第16話 俺のギルド登録 

 朝早く、身支度を整えたら屋敷内の掃除にかかる。

とは言ってもメイドが掃除してくれるから、俺は家具の移動などの力仕事がメイン。

この屋敷のご主人、つまりマリアンのお父様と妹は、まだサットガ侯爵邸からお戻りではない。

だから、今朝の朝食を召し上がるのはマリアンひとりだけだった。


俺の後ろにはセバスワルドが付いて、食事の給仕にミスしないようサポートしてくれる。


「うふ、既に一人前のフットマンに見えますわよ。セバスワルドの教え方がいいのね」


「いいえ、モブさんの物覚えがいいからでございます」


「あら、そうですの?」


俺は褒められたのが照れくさくて、つい荒い口調になってしまった。


「さっさと食ってくれ。俺はギルドに行きたいんだ」


「モブさん、言葉使いに気を付けてください」


「わたくしは平気よ、セバスワルド。お父様も妹もいない今だけしか、彼のこの喋り方が聞けないのなら、むしろこのままでいて欲しいくらいよ」


「しかし、そういうわけには……」


「セバスワルド、早めに彼をギルドへ連れて行ってちょうだい」


「承知いたしました」



 朝食の片付けが済むと、さっさとタキシードから普段着に着替える。

普段着もセバスワルドのお古をもらった。

ファミレスの制服では目立ちすぎるからという理由だ。確かに。


「ありがとうございます。セバスワルドさんの普段着まで」


「お礼は結構です。ただ、タキシード姿でギルドに行ってほしくないからです。ギルドから帰ったら、自分でタキシードに着替えてください」



相変わらずクールな副執事に礼を言うと、俺は屋敷から出て馬車に乗り込んだ。

昨日の立派な馬車とは違い、セバスワルドが御者を務める小さな馬車だった。


「一人用の馬車まで、用意してもらってすみません。セバスワルドさん」


「全てお嬢様からの計らいです。使用人がギルドへ行くことを他の者に知られたくないですから。最初の一日だけ同行しますが、明日からはご自分で行ってください」


「自分でって、俺、馬車なんか運転できないよ」


「ギルドへの行き帰りは走ってください。その方が鍛錬にもなるでしょう」


「走る……のか」



 馬車は、ギルドの周辺の馬車置き場に止まった。

ここからは、俺の冒険の始まりだ。

さあ、行くぞ、ギルド登録。

俺は、馬車から颯爽と降り立って、ギルドへ向かって駆け出した。


「あ、モブさん、お待ちください。あ、ああ、行ってしまった……」


セバスワルドに呼び止められた気がしたが、俺のはやる気持ちは止められなかった。




 ギルドの受付窓口は三つ。

どこへ行けばいいのか迷う。

とりあえず、一番可愛い受付嬢の窓口を選んだ。


「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」


「あの、ここに新規登録したいんですけど」


「新規登録ですね。文字は書けますか?」


文字? 日本語でもいいのだろうか。うううう、悩む。

あ、そういえば、マリアンはリスナーからのコメントを読めていたから日本語OKかもしれない。


「はい」


「では、こちらの登録用紙にご記入お願いします」


受付嬢から渡された用紙には、名前の他に生年月日や職業、住所などの欄がある。

職業? 住所? こんなことまで書くのか。

俺みたいに異世界転移してきた人は他にいないのかな。

みんな、どうしているのだろう。

俺が頭を抱えて悩んでいると、受付嬢は言った。


「苗字は無ければ無くてもかまいません。貴族でもない限り、普通は持っていませんから。それから、職業はたいていみなさんゴロツキですから、書かなくても大丈夫です。住所も、大抵の方は不定ですからそれも空欄で」


「なんだ。結局、名前と生年月日だけか」


「生年月日も定かでなければ……」


「ああ、わかりました。もう説明しなくても大丈夫です」


俺の名前は…名前は…、

また呼びにくいとか言われるのも嫌だから、もうモブでいいや。

自分で納得するのは嫌だけど、もうモブで定着しちゃっても構わない。


「はい、では登録手数料をいただきます」


「お金かかるんですか?」


「はい、銀貨5枚になります」


受付嬢はにこやかに答えた。

なんとお金がかかるとは知らなかった。どこのギルドもそうなのか。

もっと安いギルドはどこですかと聞いてみるか。いや、安くても俺は払えない。

たとえ安いギルドに登録するとしても、お屋敷から遠ければ通うことすらできない。


詰んだ。


そこへ、目の前に銀貨5枚を置いた男がいた。

見ると、それはセバスワルドだった。


「登録手数料がかかりますよと言おうとしたら、走って行ってしまわれたので、追いかけて来ました」


セバスワルドは肩で息をしながら、ハンカチで額の汗を拭った。


「セバスワルドさん、すみません。このお金は?」


「お給金の前払いです。来月分からしっかり引かせてもらいますから」


「ありがとうございます。助かります」


受付嬢は微笑みながら、銀貨を皿に移すと


「では、よろしいでしょうか? ただいま、登録カードを発行しますのでしばらくお待ちください」




俺とセバスワルドは受付窓口から離れて、掲示板を見ていた。

初心者用に薬草採取や、橋の改修工事などのクエストが掲示板に貼られている。

初心者用のクエストの右側には、スライム、ゴブリン、などのモンスター討伐もある。

上級者用でドラゴンか。

ここまで行かないとクリスタルは取り戻せないということだな。

長い道のりになりそうだ。


「セバスワルドさん、先ほどはどうもありがとうございました。

もう俺一人で大丈夫ですよ」


「初日は、ちゃんとモブさんに付き添って無事にお屋敷に連れ帰ってくることと、お嬢様の命令ですから」


「そんなことまで命令したのか、あいつ」


「あいつではありません。お嬢様です」


「あ、お嬢様ってやつは」


「やつは余計です」




「モブ様、大変お待たせいたしましたー」


受付嬢の声がして、窓口に行った。


「こちらが登録カードです」


白いカードには、

モブ 22/12 ランク ー


「あのランクが無いんですけど」


「初心者ですから、まだランクは表示されません。そのかわり、左上にBとあるとおもいます。ビギナーのBです」


「なるほど」


「手続きは以上です。なにかご質問はありますか?」


「あの、初心者向けの講習を受けたいのですけど、お金かかりますか?」


「有料講習と無料講習がございます。有料は専門講師による講習でご予約が必要です。無料講習でしたら、その日たまたま手が空いた冒険者が暇つぶしに講習します。

どちらをご希望しますか?」


セバスワルドは「もう払えません」という意味で俺に首を横に振っている。


「あの、暇つぶしの方でお願いします」


「はい、あ、ちょうどいいタイミングで手の空いた冒険者が居るようです。運がいいですね、剣術のプロですよ。彼にお願いしましょうか」


「剣術のプロ! ぜひともその方でお願いします」


「はい」


受付嬢はニコリと微笑んで、事務所の奥へ確認しに行った。

受付嬢がいなくなった隙に、セバスワルドは俺に確認してきた。


「大丈夫ですか? モブさんは剣術の経験はございますか?」


「全くない」


「!!……勇敢と言うか…怖いもの知らずというか…もし、何かあったらお嬢様になんて言い訳をしたら」


「心配するより、行動した方が早い」



しばらくすると、事務所の横から逞しいおっさんが顔を出した。


「初心者講習希望のモブさん、こちらへどうぞ」

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