第11話 配信マネージャー初仕事
セバスワルドの後ろで、同じような格好した俺が続いて、屋敷の中を歩く。
「セバスワルドさん、新しいお弟子さんですか?」
「ええ、マリアンお嬢様のお世話をわたくしと一緒にいたします。どうぞお見知りおきを」
セバスワルドが小声で「挨拶を」と促してきた。
「えっと、オーモリ……」
「名前は要りません。フットマンで結構」
「今日からフットマンを務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」
初めて挨拶された使用人は笑顔で返してくれた。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。わたしはコック長だ」
「コック。すげ」
思わず叫んだ俺を、セバスワルドは注意した。
「コック長は使用人の階級でも上級になります。失礼のないように」
なんと、俺の胃袋を支配する大切なキーマンではないか。
ちゃんと礼を正しておこう。
「失礼いたしました。なにとぞ何卒、良しなに……」
コック長は笑いながら去って行った。
それから、セバスワルドは屋敷内を進んで、階段のところまで来て止まった。
「さあ、この階段を登って右にいったところが、マリアンお嬢様のお部屋です。スマホは、忘れずに持ってきていますか?」
「それはもう、スマホは肌身離さず持っています」
「では、参りましょう」
*
セバスワルドがドアをノックすると、部屋の中から「どうぞ」と声がした。
「失礼します。お嬢様、お連れ致しました。あの……モブさんです」
モブじゃねーっての!
セバスワルドがドアを開けた。
「あら、見違えたわ。立派な紳士になって。馬子にも衣裳ね。いいえ、モブにも衣裳かしら」
異世界でも「馬子にも衣裳」って言葉があるのか。
そんなことを思いながら、俺はお嬢様の部屋を見て驚いた。
お嬢様の部屋の中は、ロココ調のインテリアで、豪華なカーテンや家具が目を引いた。
いや、嘘だ。
本当のことを言うと、俺は美しく着飾ったマリアンに目を奪われた。
雨に濡れた髪はきれいに巻き直され、水色のリボンと同じ色のふんわりドレスを着て、マリアンは優雅に椅子に座っていた。
その横には、メイドのアルケナが控えていた。
この美少女二人を見て、俺は必死に煩悩と戦わなければならなかった。
煩悩、あっち行け! 煩悩、消えろってば!
セバスワルドはマリアンに俺の雇用について説明し始めた。
「モブさんは、わたくしのフットマンとして働いてもらうことにしました」
「セバスワルド、それはとてもいい考えだわ。モブさんがこんなにタキシードがお似合いになるなんて、思いもよらなかったわ」
だから、モブじゃねーって。
「お父様と妹のジレーナはまだ帰ってこないはず。特にジレーナ。あの子にスマホが見つかったら、また面倒くさいことになるわ。邪魔者がいない今こそ、配信するにはもってこいのタイミングですの。さっそく、配信に取り掛かっていただけます?」
「ああ、わかった」
俺の言葉遣いをセバスワルドが注意した。
「承知いたしました。と言うのです」
「承知いたしました」
俺はポケットからスマホを出して、ロックを解除し、配信アプリの「M」マークをタップした。
マリアンは、配信前に緊張しすぎて表情が硬くなっていた。
これだと、まず緊張をほぐす所から始めないと無理だな。
「お嬢様、顔が緊張しすぎです。深呼吸を三回、はい、吸ってー、吐いてー……
柔らかーな表情で行きましょう」
「なんだか、ドキドキしちゃって……、大丈夫かしら、前髪は乱れてない? 口紅は赤すぎないかしら」
マリアンの不安はなかなか消えない。
目の前にメイドと副執事が見張っているんだから、好きなように喋れない気持ちもわかる。
そうは言っても、俺が偉そうに二人に出て行ってくれなんて言えないしな。
「目の前にいる人間を気にしないで。ここはカボチャ畑でーす。ここにいるのはみんなカボチャでーす。俺も含めてね。まん丸カボチャや、長ひょろカボチャ、個性豊かなカボチャだらけ」
マリアンが笑った。いいぞ。俺は内緒で配信をスタートさせた。
「うふふふふふ、やだわ。カボチャって嫌いじゃないわ」
「どんなカボチャ料理が好き?」
「そうねぇ、カボチャのプディング、カボチャのパイ、それから、クリームシチューの中にカボチャが入っているの、美味しいわよ」
「いいねぇ」
「やだわ、食べ物の話ばかりしちゃった。もう配信スタートしましょうよ」
「もうしてるよ」
「うそ! 早く言ってください! あ、もう始まってるのね。こんにちはー。でも、反応が無いのに一人で喋るのって恥ずかしいですわ」
「もう入室ありました。今、2です。あ、3です」
「あら、いらっしゃいませ。どうも皆さま、マリアンですわ。先ほどは、わたくしの初配信に来てくださりありがとうございました」
俺の後ろの方で、メイドのアルケナさんがセバスワルドにそっと聞いている。
「先ほどは? この不思議なやりとりは、初めてじゃないんですか? お嬢様はどなたとおしゃべりしているんですか?」
セバスワルドは、そんなアルケナに静かにするようにと注意した。
「配信中です。お静かに願います」
マリアンが挨拶をすると、俺の目の前にはリスナーからのコメント欄が大きく投影された。
だが、マリアンも、セバスワルドも何も反応していない。
このスクリーン映像は俺にだけ見えているようだ。
“どもー、初見です。うっわ!かわいっ!”
“こんにちは、はじめまして。ドレスが素敵ですね”
コメントはマリアンが読まないと意味がない。
俺は、カメラを反転させてコメント欄を指さし、マリアンにスマホを渡した。
「あら、ありがとうございます。褒められるのは嬉しいですけど、『はじめまして』ということは、先ほどの方たちとは違うのかしら? もしかしたら、必ず同じ人が来るわけではないということ? もう一人の方は『初見様』って、お名前、ですの?」
マリアンが何もわからないのは演技ではない。
この天然なお嬢様を、リスナーが受け止めてくれるといいのだが。
“ん? 俺は初めてここに来たよ?”
“初見っていうのはね、初めて見に来た人のことを言うんだよ”
「そうなんですの? 教えていただきありがとうございます」
マリアンは素直にリスナーに感謝していた。
こういう何気ないやりとりさえ、マリアンは今まで経験して来なかったのかもしれない。
“全然慣れてなさそうだね。配信のことあまり詳しくないのかな?”
“コメントの一番最初のとこに書いてるのが、あたしの名前だからそれで覚えるといいよー”
まだまだ何も知らないマリアンに、リスナーは丁寧に教えてくれた。
優しいリスナーが最初に来てくれて、俺はほっと一安心。
“それと、せっかく可愛いのにスマホを手で持ってたら綺麗に映らないよ?”
“そうね。どこかに置いたりしてやったほうがいいかも”
確かにそうだ。
スマホを手に持ったままでは、疲れてしまってずっと話ができないし、
マリアンが何かするたびに、顔が動いて上手く映らない。
三脚でもあればよかったが……ここには無い。
「ご親切にありがとうございます。配信というモノは初めてでよくわかりませんの」
こんな話をしているうちにいつの間にか入室数が5になっていた。
“ん?なになに?天然ちゃん?”
“なんかお姫様的なコス?”
“髪型とかドレスとか本物のお姫様みたーい”
“いやどう見てもコスプレだろw”
“お姫様の演技してる役者志望とか?w”
でた。いじりたがるリスナー。
まあ、確かにこの姿を見たらコスプレだと思うよな。
マリアンが傷つかなければ良いが……
「あの、お姫様ではございませんわ。わたくしは、オラエノ伯爵の娘、マリアン・オラエノでーす!」
マリアンには、コスプレという言葉の意味さえ通じなかった。
ある意味、最強かよ。
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