第12話 スマホのスキル、発動

「あの、お姫様ではございませんわ。わたくしは、オラエノ伯爵の娘、マリアン・オラエノでーす!」



“は? この子大丈夫?”

“演技の練習かな?なりきってるねぇw”

“ウケるww”

“マリアンお嬢様って?w”

“ワロタンゴwwww”



「なんだか信じてもらえてないようですわね。なぜかしら?」


現代人のいじりですらマリアンには効かない。

よかった、意味が通じなくて。


「それにしても、なかなかスマホをちゃんと置けませんわね」


マリアンは、分厚い本を三冊重ねて、そこにスマホを立て掛けようとしていたが、滑って上手くいかないようだ。

その状態で、さらにカメラにちょうどよく顔が収まる距離や角度を探すのは、

とてつもなく難しいだろう。

そうして何度もスマホを机にパタパタ倒していると、見ている人からアドバイスが届いた。



“前にも何か置くといいよ”

“マジで何も知らないなんて、本当にお嬢様なんだなw”



ついに見かねて、リスナーがマリアンを助け始めた。

マリアンが困っているのに、俺はこうして傍観していていいのか。

俺は、マリアンに近づいてそっとスマホを持ち上げてやった。

これで、画角があっていると思うが……

すると、俺にしか見えないスクリーンに文字が浮かび上がった。


(【追尾】モードに切り替えますか?)


そういえば、女神ジョイが言うには、スキルは【追尾】と言っていた。

そうか、スマホの被写体を【追尾】して映し出してくれるんだな。

俺は、スクリーンに映し出された(はい・いいえ)の(はい)を空中でタップしてみた。


すると、スマホは自動的にもっとも望ましい距離と角度で被写体のマリアンを映し出した。

もちろん、誰もスマホを持っていないのに。


スマホは空中に浮かんでいた。


俺のスキルがスマホに付与されたとは、こういうことなのか!

かなり衝撃を受けていた俺だったが、

当のマリアンは何も知らないから、宙に浮くスマホでさえ、そんなものだと思い込んでいる。


「これで、いかがかしら?」


まったく動揺していない。

マリアンお嬢様、最強説。



“ちょっと部屋が暗いかなぁ”

“カーテンが閉まっているんじゃない? 開けたら?”



そうだ、照明が足りない。

リスナーの言うことは、ごもっとも。


「あら、そうだったわ。配信のことで頭がいっぱいになりすぎて、着替えた時、メイドがカーテンを閉めていたのを、すっかり忘れていましたわ。ごめんなさい、今開けますわ」


マリアンは、カーテンを開けるために窓へと向かった。

すると、スマホもマリアンを【追尾】して撮影し続ける。



“これで外がコンクリートジャングルだったら笑うわww”



マリアンはスマホの画面を見上げた。

すると、自動的にスマホはマリアンの顔近くまで接近した。


「こんくりぃとって何かしら?」


凄い! スマホは、ちゃんとコメントが読める距離まで接近もするんだ。

マリアンは、首をかしげながらカーテンに手をかけ、

ゆっくりとカーテンを開けた。



窓から光が飛び込み

部屋にある本棚や鏡台、

天蓋付きのベッドからシャンデリアまで

綺麗に画面に映り込んだ。



“おおぉーーーーーーー!!!”

“ほんまもんのお嬢様みたいや”

“ロココ調のインテリア! 超豪華!”

“いや、どこかの高級ホテルの高層階かもしれない!”

“確かに!! ホテルの可能性はあり! 外、外の景色見せて!”

“”そうだ! 窓の外見せろよ。電柱映ってたら笑ってやる



「窓の外? 彼もそうでしたが、異世界の方は変なところが気になるんですわね。窓の外なんて何も面白いとこなんてないのに。スマホと窓まで移動すればいいんですの? ……これでよろしいかしら?」


マリアンはリスナーに確認した。

 


“よろしい、よろしいw”

“うむ、苦しゅうないw”



マリアンは俺にどうすればいいか聞きたそうな顔をしてきた。

俺は、自分がカメラに写り込まないように細心の注意をしながら、窓の横にマリアンを立たせた。そして、スマホに命令してみた。


「窓の外の風景をゆっくりと、左端から右端へパンして」


命令通りにスマホのカメラは、窓の外の風景を映し出した。


庭の中心のガゼボを飾るように、バラが咲き誇る

庭師によって美しく手入れされ、整った様相の庭だ。

その庭の向こうには、緑の田園風景、近くの町の小さな教会。

そのまた奥の山脈を越えたところには、白い頂きの高い山がそびえている。


この風景は、俺も初めて目にする。



“ちょ!? 何これ…見たことない景色…もしかして……本当に異世界?”

“まさか!? 本当に異世界だとしたら、どうしてスマホ持ってるん?”



コメントにある異世界という言葉を見て、俺はその異世界に来たんだと実感した。


「あら、そういえば異世界って、彼も言ってたわね」



“彼?”

“もしかしてお嬢様のいる世界に、その彼が転生か転移してきたってこと?”

“さっき、男の人の声聞こえたけど、それって彼?”



しまった。

声が入ったか。



「彼のお話を聞くと、転移ということみたいですわね。それと、お嬢様じゃなくて、マリアンと呼んでくださいな。せっかく出会ったんですもの。皆さまにはそう呼んでいただきたいわ。ちなみにわたくしから、あなたたちのことは何てお呼びすればいいのかしら?」


おいおい、いきなり俺の話をしといて、自分の話かよ。

リスナーの質問にもうちょっと丁寧に答えるべきだが、

ここは、スルーしてよしと俺は判断した。


「お嬢様、令嬢、そんな堅苦しい呼び方ではないほうがいいですわ。この配信でわたくしは、ただの『マリアン』でいられたら嬉しいです。窮屈きゅうくつで苦しい毎日はもうまっぴらごめんですの」



“異世界って驚きの話題から、いきなり呼び方の話題ww”

“入室した時にも言ったけど、あたしたちの名前はコメントの一番最初のとこに書いてあるよ”



「んー、でも、そう教えてもらったけど、聞いたことのない単語は読みづらくて、つかえて上手く読めませんわ。どうしましょ」


マリアンが上手く発音できずに唸っていると、



“あー……、配信見に来ている人のことはリスナーって言うんだけどね?”

“異世界の人だし、難しいだろうからわたしたちをひっくるめて『リスナー』って呼べばいいよ”



なんて優しいリスナーだろう。

困っているマリアンに優しく提案している。


「申し訳ございませんが、みなさんの言葉に甘えさせてもらってよろしいかしら?」


そう言いながら、マリアンは俺に「どうかしら」という顔をして見せた。

俺は黙って、うんうんと頷いた。


マリアンと俺がそんなやりとりをしている間にも、どんどんとコメントは打ち込まれていく。



“異世界とかヤバいなぁwミラクルだ!! 友達にも教えとこw”

“ねぇねぇマリアン! 転移してきた彼ってかっこいい?”

“彼とはどんな出会いだったの?”

“何をしたら転移したか聞いてる?”



口々に質問されるが、どの質問も俺についてのことばかりだった。

ダメ、ダメ、ダメ。俺はあくまでも黒子。

俺はここの主役じゃないからな。


「彼との出会い……それは、運命的な出会いだったわ。やだ、こんなこと言っちゃっていいのかしら。恥ずかしい」


おい! 何を言いだすんだ。

恥ずかしいって、何。

いつ俺は、君の彼になったんだ!?

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