第15話 (再掲)切り忘れたのは俺です
これから俺の賄い食だというのに、このタイミングで俺を呼び出すなんて、まったくもって気まぐれお嬢様だな。
俺はセバスワルドの後ろに付きながら、廊下を歩いていた。
「今から配信するんですか? 今日はもういいんじゃないんですか?」
「配信ではないと思います」
「じゃ、何の用だろう」
「それは、お嬢様から直接お聞きください」
セバスワルドに導かれて、俺は廊下から中庭に出た。
「部屋に行くんじゃないですか」
「わたくしは、ここで失礼いたします」
「え、待って。マリアンはどこにいるんですか」
「あちらのガゼボでお待ちでございます。では…」
こんな夜に、女の子と二人きりで外で待ち合わせしていいのか。
しかも、セバスワルドは行ってしまうし……
俺が煩悩に負けたらどうするつもりだ。
そうなってしまったら、俺は速攻クビになるんじゃないのか?
とりあえず、ガゼボへ行くか。
平常心、平常心だ。
ガゼボの中には、マリアンが一人で待っていた。
メイドも付けないで、こんな暗い所でずっと待っていたのか。
「何の用? 俺忙しいんだけど」
心のドキドキとは裏腹に、
俺の口は、勝手に生意気な言い方をしてしまう。
「やだ、ドキドキしながら待っていて損したわ。その口のきき方は何? わたしのドキドキを返してちょうだい」
「知らねーよ。忙しいのに呼び出して、勝手にドキドキとか意味わかんねーし」
「忙しいことってなんですの? 今日、使用人になったばかりで」
「飯だけど? あんた、シチュー大盛りで、黒パン二枚つけるって言ったじゃないか。こんなにあったら大忙しだろ」
「呆れた。本当にお腹が空いた犬だったのね」
「だから、早く用件を言えよ」
「あの……配信していたら、リスナーの皆さまからアイコンないねとか、プロフィールないね、とか言われたので、作っていただきたいのですが…できますか?」
なんだ、愛の告白じゃないのか。
少しでも期待した俺がバカだった。
こんな態度しかとれない俺だが、実は煩悩と戦っていたんだからな。
「そんなことで呼んだのか? 俺の飯の時間に? だるっ! 面倒くさっ!」
つい、男友達にでも言うような口調で返してしまった。
しかし、マリアンは動揺も悲観もしない。
「あのね、いい知らせがございましてよ。お父様と妹は、今夜サットガ侯爵邸にお泊りだそうです。ですから、今日の夕食、お父様と妹の分が不要になります。ということは、あなたの態度次第では、食べ放題になると思いますの」
何! 食べ放題。
それなら、ボーイたちにもお腹いっぱい食わすことが出来るじゃないか。
俺の態度次第ってところが、気にはなるが。
そいう朗報は早く言ってくれ。
「わかった」
俺は、内心では大喜びながら、わざと面倒くさそうに、胸ポケットからスマホを出した。
……! スマホの画面を見て俺は青ざめた。
ここで、マリアンが動揺しないように、そっとマリアンを引き寄せて耳元でささやいた。
「悪い、驚かないでくれ」
マリアンは小さく「キャッ」と言って驚き、俺の腕の中で震えている。
「いいか、落ち着いて聞け。……実は配信中になってる」
マリアンは俺の顔を見て
「え?」
と声を上げてしまった。
いつからだ。
いつから配信を切り忘れていたんだ。
マリアンの部屋では、配信終了をきちんと確認したはずだ。
あと、スマホをいじっていたのは……、あ、使用人部屋だ。
配信画面を眺めながら、どうやってトップに入り込むか考えていた。
そのとき、ボーイに食事だと声をかけられて、慌てて胸ポケットにしまった。
まさか、まさか、あのボーイたちの裏話をすべて配信してしまったのか。
俺としたことが!
後悔しながら、嘘であってほしいともう一度、スマホの画面を見る。
おおおおおお、なんてこった。
次から次へとコメントが流れていく画面が目に入る。
入室者が百人を超えていた。
「ありえない。配信を始めたのは今日だよな? もう入室者が百人超えかよ」
「百人超えって、そんな凄いことですの?」
“初心者なら多くて十人とかじゃないかな?”
“初日で百人はすごすぎだと思うよー”
“使用人たちの裏話、おもしろかった!!”
“部室のおしゃべりみたいだったよね”
“配信マネージャーさんの声ってイケボです”
“渋いおじ様の声は執事かしら? ドストライクすぎて///”
“マネージャーもたいがいツンデレだよな”
“さっき、マリアンを引っ張った人ってマネージャーでしょ?”
“え! 何それ気が付かなかった、何してたの? まさかキス……とか?”
“リア充爆発しろ!”
配信が切れておらず、今までのことはダダ漏れだった様子。
それでも、ポケットに入れておいて音声のみで助かった。
もし、これで顔バレしていたら…、想像すると恐ろしい。
「嫌ですわ。何をぼーっとコメント読んでいますの! 切らなくてもいいの?」
「あんただって、読んでるじゃないか」
などと言い争いしている声も全て入っている。
“けんかはやめて~♪ 二人を止めて~♪”
“それ何かの曲?”
“あー誰かがカバーしてたの聴いたことあるー”
“状況がカオスすぎてww”
“めっちゃ、おもろいなこの配信w”
“こちらが異世界人と喧嘩する転移者の配信ですww”
この状況はまずい!
すぐに配信終了しないと!
バツボタンを押して
今度は間違いなく確認画面で同意!
無事に配信を…終了。
ふぅ~
いや、もうすでに無事ではない。
俺のミスだ。
マリアンに八つ当たりするのはお門違い。
「やっちまった。悪かったな」
「そんなに悪い事なんでしょうか」
ネット社会をご存じないお嬢様でよかったのか、いや悪かったのか。
「とにかく、さっさと頼まれたことを片付けるから……」
俺は配信アプリのプロフィール設定画面を開き、無言で入力し続けた。
「まさか、配信できないようにしているとかじゃないでしょうね。それだけはやめてちょうだい!」
「そんなことしねーよ。えーっと、アイコンはこれで、プロフは……これでいいか。はい、終わりました!」
俺は、マリアンに配信プロフィール画面を見せた。
「丸く切り取られた可愛い女の子の絵が、アイコンになっていますけど?
誰ですのこれ? どこからこんなかわいい女の子の絵が出てきたのよ。一体、どこの女!?」
さっきのさっきまで、配信が出来なくなるかもとビクビクしていたのに、マリアンはアイコンを見ると、ムッとなって追及してきた。
「そ、それは、俺が好きなゲームキャラクターだ。なんか、あんたに似てるからさ」
「この子が私に似ている? あなたにはわたくしがこんな可愛く映ってますの?」
急にモジモジしはじめたマリアン。
ヤバい、照れるこいつが可愛い過ぎる。
「じゃ、まだ飯の途中だから、これで!」
このままマリアンのそばにいたら、俺がなんとかなりそうで、気持ちを読まれないように背を向けた。
「まあ、わたくしよりも夕食のほうが大事なのかしら」
それには答えずに、俺はガゼボから廊下へと駆けていった。
「ちょっと、お待ちください! プロフィールは書いてくれたのかしら? それと、げぇむきゃらくたぁって何ですのー?」
マリアンは叫んでいたが、俺は聞こえないふりをした。
プロフィールは読めばわかるだろう。
俺の好きなゲームキャラのアイコンの下にはこう書いておいた。
『見た目だけはかわいい異世界の令嬢』
『だけ』だからな、『だけ』!
この配信切り忘れ事件があってから、結果、マリアンの配信はバズった。
マリアンは人気配信者への道を昇りはじめるのかもしれない。
だが、想定外の出来事も……、
まさか、配信マネージャーの俺まで人気が出るとは……
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先日、間違えて先行投稿してしまった第15話です💦
若干、言い回しや表現を修正しております。
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と思ってくださった方はブックマークや
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【サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない】👇
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