第25話 コラボ配信

「わたくしも、フットマンの異国の配信に参加したいですわ!! だって、セバスワルドもアルケナも同席しているのでしょう。わたくしが同席できないなんて、ずるーい。

昨日は、夕食後に配信とやらをしていたんでしょう? 今日も、夕食後に配信ですわよね。わたくしも参加します。ねぇ、フットマン、よろしいでしょう?」


ジレーナが俺の腕に絡みついてきた。

チラッとマリアンのほうを横目で見ると、あきらかに表情ががみるみる曇っていく。

ジレーナがウザい。

この腕を払いたい。

断りたい、断りたいが、旦那様の目が怖くて言えない。

ここで断ったら、セバスワルドも俺も当然ながらクビが飛ぶ。

ごめんよ、マリアン。


「しょ……承知しました」


「嬉しい! やっぱりフットマンは素敵な方だわ。最初にわたしが思った通り。

ねえ、お父様、よろしいでしょ。わたくしフットマンと一緒に、配信したーい」


「ジレーナがそんなに嬉しいのなら、そうしなさい。では、そういうことだ。頼んだぞ、セバスワルドも、フットマンも」


「「承知いたしました」」


マリアンは俺から顔をそむけて、食堂から走り去ってしまった。




 オラエノ家の全員が去った食堂で、俺は後片付けをしていた。

マリアンの皿は、料理がほとんど手つかずのまま残っていた。

あいつは、今日も食べられなかったのか。

ため息をつきながら食器を下げていると、セバスワルドが椅子を動かしながら俺に近づいてきた。


「本当に、ジレーナお嬢様の配信をするのですか?」


「しかたがないよ。俺だって嫌だ。俺はマリアンの配信マネージャーであって、ジレーナとは契約していない」


「しかし、一緒に配信するとジレーナお嬢様がおっしゃったら、絶対に目的達成しないと、後が怖いですよ」


俺はしばらく考えていた。

何かいい方法はないものか。


「ん? ……ジレーナは一緒に配信って、言ったんだっけ」


「確かそう聞きましたが」


「ふうーん、なるほどね。ジレーナの部屋で配信するわけじゃないんだな。それなら、コラボすればいいんじゃね? マリアンは嫌がると思うが、問題はそこじゃない」


「なにか名案でも」


「俺に任せてください。セバスワルドさん」





 夕食後の定時配信が近づいた。

俺とセバスワルドは階段を上っていた。


階段を上り切っていつものように左へ行こうとすると、セバスワルドが俺を引き留めた。


「そちらは、マリアンお嬢様の部屋ですよ。ジレーナお嬢様の部屋は右側。ほら、部屋の前にメイドのネッケナが待っているでしょう」


「そうなんだ」


俺はネッケナというメイドが立っている部屋へ向かった。


ネッケナは軽く頭を下げて、


「ジレーナお嬢様が、お部屋でお待ちでございます」


「ではジレーナお嬢様に、お部屋から出てくださいますようお伝えください」


メイドのネッケナは不思議そうな顔をしたが、俺の伝言を言うために部屋に入った。

しばらくすると、ジレーナがドアから姿を現した。

メイクもバッチリ、ドレスも赤に着替えていた。


「あら、わたくしの部屋に入ってよろしくてよ。さ、さ、遠慮なさらないで」


「いいえ、配信はいろいろと照明や撮る画角などの設定を、マリアンお嬢様の部屋に合わせてあります。マリアンお嬢様の部屋まで移動を願います」


「えー? なんでー? わたくしがお姉さまの部屋に行かなければなりませんの? それは嫌ですわ」


「それは残念ですね。それでは配信できませんから止めましょうか。配信アカウントを持っているのはマリアンですし、配信を見に来るリスナーさんは皆、マリアンだと思って見に来ますしね。ジレーナお嬢様は、一緒に配信したいとおっしゃいましたよね。俺はてっきり、コラボするのかと思っていました」


「こらぼ? 何ですのそれ」


「一緒に配信することです。俺は、マリアンの部屋じゃないと配信できないんです。お姉さまの部屋へ来ていただけますよね。配信に入りたいんですよね」


「まあ、そうよ。わかったわ、行きます。でも、言っときますけど、主役はわたくしですからね!」


「さぁ、それを決めるのは俺じゃなくて、リスナーさんだから」


「リスナーさんという偉い先生がいらっしゃるの?」


「そりゃあ、もう偉い方です。その方のお陰で配信が盛り上がるんですから」


「そ、そう。それならしょうがないわね。そのリスナー先生に、わたくしを紹介してくださるんでしょ?」


「もちろんです! 真っ先にご紹介します。そのためのコラボじゃないですか」


俺はジレーナを説得し、マリアンの部屋へと誘導することに成功した。

セバスワルドはまだ、不安そうに立っていた。


「マリアンお嬢様が、嫌がるのでは……」


「それも計算済みだ」





 俺たちがマリアンの部屋を伺うと、案の定、けんもほろろに拒否された。

すると、ジレーナが、マリアンに向かって悪態をつきはじめた。


「いつも、お姉さまばかりで、ずるいですわ。リスナー先生を独り占めして。わたくしだって、リスナー先生から配信の事を教わりたいですわ。部屋に入れてくれなかったら、お父様に言います。よろしくて?」


ジレーナの言うリスナー先生という言葉に、はて? という顔をしてマリアンは部屋から姿を現した。

さっきまで泣いていたのか、マリアンの目は真っ赤だ。

そんなマリアンに、俺は耳元で囁いた。


「俺を信じろ。悪いようにはしない」


マリアンは、目だけではなく、みるみる耳まで赤くなった。

そして、俺たちを部屋に入れた。


「お姉さまの部屋って、相変わらず、つまんない部屋ですわね。で? どちらにいらっしゃいますの? リスナー先生は」


部屋を見回しながら、偉いリスナー先生を探すジレーナだった。


「いまから、配信をスタートします。そしたら、リスナーさんが現れますので、しばしお待ちを」


セバスワルドとアルケナは、俺とジレーナのやりとりを見て笑いをこらえている。


「あの、わたくし目が腫れていないかしら。メイク直しのお時間をいただきたいわ」


「ああ、そのままで。マリアンはそのままでいいんだよ」


俺はマリアンに大丈夫だと言うと、ジレーナがちょっかいを出してくる。


「よろしいんじゃない? お姉さまはそのままで。どうせ、メイクしたって変わらないわよ。時間がもったいないわ。さっさと始めてくださる?」


この棘、配信でいつまで隠すことができるかな、ジレーナ。

俺はスマホの配信アプリを起動し、【追尾】機能をONにした。


「じゃ、コラボ配信始めまーす。二人で仲良く中央に立ってくださーい」


姉妹は嫌々並んで、こっちを向いた。

俺はマネージャーとして冒頭のメッセージを入力し、送信待ちにしておいた。


「では、配信スタートします。3、2,1」


俺は0で無言のキューサインをして、メッセージを送信した。



“今夜も『マリアンの部屋』へ、ようこそ。

今回はマリアンの妹も参加の、コラボ配信です。妹さんとマリアンのコラボを聞いて、思ったことをなんでも結構です。正直にコメントを送ってください。

特に、スカッとするようなコメントをお待ちしています!!

 マネージャーより”



マリアンはいつもの通り、カメラの前では笑顔でオープニングの挨拶を始めた。


「みなさまー、ごきげんよう。『マリアンの部屋』へようこそ!」


「誰に向かってしゃべっているの、お姉さまったら。気は確か?」


入室数があっという間に58アクセスになった。


「今日は、わたくしの妹のジレーナが隣にいまーす。みなさま、よろしくー」


「はぁ? 誰もいないじゃないの」


「ほら、ジレーナ。あそこのカメラにむかって、リスナーさんにご挨拶して」


「リスナーさん? あの小さな鏡の中にいらっしゃるの?」


「そうよ、ほらご挨拶を」


ジレーナは、スマホに向かって髪を直したり、ドレスの襟を直したりして、小さな咳ばらいをしてから挨拶をした。


「こんにちは! わたくしジレーナと申します。リスナーさん、ご覧になれていますかー?」


すると、コメント欄は暴走しはじめた。

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