第25話 コラボ配信
「わたくしも、フットマンの異国の配信に参加したいですわ!! だって、セバスワルドもアルケナも同席しているのでしょう。わたくしが同席できないなんて、ずるーい。
昨日は、夕食後に配信とやらをしていたんでしょう? 今日も、夕食後に配信ですわよね。わたくしも参加します。ねぇ、フットマン、よろしいでしょう?」
ジレーナが俺の腕に絡みついてきた。
チラッとマリアンのほうを横目で見ると、あきらかに表情ががみるみる曇っていく。
ジレーナがウザい。
この腕を払いたい。
断りたい、断りたいが、旦那様の目が怖くて言えない。
ここで断ったら、セバスワルドも俺も当然ながらクビが飛ぶ。
ごめんよ、マリアン。
「しょ……承知しました」
「嬉しい! やっぱりフットマンは素敵な方だわ。最初にわたしが思った通り。
ねえ、お父様、よろしいでしょ。わたくしフットマンと一緒に、配信したーい」
「ジレーナがそんなに嬉しいのなら、そうしなさい。では、そういうことだ。頼んだぞ、セバスワルドも、フットマンも」
「「承知いたしました」」
マリアンは俺から顔をそむけて、食堂から走り去ってしまった。
オラエノ家の全員が去った食堂で、俺は後片付けをしていた。
マリアンの皿は、料理がほとんど手つかずのまま残っていた。
あいつは、今日も食べられなかったのか。
ため息をつきながら食器を下げていると、セバスワルドが椅子を動かしながら俺に近づいてきた。
「本当に、ジレーナお嬢様の配信をするのですか?」
「しかたがないよ。俺だって嫌だ。俺はマリアンの配信マネージャーであって、ジレーナとは契約していない」
「しかし、一緒に配信するとジレーナお嬢様がおっしゃったら、絶対に目的達成しないと、後が怖いですよ」
俺はしばらく考えていた。
何かいい方法はないものか。
「ん? ……ジレーナは一緒に配信って、言ったんだっけ」
「確かそう聞きましたが」
「ふうーん、なるほどね。ジレーナの部屋で配信するわけじゃないんだな。それなら、コラボすればいいんじゃね? マリアンは嫌がると思うが、問題はそこじゃない」
「なにか名案でも」
「俺に任せてください。セバスワルドさん」
*
夕食後の定時配信が近づいた。
俺とセバスワルドは階段を上っていた。
階段を上り切っていつものように左へ行こうとすると、セバスワルドが俺を引き留めた。
「そちらは、マリアンお嬢様の部屋ですよ。ジレーナお嬢様の部屋は右側。ほら、部屋の前にメイドのネッケナが待っているでしょう」
「そうなんだ」
俺はネッケナというメイドが立っている部屋へ向かった。
ネッケナは軽く頭を下げて、
「ジレーナお嬢様が、お部屋でお待ちでございます」
「ではジレーナお嬢様に、お部屋から出てくださいますようお伝えください」
メイドのネッケナは不思議そうな顔をしたが、俺の伝言を言うために部屋に入った。
しばらくすると、ジレーナがドアから姿を現した。
メイクもバッチリ、ドレスも赤に着替えていた。
「あら、わたくしの部屋に入ってよろしくてよ。さ、さ、遠慮なさらないで」
「いいえ、配信はいろいろと照明や撮る画角などの設定を、マリアンお嬢様の部屋に合わせてあります。マリアンお嬢様の部屋まで移動を願います」
「えー? なんでー? わたくしがお姉さまの部屋に行かなければなりませんの? それは嫌ですわ」
「それは残念ですね。それでは配信できませんから止めましょうか。配信アカウントを持っているのはマリアンですし、配信を見に来るリスナーさんは皆、マリアンだと思って見に来ますしね。ジレーナお嬢様は、一緒に配信したいとおっしゃいましたよね。俺はてっきり、コラボするのかと思っていました」
「こらぼ? 何ですのそれ」
「一緒に配信することです。俺は、マリアンの部屋じゃないと配信できないんです。お姉さまの部屋へ来ていただけますよね。配信に入りたいんですよね」
「まあ、そうよ。わかったわ、行きます。でも、言っときますけど、主役はわたくしですからね!」
「さぁ、それを決めるのは俺じゃなくて、リスナーさんだから」
「リスナーさんという偉い先生がいらっしゃるの?」
「そりゃあ、もう偉い方です。その方のお陰で配信が盛り上がるんですから」
「そ、そう。それならしょうがないわね。そのリスナー先生に、わたくしを紹介してくださるんでしょ?」
「もちろんです! 真っ先にご紹介します。そのためのコラボじゃないですか」
俺はジレーナを説得し、マリアンの部屋へと誘導することに成功した。
セバスワルドはまだ、不安そうに立っていた。
「マリアンお嬢様が、嫌がるのでは……」
「それも計算済みだ」
*
俺たちがマリアンの部屋を伺うと、案の定、けんもほろろに拒否された。
すると、ジレーナが、マリアンに向かって悪態をつきはじめた。
「いつも、お姉さまばかりで、ずるいですわ。リスナー先生を独り占めして。わたくしだって、リスナー先生から配信の事を教わりたいですわ。部屋に入れてくれなかったら、お父様に言います。よろしくて?」
ジレーナの言うリスナー先生という言葉に、はて? という顔をしてマリアンは部屋から姿を現した。
さっきまで泣いていたのか、マリアンの目は真っ赤だ。
そんなマリアンに、俺は耳元で囁いた。
「俺を信じろ。悪いようにはしない」
マリアンは、目だけではなく、みるみる耳まで赤くなった。
そして、俺たちを部屋に入れた。
「お姉さまの部屋って、相変わらず、つまんない部屋ですわね。で? どちらにいらっしゃいますの? リスナー先生は」
部屋を見回しながら、偉いリスナー先生を探すジレーナだった。
「いまから、配信をスタートします。そしたら、リスナーさんが現れますので、しばしお待ちを」
セバスワルドとアルケナは、俺とジレーナのやりとりを見て笑いをこらえている。
「あの、わたくし目が腫れていないかしら。メイク直しのお時間をいただきたいわ」
「ああ、そのままで。マリアンはそのままでいいんだよ」
俺はマリアンに大丈夫だと言うと、ジレーナがちょっかいを出してくる。
「よろしいんじゃない? お姉さまはそのままで。どうせ、メイクしたって変わらないわよ。時間がもったいないわ。さっさと始めてくださる?」
この棘、配信でいつまで隠すことができるかな、ジレーナ。
俺はスマホの配信アプリを起動し、【追尾】機能をONにした。
「じゃ、コラボ配信始めまーす。二人で仲良く中央に立ってくださーい」
姉妹は嫌々並んで、こっちを向いた。
俺はマネージャーとして冒頭のメッセージを入力し、送信待ちにしておいた。
「では、配信スタートします。3、2,1」
俺は0で無言のキューサインをして、メッセージを送信した。
“今夜も『マリアンの部屋』へ、ようこそ。
今回はマリアンの妹も参加の、コラボ配信です。妹さんとマリアンのコラボを聞いて、思ったことをなんでも結構です。正直にコメントを送ってください。
特に、スカッとするようなコメントをお待ちしています!!
マネージャーより”
マリアンはいつもの通り、カメラの前では笑顔でオープニングの挨拶を始めた。
「みなさまー、ごきげんよう。『マリアンの部屋』へようこそ!」
「誰に向かってしゃべっているの、お姉さまったら。気は確か?」
入室数があっという間に58アクセスになった。
「今日は、わたくしの妹のジレーナが隣にいまーす。みなさま、よろしくー」
「はぁ? 誰もいないじゃないの」
「ほら、ジレーナ。あそこのカメラにむかって、リスナーさんにご挨拶して」
「リスナーさん? あの小さな鏡の中にいらっしゃるの?」
「そうよ、ほらご挨拶を」
ジレーナは、スマホに向かって髪を直したり、ドレスの襟を直したりして、小さな咳ばらいをしてから挨拶をした。
「こんにちは! わたくしジレーナと申します。リスナーさん、ご覧になれていますかー?」
すると、コメント欄は暴走しはじめた。
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