ほっとけ。目的はウルフだ」


確かに一羽だけなら戦う相手ではない。




しばらく行くと、ワッパガーは立ち止まった。


「ここがウルフの湧いて来る場所だ」


「湧いて来る?」


「ああ、討伐しても時間が経つと、同じ場所から湧いて来るんだ」


「ゲームみたいっすね」


「ゲーム? バカヤロウ、これは本気の討伐だ」


そうだった。

ここは異世界だ。

おれは、元居た世界でゲームをやり倒していたから、ついゲームだと思ってしまう。

だって、モンスターの出現場所や特性が同じなんだもん。

ほら、来たぞ。


「俺が手本をみせてやる」


岩場の開けた場所に現れたウルフに向かって、ワッパガーが突入した。

ウルフは驚くほどの跳躍で、ワッパガーの攻撃をかわした。

着地したと同時に、くるりと回ってウルフは、ワッパガーに鉄拳を振り下ろす。

ワッパガーは、横に転がりながら鉄拳から逃げる。


ドン、ドン、ドン……


次の攻撃に移るためにウルフが一瞬攻撃をやめ、力を込めるために時間を費やしていた。

その間に、ワッパガーはもう一度剣で切り込みにかかった。

しかし、力を貯めこんだウルフは空中に飛びあがり、上からビームでワッパガーを狙った。

ワッパガーはウルフのビームを受け、気を失ってしまった。


俺は急いで気絶したワッパガーさんを岩陰まで運んで、攻撃されないよう安全確保した。


「ちょっと、時間内で終わらせたいんで、ここからは高速モードになりますよ」


俺はポケットからスマホを出し、Siriに「コンボ貯めておいて」と命令した。

俺のゲームの経験によれば、ウルフは空中から攻めてくるのが得意だったはず。

跳躍する機会を奪って、立て続けにこちらから攻撃の手を緩めないのがコツ。


「行くぜ」


ウルフに向かって、剣を振る速度をあげた。

とにかく、隙を与えない。

ウルフは跳躍するための時間の溜めを作ることが出来ずに、みるみる力が弱くなった。


すると、他にもう二匹のウルフが出現した。

それは、想定内。

複数を相手にすることを見越して、おれはSiriに命令しておいたのだ。


二匹のウルフに挟まれてしまうと不利だ。

右も左も注意しなければならない。

俺はわざと逃げ回るふりをして、走った。

振り向くと、ちょうど二匹のウルフは重なった。

今だ。


「Siri、コンボを発動しろ!」


俺の剣の一振りが十連発になった。

また一振りで十連発。

めんどくせーから、五回振った。これで五十連発だ。


ウルフは三匹とも消えて無くなった。


俺は、岩陰に休ませているワッパガーの元に走った。


「ワッパガーさん、大丈夫ですか?」


「あ、あぁ、気を失っていたようだ。そうだ、ウルフ! ウルフが居るからモブも隠れろ」


「ウルフ三匹、討伐しました。はい、これは、ウルフが消えた後に残して行った魔石です」


「モブ、お前一人で三匹やっつけたのか……」


「すみません、俺はこれでもう帰ります。帰り道、アルミラージに気を付けてください。集団でいたら、刺激しないで逃げてくださいよ」


「もうそんな時間か。モブこそ帰り道、気を付けろ」


「心配ないです。俺は瞬間移動しちゃうんで」


「何だそれは」


「うーん、どこでも扉みたいなもんです」


「ますます、わからん。この魔石でギルドで報酬をもらえるから、これはお前の物だ」


「時間が無いので、ワッパガーさんの報酬にしといてください。今日の講習代です」


俺は、ワッパガーさんから見えなくなる場所まで、森の中を駆けて行った。


「おーい、講習じゃないぞー! これは本気のクエストだぞー!」


ワッパガーさんが叫ぶ声を背中で聞きながら、俺はスマホを取り出し、マップを開き青い丸をタップした。

【瞬間移動】




気が付くと、俺の目の前にオラエノ伯爵が立っていた。


「フットマン、何か用か?」


え?

ここは、旦那様の部屋?

よく見ると、執事が旦那様の着替えを手伝っている最中だった。


「すみません。あの……」


「まあ、いい。執事がやる仕事をそこでよく見て勉強しなさい。君の将来に役立つだろう」


「フットマン、仕事の邪魔です。もう少しさがって見てくださいますか」


「しょ、……承知しました」


俺は、慌てて終着ポイントをまた間違えたらしい。


「フットマン、なんだか土埃の臭いがするぞ。どこに行っていたのかね」


オラエノ伯爵の言葉に、俺はドキッとした。

ヤバい。副業がばれる?

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