第11話 ワクワクする気持ちはやっぱり食べること
私の身長は155センチで体重が67キロ、腹囲が92センチとなかなか立派に育ってしまいました。
「目標体重は、50キロ!」
「うん……とりあえずまずは五キロ落とすところから始めようか」
理想的体重を大胆に発表したもののひろちゃんに冷静に諭されてしまう。まずは現状報告することになり両親さえ知らない私の体重を知ることになったひろちゃんはもはや誰よりも近い家族になってしまった。
(少なくともお父さんより近い異性だな……)
私の体重や腹囲を聞いたところで馬鹿にした感じもないし驚くこともない。
「それくらいあるとは思ってた」
なんだよ、目視で判断できるほどの技量を持ってるんじゃないか、もう私からしたらプロの人だ。
あのあとひろちゃんがこれからの計画を立てるためにと私のアパートにやってきた。
「やっぱまずは食事改善からだな。脂質は避けて糖質もなるべく取るのはやめよう」
「……はい」
「とりあえず朝のパンはもうやめる、わかった?」
「え、一枚も?」
「え、一枚もってなに?今まで何枚食ってた」
「……三枚」
「食い過ぎだわ」
知っている。
「朝のパンは血糖値が上がりやすい、子どもみたいに代謝がいいわけでもないんだからそんな食ってたらダメだわ。三枚……ありえん、即禁止」
わかってはいたが厳しく怒られてわかりやすく肩を落としてしまった。
「どうしても食べたくなったら今日みたいに脂質の少ないバゲットとかにしてサンドイッチとかにする。野菜必須な。同じ糖質取りたいならもう米食え、朝は米!」
「お米は食べていいの?」
「朝抜くの出来る?」
「出来ない」
即答。
「空腹はまた暴食に繋がるし、朝食うのは悪いことじゃない。米はタンパク質やミネラルも多いし腹持ちもいい、そんで……これ」
ドン、とテーブルに置かれた、これとは。
「さっきここ来る前にドラッグ寄って買ってきた」
「なにこれ?押し麦?」
「これ米に混ぜて炊いて食って?カロリーは白米とさほど変わらないからバクバク食うのは禁止な。お茶碗軽く一杯くらいが目安、おかわり禁止」
「これを混ぜることでどうなるの?」
「食物繊維が豊富だから便秘解消、血糖値コントロールができる。朝はばたばたしがちだし野菜なかなか取れない時にそれが補える」
「ほ~」
「職場の女の子、スープジャーに好きなスープの素と一緒にこれ入れて昼に食ってる子いるよ。食う頃に出来てるんだって、すげぇいいよな。杏もランチそれしたら?レシピなんかアプリに山ほどあるって言ってたよ」
「おいしそう」
お湯入れて押し麦入れて好きなスープ素いれたらいいだけ?お弁当作らなくてもいいじゃん、最高。
「一度やってみるね」
「うん、なんでも試してみて?プチプチしてうまいよ」
なんだか初めてのことだけど食べることの話だからワクワクする。興味しかない、口の中に涎が溢れてきた。
「スープジャー明日買いにいこ!」
思わずそう言ったら笑われた。
「楽しそうだな。これから制限された食生活が待ってんのに」
「でも食べることだから、楽しみは変わらない、かな」
「それだな、楽しく続けるのが一番、ストレス感じてたら絶対反動はくる。とりあえずやってみて杏に合うスタイルをまずは見つけよ」
にこっと笑って言うから心の底からいい人だなぁなんて感心してしまった。人がいい、はそうなんだけれど、私なんかのことに親身に相談に乗ってしかもこんなお願いまで聞いてくれた。たとえ報酬があるにしたってだ。今さら何を言うんだと思うけれど、面倒にはならないんだろうか、ひろちゃんにはひろちゃんの生活だってあるのに……そう思ってハッとした。
「ひろちゃん」
「ん?」
健康診断結果を見つめていたひろちゃんが顔をあげてくれて視線があった。あらためてひろちゃんの顔をじっと見て思う。
(ひろちゃんって……普通にモテると思うんだよな)
誰もが振り向くイケメン!みたいな感じじゃないけど、目鼻立ちはハッキリした顔立ちだ。性格も優しくて、穏やかなオーラが話しやすさ、親しみやすさを醸し出す。接客業、天職だと思う。そこにこのスタイルだ。背は高いし鍛えられた腕、足、肩幅……仕事柄もそうだが普段からジャージやスウエットスタイル、それでもそれをこ洒落た風に着こなせるのはやはりスタイルの良さがそうさせる気がする。そんなスポーティーな感じなのに清潔感もあるから不思議だ。
なんというか――ひろちゃんは世に言うところの雰囲気イケメンだと思う。
「なに?」
「あ、えっとね。一個だけ、確認」
「うん?どした」
「彼女いるの?」
「は?」
「今、お付き合いしている彼女さんはいないんですか」
「……それ関係あんの?」
「一応確認」
関係ないと言われたらないのだけど。彼女がいる人に幼馴染の女のダイエット企画に協力しているって言うのはちょっと響きがよろしくないのではないか、と思案したわけだ。いい気持ちはしない気がする。
(ほかの女が今日食べたモノ連絡してきたり、自分の腹囲が何センチ減ったよ!とか……なにやってんの?ってならない?なるよね)
そんなデブな女に構ってないでその時間私に費やしてよ!と、なるに決まっている。
「いないから気にしなくていいよ」
「……そうなんだ」
モテそうなのに、いないのか。いなくて良かったんだけどいないことになんだか変にショックを受けた。ひろちゃんみたいな優良物件なかなかいない気もするけどな、世の中のお嬢さんたちは見る目がない。いや、ひろちゃんは理想が高いのかもしれない。話の流れで聞いてみた。
「作らないの?」
「うーん、今はロード乗ってる方が楽しいからいいや」
彼女<趣味……ひろちゃんに恋している世の中のお嬢さんたち、残念でした。ひろちゃんは今買ったばかりの自転車に夢中なようです。そしてきっとまだ手に入っていない、なんちゃらなんちゃらマシーンの方が魅力があるようです。
「じゃあ気兼ねなくひろちゃんに連絡しても大丈夫?」
「いーよ、とりあえず食ったもんは自分でノートにでもつけて見返せるようにすること、そんで食ったもんは俺に写メれ、いいな?包み隠さず、洗いざらい全部送れよ?」
「飴一個でも?」
「ラムネ一個でも」
「厳しい……」
「体に入れたもんは全部書け、自分がいかにどんなものを食べてるかよくわかるから。数量もだぞ!」
なんだかんだスパルタ雰囲気を出してきたひろちゃん、彼女よりも欲しいなんちゃらなんちゃらマシーンをよほど手に入れたいのか。それなら私もひろちゃんの熱意に便乗するしかない。
かくして、私とひろちゃんの体内改造計画は実施されることになった。
まずは体重マイナス五キロが目標、そしてウォーキングの日課を課せられた。
そして毎日買ったシューズを履いて歩く。通勤もお休みも、もう足と一体化したようにいつでも一緒だ。そんな相棒を手に入れた私は今、かつてないほどの高揚感とワクワクに包まれていた。あんなに苦痛だったダイエット、先が見えなかったダイエットなのにどうしてだろう。
ひろちゃんというサポーターを味方にした私には怖いものなんかない気がしていた。
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