第17話 初心者講習
暇つぶし冒険者の無料講習として、たまたまギルドで暇していたのは、おっさん冒険者だった。
歳はアラフォーか。
「まずは簡単な自己紹介だな。俺はワッパガーだ。剣術を得意としている。以上だ」
え? それだけ? 自己紹介が本当に簡単すぎる。
俺もそんな感じでいいのかな。
「俺はモブです。初心者です。よろしくお願いします」
「ふむ……、で?」
で? だと? もっと続けろという意味か。
足りなかったのか? おっさんに習って簡単にしたんだけど。
「えっとー、好きな食べ物はハンバーグで……」
「違う、違う! そこの保護者の方だよ。あんたも一緒に講習受けるのか?」
ワッパガーが指さしたのは、俺の後ろで控えていたセバスワルドの方だった。
俺は、慌ててセバスワルドに言った。
「セバスワルドさん! どうしてここまで付いて来たんですか。もう帰っていいですよ」
「いいえ、帰る訳にはまいりません。それに、体が勝手に後ろに控えている癖がついておりまして……」
「保護者の方は、見学ですかい?」
「はい、わたくしはこちらで拝見させていただきます」
「ん? 初心者に保護者が付いて来たのかと思ったが、よく見ると違うな。あんた、執事か」
「いいえ、いいえ、けっ、決してそのような者ではございません」
あきらかに動揺して汗を流しているセバスワルドだった。
あれでは、正体がバレバレだ。
「まあ、いいだろう。執事を連れて来るなんて、どういう事情があるか知らねーが、剣術に身分は関係ないからな。さっそくだが始めるぞ!」
「はいっ!」
「まずは構えだ!」
あ、構えって、……俺は剣を持っていないことに気が付いた。
「あれ? 剣が無い。そういえば、持っていなかったんだ」
「おーい、初心者以前の問題じゃねえか。ふざけるな!」
「すみません。では、素手で行きます」
「はぁ? 俺の剣を素手で止められると思っているのか。ふん、おもしれえ。やれるもんなら、やってみな!」
ワッパガーは剣を構え、思いっきり剣で振りかぶって来た。
俺は体をひねり、ワッパガーの脇を狙って即座に踏み出した。
ワッパガーと体がすれ違う瞬間に、脇を拳で殴りこむ。
ワッパガーは「うっ」と一瞬うめき声をあげたが、すぐに態勢を元に戻した。
「なんだ、小僧。そんなもんで俺が倒せると思ったか。次は本気で行くぞ」
ワッパガーがそう言い終わるか終わらないうちに、俺はもう一発と踏み込みかけたとき、
ヒュッ
風圧が耳をかすめ、俺は反射的に身を引いた。
俺の鼻先をかすめた剣は、地面に突き刺さった。
恐っ!! 鼻が切り落とされるところだった。
「すみません。ちょっとタイムを要求します!」
「ふっ、小僧。お前なかなか身軽な奴だな。いいだろう。一回休憩だ」
このままでは初心者講習で殺されてしまうかもしれない。
専門講師じゃないから無料って、こういう意味だったのか。
マズい。
なんとか剣を手に入れたい。
俺はスマホを取り出して、通販サイトアプリを開き、剣を探した。
いやいや、銃刀法が厳しい日本で、武器なんか売っているわけない。
俺は女神ジョイに恨み言を言った。
(ここで俺が死んだら、また異世界召喚所に行って、あんたのミスを告発してやるからな)
すると、Siriが起動した。
「何かお困りですか」
「剣が欲しい」
「剣ですね。検索結果はこちらです」
「じゃなくて、ここに実物の剣を出して」
セバスワルドが、心配して駆け寄って来た。
「モブさん、今日の所は帰りましょう。帰りに鍛冶屋へ行って剣を購入してからまた来ましょう。給金前払いになりますが」
悔しいが、セバスワルドの言う通りかもしれない。
しかたがない、今日の講習はあきらめるか。
「おーい、休憩はそろそろ終わるが、どうする? 続けるか?」
「……」
「どうした、小僧」
いつの間にか、俺の手には剣が握られていた。
スマホに俺の願いが通じたようだ。
「剣。ありました。もう一度、手合わせお願いします」
「なんだ、剣があったのか。さっきのは、余興か? 余興をかますなどふざけたガキだぜ。さっさと講習を終わらせて、酒飲みに行かせてもらうよ。ガキのお遊びはここまでだ」
ワッパガーが振り下ろした剣を、不思議と俺の剣は先読みしてはじき返した。
「ん? なんだ、今のは偶然か」
今度は続けざまに、ワッパガーの剣が振りかかって来る。
その動きを全て読んで、俺の剣は受け止める。
カキン、カキン、カキン……
この剣にはスキル【追尾】機能があるのかもしれない。
しかし、【追尾】で受け止めるだけでは、攻撃に転じることはできない。
あいかわらず受け身ばかりで、俺の体力はだんだん消耗していく。
ワッパガーの剣を受け止め攻撃に転じるには、それなりの力量がないと、もう無理だ。
俺の体力が限界に近づいた頃、スッと頬をワッパガーの剣がかすった。
「小僧、終わりだ」
俺の心臓の前で、ワッパガーの剣は寸止めされた。
俺はヘナヘナと腰が抜けてその場に座り込んだ。
「俺は初心者講習をすることはめったにないんだが、小僧は運がいいぞ。お前はなかなか見込みがある。次回の予約をとってやろう。今日はここまでだ」
あぁ、命だけは助かった。
「ありがとうございます」
立ってお礼を言いたくても、腰が抜けて立ち上がることができなかった。
「ほら」
ワッパガーに手を貸してもらい、なんとか立ち上がった。
こんな姿をマリアンに見られなくてよかった。
「執事まで連れてきて事情がありそうなのに、お前よくやったな。気に入った。特別に俺がお前の稽古つけてやる。専任コーチだ。ただし、タダではない」
「ごめんなさい、俺本当にお金が無いんです」
「執事までいるのに、か」
「この方は、俺の執事じゃありません。この方は俺の……師匠です」
「何だよ、主従関係が逆なのか。おもしれー関係なんだな」
セバスワルドは、師匠と呼ばれて否定するかと思ったが、それは違った。
「わたくし……、師匠というんですか、まあ、そのような関係で間違いございません。わたくしがこの少年の雇用を決めましたから」
「そうか。俺の言うタダじゃないというのは料金のことじゃない。俺と一緒にクエストを受け、モンスター討伐に出てもらうという意味だ」
「え、いいんですか? ご一緒しても」
「ああ、そこでモンスター討伐のコツも教えてやる」
「やったー!」
喜ぶ俺を制して、セバスワルドは口を開いた。
「失礼ですが、わたくしから一言だけお願いがございます。よろしいでしょうか」
「なんだ、言ってみろ」
「彼の本業は、わたくし共の仕事です。本業に支障が無いように、時間厳守でお願いしたいのですが」
「なんだそりゃ。そんな要望を出す冒険者なんて聞いたこともないぞ」
「俺、ワッパガーさんの迷惑にならないようにやります! 時間内で仕事終わらせるのは、バイトのときから得意なんです」
「なんだか、おもしれーやつだな。ますます興味がわいた。よし、その要望聞いてやろう。ただし、戦いは本気でいくぞ。いいな」
「はい、ありがとうございます!」
*
ギルドから戻る馬車に揺られながら考えた。
この長い道のりを走って往復するのか。
鍛錬になるとセバスワルドは言っていたが、なかなか厳しい道のりだぞ。
そんなことを考えていると、セバスワルドに話しかけられた。
「モブさん、お屋敷に戻ったら速攻でタキシードに着替えてください。旦那様とレジーナお嬢様がお戻りかもしれません。すぐにフットマンの仕事に戻っていただかないと、マリアンお嬢様にご迷惑をおかけすることになります」
そうだった。
俺はオラエノ伯爵に、まだお会いしていない。
本業のボスに、まだ面会もしていなかった。
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