第23話 オラエノ家の食卓

「キャー――!」


メイドたちが俺を見て悲鳴をあげた。


お屋敷に瞬間移動で帰ってくると、俺はなぜかリネン室の洗濯物の中にいた。

突然、洗濯物の中から俺が出てきたものだから、メイドたちは驚きうろたえていた。


「すみません。間違えましたぁ」


急いで洗濯物をかき分け、リネン室の外に出た。

リネン室だからまだいいものの、これがメイドたちの部屋だったら変質者扱いされるところだ。

マップの青い丸が、屋敷の中のどこになるかわからないのは問題だな。

屋敷の外になるようにスマホのSiriにお願いしておこう。





 食堂でテーブルセッティングをしていると、セバスワルドが来た。


「モブさん、マントはどうしましたか」


「申し訳ございません。講習で破れてしまったので、今ギルドで直してもらっています」


「破れたとは、剣で?」


「本当に申し訳ございません!」


「モブさんが刺されなくてよかったです。マントは直せますが、命は落としたら終わりですからね」


「ご心配かけてすみません」


「いいえ、あなたが無事ならそれでいいです」


セバスワルドさんは神かよ。

俺は感謝しながら、テーブルセッティングを続けた。

すると、セバスワルドは俺にセッティングの指示をした。


「今日は、旦那様とジレーナお嬢様の他に、マリアンお嬢様の分もセッティングをお願いします」


「マリアンが食堂で食べるんですか?」


「はい、今日は気分がいいとのことです」


「それは、よかったですね」


俺はよかったと言いながら、内心では心配した。

あの父親と妹、一緒にテーブルに付いて大丈夫なのだろうか。

昨日、楽しく食事することを思い出したと言ってはいたが。






 先に夕食に来たのは、旦那様とジレーナだった。

マリアンはまだ食堂に姿を見せない。

旦那様はそんなことは気にも留めずに、食事を開始した。

ジレーナも姉のマリアンが来なくても関係ないという様子で、楽しくおしゃべりしはじめた。


「そうか、そうか、カルロ様はそんなにお前にぞっこんなのか」


「嫌ですわ、お父様。ぞっこんだなんて。フフフ…そうでしょうか。愛されているって幸せですわね」


そこへ、マリアンが食堂に姿を現した。

この楽しい会話が聞こえなかったはずがない。


「おお、マリアン。体調はもういいのか? あれからずっと部屋にこもりきりで心配してたぞ」


心配?

俺の知る限り、そんな雰囲気は微塵も感じなかったが。


「お父様、心配かけてごめんなさい」


まぁ実は、マリアンは元気だから、俺にとって別にどうでもいいのだが。

それにしても、ジレーナの視線が冷たすぎないか?


「あらぁ、お姉さま、無理なさってはいけませんわ」


そのセリフの裏は、まだ部屋に引きこもってなさいよという意味だな。


「あまり体調がすぐれないなら、マリアンを別荘に行かせて静養させようかと思っていたのじゃが、要らぬ心配だったかな」


と、旦那様は言った。

本気でそう思っているのか? だったら困る。

別荘に行ったらマリアンに会えなくなるじゃないか。

それだけは絶対にダメだ。

あれ? 俺は何でマリアンと会えなくなることにこんなに腹を立てているんだ?

マリアンって、そんなに大切な存在だっけ。

まさかな。


「お父様、ご心配ありがとうございます。でも、わたくしはいたって元気ですから」


そうだ、そうだ。マリアン、そこははっきりと断れ。

マリアンはそう言いながら、静かに食卓の椅子に座ろうとした。

俺は慌てて椅子を引いて、マリアンをサポートする。


「ホジネオノ様って、食べ物の好き嫌いが多いんですのよ、お父様」


お姉さまの体調を心配していたはずのジレーナは、ホジネオノ侯爵の話題にすぐ戻した。

この妹は頭が悪いのか。

いや、それだけじゃないだろう。

マリアンが座った席の目の前で、婚約者の話題を続けるのはわざとだ。

いったい、どこのお姉さまの体調を心配しているのやら。


「わたくしね、結婚式は豪華にしたいの。だって、ホジネオノ様はサットガ侯爵のご子息ですのよ? ちょっとぐらい豪華にしていいですわよね?」


「ちょっとぐらい? 思いっきり豪華にしなさい、ジレーナ」


無神経。

マリアンの前で結婚式の話をするこの親子。

マリアンだって、豪華絢爛な結婚式にするつもりだったろうに。

親が勝手に決めた婚約者とはいえ、マリアンは侯爵の子息との結婚式を楽しみにしていたはずだ。

……幸せになるはずだった。


「お姉さま、ごめんなさいね。急にお姉さまの『元』婚約者様が、わたくしと婚姻を結びたいとおっしゃってきて。お父様もわたくしも混乱しておりますのよ?」


と、夕食の最中にジレーナは『元』を強調して言い放った。

旦那様が混乱?

そうは見えなかったが。

旦那様は侯爵家と婚姻関係を結べればいいだけと俺には見えた。

結ばれる相手がマリアンだろうがジレーナだろうがどっちでもいいのだろう。

混乱なんてするはずがない……

この妹ジレーナはセリフ選びが下手くそすぎる。


そんなことを考えながら給仕をしているから、ついジレーナの前に皿を置くとき、乱暴に置いてしまった。

勢いでスープが少しこぼれた。


「モブさん、もう少し丁寧に」


俺はセバスワルドから注意された。


「申し訳ございません」


一瞬、ジレーナは俺を睨みつけたが、気にせずに再びおしゃべりを続けた。


「お姉さまはスリムな体形でしょう? だからお姉さま用にあつらえたウェディングドレスは、わたくしにはきついって言いましたのよ? だけど、着てみたらぜーんぜん余裕でしたの。あー、よかったわ。ドレスが無駄にならなくて。」


「何よ、私が太っているとでも言いたいの? 余裕でしたの。が気に入らないわ」


初めてマリアンは反撃に出た。

よほど、ウェディングドレスまで奪われたことが我慢できなかったのだろう。

それでも、ジレーナは知らんふりだ。

まるで、痛くも痒くもありませんとでもいうような態度。

こんな食卓、俺だったら耐えられない。

これじゃあ、マリアンにとって食事の時間が苦しくなるのは当然だ。


俺はだんだんマリアンが心配になってきた。

今日の夕食、野ウサギのローストと豆のスープ、そしてパン。

料理の全てをテーブルに並び終えた。

旦那様は、赤ワインをたしなみながら嬉しそうに言った。


「それにしても、まさか侯爵のご子息がジレーナと婚約してくれるとは、なんと喜ばしいことか。一時はどうなるかと思ったが……」


またそれを言う? マリアンの目の前で。

マリアン、言われっぱなしでいいのか?

本当の君は、もっと強いはずだ。

俺は知っているぞ。


俺の心が通じたのか、再びマリアンは反撃に出た。


「女の価値って何で決まるのかしら?」


ええ! そこから議論するの?

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