第3話 唐揚げと焼きそばパンのコラボ
「わぁ、唐揚げだぁ、おいしそう~!!」
「まじうまそー、おばちゃんの唐揚げ昔からめっちゃ好きだわー」
「ひろちゃんは昔からそう言っていっぱい食べてくれたもんねぇ、今日もいっぱい食べて帰って!杏がいるからって揚げすぎたから!」
私が家を出てからは夫婦二人になって揚げ物をする機会がめっきり減ったというお母さんは今日気合を入れて鶏もも肉を三枚も揚げたらしい。
唐揚げ大好きな私だけど、さすがに三枚は揚げすぎじゃない?と突っ込んだら、ひろちゃん呼んでおいで!と言い出した。
「ひろちゃん、ご飯食べたんじゃない?」
「そんなん唐揚げなんか別腹で食べられるでしょ?!男の子だもん!杏でも食べるじゃない!」
だから私はメタボリック症候群なの、普通の胃袋を持つ女の子じゃないんだよ、はお母さんには伝わらない。昔から人に食べさせるのが大好きな人だから。
何を言っても聞いてくれそうにないから仕方なくひろちゃんちのインターホンを鳴らしたらスポーツゼリーみたいなのを口に銜えたひろちゃんが出てきた。
「お母さんが唐揚げ食べない?って……ご飯もう食べちゃった?」
「んや、まだ。てか、いいの?久しぶりに帰ってきてせっかく家族水入らずじゃん」
そう言って遠慮していたひろちゃんだけど、唐揚げの誘惑に負けてうちまでついてきた。そして結局みんなで食卓を囲むことになる。
「お腹空いたぁ~、今日あんまりお昼ゆっくり食べられなかったんだよね」
「忙しかったの?」
ごはんをよそいながらお母さんの言葉に「ううーん」と唸ると首を傾げられた。
「食欲が……あんまりなくて」
「……そういうわりにお茶碗にはご飯山盛りね」
唐揚げを前にして勝手に手がご飯を大盛によそっていた。
「こ、これはひろちゃんの分!」
「え、俺、こんな食えんわ。てか、米いいよ」
「ええ?!いらないの?!食べないってこと?!なんで!」
「夜は糖質控えてるから」
「ええ!」
トウシツヒカエテルカラ――、なんだか宇宙語みたいだ。一度くらい言ってみたい。
「ひろちゃん、な、なんで糖質控えてるの?糖質控えるって何?」
「控えるって何ってなんだよ、言葉の通りだよ。太るじゃん」
「太ってないじゃん!」
「太るから抜いてる。今から唐揚げ食べるし、今日筋トレしてねぇし」
「も、もうなんか何言ってるのかよくわかんない」
混乱している私を面白そうに見つめながらひろちゃんは笑った。二ッと笑う顔は昔から何も変わらない。優しいのにちょっとだけ意地悪そうで、でもやっぱり優しい。ひろちゃんの笑顔はずっとそんな感じ。けれど大人になってそれは少し変わった。
なんだか色っぽくて。ああ、ひろちゃんは変わったんだな、そう思った。
「健康診断で引っかかって再検査?!」
今日一日悶々させてくれた事案を話せる相手なんかいなかったから結局家族の前で吐き出すことになった。ひろちゃんはもう家族みたいな人だからぶっちゃけ羞恥心も薄れている。お父さんに近い感じ、ただ性別が違うから恥ずかしいな、みたいな感覚だ。
「大丈夫なの?どこ悪くしてるの」
心配そうに見つめるお母さんの視線を真っ直ぐ受け止められなくて唐揚げを頬張る。もぐもぐ食べてなかなか言葉を発しない私に歯がゆそうに見つめながらも何も言わず私の言葉を待つ三人。沈黙に私が耐えられなくなって口を開いた。
「んっと……悪いのは、腰」
「腰?!」
「腰痛って内臓からくるとか言うわよね?!乳癌とか子宮癌とか……女性特有の癌が進行すると腰部に痛みが来るとか聞くわ!杏、あなたそういう類の病気なんじゃない?若いと癌の進行は速いのに……」
親二人が急に慌てだしてなんだか不穏な用語を並べて勝手に想像されてこっちが慌てた。
「待って待って!違う、違うの!腰が痛いのは本当なんだけど、その……本当に腰痛で。原因もちゃんとわかってる」
「原因わかっていて、それなのに再検査なの?」
ひろちゃんが聞いてきた。もう家族、前のめりで心配してくれるから素直に頷いた。
「血液検査が必要って判断されたんだと思う」
「血液検査?!」
「肝臓とか腎臓が悪いってこと?!」
いちいち病名をつけたがるからもう本当に嫌になってきた。ごまかすのも限界、正直に言わないとエンドレス、そして無限ループ、結局なにかの病人にされてしまう。
「ひ、肥満なの!」
「「「肥満?」」」
三人の声が揃った、もう家族じゃん。
「肥満なの、前から肥満って言われてるけど、メタボの関係で今年から検査結果が厳しくなって……肥満の場合は尿酸値、血糖値、中性脂肪の数値が高いだろうから、それを調べるために血液検査が必要みたい。検査して食事と運動で改善できるか、薬の投与が必要かとか、そういうのを見極めるんじゃないかなって」
この辺は休み時間にネットで調べて知ったことだ。
「腰痛も体重の増加で負荷がかかって痛みになってるみたい。だからもう絶対運動は必要かも……」
はぁ、とため息をこぼしてまた唐揚げをひとつ口に運んでもぐもぐ。三人は完全に箸の手が止まって私一人が唐揚げを食べ続けている。
「……みんなも食べてよ」
「ああ」とか「うん」と食べ始めてくれたけどなんだかお通夜みたいな雰囲気。癌と言った方がマシだったかもしれない、肥満でここまで空気を悪くするならいっそ癌のほうがよかった。
「薬の投与って……そこまで深刻なの?」
お母さんが伺うように聞いてくるから思わず首を傾げてしまう。
「その辺も含めて再検査なんだと思うけど……薬ってそもそもどんなものなんだろうね」
「肥満症を対象疾患としたウゴービ皮下注って正式に承認されたよ」
ひろちゃんがいきなり専門用語を発してくるから三人で目を見張った。
「高血圧や脂質異常症、2型糖尿病とかを有していて、食事や運動療法を行っても効果が得られない人を対象に処方できるって。肥満に関連した健康障害に対しても対応してるんじゃないかなぁ」
「く、詳しいんだね、ひろちゃん」
「お客さんでさー、腰痛に悩んでる人いて。それも理由は杏と一緒の体重増加が原因。運動したくても体が重くて容易にできないから先に体重コントロールを優先して落としてから運動して体重維持するって言ってた。実際それ打ち始めてから17キロまで減量したって言ってたよ。見た目もすげー変わってた」
「17キロ?!すごぉ!」
「すげーよ、もうやっぱ10キロ落ちたら見た目から全然変わるわ、だれでも変化が分かるし本人も体軽くなって腰痛も楽になったって喜んでた。でも投与量が多いのかな、効果が出る分副作用もあるって聞いた」
「副作用……いやだわ、杏が辛い思いとかするのはぁ」
お母さんが半泣きになってぼやきだすからひろちゃんも困り顔だ。
「だよねー、副作用は人それぞれだし個人差もあるだろうしね……その薬が処方されるかわわかんないけど……なんにせよ杏の体に合うかはわかんないもんな」
ひろちゃんがそう言うとまたシーン……お通夜再び。
「食生活改善して、運動して代謝上げて体内改造するのがベストだよな~」
ばくっと気持ちいい感じに唐揚げを口に放り込むひろちゃんを見つめていた私たちだけど、お母さんがおもむろに席を立ってひろちゃんの手を握りだした。
「ひろちゃん!」
「――あい」
唐揚げを食べてるひろちゃんの口はいっぱい。いきなりお母さんに手を掴まれて目をぱちぱちさせている。私とお父さんは完全に「?」顔。
「ひろちゃんが杏の体質改造してやってよ!ひろちゃんそういうの詳しいんでしょ?!真弓ちゃんが話してたもの!」
「詳しいって……俺、トレーナーとかでもないよ?筋トレだってそんなプロみたいなことしてないし……」
「それでも無知な人よりよっぽど知ってるでしょ?!杏なんか食べ物の認識も運動の”う”も知らないような子だもの!なにより持続性がないんだから!ひとりで続けるなんか無理なのよ!杏には絶対に無理!食べるの我慢して運動?!無理よ無理!誰かがそばについて管理していかないと!」
お母さんの言い分に、ちょっとちょっとぉ!っと言い返したいが全く言い返せない案件なだけに悔しい。しかし、鶏もも肉三枚も揚げてポテサラ作って煮物作って豚汁作って、さらにたらことかお漬物並べる人に言われたくないな、こうなったのも食べさせるの大好きなお母さんのせいでもあるよ?と、それくらいは言ってやりたくなる。ちなみに真弓ちゃんはひろちゃんのお母さんの名前だ。
「ええ……いや、でもそれはやっぱり杏にやる気がないと誰がしても同じなんじゃ……」
そう言って三人の視線が私に向いてくる。ジッと、ジィッと見つめられて私……唐揚げを食べて視線を反らしました。
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