第22話 フットマンのマントは誇りだ
使用人部屋はボーイたちと相部屋だ。
早朝、顔を洗っていると、ボーイのファーストに小声で話しかけられた。
「おはよう。モブさん、ゆうべ遅くまでベッドの中で何してたん?」
「え、俺なにか怪しい動きしてたかな」
「何? 怪しい動きって」
「あー、いやー、お前らだって秘密にしたいことぐらいあるだろ?」
「さあ、光を見ながらニタニタするようなことはないけどな」
「あ、ああ、それ、それね。ああ、悪かった。光が眩しかったか?」
「なんだか、モブさんは魔術師みたいでこわかったっす。光を見て笑っているんだもの」
「俺、笑ってた?」
「うん、凄くキモかった」
「そっか。えーっと、何ていうか。異国の機械で、マリアンお嬢様への教材を作成していたんだ。仕事だよ、仕事」
「ずいぶんと楽しそうだったけど」
「仕事はどんな仕事でも、楽しくやらないとな。同じやるなら、楽しんだもの勝ちだ」
「なるほど、いいこと言うなぁ。勉強になります!」
使用人部屋のドアの隙間から、セバスワルドが俺を呼んでいるのが見えた。
「じゃ、ファースト、またあとでな」
俺は、スマホのことをうまく誤魔化して、使用人部屋を出た。
セバスワルドは、何か洋服のような物を持って立っていた。
「おはようございます、セバスワルドさん。昨夜は申し訳ございませんでした」
「いいえ、それはいいのです。もし、よかったらこのタキシード、わたくしのお古なのですが着ませんか? その、ギルドと行ったり来たりで毎日の着替えが大変でしょう。これは、わたくしがフットマンのなりたてのときのタキシードです。時代遅れのデザインですが、こっちの方が動きやすいと思います。ズボンの丈が短めに仕立てていますから、この白いソックスを履いてください。タイツではありませんから、これなら大丈夫でしょう」
「そんな、いただけませんよ。だって、既に二着もらっているじゃないですか」
「これは、昨日のお月見バーガーのお礼です」
「それは、俺じゃないです。お礼ならお嬢様に」
「いいえ、お嬢様が嬉しそうに食事している姿を見て、わたくしも嬉しかったのです。この服は流行おくれのデザインですが、初心者講習を受けてから、そのままお屋敷でも着られる活動的な服です。ぜひ受け取ってください」
「セバスワルドさん……俺こそ、感謝します!」
「一昔前のデザインですよ。マント付きの」
「そんなに念を押すほど、変なのですか」
「でも、たぶん勇者なら大丈夫かと……」
セバスワルドはそう言って服を渡すと、すぐさまその場を去った。
そんなに変な服なのか。
早速、その服に着替えてみる。
言われた通りに白いハイソックスを履いて……ズボンはひざ下までしかない。
シャツは袖がゆったりしていて、動きやすそうだ。
マントを羽織ると、なるほど……。
アニメでよく見る、中世ヨーロッパの王子様のようなシルエットだ。
だが、色が黒だからタキシードといえばそうなのかもしれない。
これなら、着替えなくても大丈夫と言うのなら助かる。
よし、今日はこれで行く。
朝の給仕を終えて、屋敷から急いで出た。
エントランスを突っ走って外へ向かう。
今日もマリアンは窓からこの様子をみているのかな。
走りながら、考えた。
このまま走っていくよりも、スマホを使えば移動できたりしないかな。
たとえば、マップを使って目的地まで瞬間移動とか。
ダメもとでやってみよう。
スマホのロックを解除。
「ヘイ、Siri。瞬間移動したい。昨日行ったギルドまで」
「ゴーグルマップを開きます。……現在地は赤い丸、目的地のギルドを青い丸で表示しました。こちらでよろしいですか?」
「マップを見ても、よくわからないや。青い丸は昨日行ったギルドか?」
「はい、そうです」
「じゃ、それで瞬間移動」
「青い丸をタップしてください」
これでもし違ったら……、その時はその時だ。
俺は青い丸をタップした。
*
気が付くと、俺はギルドの受付の前に立っていた。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」
昨日の、可愛い受付嬢が目の前にいた。
瞬間移動が成功したんだ。
「初心者講習で、ワッパガーさんを予約してあるモブです」
「ああ、昨日の……、ワッパガーさーん、来ましたよぉ! お待ちかねの講習生が」
事務所の奥から、ワッパガーが現れた。
「おう、来たか。期待の新人、待っていたぞ。さっそく講習を始める。こっちへ来い」
*
カン、カン、カン、カン…、
振りかかるワッパガーの剣を全て、剣で受け止めた。
ここまではなんとか昨日もできた。
問題はどうやって、反撃に出るかだ。
入り込みたくても、今日のワッパガーはかなり本気で、最初から隙を全く見せてくれない。
ワッパガーは渾身の力で剣を振り下ろす。
ビュッ!
風切る剣を必死に受け止めたが、あまりの衝撃で剣を握る手に痺れが起きる。
それで、思わず剣を手放してしまった。
カラン
俺の手から剣が地面に転がり落ちた。
「おい、これで終わりじゃないだろ。剣が無くなったとしても、戦いは続くんだぞ」
ワッパガーは突き出した剣を真横に振った。
俺は低くかがみ込んで剣をかわし、地面に生えていた小さなライラックの木を引き抜き、ワッパガーに叩きつけた。
が、ワッパガーの剣先は幹をスパっと切断。
飛び散った土が視界を遮った。
「入ります!」
俺の蹴りがワッパガーの腰に入った。
「うっ」
ワッパガーはバランスを崩して地面に転がった。
と思ったが、そのまま勢いをつけて前転してから、膝をついて着地した。
青紫のライラックが花吹雪のように舞い落ちて、視界を遮るものが無くなると、ワッパガーの剣はふたたび弾丸のように飛んで来た。
剣の切っ先は空気を貫き、俺の体を捕えた。
間一髪、突き刺したのは俺のマントだった。
「くっそ、はずれか」
ワッパガーは、悔しそうに言った。
俺はマントを肩から外して笑った。
「こっちは、当たりだ」
俺の飛び蹴りがもう一度ワッパガーの腰を打ち抜いた。
落した剣を素早く拾って、ワッパガーの喉元に突きつける。
「俺のマントを破くな!」
「う、悪かった。俺の負けだ」
「このマントはフットマンの誇りなんだ。修復してもらうからな」
「わ、わかった。わかったから、もう剣を納めてくれ」
俺は剣を納め、マントが落ちている所まで歩いて拾い上げた。
マントに付いた土誇りを払い、ゆっくりとワッパガーの前まで戻った。
「すみませーん。これ、師匠からもらったばかりなので、ついカーっとなっちゃって」
「ギルドに裁縫が得意な者がいる。ちゃんと直すから勘弁してほしい」
「きれいに直してくださいよ。もう時間なので俺は帰りますが、明日マントを取りに来ます」
「そうか。でもな、明日来てもお前に教えることはもう何もない。ひとりでクエスト受けな」
「えーーー! 困りますよ。一緒にクエストに行くことが講習代だと、言ったじゃないですか」
「それは言ったが、本当に行くか? お前は制限時間があるんだろう。大丈夫かよ」
「時間内に片付ければいいじゃん。行きましょうよ、ワッパガーさん」
「もう、怒ってないのか?」
「直してくれるんでしょう? 俺のマント。だったら問題ない」
「よし、明日までに必ず、きれいにマントは直す。一緒に、クエストに行こう」
「あざーっす!」
「あと一つだけいいかな。中年の腰を狙うのはやめて欲しい。日ごろから腰痛に悩んでいるのだ」
「それは知りませんでした。申し訳ございません」
さて、明日の予定まで組めたことだし、今日はもう瞬間移動でお屋敷に帰るぞ。
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